長年、そこに住む人々の暮らしを支えてきた商店街。そんな商店街に店を構える人たちにもまた、それぞれの暮らしや人生がある。
街の移り変わりを眺めてきた商店街の長老。さびれてしまった商店街に活気を呼び戻すべく奮闘する若手。違う土地からやってきて、商店街に新しい風を吹かせる夫婦。
商店街で生きる一人ひとりに、それぞれのドラマがあるはず。本連載では、“商店街の住人”の暮らしや人生に密着するとともに、街への想いを紐解いていく。
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■今回の商店街:静岡浅間通り商店街(静岡県静岡市)
静岡駅から徒歩20分程に位置する商店街。静岡浅間神社赤鳥居よりの1番街から駿府城よりの5番街まで、約600mのストリートが南北に延びている。江戸時代に静岡浅間神社の門前町として発展し、今では老舗から新しい専門店まで約80店舗が並ぶ。地域住民だけでなく、観光客も訪れる商店街だ。
「商いの神様」に守られた商店街で生まれ育ち
静岡浅間神社の参道にあたる浅間通り。静岡を代表する門前町にある商店街も、近年はシャッターを閉めている店舗が目立ち、お店から住宅に建て直すケースも増えてきたそう。
そんな商店街の近くで生まれ育ったのが、伏見陽介さん(28歳)。2021年には静岡県内全域のビールを取り扱う、「すごせる酒屋 MUGI(以下、MUGI)」をオープンし、大好きなビールを販売しながら商店街全体を盛り上げる構想を練っている。「地元のビールと商店街の未来を、明るく照らしたい」と話す伏見さん。両者に対する、あふれる愛を語ってもらった。
MUGIの店主・伏見さん。地ビール醸造解禁の年と同じ1994年生まれ
―― 伏見さんはずっと静岡市に住んでいるのでしょうか?
伏見陽介(以下、伏見):はい。実家はこの商店街沿いにあり、生まれた場所も近くの市立病院でした。小・中学校、高校、大学も静岡市内です。本当は憧れていた向井理と同じ明治大学に進みたかったんですけど、学費・通学面を考慮して断念しました。なので生粋の静岡人ですね。
―― では、いろんな思い出が詰まっていますね。幼いころ、どんな遊びをしていましたか?
伏見:僕らの遊び場といえば、やはり静岡浅間神社。商店街から5分ほどで行けるので、祖父とはセミを捕りに、友達とは木登りやかくれんぼをしていました。
境内には御神木の大クスが。池には鯉が泳いでいる
伏見:あとは、神社の隣にある西草深公園でもよく遊びました。サッカー、鬼ごっこ、色鬼……。当時は近所に駄菓子屋「かつやま」があったので、駄菓子を買い込んでは芝生に広げていましたね。
芝生が気持ち良い「西草深公園」。今でも神社や公園で遊ぶ子どもは多いそう
―― 商店街にもよく来ていましたか?
伏見:曽祖母からもらった500円玉を握りしめ、商店街内のガチャガチャをしていた記憶があります。また文房具屋、ペットショップ、中古のゲームショップなど、子どもながらにいろんなお店を回遊していたと思います。この商店街に育てられた、と言っても過言ではないでしょう。
商店街のお祭りを楽しむ、弟と幼少期の伏見陽介さん(右)
伏見:浅間通り商店街の特徴は老舗が多いことです。2軒隣の文房具屋「タニカワ紙店」は明治時代の創業でしたし、目の前の蕎麦屋「河内庵」は江戸時代から営業しています。余談ですが、この商店街がある「宮ヶ崎町」には商いを司る神がいるらしく、商売繁盛の町なんだそう。だから、これらのお店も長年続けられているのかもしれませんね。
20歳で出合ったクラフトビールが人生を変えた
MUGIでは県内のブルワリーからクラフトビールのほか、ハードサイダー、ミードなども取りそろえている
―― 伏見さんは現在、静岡浅間通り商店街で静岡のクラフトビールを販売する酒屋「MUGI」を経営されています。ビール好きになったきっかけを教えてください。
伏見:2014年に、近所に「AOI BREWING(アオイ ブリューイング)」という静岡市内初のクラフトビール醸造所ができたんです。それで、僕が20歳になったときに両親に連れていってもらったんですよ。
「AOI BREWING」。ヨーロッパの伝統的なビールをはじめ、地元静岡産の副原料を使ったビールなど、さまざまなビール造りに挑戦している
伏見:はじめは「ヴァイツェン」と呼ばれる、ドイツスタイルの小麦ビールを飲んだのですが、その味が衝撃的でして。なぜかバナナの香りがして、聞けば発酵による酵母の働きによって醸し出されているものでした。ビールの奥深さと、うちの近所でこんなにおいしいものがつくられていることに驚きましたね。
―― それからハマっていったと?
伏見:そうですね。新しい扉が開かれました。店長さんと仲良くなってからは、飲み比べて違いがわかるようになり、より楽しくなって。その後、ビールづくりを手伝わせてもらったり、系列店のビアバーでも働かせてもらったりしました。飲むだけでなく、お客さんにビールの味や情報を伝えるために勉強していくうちに、どっぷりハマっていきましたね。
大学時代にはビールのサークルも立ち上げました。自分が入っていたサークルが飲みサークルで、なぜか基本的に「緑茶割り」ばっかり飲んでたんですよ。
緑茶割り。県民は「静岡割り」とも呼ぶそう
―― さすが、お茶の本場ですね。
伏見:でも、僕はお酒好きとして変な違和感があって、好きになっていたビールのサークルをつくりました。酔っ払うための飲み方じゃなくて、丁寧につくられたビールを味わって飲む提案をしたいなと思って。お金がないなりに、月イチで集まってビールを飲み比べたり、ビール工場を見学したり、クラフトビールのお店に行ったりしていましたね。
卒業旅行はチェコ、ベルギー、ドイツ、イギリスを巡り、ビール三昧の旅だったそう。海外のビール文化を学んだ経験が、今のお店にも活かされている
ドイツではビールを冷却する「クールシップ」という冷却槽を見学
―― まさにビール漬けの青春ですね。となると、就職活動もビール関連の企業を狙って?
伏見:そうですね。第一希望はビール会社でしたが、めちゃくちゃ狭き門で……、結局は人材広告会社の静岡支社で働くことになりました。ただ、就職後も「ビールにかかわりたい!」という思いは消えず、悶々としていましたね。それで、ビアバーの店長や常連さんと協力して静岡の「ビアマップ」を制作したり、その後も、「静岡地ビールまつり」に携わったりと、会社員の傍ら、個人的にビールに関する活動を続けていたんですが……。
―― やっぱりビールにかかわる仕事がしたいと思ったわけですね。
伏見:はい。コロナウイルスの影響により、ビール業界も苦しんでいるのを知っていたため、それで、2021年に会社を辞めました。
―― でも、なぜ酒屋だったのでしょうか?
伏見:酒屋だったら、僕が愛するビール、みんなに飲んでほしいビールを多くの人に届けられると思ったからです。飲食店ではお酒を買って帰ることはできませんが、酒屋ならそれができます。昔に比べてクラフトビールの認知度は高まっているものの、日常的に飲むビールの選択肢ってまだまだ限られているじゃないですか。でも、ビールも日本酒やワインのように、選ぶ楽しさがあることを知ってもらいたかった。
―― 特に、静岡県内には最近になって地ビールのブルワリーが増えていますからね。
伏見:そうなんです。県内には現在約26のブルワリーがありますが、そのうち半分ほどはここ数年で誕生しました。でも、歴史が浅い小規模なメーカーさんの場合、まだ生産量が少ないため流通量が少ない。とてもおいしいのに、静岡県内のスーパーでさえも買えないビールも多いんです。そこで、こうした地元の素晴らしいビールを紹介して売るのが自分の使命なんじゃないかと。そんな思いもあって、2021年の11月に「MUGI」をオープンしたんです。
クラフトビールの販売のほか、店内にはビールをその場で味わえる角打ちスペースも
芽生え始めた「商店街のために」という思い
―― 商店街にお店を開いたのは、やはり愛着があったからですか?
伏見:愛着もありましたし、とにかく商店街とかかわりたい思いが強かったですね。というのも、実家は商店街沿いにあったものの、うちは特に商売をやってきたわけではありません。ただそこに住んでいただけなので、商店街と深い関係があったわけではなくて。僕としては、せっかくここに住んでいるのだから、商店街の一員になりたいと思っていたんです。
また、現在の商店街の窮状に課題意識ももっていました。子どものころは活気があったのに、少しずつ店舗が減り、今では20時を過ぎると真っ暗です。今年の5月には、僕が通っていた「タニカワ紙店」もなくなってしまいました。仕方ないことだと思いますが、やっぱり寂しいですよね。
MUGIでは「タニカワ紙店」で売れ残った文房具を譲り受けて販売していくそう
―― 少しでも商店街を盛り上げたいという思いがあるわけですね。
伏見:はい。歴史ある商店街なのに、このまま廃れていくのはもったいないですよね。だから、僕がここで活動することで、少しでもにぎわいを取り戻すお手伝いができたらなと思いました。
この商店街って、ポテンシャルはあるんですよ。全体の数は減ったとはいえ、人気店も結構ありますからね。ただ、地元の人が気軽に集まる場所だったり、商店街にかかわるためのコミュニティの拠点がないんです。だから、MUGIがそういう場所になれたらいいなって。ビールを介し、交流人口をどんどん増やしていくような酒場にしていきたいんですよ。
―― ちなみに、このお店はもともと持ち家だった建物を改装したものだとか。
伏見:はい。僕が住んでいた家の裏に建っていて、もともとは曽祖父の居住スペースでした。曽祖父が亡くなってからは物置に使っていたのですが、両親は定年退職後にここでカフェを開きたいと考えていたようです。そこで、両親を説得……というよりも懇願してMUGIをやらせてもらうことになりました。
築70年になる古民家。リノベーション前
リノベーション後の店内。資金はクラウドファンディングでも集めた
曽祖父が市議会議員選挙で当選した際には、この建物で祝賀会を行ったそう
―― コロナ禍でのオープンでしたが、お客さんは来てくれましたか?
伏見:やはり最初は苦戦しましたね。特に、最初の2カ月間は緊急事態宣言下だったので、なかなか新しいお客さんを呼び込むのが難しくて。でも、少しずつ若い世代のお客さんがビールを飲みにくるようになって、最近は土日を中心に県外からの観光客の方もいらしてくださるようになりました。
一方で、地元のお客さんは意外と少なくて。ほかのお店の方にも聞いたのですが、最近は市内の人が商店街自体をあまり利用しなくなっていて、一度も訪れたことがない人すら少なくないようです。ですから、今後は地元のみなさんにこの商店街を好きになってもらうことが、大きな目標ですね。
MUGIには駄菓子コーナーも。駄菓子屋になりたかったという、子どものころからの夢もかなえた
―― 商店街のほかのお店とのお付き合いはあるのでしょうか?
伏見:うちは商売をしていたわけではないのですが、祖父が商店街組合には入っていたようです。そのため、僕のことを認識してくれている人もいましたし、最初にコミュニケーションで苦労したとか、慣れるまで時間がかかったということはそこまでないですね。とはいえ、商店街組合にLINEグループがあるわけじゃないから、日々のあいさつや世間話などを通して、地道につながっていくしかないんですよね。まだ、全ての店舗にあいさつできていないので、そこはもっと頑張りたいなと。
理事長のお店「フジワカ電化」にて。静岡市も舞台の2023年NHK大河ドラマに向けて、今夜は作戦会議があるそう
―― MUGIより後にできたお店なんかもあったりしますか?
伏見:ちょこちょこ、できてますね。うちの斜め向かいにも、新しいお茶屋さんがオープンするみたいです。ちなみに、新しいお店の方と仲良くなるのは、割と得意な方です。僕もお店をやり始めたのは最近だから、向こうもコミュニケーションを取りやすいのかもしれません。
これから商店街で何かを仕掛ける上でも、新しい力はとても重要です。ですから僕のように、新しく来た人、古くからいる人、どちらの立場もわかる人間がうまく間に入りつつ、商店街全体のコミュニティを強くしていきたいですね。そして、ゆくゆくは僕や仲間の提案に賛同してくれる人たちと一緒に、商店街をアップデートしていけたらいいなと思います。
ここに来れば、かならず面白い出合いがある
―― 商店街の中で、伏見さんがよく行くお店を教えてください。
伏見:よく行くのは「みかみ」というお好み焼き屋ですね。昭和感の漂う店内の雰囲気と、からしをきかせた特製ソースが大好きです。
がっつり食べたいときは「第二美濃屋」の炒飯定食、ちょっと贅沢したいときは「Don幸庵」のサーロインローストビーフですね。
上質なサーロインを独自製法で仕上げた、絶品ローストビーフ
伏見:プライベートでも仲良くしているのはラーメン屋の「豚そば 一番星」さんです。平打ちの太麺を豚肉、生卵と絡めて食べる「濃厚肉そば」が最高です。ボリューム満点だけど、ライスがマストですね。
伏見さんオススメの「ネギ豚そば」
若い店主同士、仲が良い
伏見:ほかにもおでん屋、どらやき屋、お寿司屋などバリエーション豊かだと思います。ちなみに、静岡市は全国的にも個人店の数が多いらしいです。この商店街も、個人経営の個性的なお店が多いのは、大きな特徴であり強みになり得るかなと思いますね。この商店街に足を運べば、何かしら面白いものがある。そう思ってくれる人を増やしていかないと、コンビニやスーパー、ネット通販にはなかなか勝てませんからね。
地元の下駄メーカー「mizutori」の下駄を販売する「縁joy enjoy」
伏見さんも、ここでオーダーメードの下駄を発注
ビールと商店街の未来を明るくしたい
静岡浅間神社の参道でもある商店街
――改めて、この商店街の好きなところを教えてください。
伏見:やっぱり、昔からあるアーケードに思い入れがありますね。学生時代はサッカー部で、雨の日にここをランニングしたことを思い出します。今もここを走るランナーは多くて、多くの住民がこのアーケードのお世話になっていると思いますよ。
あとは、なんといっても静岡浅間神社の存在ですね。町のシンボルですし、その参道にある商店街として誇りをもっています。ちなみに、社会人になってからは神社への参拝が習慣になりました。特に、朝に行くと気持ちが安らぎます。
静岡浅間神社。お参りついでにビールを買っていく人も多いそう
境内の百段階段。ここでトレーニングしている人の姿をよく見かけるそう
伏見:もしかなうならば、いつか神社で商店街のイベントを開催したいですね。朝市だったり、マルシェだったり、1年に1回でもいいからここでイベントができたら、多くの人に商店街を知ってもらうきっかけになると思うんです。
あとは、静岡浅間神社の例大祭「廿日会祭(※)」を商店街で行うのも、大きな夢の一つです。昔は商店街がメイン通りだったのですが、今は別の場所へ移ってしまいました。当時を知る人に聞くと、露店がずらっと並び、市外からも多くの人が集まる県内一のイベントだったそうです。いつか、そのころの活気を取り戻したいですね。
※廿日会祭(はつかえさい)……静岡に春を告げる祭典で、毎年4月1日~5日までの5日間にわたって開催される
――やりたいことが尽きないようですね。
伏見:まだまだありますよ。例えば、ドイツやフランスのように、商店街全体を歩行者天国にしたビアガーデンを開催したいです。屋外で飲みながら商店街を回遊できたら楽しいと思いませんか? イベント以外にも、商店街の飲食店や惣菜屋さんとコラボして、MUGIにいろんなお店のおつまみを置くのもいいと思います。どれも自分1人ではできないことなので、これからさらに商店街のみなさんとコミュニケーションを深めて、一つひとつ実現させていきたいです。
商店街には入りづらいお店もあるため、「商店街ツアー」もしたいそう
――これからどんどん盛り上がっていきそうで、楽しみです。
伏見:ありがとうございます。僕がMUGIを始めたのはビールにハマったのがきっかけでしたが、今では単にお店をやるだけでなく、クラフトビール自体の普及、そして商店街の活性化に貢献したいという思いがどんどん膨らんでいます。ビールと商店街の未来を明るくするために、頑張っていきたいですね。
静岡浅間通り商店街
www.sengendori.com
著者: 小野洋平(やじろべえ)
1991年生まれ。編集プロダクション「やじろべえ」所属。服飾大学を出るも服がつくれず、ライター・編集者を志す。自身のサイト、小野便利屋も運営。Twitter:@onoberkon 50歳までにしたい100のコト
編集:榎並 紀行(やじろべえ)