やっと見つけた二人の相方。築地の一畳半で磨いて、ようやく戦えるようになった――安田大サーカス・団長安田さん【上京物語】

インタビューと文章: 榎並紀行(やじろべえ) 写真:小野奈那子

団長安田さん

進学、就職、結婚、憧れ、変化の追求、夢の実現――。上京する理由は人それぞれで、きっとその一つ一つにドラマがあるはず。地方から東京に住まいを移した人たちにスポットライトを当てたインタビュー企画「上京物語」をお届けします。

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今回の「上京物語」にご登場いただくのは、お笑いトリオ「安田大サーカス」の“団長”こと安田裕己さんです。兵庫県西宮市で元気いっぱいに育ち、やがてお笑いの道へ。27歳で安田大サーカスを結成後、ほどなく上京しました。

実家住まいだった21歳のころ、阪神・淡路大震災を経験。友人の死という辛い現実に直面し、自らの人生に火が付いたと振り返ります。「死んだらいくらでも眠れるから」と、睡眠時間を削ってネタづくりやアルバイトに明け暮れました。上京後は、クセの強いクロちゃんとHIROという相方2人とともに、通称"松竹マンション”と呼ばれる一畳半の部屋で修行。現在は自転車競技やトライアスロンに没頭し、日本全国を飛び回っています。

これまでの歩みと、それぞれの時を過ごした街について振り返ってもらいました。

スポーツ推薦で進学するも、部活をサボり海へ

――  安田さんが生まれ育ったのはどんな街でしたか?

団長安田さん(以下、団長):兵庫県西宮市の甲子園口という、神戸にも大阪にも電車で20分ぐらいの駅が最寄りでした。田舎でも都会でもなく、社宅がたくさんあるエリア。国鉄や電電公社の社宅もあって、それぞれJR、NTTに変わる前からそこに住んでいました。

――  西宮というと、ハイソなイメージもあります。

団長:俺らのところは、そういう感じじゃなかったですね。大きな団地で、いろんな地方から転勤で来ている家族が住んでいました。だからクラスに1人か2人は東京から引越してきた同級生もいた。東京といっても、千葉や埼玉のやつもいましたけどね。関西の子どもらにとっては「関東の人=東京の人」なんですよ。鎌倉が東京じゃないって知ったのは、こっちに出てきてから。

――  小中学生の時はサッカー少年だったそうですね。

団長:そのころは芸人ではなく、サッカー選手になりたいと思っていました。まだJリーグ発足前でしたが、実業団のヤンマーディーゼル(現・セレッソ大阪)の練習場が近くにあったんです。電車で梅田に行く途中にグラウンドが見えて、将来はあそこに入ってやれたらいいなと。

団長安田さん

――  中学卒業後は鳥取県の高校に進学されていますが、サッカー推薦ですか?

団長:スポーツ推薦という形ですね。ぶっちゃけると、地元だと行くところがなかったんです。悪さもしていたし頭も悪かったので、先生が地元の高校を薦めてくれず、地方へ行けと。

――  いわゆるヤンキーだった?

団長:ヤンキーというより、アホすぎて良いことと悪いことの区別がついていなかった。教室に飾られていた花瓶におしっこをしたりして。毎日おしっこしたら、どれくらいでいっぱいになるんだろう?っていう、ただの興味本位です。

ただ今考えれば、小中の担任はベテランや怖い先生ばかりで、たぶん問題児だから学校のエース級を投入されていたんだと思います。

――  鳥取では親元を離れ寮生活ですよね。サッカーに打ち込んだ3年間だったのでしょうか?

団長:一応3年間は続けましたが、そんなに一生懸命だったわけでもないんです。サッカーよりも海へ行くのが楽しくなっちゃって。鳥取砂丘からつながっている十六本松という場所に、部活をサボって入り浸っていました。ハマグリを獲って、その場で焼いて食べたりして、楽しかったですね。いつしか実業団へ行きたいという気持ちもなくなって、ふらふらしていました。

阪神大震災、親友の死を経て芸人の道へ

――  芸人になりたいという気持ちは、いつごろから芽生えましたか?

団長:ずっと興味はあったんですけど、はっきりと口にしたのは高校2年生のころだったと思います。相撲部の同級生が学校を辞めたいというので、一緒に寮を脱走したことがあって、そこで「このまま芸人になろうかな」と。

ただ、それはその場のノリみたいなものもありましたし、本気でなれる自信もなかったと思います。実際、高校を卒業してから2年間くらいは建築関係やイベントスタッフなど、いろんな仕事をやりました。

――  では、その後何かきっかけが?

団長:イベントスタッフの仕事も楽しかったんですけど、やはり舞台袖から見る芸能人は華やかで、自分も表に出たいという思いが強くなりました。それで、イベントの合間にステージに立たせてもらったり、打ち上げでネタをやらせてもらったりするようになって。

団長安田さん

――  ステージで笑いをとる快感を知り、モチベーションも高まっていった感じですか?

団長:いや、むしろ酷いことを言われるほど燃えましたね。酔っぱらって暴言を吐いてきた△×社の〇△□さん(取材では実名)とか、〇△社の×□△さん(同じく実名)とか、20数年経っても未だに名前を憶えています。もちろん真っ当なダメ出しもあったと思うんですけど、当時は言われる度に「いつか芸人になって、ぎゃふんと言わせたる」と。

――  それで、芸人への思いに火がついた。

団長:ただ、それでも最後の一歩は踏み出せなかった。そんなとき、阪神大震災が起きて友達が死にました。彼は生前、僕に「お前はお笑いに行け」と言い続けてくれていた。そこでようやく決心し、松竹芸能の養成所へ入りました。いつ死ぬか分からんし、好きなことをやっておこうと。

養成所へ行きネタをつくって、深夜から朝まで解体工事のバイト。死んだらクソほど眠れるんだから、今は寝なくていいやと思っていました。自分にも当時の相方にも厳しくして、お笑いに本気で取り組むようになりましたね。

――  若手のころの安田さんは血気盛んだったと聞きましたが、お笑いに対する熱さからくるものだったんですね。

団長:血気盛んというより、ただのアホでしたけどね。20代前半のとき、番組の途中でディレクターの胸ぐらをつかんで喧嘩したりとか、本当にくそ生意気でした。しかも、その後その局で冠番組でも持てれば武勇伝にもなったんでしょうけど、二度と呼ばれなくなった。きっちり干されました(笑)。

クロちゃんというモンスターは、俺自身の姿かもしれない

――  その後、27歳のころに「安田大サーカス」を結成されます。当初は関西で活躍されていましたよね。

団長:「活躍」はしてないですね。全く仕事がなかったですから。クロちゃんたちも言うことを聞かないし。

――  アイドル志望だったクロちゃん、元力士のHIROさんに芸人のイロハを教えたのは安田さんですよね。クセ者の2人に苦労し、イライラすることも多々あったとか。

団長:ありましたね~。例えば、ネタは僕が書いているんですけど、なかなか浮かばなくて朝方までかかってしまったときがあったんです。それで、ネタ合わせに遅刻をしてしまった。そしたらクロちゃんが僕に言うわけですよ。「ネタ書いているからって偉いんですか?」って。もうね、ブチ切れますよね(笑)。

団長安田さん

あと、安田大サーカスはクロちゃんだけが嘘つきだと思われているかもしれないですけど、HIROもなかなかのもんですからね。ネタ合わせに来ないから、何してた?って聞いたら「入院してました」とか。二人ともすぐバレるしょうもない嘘をつくから喧嘩になって、ネタづくりが全く進まない。

――  ただ、それでも解散しなかった。

団長:二人と組んだとき、これが最後のチャンスだと思っていましたから。前のコンビを解散して、この世界で俺がまともに戦っても売れるのは難しいだろうと思っていたところに、えらいキャラクター見つけた!と。

――  すごい武器が見つかったと。

団長でも、錆びてた(笑)。だから磨いて磨いて、戦えるところまでもっていかなあかんなあ、と思っていました。

――  結果、今クロちゃんは大ブレイクしています。「嘘つきキャラ」「クズキャラ」としてではありますが……。

団長:今のあいつは邪念のまま生きていますよね。最近のクロちゃんを見ていると、あれは俺自身ちゃうか、と感じるときがあるんですよ。昔はあそこまで悪い人間ではなかったと思うんですけど……、俺の中のストレスとか歪みとか、悪い部分が全部あいつに移って、クロちゃんという化け物になったんじゃないかって。

それに、そういうクロちゃん的な性質って、きっと誰もが心の奥底に隠し持っていると思うんですよね。

――  団長にも僕にも、心の中にクロちゃんがいると。

団長:そう。例えば、『水曜日のダウンタウン』で好きな女性に渡そうとした指輪を、本命の子にふられたからって別の女性に使い回そうとしていましたよね。それって、かっこわるいから僕らはやらないだけで、そうした常識とか世間体をとっぱらったら「確かにこのまま捨てるのはもったいないよな」と思ってしまうところもある。

そういう、普通は常識で抑えている人間のどす黒い部分を具現化したのがクロちゃんちゃうかと。

――  確かに……思い当たるところはあるかもしれません。

団長:あんなに欲望に忠実な人間はいませんからね。こっちが話しかけても、ゲームしながら返事してくる。しゃべってんのに何でゲームしてんねん!って怒ったら、「ゲームが先でした」って平気で言いますから。

――  あっぱれなくらい欲望に忠実ですね。ある意味、羨ましい……。

団長:あれになるのは絶対にいやですけど、なんか羨ましく思ってしまう部分もあるんですよね。まあ、その代わりに彼が捨てたものは計り知れないほどたくさんあるんでしょうけど(笑)。

「東京に遊びに来たわけじゃない」仕事最優先で選んだ品川

――  東京に進出したきっかけは?

団長:大阪より東京の仕事が増えてきたので、もう上京してしまおうと。築地に芸人に住ませるために松竹が借りているマンションがあって、そこの一室に3人で住むことになりました。築地市場まで徒歩圏内なので、よく早起きして行きましたね。場外にある「築地どんぶり市場」のマグロほほ肉ステーキ丼や、「井上」のラーメンをよく食べていました。

――  満喫していますね。東京での暮らしには、すぐに順応できたのでしょうか?

団長:そうですね。ただ、3人での共同生活はしんどかったです。一畳半くらいしかない部屋だったので。

――  えっ? 一畳半に3人ですか?

団長:はい。廊下と畳に3人が寝ていました。2人がデブなんで、クーラーをガンガン効かすんですよ。だから夏でもダウンを着てました。もう、そんな生活が嫌で嫌で。

団長安田さん

――  それはしんどい……。そこはどれくらい住んだんでしょうか?

団長:1年くらいですかね。3人ともそれなりに給料がもらえるようになったので、それぞれ部屋を借りようと。でも、そこでもまたクロちゃんが「2人が出ていくなら僕はここでいい。家賃も浮くから」って、せこいことを言い始めた。

あくまで大阪から出てきて泊まるところがない若手のための部屋だから、ずっといたらアカンやろと言っても「部屋を探す時間がないんですよ」と、また違う言い訳をしてくる。だから、あいつの家を借りるのも、引越しも俺がやったんです。

――  面倒見がよすぎますね。 築地のマンションを出て、どこへ住みましたか?

団長:品川の港南口のほうですね。新幹線も使えて空港も近いから地方の仕事に行くのに便利だし、テレビ各局へのアクセスもいい。遅刻してもダメージが少ないから、HIROとクロちゃんにも品川に住めと言いました。東京には遊びに来たわけじゃない、仕事のためだということをハッキリさせないといけないだろうと説得して。それでもHIROは「おしゃれな街に住みたい!」って、ごねてましたけどね。

どの街を選ぶかで人生は変わる

――  品川の住み心地はどうでしたか?

団長:最初は利便性で選んだんですけど、住み心地も抜群に良かったです。ちゃんと住宅街があって、下町っぽい雰囲気も残っていて。品川からは少し歩きますが、戸越銀座の存在も大きいですね。ああいう昔ながらの商店街が好きなので。あとは、トライアスロンの練習ができる本格的なプールがあったら完璧ですね。

――  数年前からトライアスロン世界選手権出場を目指すチャレンジを続けていますよね。普段、どんなトレーニングをしているんですか?

団長:こないだは伊豆の下田で3日間の合宿をしてきましたよ。最終日は海で1.5kmのスイムを2本やったあとに、下田から東京まで自転車で帰ってきました。あとは、自転車の大会で130kmくらい走ったあとに、そのままランニングのトレーニングをしたり。

――  何も大会後に走らなくても……。

団長:トライアスロンはスイムとバイクの後に走るわけですから、疲れた足でランニングするのは絶好のトレーニングになるんです。せっかく130kmのバイクで“足をつくった”のに、走らないなんてもったいない。何時間もコトコト煮込んだカレーをかけずに、ライスだけで食べるようなものですよ。

ちなみに、最近は体幹や柔軟性のトレーニングに力を入れています。肩甲骨のやわらかさでは芸能界屈指だと思いますよ。片岡鶴太郎さんに次いで2位でしょうね。

――  もはやアスリートですね。東京都心部よりも郊外や地方のほうが、トライアスロンのトレーニングには向いているのでは?

団長:実際、移住も考えたんですよ。神奈川のヤビツ峠っていうところの近くに家を買おうとしました。嫁さんに猛反対されてやめましたけどね。あとはトライアスロン中心で考えるなら、それこそ地元の西宮だっていいですよね。六甲山にもすぐ登れるし、西宮のコナミスポーツクラブ本店には50mプールがありますから。

ただ、やはり仕事のことを含め総合的に考えると、品川がベストなんだと思います。結局、今も住み続けていますしね。

団長安田さん

――  最近は品川を拠点に、全国を飛び回っているそうですね。

団長:直近でも、山形、北海道、九州、大阪に行きました。品川駅、東京駅、羽田空港をフル活用しています。今の仕事のスタイルだと、品川以外に住んでいたらスケジュールが回らないでしょうね。ただ、それって偶然じゃなくて、最初に地方での仕事も視野に入れて場所を選んだからこそ、全国から呼んでいただけるようになったんだと思います。

――  別の場所に住んでいたら、今の状況はなかったかもしれないと。

団長:そう思います。ですから、どこに住むか、何を望んで街を選ぶかで人生って変わっていくんじゃないですかね。今ってネットで物件を見るだけで契約してしまう人もいるらしいんですけど、やっぱりそれだけじゃなく、実際に街を歩き、雰囲気だけでも感じた上で決めたほうがいいと思います。

僕の場合は自転車で周辺をぐるぐる見て周って、生活を想像してみてワクワクしたところを選んできました。そのおかげか、住んで嫌いになった街はひとつもないんです。


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お話を伺った人:団長安田(だんちょうやすだ)

団長安田さん

1974年4月26日生まれ。兵庫県西宮市出身。2001年、安田大サーカスを結成。2004年、第25回ABCお笑い新人グランプリ 審査員特別賞受賞。自転車芸人としても知られ、現在はトライアスロン世界選手権出場を目指し、日夜トレーニングに励んでいる。

Twitter:@dancho_yasuda

聞き手:榎並紀行(やじろべえ)

榎並紀行(やじろべえ)

編集者・ライター。水道橋の編集プロダクション「やじろべえ」代表。「SUUMO」をはじめとする住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手掛けます。

Twitter WEBサイト:50歳までにしたい100のコト

※記事公開時、リード文に一部誤りがありました。11月21日(木)17:05ごろ修正しました。お詫びして訂正いたします。ご指摘ありがとうございました。

編集:はてな編集部