大学生だった私。“耳をすませば”の街「聖蹟桜ヶ丘」で感じた自己責任の生き方

著: ナカノヒトミ 

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“ コンクリート・ロード どこまでも
森を伐り 谷を埋め
西東京(ウエストトーキョー)多摩の丘(マウントタマ)
故郷は コンクリート・ロード ”

 

映画『耳をすませば』の中で、主人公の月島雫が『カントリーロード』の替え歌をつくっていた。そこで皮肉交じりに歌われるのは、かつて山だった場所を切り開いてできた多摩の街並みだ。

 

長野で生まれ育った私が、東京の大学への入学を前に家族や親戚から散々聞かされた言葉がある。それは「東京みたいなコンクリートばかりのところ、住むところじゃない」。

高速バスで新宿へと降り立ち、無機質なビルが乱立する都心の風景を見た私の頭に浮かんだのも、同じ言葉だった。


しかし、東京のベッドタウン・多摩の丘から家がぎゅうぎゅう詰めになっている住宅街の姿を見たとき、東京も住むところなんだ、と安心したことを今でも覚えている。

 

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私が地元を離れて上京したのは2010年のこと。「いきなり東京での一人暮らしは不安だ」との両親の配慮で、いとこ宅のある中野区・中野坂上でまずは半年間の居候生活を過ごした。その後、大学卒業までの3年半を多摩市・聖蹟桜ヶ丘で想い出深い時間を送ることになった。

 

京王線「聖蹟桜ヶ丘駅」で電車の発着を知らせるメロディーは、あの『カントリーロード』。ホームに降り立つたび、『耳をすませば』のシーンが胸に蘇ってくる。

 

 


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聖蹟桜ヶ丘は『耳をすませば』の舞台であり、映画のファンにとっては「聖地」ともいえる場所。地元・多摩大学の学生の声をきっかけに、聖地巡りのマップを作成したり、看板を立てて整備したりと街ぐるみで映画の世界観を守ってきた。


私にとって、『耳をすませば』を夢見て過ごした聖蹟桜ヶ丘での生活は楽しくもあったが、挫折とさえ呼べない苦い経験をした3年半だった。

 

 

『耳をすませば』に憧れて 

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聖蹟桜ヶ丘駅西口の広場に聖地をめぐる散策マップが立てられている。街歩きの際はぜひ参考に

 

小説家志望の月島雫と、バイオリン職人を目指す天沢聖司が出会い、淡い恋をする。そして二人は少しずつ、お互いの夢に近づいていく。『耳をすませば』で描かれるのはそんなストーリーだ。

 

中学生で映画を初めて観たときから、雫たちの物語は私の憧れだった。だから、合格した大学の通学圏内に映画の聖地があると知って、住まずにはいられなかった。

映画の中では、聖蹟桜ヶ丘の街並みが忠実に描かれている。引越し後の私は、映画の思い出と実際の景色を照らし合わせながら、街を散策してまわった。街並みは映画のイメージそのもの。都心のようにせかせかとした雰囲気はなく夜も静かだ。この場所を選んで本当によかった。

 
ここで、私が特に印象に残っている「映画の聖地」を3つ紹介したい。

 

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まずは作中、雫が同級生の杉村に告白された金毘羅宮。実際の神社では、写真右手の機械で恋みくじが引けるようになっている。

 

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そして映画の序盤、聖司の祖父の飼い猫である猫・ムーンを雫が追いかけたロータリー。この辺りは「桜ヶ丘」という名前のエリアだ。

その名の通り小高い丘の上にあり、晴れた日は都庁やスカイツリーも見渡せる。

 

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また、ロータリーに店を構える洋菓子店『ノア』にはぜひ立ち寄って欲しい。

 

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その理由は、クッキー詰め合わせ(720円)を購入すると映画や聖蹟桜ヶ丘への思いを書くことができる「耳すま思い出ノート」だ。なんと46冊目というのだから、ファンの多さがうかがえる。

『ノア』は作品には出てこないものの、映画のファンが訪れては、作品への愛を確かめる場所になっているのだ。

 

 

あっさり諦めた進路のこと

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さて、ここで私の話に戻ろう。そもそも私が東京の大学を志望した理由は、浪人時代にハマったお笑いの影響で、テレビ番組の制作に携わりたいと思ったからだ。

 

そのため、テレビやラジオにツテがあるという噂を聞いて、入学早々「アナウンス研究会」に入った。100名近くが在籍するこのサークルには、アナウンサーや声優を目指しスクールに通う人や、テレビやラジオの制作スタッフを目指す人などマスコミ業界を夢見る人が沢山いた。

 

年に4〜5回、学外向けにラジオドラマやVTRなどの作品をつくる活動は、高校の文化祭の延長のようで楽しかった。

 

しかし入学時に燃え上がっていたマスコミ業界への熱は、大学2年生を迎えるころにはシュルシュルとしぼんでいた。「番組制作の現場で徹夜は当たり前で、家に帰れない日も続くらしい」という先輩たちの話を聞いてから、なんとなく嫌になってしまったのだ。

 

マスコミへの熱があっさり冷めてしまいバツが悪くなったことに加え、バイトを始めたこともあり、私はすっかり幽霊部員になってしまった。

 

サークルには顔を出さなくなったものの、サークル外で遊ぶ同期の友達もできていたため大学生活に支障をきたすことはなかった。卒業後の進路よりも、今を楽しむことの方が大切だった。

 

多いときには3つの職場を掛け持ちし、バイト代は月に10万円近く稼いでいた。しかし、宵越しの金は持たないぞ!とばかりに、稼いだお金は貯金もせず旅行や飲み会代に費やす日々。「学生時代を楽しく生きたい」という気持ちが毎日のエンジンになっていた。

 

 

小さくまとまった便利な街

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聖蹟桜ヶ丘は生活に困らない街だ。駅周辺に大きな商業施設が集まっているので、日常的な買い物をするのにわざわざ電車やバスで移動する必要はなかった。

 

とりわけ京王グループのお膝元ということもあり、グループの関連施設やサービスが充実している。文房具やキッチン用品、化粧品などの生活雑貨は駅ビル内のショップ『京王アートマン』で大体手に入る。

 

また、多摩地域をつなぐ京王バスは電車と並ぶ市民の大切な移動手段だ。駅に直結する12の乗り場から、多摩センター、永山、稲城方面へと発着する。

 

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カルチャー面は駅前の商業施設『OPA』が支えている。OPA内のブックオフからアニメイトへとはしごし、購入した本を1階のスタバで読めば、満足感のある休日になった。

 

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当時、私が住んでいたのは家賃5万6000円で7.6畳の1K、新築の木造アパートだった。

 

アパートのある聖蹟桜ヶ丘から大学までは、電車と徒歩を合わせて30分弱。一方、一人暮らしをしていた友達の多くは大学の徒歩圏内に住んでいた。大学への通いやすさという点では劣るが、それでもこの街に住むことに意味があったので、気にはならなかった。

 

家周辺でお気に入りだった場所は多摩川の河川敷だ。川の流れはゆるやかで、対岸にはNECとキユーピーの大きな工場が並んで見える。橋を渡ると府中市だ。

 

仲のいい友達のほとんどが実家暮らしだったので、やれ誕生日会だの、やれクリスマスパーティーだの、ことあるごとに私の家に人が集まった。1限の授業に遅刻するまい!と朝食の食パンをくわえて友達と河川敷の道を走ったこともあった。

 

一人暮らしだからといって寂しくなることはなかったし、楽しい時間だけをぬるっと共有できる友達の存在はとても居心地がよかった。

 

 

ハマれる何かを探していた

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しかし、大学3年の秋口になると状況は一変した。あれだけ「ずっと大学生でいたい」と嘆いていた友達がみなスーツに身を包み、愚痴をこぼしながらも就職活動に励むようになっていた。自己分析して各業界の研究を進める友達は、気づけば皆んな自分よりも確実に社会人に近づいていた。

 

「建築ならハマれるかもしれない」

 

友達が少しずつ内定をもらい始めた大学4年の4月、私は大学と並行して中野にある建築の専門学校に通うようになった。

きっかけは大学3年から所属したゼミで「建築」に興味を持ち始めたこと。そんな折に、専門学校で週2回、2時間の授業を2年間受ければ、建築事務所で即戦力として働けると耳にしたのだ。

 

「就職活動をしたくない気持ち」と「建築に対する好奇心」が導いた進路が「専門学校に通い建築事務所で働く」ということだった。

 

就職活動をやらねばならないことに変わりはないが、もしかしたら専門学校のなにかしらのツテで働き口が見つかるかもしれない。そんなよこしまな考えを持っていた。それでも行動力だけはあったので、専門学校1年目の授業料はローンを組み、ヤフオクとブックオフを駆使して必要な道具をそろえた。

 

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専門学校の授業がある日は帰りが22時を過ぎるので、聖蹟桜ヶ丘駅構内で23時まで営業しているつけ麺『桜坂』によく行った。そう、上京してハマった食べ物のひとつが「つけ麺」だ。私が注文するのは決まって濃厚つけ麺(800円)に玉ねぎトッピング(100円)の組み合わせだった。

 

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同じく上京してハマったのが『なか卯』の親子丼(並・490円)。夕食は『桜坂』と『なか卯』をローテーションすることが多かった。専門学校からの帰り、夜遅くの一人の食事にはチェーン店がありがたかった。22時まで営業していた駅前の『フレッシュネスバーガー』や『ミスタードーナツ』にもよく通った。

 

今思うと、個人経営の飲食店にもっと行けばよかったと後悔している。当時の私にとって、個人経営店に気軽に通い、常連になることはハードルが高かった。

 

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上の写真は、いつも気になっていた飲食店の集まっているビルだ。後輩がバイトをしていたビル2階のカフェ『FETHER STONE HOUSE』には二度ほど足を運んだ記憶がある。

 

ビルの向かいのゲームセンター『セントラル』に通い、500円投げ放題のダーツを半日やっていた時期もあった。大学生活における時間の10%くらいはダーツに費やしたと思う。『セントラル』の建物はとり壊され、現在は高級焼肉店になっている。

 

 

向こう見ずの応酬

専門学校での建築の勉強はとても刺激的だった。図面を引き、模型の組み立てることに楽しさを見出していた。

 

「1年目は大学とダブルスクールをして、2年目はフリーターで稼ぎながら通えばいい」

 

自分の中では、そんなざっくりとした計画を立てていた。大学4年になると授業は週1コマしかなかったので、バイトと専門学校が生活の中心となっていた。

 

しかし、提出必須である大学の卒業論文が想像以上にヘビーだったことに加え、専門学校で求められる設計のスキルが徐々に高くなり、課題に太刀打ちできなくなっていった。そのため、専門学校に通うモチベーションは急降下してしまった。

 

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見つけたはずの将来の設計図は脆くも崩れ、しばらく悶々とした日々を過ごした。しかし、多摩川の河川敷でだらんと足を伸ばして川の流れをぼんやり眺めていると、なんだか気持ちが晴れた。

 

川にかかる関戸橋の下で、近くの高校の吹奏楽部の子が練習していたのだろう。平日は決まって夕暮れ時になるとサックスの音色が聞こえた。下手とも上手いともとれないロングトーンは毎日、毎日聞こえてきた。

 

結局、2年目の授業料を支払う目途が立たず、専門学校は入学して1年足らずで退学することになった。1年目の授業料のローンの返済は残ったまま。そして可も不可もなく仕上げた卒業論文を提出し、煮え切らない気持ちのまま大学を卒業した。

 

 

根性の有無を問いただす街

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“人と違う生き方は、それなりにしんどいぞ。何が起きても誰のせいにもできないからね”

 

『耳をすませば』の中で、小説家になることを家族に告白した雫に対し、彼女の父はこう返した。この作品の本質は、雫の父の一言に詰まっていると思う。「選んだ道から逃げるんじゃないよ、そこに根性はあるのか」と問いただしているのだ。

 

生活の充実度を思えば、自分の大学生活に後悔はない。しかし一方で、当時マスコミや建築の業界に憧れていた友達が夢を叶えたことを知ると胸がざわつく。大学生活において、私に根性があったとは到底思えない。

 

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さわやかさや甘酸っぱさに憧れて暮らした『耳をすませば』の街に残ったのは、苦い思い出だった。

 

私のその後といえば、とある会社に大学卒業目前に運良く拾ってもらい、3年間勤めた。入社して1年経つころには専門学校の授業料を払い終え、少し安心した。そして、1年前にライターとして独立をした。

 

フリーランスとしての生活は楽しいことばかりで、なにより自由だ。辞めるのも続けるのも自由。だからこそつらいこともたくさんある。

 

“人と違う生き方は、それなりにしんどいぞ。何が起きても誰のせいにもできないからね”

 

大学生活を思い出すと、ヒリヒリとした感情が蘇る。もしかしたら今こそ、根性が試されている時なのかもしれない。

 

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著者:ナカノヒトミ

ナカノヒトミ

1990年長野県佐久市生まれ。ウェブメディアを中心に執筆を行うフリーライター。歴史を感じるもの、小さいものが好き。

Twitter:@jimonakano

note:https://note.mu/jimonakano

※記事公開時、「散策マップ」が立てられているのが「聖蹟桜ヶ丘駅東口の広場」となっておりました。読者様からのご指摘により、2月23日(金)11:30に「聖蹟桜ヶ丘駅西口の広場」に修正いたしました。ご指摘ありがとうございました。

編集:Huuuu inc.