人生のやりなおしをさせてくれた街、大阪「四天王寺」

著: 吉村 智樹 

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夢破れ、大阪へと戻ってきた

大阪の「四天王寺」(してんのうじ)という街で暮らした期間は、わずか3年ほど。

しかしその3年間、街の路地を歩き、街の空気を吸うことで、僕はやりなおすことができた。四天王寺は僕にとって、命の恩人ならぬ、命の恩街だ。


31歳。ひと旗揚げたくて大阪から上京した。
41歳。結局、何者にもなれず、大阪へ戻ってきた。


高円寺で借りていたひとり暮らしのアパートを引き払い、こころざし半ばで帰郷を決意した最も大きな理由は「ぎっくり腰」。

往時、僕は頻発するぎっくり腰に悩まされていた。ひどいときは救急病院へ担ぎこまれるほど。

お医者様から「車椅子をお貸しすることもできますが、介助の方はおられますか?」と問われたが、恋人はおろかそこまで頼れる友人や知人はおらず、両親が住む大阪へ戻るほか選択肢はなかった。


大阪へ戻る。

それは同時に「夢をあきらめる」ことを意味していた。
Webメディアが発達し、日本のどこにいても仕事が請けられる現在とは大きく違い、当時はふるさとへ帰ると、もう東京での仕事とは「さようなら」が当たり前だったのだ。

むろん引き留められるほどの才能があれば話は別だ。が……そこを問われると哀しすぎる解しか算出されないので、ここらでご勘弁を願いたい。

とはいえ、帰郷とて簡単にはいかない。10年のブランクはあまりにも大きい。

僕が大阪を留守にしていた10年のあいだに関西の媒体はすっかり世代交代し、浦島太郎のように戻ってきた僕の姿を見ても、かつてのクライアントの反応は「お前、誰?」「今さら、何の用?」。

人とのつながりはすっかり絶たれ、コネはまったく効かない。都落ちした僕が関西で再び仕事を始めるためには、一から営業して発注元を開拓するより方法はなかった。

人生の「やりなおし」に選んだ四天王寺

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再起のために僕が選んだ場所は「四天王寺」。

四天王寺とは大阪市天王寺区にある、聖徳太子が建立したとされる日本仏法最初の官寺のこと。

「してんのおじさん」「よんてんさん」の愛称で親しまれる、宗派にこだわらない仏教の総本山だ。

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そして和宗(全仏教)総本山「四天王寺」さんの参道周辺エリアも、この寺の名にあやかって同じ名前「四天王寺」と呼ばれている。

白状させていただく。

無宗教で無信心な僕だが、このときばかりは神や仏にすがりたい一心だった。

「四天王寺で暮らせば、ご利益に授かれるかもしれない。やりなおせるかもしれない」

それまで神社仏閣にとりわけ興味もなかったのに、こんなときだけ厚かましいことを考えていた。


高い利便性にも惹かれた。

南方向へものの数分も歩けば、そこはもう一大繁華街「天王寺」「あべの」。現在は日本一の高層ビル「あべのハルカス」がそびえる、あのトレンディなシティが眼前にあるのだ。

さらに「SHIBUYA109」をはじめ有名ブランドが軒を連ね、超絶な規模を誇るショッピングモール「あべのキューズモール」がどーんと横たわり、いっそうの活況を呈している。

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かたや、西へと歩けば通天閣をシンボルとした大阪の原風景「新世界」が。東へ歩けばJR大阪環状線「桃谷」駅。駅前から長大で庶民的な商店街が伸びており、買い物や外食に事欠くことはない。

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いやそれどころか、ちゃりんこに乗れば「なんば」「心斎橋」「上本町」「鶴橋」など大阪の名だたる盛り場へ楽勝で訪れることができる。

ライブを観にいったり、飲み会で終電を逃したりしたとしても、そしてそのために宵越しの金を使い果たしたとしても、タクシーの世話にならずとも難なく家へと戻ることができる最高のロケーションなのだ。


もうひとつの決め手は、最寄駅の名前が美しかったこと。

大阪市営地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘(してんのうじまえゆうひがおか)」駅。少々長いが、なんと青春をイマジンさせてくれる駅名だろう。ドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」が大好きだった僕は、すっかり気に入ってしまった。

大阪市内とは思えぬ静けさと絶景

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転居を決めた四天王寺は、風情豊かな門前町。

想像以上に静けさと穏やかさ、そして「ありがたみ」に包まれていた。

駅からなだらかに続く参道には仏壇、仏具、仏像、仏花、線香蝋燭、装束、お供え菓子、製茶、仏教美術、占術、漢方薬、漬物、墓を造る石材屋さんなどなど、派手さ皆無な店舗がこれでもかと立ち並び、おごそかな雰囲気を漂わせている。

ここはおそらく「大阪市で最も“うっかり数珠を忘れても困らない街”」だろう。

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托鉢をする僧の姿も、ごくごく日常のなかに根づいている。どこを切り取っても枯淡な墨絵のようでハッとさせられるが、だからと言って「インスタ映え」とはまるで異なる静粛な世界だ。

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交通至便で、四周を大阪のそうそうたる人気タウンに囲まれていながら、「中津」「中崎町」のように若者が憧れる街に名前が挙がらないのは、きっとこの激シヴでシルバーなムードにあるのだと思う。

しかし東京をあきらめた後悔にさいなまれる僕には、鳥居が散見する趣深い光景がやさしく諭してくれているように感じ、軟膏のごとくこころの傷口に沁みこんでいった。

例えば喫茶店だって、この街では店名はこざかしい横文字ではない。

参拝するお年寄りに分かりやすいよう、そして遠目にも業種がはっきり分かるよう、喫茶店はあくまで「喫茶店」という名前だ。

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モーニングサービスには、焼きおにぎりがつくセットもある。

あくまで大事にしているのは、和のこころ。醤油の焦げ目とコーヒーの香ばしさがこんなにもマッチするとは。

フォークをなにに使えばよいかは謎のままだが、そういえばここは和宗の街。お客さんはユーモラスな禅問答を挑まれているのかもしれない。

こんなふうに、四天王寺にまとうやわらかな空気感に、僕の気持ちはほどけていった。


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そしてなんといっても、眺望の素晴らしさたるや!

窓を開けたときワイドに拡がる視界への感動はいまも忘れられない。遥か彼方にあるはずの梅田方面に屹立するビル群が、よどみなく、まるで手に触れられる距離にあるかのように見渡せる。

「このコンクリートジャングルで、もう一度やりなおしたい」

枯れた池に蓮の花が開くごとく、ファイトが、自然と湧きあがってきた。

なぜこんなに見晴らしがいいのか。

実は四天王寺は標高が高い「上町台地」の頂に位置しており、それゆえマンションから絶景が楽しめるのだ。

また、排気ガスが高所まで及ばないためか、大阪市内にいながらにして空気がおいしい。天上世界を思わせるこの地に、本邦初の本格的な寺院が造られたのも、おおいにうなずける。

とはいえ決してよいことばかりではない。

台地の頂上にあるため、出かけるときはどこへ行くにも転げ落ちそうな急峻な下り坂が待っている。そして帰りは猛烈ハードな上り坂となる。

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「ちゃりんこに乗れば、どこへでも」なんて考えは甘かった。

この坂を制するには、ママチャリではとうてい無理。電動アシスト自転車かバイクを要するだろう。人力車を呼ぶという手もある。

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腰を痛めていた僕は結局電車での移動が主となり、一度も自転車を使わなかった。

ご利益? 仕事運が上昇。しかし……

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物件を決めた日に和宗総本山「四天王寺」さんを参詣した。

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甲子園球場の3倍もの広さを擁する四天王寺さんは、親鸞聖人像や弘法大師修行像などビッグスターたちの彫像が点在し、まるで屋外型ハード・ロック・カフェのよう。

ほか、石舞台があり、極楽浄土の庭があり、カフェ顔負けにおしゃれな喫茶コーナーがありと、遊園地感覚で過ごしても、とても心地いい。

境内のそばには「亀かすて~ら」が人気の御菓子司「天王寺源氏堂」がある。

創業明治42年という永い歴史があるこの和菓子店は、代表取締役の奥村元英さん自ら、四天王寺さんの池で飼われている亀をかたどったベビーカステラを焼いている。

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冷えてもソフトなままの口あたりで、奥ゆかしい素朴な甘みがたまらない。

「和菓子屋がカステラを焼くので、批判もありました……」

奥村さんはしみじみ、そう語る。

なにも変わらないレトロタウンのようでいて、実はこうして少しずつ新たな風を吹き込もうとした人たちがいる。その点にも勇気づけられる。変われるんだ……変えられるんだ……と。

高揚し、調子に乗った僕は、さらにド厚かましく、四天王寺さんにこんな願をかけた。

「仕事がたくさんもらえますように。そして、彼女ができますように」

ひとつ目の「仕事」に関しては切実だったが、ふたつめの「彼女うんぬん」は客観的に見ても余計だ。ご本尊も「知らんがな」と一蹴するだろう。僕はバツイチ。離婚以降ずっとひとりだったさびしさが、まともな思考を超えてしまっていた。


そして、数週間後――。

驚いた。本当に驚いた。

「仕事がたくさんもらえますように」という願いは、なんと転居してすぐにかなったのだ。

これまで取り引きのない制作会社のあちこちへ営業行脚をし、自分でも意外なほどに反応がよく、テレビ番組の構成がなんと週に5本、スポーツ新聞の連載が一紙、決まった。

大阪でしばし沈思黙考し、静かに自分の人生を省みようと考えていたが、そんな悠長なことができるいとまはなく、台本の締め切りに追われるまでになった。

これはもう、「ご利益」だとしか考えられない。後ろ足で砂をかけるように出ていった大阪に再び救ってもらえるなんて……。やはり大阪は人情の街だ。

そして「願いをかなえてくださった」と、四天王寺さんへの感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

罰が当たった? 入院する羽目に

しかし……やはり余分なふたつめの「彼女ほちい」という願掛けに、ご本尊はお怒りだった様子。

彼女?だとすっかり勘違いしていた女性からあっさり「結婚するから」と別れを告げられた。しかもそれは、ふたりで暮らす薔薇色の日々を夢見てオーダーメイドしたダブルの高級布団が届いた日だった。

布団の請求額とともに強いショックを受けた僕は、なんと泡を吹いて卒倒してしまい、四天王寺病院へ入院する羽目に。口から謎めいた緑色の泡を吐き尽くして退院したのち、布団は実家へ送った。

両親は「突然、息子から、望んでもいないピンク色の高級布団が届く」という意味不明なサプライズ親孝行にひどく戸惑っていたようだ。

「四天王寺さんは、切実な想いは受け容れてくれる。しかし、そうでない不埒な願いには、やはり罰を与えるんだなあ」

そう思った。そりゃそうだよなと。僕が仏様でもそうするだろう。

失意の日々に現れた、もうひとりの女性

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こうして失恋による傷心(ハートブレイク)にのたうちながらもひたすら締め切りと立ち向かう日々のなかで、もうひとり、Twitterを通じ、ある女性と知りあった。

彼女は新人の小説家。苦悶しつつストイックに自らの世界を追求しようとする彼女の凛とした姿勢に魅せられた僕は、たちまちメロメロになり、もう後悔はしたくないと、すぐに再婚を申し込んだ。

彼女は驚きの表情を見せつつも、プロポーズの言葉を受けとめてくれた。

入院してそこそこ頭が冷えた僕に、四天王寺さんはしぶしぶ、ふたつめの願いをかなえてくれたのかもしれない。そして僕たちは、彼女が小説で極めようとするテーマ「京都」へと移り住んだ。

3年間の四天王寺生活は、このような意外な形で幕がおろされた。

不思議なことが次々と起きた3年間

今回の作稿にあたり、再び想い出の四天王寺の街をめぐった。

ふたりでよくランチを食べにきた、パスタがおいしいと評判のカフェ「MOGA」。食通としても知られる芸人ケンドーコバヤシが絶賛した店でもある。

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「ナスとベーコンのトマトソース」に前菜3品とパン、サラダがついて900円(税込み)とはコスパが高い。
オールド&スタンダードなしっかり味のトマトソースを久々にいただき、「こんなにおいしかったっけ?」と改めて感動した。麺のコシがむっちむちでたまらない。

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コシといえば、そうだ、僕が関西へと戻った理由は「ぎっくり腰」だった。

四天王寺を新たな拠点にして以来、今日まで、一度もぎっくり腰になっていない。あんなに頻繁になっていたのに、現在はコルセットも杖も手押し車も、倉庫に入れたまま出番がない。もし他の街へ引越していたら、腰はどうなっていたのだろう。

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陽がとっぷり暮れ、ライトアップされた四天王寺さんを訪れた。

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四天王寺さん、ありがとうございました。おかげで、なんとかやりなおすことができました。

素敵な女性とも巡りあい、再婚まで果たしました。ここで暮らした3年間を、僕は一生、忘れることはないでしょう。


ん? 待てよ?そういえば、四天王寺さんのご本尊は「救世観音菩薩」。小説家の妻のペンネームは「花房観音」。


これは……果たして偶然なのだろうか。



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著者:吉村 智樹

吉村智樹

京都在住の放送作家兼フリーライター。街歩きと路上観察をライフワークとし、街で撮ったヘンな看板などを集めた関西版VOW三部作(宝島社)を上梓。新刊は『恐怖電視台』(竹書房)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)。テレビは『LIFE夢のカタチ』(朝日放送)『京都浪漫 美と伝統を訪ねる』(KBS京都/BS11)『おとなの秘密基地』(テレビ愛知)に参加。

Twitter:@tomokiy Facebook:吉村 智樹