地方出身者でもなければ、都会にも染まれない。半端な私のための街だった「戸塚」

著者: チェコ好き

 

「街」に対して、私は愛着をほとんど持たない。

 

体質的にお酒が飲めないので「近所の飲み屋さん」なんてまず行かないし、すごく人見知りで空気の読めないやつだから、お酒をきっかけに集うコミュニティみたいなのも苦手だ。ごはんは自炊派だから、近所にどんな飲食店があるのかも全然知らない。

 

駅、スーパー、ドラッグストア、自宅。その4点があれば、あとは何があろうとなかろうと、「私の街」は完結してしまう。

だから、住む街を考えるときに決め手となるのは、職場までの交通の便の良さと、家賃と、あとは内装とか「自宅」自体の心地よさだ。今住んでいる川崎市も、3年前まで住んでいた横浜市の「戸塚」も、そうやって住むことを決めた街だった。

でも、そんな味気ない方法でしか住む街を決められない・住む街に愛着を持てない自分に、少しコンプレックスを感じるときもある。

そういうのは文化的じゃない、というか。

 

近くにある銭湯に通ったり、飲み屋の常連になったり、チェーン店じゃない本屋に行って運命の1冊に出会ったり、古い作品を流す映画館に行ったり、雑貨屋や古着屋をのぞいてみたり。住む街でそういうことをするのが「文化的な人間」でしょ、と思っているところがある。

でも、いや分かるけどさ、そういうことができる東京の街は高いんだよね、家賃が……。 

決して年収の高くない私が、もはやライフスタイルと化している海外旅行の費用を捻出するためには、日常生活ではあまり贅沢をいっていられないのだ。

ちなみに、この戸塚に住んでいたときに私が払っていた月の家賃は、5万である。

 

学生たちが集う戸塚駅・東口へ

3年ぶりに、そんな戸塚の街を歩いてみることにした。

 

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戸塚駅には、東海道線、横須賀線、湘南新宿ライン、そして横浜市営地下鉄ブルーラインが通っている。

江戸時代には東海道の宿場町としてにぎわった戸塚だが、今では東京や横浜に通勤する人が多く住む、典型的なベッドタウンだ。駅前はショッピングモールやファストフード店などが集まっているので、時間帯に関わらず人通りが盛んである。

 

そういえば、2011年3月11日、東日本大震災があったその日も、私は戸塚にいた。大学院修了後「とりあえず雇ってくれるならなんでもいい」と、かなり雑に決めた新卒入社の会社の集まりが戸塚であり、それに参加した直後に地震に襲われたのだ。

何を表現しているのか分からない駅前のモニュメントがあのとき、揺れに揺れた。危機感も現実感もないまま、自分自身も立てないほどの揺れの中で、「へー、揺れるんだ、これ」とぼんやり思ったことを、今でも覚えている。

 

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モニュメントを越えて階段を下ると、見えてくるのはバス停である。戸塚は、私が3年前まで住んでいた街であり、東日本大震災の当日にいた街であり、また大学1〜2年生のときに、実家のある小田原市から電車で通っていた街でもあるのだ。

 

平日の朝に訪れたならば、このバス停の近くに、「明治学院大学行き」のバスを待つ学生たちが長蛇の列をつくっているだろう。

 

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私は学生時代からドケチだったので、バス賃を節約するため、歩くと30分以上かかる坂道を毎日のぼって大学まで通っていた。ちなみに学生たちは戸塚駅から歩いて大学まで行くことを「(坂道なので)登山」と呼んでいたのだけど、あれ今でもそう呼んでいるのかな。私はそう、登山派だったのでした。

 

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そんな学生時代を思い出しながら、柏尾川にかかる橋をわたって、32歳の私も「登山」してみる。2年間も通っていたんだから道くらい覚えてるでしょと高をくくっていたが、実際に歩いてみると、住宅街のアパートや家がけっこう建て替えられていたのもあって、普通に道に迷った……。

 

そういえば、作家の雨宮まみさんが『東京を生きる』という本で、地元・福岡と上京してきた東京を比べながら、愛憎を交えてどちらも美しく描いていた。一方で、高校3年生・17歳だった私は、神奈川県を出ることをほとんど考えなかった。

実家のある小田原市から、電車で40分かけて戸塚まで通うことに、なんの不満も疑問も抱いていなかったのである。私は青春時代、ずいぶん狭い範囲で世界を完結させていたのだな、と思う。

 

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たまたま(最果てだけど)神奈川県出身だったから、今は東京で仕事をしている。でも、私がもしも九州や東北の出身だったら、きっと地元を出なかったのではないか、なんて考えることがある。私はどうも、ぼや〜っとしていて、早い流れにはついていけない。やりたいことがあるからと、いろいろな人に出会いたいからと、地元を離れて住む場所を変えるほどの気概がない。お金を稼ぎたい! という気もあんまりない。

だから、前に出ることにためらいのない人が多い東京のキラキラした街は、たまにすごく居心地が悪く感じるのだ。私は本来、ここにいるような人間じゃないんだよな……と。

そんなことを考えながら約30分、頑張って坂道をのぼると、ようやく大学の南門が見えてきた。

 

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かつては毎日のように通過していた南門を、そのまま進む。

 

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私が通っていた明治学院大学は、ミッション系なのでチャペルがある。

 

見栄えがいいのはそりゃ多くの明治学院生が3、4年のときに通う白金キャンパスにあるほうのウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計したチャペルなのだけど、戸塚にあるチャペルもシンプルかつモダンなデザインで、これはこれで好きだ。学生時代に必修科目で礼拝に半強制的に参加させられたときは「だりーな」と思ったけど、参加したら参加したで、ステンドグラスから差し込む光の美しさに感動したことを覚えている。

教会建築が大好きになったのは、たぶん学生時代に通っていた大学がミッション系だったことと少なからず関係があるのだけど、旅行でヨーロッパの大聖堂や修道院を自らまわるようになったのは、戸塚に通っていた時代よりももう少し後のことだ。

 

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戸塚区上倉田町、あるいは下倉田町在住の人は、明治学院大学の横浜キャンパス図書館を利用することができる。まあ、交通的に便利な場所にあるわけではないので強くオススメはできないけれど、映画の本も、写真の本も、美術の本も、それなりにちゃんとそろっている。私は学生時代、多くの時間をこの図書館で過ごした。

 

と、学生時代の思い出に浸ったところで、今度は「下山」開始。バスに乗らず歩いて大学から駅までもどることを、かつて学生たちは「下山」と呼んだ(これも、今もそう呼んでるのかな……)。

 

とにかく便利な戸塚駅・西口

ところで、学生時代の思い出があるのは戸塚駅の東口だが、私が3年前まで住んでいたのは西口のほうである。職場までの交通の便の良さと家賃に加えて、「学生時代の思い出がある場所だったから」というのも、もしかしたら無意識に、住む場所を戸塚にした決め手になっていたのかもしれない。今思うと、だけど。

 

西口を出るとまず目に入るのは、駅直結型のショッピングモール「トツカーナ」。

 

「ネーミングが安易か!!!!」と思うけれど、便利な商業施設であることは間違いない。レストランあり、本屋あり、各種銀行のATMあり、ドラッグストアあり、東急ストアあり、カフェあり、あとはカルディもあるしユニクロもあるしちょっとオシャレにアフタヌーンティー・リビングとかもある。

 

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ちなみにトツカーナに入っている本屋は「有隣堂」だけど、有隣堂が神奈川ローカルの書店だって、神奈川県出身のみなさんは知っていただろうか。私は20代の半ばくらいで初めて知った。冷静に振り返ってみると、たしかに神奈川県外に有隣堂はほとんどないのである! 神奈川県下に30店舗あるのに対し、東京には13店舗、千葉に2店舗しかない。うっかり、もっと大々的に全国展開なんだと思っていた。

 

「有隣堂が全国展開ではないことを知ってビビる」は、神奈川県民あるあるの一つらしい。神奈川県出身者で今でもたまに知らない人がいて、教えてあげると驚愕される。有隣堂は私にとって、大好きな書店の一つ。

トツカーナ探索はまだ続く。

 

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外食はほとんどしなかった私だけど、唯一たまに行っていたのが、トツカーナにある珈琲館である。こういうとき、その土地にしかない、チェーン店じゃない行きつけの喫茶店を紹介できたほうが「文化的」でかっこいいよなと思うのだけど、そこは私のことだ、チェーン店でも全然いい。

 

珈琲館で注文するのはいつもナポリタンで、本当に馬鹿の一つ覚えみたいに、「一人で外食」となると珈琲館のナポリタンばかりを食べていた。海外旅行となると中東から南米までいろいろなところに行きたがるくせに、近所にいるときはかなり保守的で、決めた店にしか入らないし決めたものしか注文しないのが私である。でも、たしかに私は舌が肥えているほうじゃないけど、珈琲館のナポリタンはすごく美味しいと思う……。

 

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さらに、トツカーナを出るとまた別の商業施設がある。「サクラス」にはスーパーやらニトリやらが入っていて、これもこれで便利。

 

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地に足の着いた「生活」

西口に関しては「便利」しか言ってない気がするが、戸塚はやはり、神奈川県の典型的な郊外都市なのである。とにかく「便利」であることを追求した、チェーン店ばかりの街。たしかに便利ではあるのだけど、人によっては、刺激が足りなくて退屈だろうし、味気なくも感じるだろうし、また間違っても「文化的」な街ではない。

 

ファミリーで住むにはけっこう快適だろうけど、独身一人暮らしをやるのであれば、やっぱり少しさみしいかもしれない。横浜にはまあすぐ行けるけど、東京はちょっと遠いし、誘われても気軽に出られない。住んでいた(いる)ことを堂々と自慢できるような街じゃ、ないと思う。

 

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だけど思い出は、街につくってもらうんじゃなく、自分自身でつくるものなんだよなと、今回3年ぶりの戸塚を歩いてみて思った。戸塚には、ものすごい特色のある神社仏閣とか、全国に自慢できるような飲食店とか、芸能人ゆかりのスポットとかはない。私も、戸塚に特別な愛着があるかというと、そんなことない。

でも、歩いてみたらこれはこれで、この街で暮らしていたときの、あるいは通っていたときの、楽しかったことやつらかったことやめんどくさかったことや感動して胸が震えたことを、それなりにいろいろと思い出した。私は無駄に大学院まで行っていて実家を出るのが遅かったので、戸塚は初めての一人暮らしをした街でもある。

 

右も左も分からないときに、ニトリとか本当にすごいお世話になった。オシャレじゃなかったけど、エモくもなかったけど、「文化的」なんかじゃ全然なかったけど。この街には、地に足の着いたたしかな「生活」があったのである。

 

地方から上京してくる人のような夢も才能も優秀さもなく、東京にはなじめない。でも、生まれ育った街に帰ることもしたくない。私のような宙ぶらりん状態の神奈川・埼玉・千葉あたりの出身者は、それなりにいるのではないかと推測する。

 

だからこそ、私はこの横浜市の戸塚とか、今の川崎市の某所とか、中途半端な場所にばかり住み続けているのだ。かっこいいかかっこ悪いかと聞かれたらたぶん完全にかっこ悪いんだけど、戸塚には、「ま、いっか……」とホッと一息できる、懐の広さだけはあるのだ。

それはもう、間違いなく。

 

最後にちょっとおまけ

最後に、個人的に穴場なのではないかと秘かに思っていたのが、戸塚区役所である。戸塚区役所は駅に直結しているのだけど、区役所が駅直結なのってめちゃ便利。戸塚に住んでいる時代、前職を辞めて無職のプー太郎だったときに、国民年金とかの手続きでたびたび足を運んでいたのだけど……。

 

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この戸塚区役所の3階で、地元でとれた野菜を売っていることがある。別に値段が高いわけじゃないのに、ここで買う野菜、すごく美味しい。舌の肥えていない人間のいうことなので信じるか信じないかはアナタ次第だが、当時、ここで買った白菜などをむしゃむしゃ食べながら私は、「地産地消」という言葉を噛みしめていた。

 

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著者:チェコ好き

チェコ好き

旅と文学について書くコラムニスト・ブロガー。1987年生まれ、神奈川県出身。ちょっと退廃的なカルチャーが好き。HNは大学院時代にチェコのシュルレアリスム映画の研究をしていたことから。
Twitter:@aniram_czech
ブログ:http://aniram-czech.hatenablog.com/

編集:Huuuu inc.くいしん