台に住もうよときわ台【銀座に住むのはまだ早い 第13回 板橋区】

著: 小野寺史宜 

家賃5万円弱のワンルームに住みつづけてうん十年。誰よりも「まち」を愛し、そこで生きるふつうの「ひと」たちを描く千葉在住の小説家、小野寺史宜さんがいちばん住みたいのは銀座。でも、今の家賃ではどうも住めそうにない。自分が現実的に住める街はどこなのか? 条件は家賃5万円、フロトイレ付きワンルーム。東京23区ごとに探し、歩き、レポートしてもらう連載です。

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 一度は台に住みたい。この企画のどこかで一度は○○台を訪ねたい。そう思っていた。

 可能なら海の近くに住みたいが、可能でないなら発想を変えたい。高いところもあり。家賃ではなく、標高の話です。

 浮上したのが、今回のここ、板橋区のときわ台。武蔵野台地の成増台なる高台に属するとのことで、一応、れっきとした台。決定。

 ただ、それを言ってしまうと。荒川と多摩川に挟まれた東京都区部は、沿岸部を除いてほとんどが武蔵野台地ということになるらしい。知らなかった。僕の体感での、東京の高いところ、は、そのもの坂を上らされる神楽坂や市ケ谷の辺りだけだったのだ。

 ときわ台は、漢字にすれば常盤台。東武東上線の駅名だとときわ台だが、町名だと常盤台。1丁目から4丁目まである。ちなみに、昭和10年の開業時の駅名は武蔵常盤だったという。

 台だけでなく、ときわ、に惹かれもした。無意味だが縁も感じた。

 僕は千葉県の松戸市で生まれ、しばらくは団地に住んでいた。住む棟によって新京成線の最寄駅が変わる大規模な常盤平団地。つまり、ときわどころか、ときわだい、までもが同じなのだ。

 そこにいたのは3歳か4歳ごろまでだが、ギリ覚えている。何ならこれこそが最古の記憶かもしれない。

 今もある江崎グリコのクリームサンドビスケット、ビスコを手に僕は道を歩いていた。そしておそらくはビスコ狙いの犬に追いかけられた。

 その年齢なので母も近くにいたはずだが、そのあたりは定かではない。ともかくビスコの箱に描かれていたビスコ坊やの顔と犬が柴犬であったことを覚えている。

 もう半世紀近く前のことだ。調べてみたら、そのときのビスコ坊やは3代目。今は5代目らしい。人に歴史あり。ビスコにも歴史あり。40年は食べていないであろうビスコ。久しぶりに食べてみるかな。

 と、のっけからの余談はこのくらいにしまして。

 いつもの条件、管理費・共益費込みで家賃5万円のワンルーム、でSUUMOで検索。

 葛飾区編のお花茶屋のとき以来久しぶりに、ちょっと余裕、と感じた。ありがたいことに、物件を選べた。

 駅から徒歩6分。築43年。5万円。その家賃で7畳は魅力。

 30年ぶりに乗った東武東上線を降り、まずは北口に出る。

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 やはり京成本線のお花茶屋駅のような私鉄の小さな駅を想像していたのだが、北区編の浮間舟渡同様、駅前にはそこそこ広いロータリーがある。広いのにどこかこぢんまりしたこの感じは好きだ。そこに立つだけでほっとする。

 そのロータリーから道路は放射状に延びている。大田区の田園調布と似ていなくもない。現に、板橋の田園調布、と呼ばれることもあるらしい。いきなり変化球を投げられた気分。でも僕、この手の変化球も好きだ。打てないけど。

 常盤台には、クルドサック、がいくつかあるという。袋小路を意味するフランス語。道の奥にロータリーが設けられている。住宅地に居住者のそれ以外の車を進入させない造りになっているわけだ。

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 でも居住者自身が不便を感じないよう、歩行者や自転車用の小道、フットパス、が設けられてもいる。それで反対方向の道にも抜けられるのだ。これはちょっとそそられる。家なのに基地感がある。

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 地図でもそうとはっきりわかるクルドサックを三つ訪ねたあとは、町をぐるっとまわるプロムナードを半周分歩く。

 道路の中央分離帯と言える部分にプラタナスが植えられている。住宅地でこの感じはちょっとおもしろい。何というか、和らぐ。

 クルドサックにプロムナード。こんなふうに、今回はここ、と先に決めてから調べても、その町の特徴めいたものは必ず何かしら見つかる。

 人が住むところで何も生まれないわけがない、ということなのかもしれない。土地は確かに不動産だが、そのうえでは多くのものが動く。動けば何かが生まれる。

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 小さな常盤台北口公園のわきを通り、富士見街道へ。そして町の際を西進。隣駅の上板橋の近くまで行き、若木通りにときわ通り経由で板橋区立平和公園へ。

 その園内には板橋区立中央図書館がある。中央と付く図書館は初めてなので、つい寄ってしまう。令和3年3月に移転オープンしたという新しい図書館だ。3階建て。きれい。1階にはカフェまである。

 例によって、自分の本を探す。さすが中央。文庫やアンソロジーなど諸々合わせて30冊以上置いてくださっていた。ありがたし。読まれたし。結果気に入ってくださったらで結構ですので、買われたし。

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 図書館を出て、東武東上線わきの細い道を東進。

 こうして線路沿いの道をずっと歩けるのはいい。単調で、普通なら退屈になりそうなものだが。何故だろう。逆に時間があまり気にならない。常に視界に線路があることで、自身、ちゃんと進んでいるように思えるからなのか。

 小学校の音楽の時間によくうたわされたこれ。

♪線路は続くよ どこまでも♪

 うそだ。どこまでもは続かない。どこかでは終わってしまう。だから、正しくはこう。

♪線路は続くよ ある程度♪

 そういえば、音楽をやっていたころ、こんな詞を書いたことがある。

 線路がどこまでも続きはしないことくらい知っていた

 いつか誰か人が敷いたんだから

 曲のタイトルは『トレイン・ソング・ソング』。列車のうたのうた、という意味だ。その『トレイン・ソング・ソング』は、自作『食っちゃ寝て書いて』で作家の横尾成吾が書いた小説のタイトルとしてつかった。

 自作曲のタイトルや詞は、自作小説のあちこちに出している。

 僕小野寺自身のデビュー作『ROCKER』では、何と、『ミゼットのためのフォークソング』という曲の詞を丸々載せるという暴挙に出てもいる。

 今考えれば、編集者さんがよく見逃してくれたものだ。デビュー作だから、そのときの僕は、当然、新人。新人はすごい。こわいものなし。愚か、の一歩前。

 と言いつつ、10年以上が過ぎた今も、僕はせいぜい二歩前くらいのところにいる。

 いやぁ。新人感、抜けませんよ。まあ、いろいろやっとりますよ。出版社さんをまたいで同じアパートを出しちゃうとか、登場人物を行き来させちゃうとか。架空の映画を出しちゃうとか、登場人物に自作を読ませちゃうとか。やっちゃうんすね。楽しいから。

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 で、駅に戻ってランチ。今日はキッチンときわさん。

 名前にキッチンと付くだけで僕はやられてしまう傾向がある。また、たいていのキッチンが外さないのだ。それはこちらときわさんも同じ。ナイスキッチン。

 壁の文字を見て瞬殺された、ポークソテーライス、を頂く。

 ガキのころ、千葉そごう旧店舗の大食堂で何かっちゃポークソテーを食べていたことを思いだす。

 あれはもしや、ポークソテーこそが肉料理の最高峰、と思わせることで僕の目をビーフに向かわせまいとした母の策略だったのか。

 だとしても。それはそれでいい。だってね、おいしいんすよ、ポークソテー。千葉そごうのも、キッチンときわさんのも。

 さて、後半は南口。6分歩いて物件へ。

 アパートから見えまではしないが、石神井川が近い。僕が好きな川近物件。満足。

 無事チェックを終え、その石神井川沿いの小道に入る。よき散歩道だ。

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 石神井川自体が、よき町なか川。小平市に始まり、北区で隅田川に合流して終わる。善福寺公園の善福寺池から始まっていた杉並区編の善福寺川のように、練馬区の石神井公園の石神井池から始まっているのだろうと勝手に思っていたが、ちがうらしい。

 散歩のゴールは、板橋区と練馬区にまたがる東京都立城北中央公園。アパートから20分強。園内散策に10数分。往復で1時間。そう考えれば、いいコース。ベスト。

 この公園には、栗原遺跡なるものがある。奈良時代の竪穴式住居が復元されている。柵で囲われていて、なかに入れはしない。外から見る。

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 うーむ。古代のワンルームか。と謎の感慨に浸る。

 この場所、厳密には練馬区になるようだが、ここまで来て堅いことは言いっこなし。練馬区城北公園内、メゾン竪穴。家賃、いくらかな。

 公園からときわ台駅への帰り道。川越街道を渡って、コーヒータイム。珈夢居(かむい)さんに入る。カフェというよりはコーヒー屋さん。窓ガラスにもCOFFEE SHOPと書かれている。落ちつけそうなお店だ。

 あれば頼んでしまうストレートコーヒー。飲んだことがないコスタリカを頂く。これもおいしい。

 初めてのことだが。このときわ台にも両隣の上板橋・中板橋にも、自作の登場人物は住んでいない。ただ、3キロほど離れた新板橋には、『ミニシアターの六人』の山下春子が住んでいた。

 そんなふうにして、僕は東京23区をすべて何らかの形で登場させている。名前が一度も出てこない区は一つもない。これからはさらに一区一区に厚みを持たせていきたい。

 ときわ台。特に台感はなかったが、それもまたよし。あったらあったで、坂が多くて大変だろう。

 南口側と北口側。どちらに住んでも、どちらにも行きそうな気がする。そしてそれは要するに、住みやすい町ということだ。

 豊島区編の要町ほどではないが、池袋にも近い。5駅、10分強。家賃も手ごろ。もう少し安く抑えられる可能性もある。

 シンプルに、いい。


『銀座に住むのはまだ早い』第14回は「目黒区」へ。12月末更新予定です!



過去の記事

suumo.jp

著者:小野寺史宜(おのでら・ふみのり)

千葉県生まれ。2006年、『裏へ走り蹴り込め』でオール讀物新人賞を受賞。2008年、『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。『ひと』で2019年本屋大賞2位を受賞。著書は『ひりつく夜の音』、『縁』、『食っちゃ寝て書いて』など多数。エッセイ集『わたしの好きな街』(監修:SUUMOタウン編集部)では銀座について執筆した。

写真提供:著者

編集:天野 潤平