10代で「下北沢」に憧れ、出入りを繰り返してきた私がこの街で暮らした3年間のこと

著者: 桜木彩佳

 

2016年の夏、私は下北沢をいつものようにフラフラと歩いていた。すると、井の頭線の高架下に見慣れない空間ができている。象でも快適に過ごせそうなほど巨大な檻。中にはいつくかの木が生えていて、テーブルや椅子もパラパラとあり、動物園をインスパイアした公園?といった体裁である。明らかにそれまでの下北沢には存在し得なかった独特な雰囲気を放っていた。

咄嗟に「誰が運営しているんだろう?」と思い近づくと、ここが3年間という期限付きでオープンしたばかりの『下北沢ケージ』というイベントパークであること、檻の隣にある黄色い建物は『ロンヴァクアン』という併設の飲食店であることが分かった。

ユニークな場所で一体どんなイベントが開催されてゆくのか、想像しきれない感覚が自分の中に残り、運営会社を示す張り紙も見つけ、ふむふむという気持ちで帰路に着いた。

 


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下北沢ケージ/ロンヴァクアン

 

当時の私は転職活動中。転職サイトを眺める日々を送っていたとある日、「下北沢ケージ責任者募集」という文字が目に飛び込んできた。

瞬間的に「これは絶対に私がやるべき仕事だァ!オラァ!」と、完全におかしなスイッチが入ってしまい、猛烈な勢いで応募。二度の面接を経て、無事に「下北沢ケージ責任者」を名乗ることになり、直後に下北沢のアパートへの引越しも決めてしまった。

 

こうして文字どおり下北沢にどっぷり浸かる3年間が始まった訳だが、私がそもそも何故こんな勢いで行動してしまったかという所以は、10代のころまで遡る。

 

憧れを許容する街「下北沢」

私は多摩ニュータウン育ちで、高校の時はハンドボール部と軽音部を兼部。ジャージ姿でライブをしたり、ボールが入ったバッグとギターケースを背中でバッテン掛けにしたりとカオスな日々を過ごしていた。進学校だったが勉強にはついていけず、「CDジャケットのデザインがしたい」と、美大へ進むことに。

卒業式も終えた春休み、CD屋の試聴機で「ZAZEN BOYS」というバンドの音源に出会い、脳天に雷が何発も集中直撃したような衝撃を覚える。このバンドのフロントマンこそ、私の人生を大きく変えることになる向井秀徳さんである。

 

晴れて美大生になれた私は、望んだはずのデザインの授業にピンと来ず、向井さんを軸にいろんな音楽を掘り漁ることにハマった。

学校よりもライブや向井さんの布教活動に熱中した結果、「向井秀徳」とググって出てくる記事にはすべて目を通したし、ライブの際は入り待ちや出待ちをしていた(なぜか眼鏡拭きと野菜ジュースを手渡したこともある)。

握手をさせていただいた際に、向井さんにも自分と同じように体温や骨が存在するという事実に驚愕するほど、私は彼を神格化していた。酔狂を名乗る向井さんに影響を受け、赤提灯系立ち飲み屋にも足繁く通うようになったし、当時のmixiアカウントやメアドは向井さんの歌詞からインスパイアしたものに設定。当時は匿名系のブログも流行っていて、私のブログ名は向井さんがかつてやっていたバンド・NUMBER GIRLの影響を受けたBaseBallBearの曲名で、ブログの説明文は「美術をやりたいロキノン厨」だった。

 

そのころから、下北沢に行くことがステータスになっていた。

漫画を買いにヴィレヴァンに、曽我部恵一さん・吉本ばななさんの影響でCCCことCITY COUNTRY CITYや茄子おやじでご飯を食べ、一軒家の隠れ場的カフェにもかぶれ、mois cafe(現在は閉店)で煙草を吸う自分にうっとりし、小演劇もよく見ていた。

向井さんが突発的に路上でアコギ片手にゲリラライブを敢行するのもいつも下北沢だった。下北沢には私の憧れがたくさん詰まっていた。

 

2005年には、下北沢の再開発計画を考えるプロジェクトイベント「S.O.S.(The Sound of Shimokitazawa)」に参戦し、ステージからダイブしてきた銀杏BOYZ峯田和伸さんのお尻を揉みくちゃな中で触ったことが良い思い出である。下北沢で再開発というものが進んでいるんだなと知るきっかけにもなった。

 


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CCCの生パスタとレモンビールに歓喜する2012年の私

 

結局大学はデザイン学科からアート学科に転科し、仕事というものにピンと来ないまま卒業。モラトリアムフリーターをキメていたが、とあるライブハウスがブッキングスタッフを募集しているのを見つけ「ブッキング」という言葉の意味も分からないまま、面接で好きなミュージシャンを延々と羅列しているうちに、とりあえず「ブッキング」とやらを始めることになった。具体的にはライブハウスでのイベントを企画し運営するという仕事だ。

 

ライブハウスでの仕事は毎日終電を超えるため、自転車圏内の都心に引越す必要があり、私は向井さんのスタジオがあるという理由だけで笹塚を選んだ(偶然すれ違ったらどうしよう!?という誇大妄想は現実にならず)。笹塚から下北沢は歩いて20分なので、休みの日にはよく新台北の山盛りビーフンや山角の定食を食べていた。

高校生のころに「CDジャケットのデザインがしたい」と思っていたが、イベントをつくる仕事にやりがいを感じる中で、本質的にはデザインがしたかった訳ではなく、音楽自体にかかわりたかったんだと、気づかされた。自分の企画イベントに、向井さんが出演してくださった時には、一つの達成感を得ることができた。

 

新しいイベントパーク『下北沢ケージ』

そんな私が数年後にできたばかりの『下北沢ケージ』前を通りがかるのは自然なことで、下北沢の街に開かれたイベントスペースの運営というものに興味を抱かない訳がなかった。

 

『下北沢ケージ』は、井の頭線の高架橋化工事の一部完了に伴って利用可能となった高架下空間を、3年間の期間限定で有効活用するという名目のもと始まったプロジェクト。運営メンバーの中でも常に「3年間」というキーワードが出ていた。

この場所が新しく面白かったのは、下北沢は劇場、ライブハウス、カフェ、古着屋、レコード屋、飲食店など、ほとんどのお店が道路沿いに密集している中、広場のように留まれる空間が皆無に等しい構造であったところに、あえて自由度の高い余白を提示したことだと思う。

この余白に一体どんな可能性が秘められているのか、運営する私たちもイメージしきれてはおらず、「こんなことって、できたりしますか……?」という相談の一つひとつが、この場所の可能性をどんどん拡張していったように思う。人によって『下北沢ケージ』に抱くイメージやインスピレーションが本当にさまざまで毎回刺激的だったし、ここで何かを試してみたいという気持ちを、可能なかぎり実現できる場所でありたいと思っていた。

 

その結果、日常的に小さなお子さんたちが遊びながら横でママ会がおこなわれたり、犬の散歩コースや若者たちの憩いの場としても機能したり、古本やレコードなど下北沢らしい買い物が楽しめるマーケットイベントや音楽イベント、ダンスや演劇の公演、最後の冬には長期の野外サウナイベントも開催することができた。

 


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『SEBASTIAN X PRESENTS TOKYO春告ジャンボリー2017』

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音楽好きから始めるフード&カルチャーイベント『GOOD VIBES NEIGHBORS』

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下北沢で25年以上続く街の音楽祭『下北沢音楽祭』

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ナイス&ヤングな古本屋による古本市『TOKYO BOOK PARK』

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約20店舗のレコードショップや豪華ゲストによるマーケット『TOKYO RECORD MARKET』

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『SANABAGUN.夏祭り!2018』

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『CORONA WINTER SAUNA SHIMOKITAZAWA』

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わたしもおもいっきり、ととのった

個人的なトピックスとしては、かつての私を下北沢に連れてきてくれた、曽我部恵一さんや峯田和伸さんにもケージのイベントでお会いできたのが、とてもうれしかった。仕事としても、それまでのライブハウスとは違い、天候に左右される野外のスペースであること、また街を行き交う人々がラフに出入りできる環境づくりに携わったことで、かつて音楽やサブカルチャーにしか興味がなかった寄り目状態の私から、草食動物的に目の位置がグッとワイドになり、認識できる視野や感覚や経験値が爆上がりしたように思う。

 

下北沢で暮らすうちに好きなお店もたくさんできた。

スーパー・オオゼキは野菜もお肉も魚も新鮮で活気があり、特に朝のオオゼキに並ぶ食材たちの水々しさやラインナップはほぼ美術館のようでうっとりする。花屋・ペニーレインしんかえんでは多肉植物や鉢ものをたくさん買ったり(驚愕の安さ)、残念ながらもう無くなってしまったけれど、深夜まで空いているバー兼花屋・GARDENAではよく切り花を買った。下北沢の本屋といえばB&Bだし(しっかり選書されていて展示も面白くて何よりビールが飲める!)、ケージの目の前にあるコーヒースタンド・BOOKENDS COFFEE SERVICEにはメニューが沢山あり、冬のイベントのあとでもホッと一息つけるのが、ありがたかった。ケージでやっていたラジオ番組「SHiMOKiTAZAWA STATiON RADiO」のゲストでもご出演いただいた・もつや長光の味噌もつ鍋は何度食べても最高!激しくおすすめです。

 

でも、やっぱり一番特別だったのは、手前味噌ながら下北沢ケージ併設の『ロンヴァクアン』だった。今の私の身体を形成する神経や細胞たちは、ほとんどロンヴァクアンによるものだろうと冗談抜きで思う。

ロンヴァクアンのバインセオやフォー、カオマンガイ、ヌクマムバター味のポテト、異常に美味しいフレッシュなサワーたちを思い出すと、今でも脳からヨダレが出そうでマジで危ない。音楽好きなスタッフたちが、ケージでのイベントとも連携したおいしいフードやドリンクをたくさん開発し、提供してくれた。新しい場所がオギャーと生まれて、ムードが育まれていく段階で、こんなにも「食」というコンテンツが重要になることも大きな学びとなった。

 


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ロンヴァクアン店内では、DJや音楽ライブイベントが何度も開催された

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イベントごとに限定コラボフードやサワーなども展開。これらがとんでもなく美味しかったことも、この場がグルーヴして盛り上がった大きな理由のひとつ

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にぎわうケージとロンヴァクアンの間の通路

 

バイブスが交差し、蠢めく街

そんな下北沢にもタピオカブームが訪れ次々とタピオカ屋が建ち、街の景色も目まぐるしく変わりゆく下北沢ケージ3年目の初夏。私は友人と「百楽門酒家」で火鍋をつついていた。すると知り合いから鬼電が。なんと、あの向井さんが今、下北沢で路上ライブを敢行しているという極上バリヤバ生情報を教えてくれた。

友人たちには申し訳なかったが速攻でお店を出ると、マクドナルド近くのABCマート前に人だかりが。向井さんの好きなお酒をコンビニで買い込み、お供えのように向井さんの前に置き、地べたに座りとにかくガン見。私が到着した時点で、向井さんと周りを囲むオーディエンスが1曲ずつ交互に歌うという何とも自由な空気になっていたのだが、ZAZEN BOYSの極上ラブソング「KIMOCHI」のイントロが始まった際に向井さんがこう言う。

 

「誰かガールと歌いたいな。誰か一緒に歌いたいガールはおりますか?」

内心発狂しながら、反射的に天空を突き刺す勢いで挙手する私。そのガールは私です。

「お(手招き)」

なななんと、向井さんの隣に座り、デュエットさせていただいてしまった(絶句)。しかもスーパー僭越ながら、椎名林檎パートのハモりを重ねてしまった(向井さんの微笑みに更に絶句の心地で熱唱)。

 



この瞬間を撮影してくださった方には感謝しかない。 

 

「夢だ気が狂う夢だ気が狂う夢だ気が狂う」と言い聞かせながら、その翌日、ANJALIでカレーを待っているとき、やっと現実に起こったことなのだと頭が理解し、カウンターでひっそり、ちゃんと泣いた。

 

下北沢を行き交う人は、昔から共通して「なにか面白いもの」を探しているような期待感をもっている気がする。私が向井さんとデュエットすることができたように、この街にはあらゆるウルトラスーパーミラクルが起き得るし、それを受け入れるような広い懐が存在する。その空気感に促され、実際に行動を起こす人々の蠢きに、私自身はきっと救われてきたんだと思う。

こうして、たくさんの素晴らしく幸福な瞬間と出会いと貴重な体験と気づきと拡張を与えてくれた唯一無二の『下北沢ケージ/ロンヴァクアン』は、ありがたくも多くの方に惜しまれながら、2019年9月に3年間の営業を終えた。

 

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かつて『下北沢ケージ/ロンヴァクアン』があった場所は、現在、それこそ長めの夢だったのかなと思えるほど跡形もない更地になっている。けれど私の中には、エモーショナルな気持ちだけではなく、どっしりとした実感や手触りがお土産のように大きく残されている。

 

その後、引越しをしても結局下北沢の徒歩圏内に落ち着いてしまったし、この4月からは縁あって、またしても下北沢の新しい複合施設『BONUS TRACK』内の運営にかかわらせていただいている。街の新陳代謝に伴って、自分自身も移ろいでいる間に、新型コロナウイルスが猛威を振るい、物理的に人々は集まることができなくなり、これまで成立してきたことの多くが成立しない・しづらい世の中になった。同時に、私自身は人に生かされていたのだなということにも強制的に気づかされた。

場所がなくなっても自分の中に残った手触り、もっとカジュアルにいうところのバイブスは、コロナだろうが変わらず残り続けるイメージが描ける。今後もそういった温度のある縁や繋がりを、取り零さず抱え撫でながら、柔軟に更新し続けていきたい。

 

 

※『BONUS TRACK』では、現在ウイルス感染対策をしながら、3カ月限定(コロナが収束すれば早まる可能性あり)で、徒歩もしくは自転車圏内の近隣の方に向けて「お散歩プラン」という形でのシェアラウンジ会員を募集しています!テイクアウト物販や、少人数での撮影や配信スタジオとして利用できるスペースもご用意しています。

www.omusubi-estate.com

 

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著者:桜木彩佳

桜木彩佳

スペース運営・イベント制作。1986年大阪出身、多摩育ち。多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース卒業後、都内ライブハウスでブッキング修行。株式会社TASKOを経て、株式会社東京ピストル(現・株式会社BAKERU)に所属し『下北沢ケージ責任者』『HOLSTER管理人』を担当。2020年よりフリーランス。同年4月にオープンする『BONUS TRACK』MEMBER’S マネージャー。ファストカルチャー系バンド・1980YEN(イチキュッパ)ではダンスと歌唱を担当。趣味はコラージュをつくること。
Twitter:@ayaka__sakuragi
note:@ayaka___sakuragi

編集:Huuuu inc.