シティボーイの定義を「例えば電車で席を譲れるような男の子」と答えたのは、2016年に40周年を迎えた当時の『ポパイ』編集長・木下孝浩氏だった。見た目や表層的なトレンドを追いかけているのではなく、「女の子に優しくできるような、向上心のある男の子」という精神性が根付いた存在がシティボーイなんだという。
このインタビューを読んで僕は「私はシティボーイである」ということを確信した。僕は、電車で席を譲るし街を歩けば道を聞かれるし彼女が寝落ちするまで電話を切らなかったし未だに実家に帰ると近所のおばちゃんに声を掛けられるタイプの人間だ。好青年を気取るつもりはないが、事実だから仕方がない。
なぜ、ここSUUMOタウンという街の魅力を語る場で冒頭からシティボーイの話をしたかというと、僕がいま住んでいる街が、まさにシティボーイのための街だと伝えたいからだ。
宝塚出身ボーイがたどり着いた街・富ヶ谷
本題に入る前に、簡単に僕の自己紹介をしておこう。僕が生まれたのは、海と川と山、そして大阪・神戸・京都といった都市部に囲まれる、人の住みやすさを凝縮したような街・宝塚。手塚治虫記念館や宝塚大劇場など文化や芸術の街としての側面も強く、宝塚が地元というと、それだけで関西では十中八九「ええとこ……」と言われる魅力的な街だ。
新卒でギリギリ滑り込んだ人材系の会社で、オウンドメディアの「オ」の字もないころにWebメディアの編集者となった。編集者になりたての2012年ごろは、クラウドファンディングプラットフォームのCAMPFIREやラクスル、マネーフォワードといったメガベンチャー企業がまだマンションの一室でやっていたような時代だ。
情熱と野心を胸にHARD THINGSに立ち向かう彼らに取材するうちに感化され、気がつけば僕自身も起業していた。現在は、株式会社ナンバーナインという漫画のデジタル配信サービスを展開する出版ベンチャーの取締役として働いている。会社経営が本業ではあるが、編集者と言われた方がいまだにしっくり来る。
そんな僕がいま住んでいるのが、富ヶ谷だ。
漫画や音楽好きが高じて下北沢からスタートした東京ライフ。20代後半には少し背伸びして前の家から徒歩5分ほどの距離にある代々木上原へ引越し、仕事ざかりの30代には職場へのアクセスと遊びの両立、移動に電車を使わない生活を目指して同じく前の家から徒歩10分ほどの距離にある富ヶ谷へ。上京してから13年かけて片道1.5kmほどの距離を住み渡り、サブカルチャー(下北沢)からメインストリーム(渋谷)へジリジリと距離を詰めてきた。
20分歩けば渋谷があり、電車を使って20分で新宿に到着する。都市開発が進み過去の面影はなくなったものの、引き続きカルチャーの街として進化を遂げる下北沢へも歩いて20分だし、ビストロやオーガニックが似合うハイソな代々木上原だって近い。
さらに、足を延ばせば代々木公園や駒場野公園といった緑が生い茂る大きな公園があり、日本近代文学館や日本民藝館など、自然にも文化にも恵まれた街。それが富ヶ谷だ。この便利さや豊かさは宝塚の空気に少し似ているかもしれない。
「最寄駅がない」が武器になる街
はちゃめちゃに住みやすい富ヶ谷だが、唯一の不便は電車の駅が遠いことだ。井の頭線駒場東大前駅、小田急線代々木八幡駅、千代田線代々木公園駅と、多様な沿線が最寄りと言える一方で、どの最寄りも大体15分くらいは掛かる。
でもそこは問題にならない。なぜなら、最寄駅が遠い不便さが、逆に多方面への移動のハードルを下げているからだ。このエリアの住人たちの移動手段はもっぱら歩きか自転車で、なかにはキックボードや足を動かす必要のない謎の移動体を乗りこなす人たちも少なくない。どこも遠いということは、シティボーイにとってはどこだって行けることと同義なのかもしれない。
下北沢、代々木上原、表参道、新宿、渋谷、代官山、恵比寿、中目黒、中野や高円寺だって20分あれば自転車で行けてしまう。いろんなホットスポットに出掛けることができる富ヶ谷シティボーイだが、僕たちは実は休日に富ヶ谷を出ることは少ない。富ヶ谷こそ、いま一番ホットなスポットなのだ。
富ヶ谷にただのコーヒースタンドはない
独断と偏見で言うが、富ヶ谷に住む人間は、休日を大体富ヶ谷で過ごす。今回は、そんな僕たち富ヶ谷シティボーイズの休日のルーティーンについて軽くご紹介したい。
シティボーイといえばコーヒー、コーヒーといえばシティボーイだ。僕たちの体内の70%は焦げ茶色の液体が占めている。富ヶ谷を歩けばコーヒー屋に当たると言っても過言ではないくらい、この街にはコーヒー屋さんがたくさん立ち並ぶ。しかも、それぞれが少しクセがある。
まず紹介するのはROAST WORKS。THE COFFEESHOPという、代官山にあるコーヒースタンドの姉妹店で、僕の普段使いのお店だ。大事なことなので二回言おう、「僕の普段使いのお店だ」。現在は店内利用がNGだが、普段はそこまで混み合っておらず、休日のワークプレイスとしてよく利用させてもらっている。
ROAST WORKSから歩いて30秒ほど行くと見えてくるのが、BONDI COFFEE SANDWICHESだ。ここボンダイも代々木公園に本店を構え、姉妹店としてやっているが、休日は大変にぎわっている。エッグベネディクトやサンドウィッチ、アサイーといったハワイテイストなフードが、富ヶ谷に住むハイソなシティガールに人気だ。
他にも、日本近代文学館にあるBUNDAN COFFEE & BEER、代々木公園近くの人気店が富ヶ谷にオープンしたLittle Nap Coffee Stand、デザイン事務所が曜日限定で開くコーヒー屋(「デザイン事務所」が「曜日限定」で「コーヒー屋」やってんだぜ?)、ランドリーにカフェを併設させたBaluko Laundry Placeなど、クセのあるコーヒー屋でいっぱいだ。カフェ販売が終わってもランドリースペースが24時間営業のBaluko Laundry Placeは、富ヶ谷の数少ない深夜作業場としてヘビーユーズさせてもらっている。
俺的富ヶ谷ゴールデンお散歩コースで、最高の休日を過ごす
コーヒー屋の紹介だけでコラムが終わりかねないので、他のお店も紹介していこう。
僕の富ヶ谷ライフを支える黄金の散歩コースがある。家から駒場野公園へ向かう道のりだ。
渋谷から富ヶ谷へ抜ける山手通り沿いの途中、東大裏の近くにある家を出て、まずはROAST WORKSへと向かう。仕事をするならROAST WORKS一択だが、今回の目的は散歩。全面ガラス張りの馴染みの店を横目に駒場公園へと歩を進めよう。
駒場野公園よりも一回りほどコンパクトな公園で、園内に旧前田侯爵邸や日本近代文学館といった文化的価値の高い建造物があるのが駒場公園だ。入り口が奥まったところにあるからか、人もまばらで空気も気持ち澄んでいる。先に紹介した近代文学館内のBUNDAN COFFEE & BEERで、まずはファーストコーヒーブレイク。
BUNDANでひとしきり鴎外に思いを馳せた後は、東大駒場キャンパスを抜けて井の頭線の駒場東大前駅の方面へ向かう。ちょうど踏切を超えると駒場野公園なのだが、逸る気持ちを抑えてパン屋「ル・ルソール」に立ち寄ろう。
一流シェフ・鳥羽周作氏が唐揚げやナポリタンといった定番料理を美味しくつくるコツを教えてくれるハッシュタグ #おうちでsio など、ここ数年でメキメキと頭角を現してきた代々木上原の名店フレンチ・sioの姉妹店「パーラー大箸」でも使われているル・ルソールで、サクサクのクロワッサンともっちりしっとりいもパンを購入したら、駒場野公園ピクニックの準備は万端だ。
自然に囲まれた空間で、『潮が舞い子が舞い』(阿部共実)や『地図にない場所』(安藤ゆき}を読む。せわしなく働く日常から何もしない穏やかな休日へ、心のチューニングを行う。公園の空気を深く吸い込んだら、帰りは来た道と違うルートを選ぶ。公園の目の前の踏切を渡って今度は右へ曲がり、駒場東大前の学生通りを歩いて行こう。
そこには、さっきまでの洗練されたハイセンスなお店たちとは打って変わって、東京各地に点在する老舗洋食屋「キッチン南海」やたこ焼き屋など、昔ながらの店が立ち並ぶ東大生の憩いの街と化す。しかし侮ってはいけない。この通りには菱田屋というご飯時にはいつも行列ができる定食屋さんがあったり、キラリと光るお店がある。
そんな隠れた名店街の中にある僕のお気に入りが、「リスブラン」というケーキ屋さんだ。洗練とか、新しいとか、奇抜とか、そういったTHE TOKYOライクなケーキは一切なく、シンプルと素朴さを兼ね備えたケーキ屋さんで、安心感がありすぎて友達のお母さんがやっているくらいの距離感でいつもショートケーキを買って帰る。
さて、あとは家に帰るだけ!と思いきや、家まであと30mの距離まで来たところに最後の誘惑が待ち構えている。昨年末にできたばかりのサラダ屋兼コーヒースタンド兼古着屋・OVERLAPは、コロナ禍でのオープンということもありお客さんもまばら。店員さんとも顔見知りになり、ついフラッと立ち寄ってしまうお店になってしまった。何より、サラダとコーヒーとクラフトビールと古着という、住宅街にしては情報過多なチャレンジャーが現れたことが不可解過ぎて、無性に興味をそそられるのだ。こうして、個人的に一番ホットなスポットでカフェラテをすすりながら一日の充実を感じるのが、僕にとっての富ヶ谷ゴールデン散歩コースの締めくくりだ。
洗練といなせが同居する富ヶ谷タウン
今回紹介できなかったものの、日本一号店の「フレッシュネスバーガー富ヶ谷店」、かわいいリスのパッケージがお土産に最適なくるみクッキーの「西光亭」、花束ではなく一輪一輪の花に込められた物語を届けてくれる花屋「ex. flower shop & laboratory UEHARA」、ひときわ個性を放つ謎の雑貨屋「SEE YOU SOON」など、ユニークなお店に事欠かない。
洗練された新しい店が点在するのもおもしろいが、地域に根づいた八百屋や酒屋さんや定食屋の存在が、富ヶ谷という場所の地盤を固めてくれているのを忘れてはいけない。僕は、そこが好きだ。浮足立ちそうになるシティボーイの足首をがっちり押さえ、自然体でいさせてくれるのだろう。
たしかに新しいもの好きではあるし、すぐにMacBook Airを開きがちな人間ではあるが、根っこは田舎者。規格外のみかんをこっそりサービスしてくれる八百屋さんや笑顔で迎え入れてくれる酒屋さんに毎日の営みを支えられながら、僕らは明日からの刺激的な日常へと戻る。
洗練といなせ。どちらも僕には欠かせない。その両方が心地よく同居するのが、愛すべき富ヶ谷タウンなのだ。
著者:タクヤコロク
デジタルコミックエージェンシーの株式会社ナンバーナイン取締役CXO兼編集者。京都精華大学のゲスト講師も務める。担当作は『一線こせないカテキョと生徒』(地球のお魚ぽんちゃん)、『虹色の龍は女神を抱く』(新條まゆ)。好きな漫画は『なにわ友あれ』(南勝久)。Twitter: @coroMonta
編集:ツドイ