肌が記憶したこの街の風景、札幌|街と音楽

著者: 山田碧(the hatch)  

自室、スタジオ、ライブハウス、時にはそこらの公園や道端など、街のあらゆる場所で生まれ続ける音楽たち。この連載では、各地で活動するミュージシャンの「街」をテーマにしたエッセイとプレイリストをお届けします。

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私が生まれ、育ち、住んでいる街、紛れもなく地元である札幌市。

多くの機能や施設が中央区に集約され、他の地区は大半が住宅地とあきれるほど広大な森林が占める極端な街だ。歴史が浅く、雪も重たいため、風情のある日本家屋などはなく、かといって真新しい建築物が軒を連ねることもない。

私はそんな退屈な街並みを、昼も夜も、友達といるときも、ひとり思い悩むときも、ことあるごとに散歩をするのが好きだ。

深夜、人通りの少ない車道の真ん中を歩きながら手を叩き、抜けていく音、跳ね返る音を確かめる。季節によって移り変わる気温と湿度は、鳴らされた物の音像も移り変える。

特に冬は雪が深くなるにつれて少しずつ音を吸い込み、最後は足音や、車の音さえ響くことはなくなって、不自然なまでに静まりかえる。

氷点下まで冷え込み、ひどく乾いた空気は、湿度に遮られることなく、その物の音を実直に耳まで届けてくれる。そのうえ、この街の冬は一年の半分近くを占め、土や草花の存在を忘れるくらいにとにかく長い。

ここで生活する以上、ここで鳴らされた音が付き纏う。そして紛れもなく自分の音楽の全ては、この街で生まれてきた。

 

初めての音楽体験、生まれ育った芸術の森

私の出身は札幌市の南区。

札幌市10区の中で最も広い面積を持ち、その9割近くを森林が占める。住宅地にも大型の公園や自然が多く点在する、住み良く落ちついた場所だ。

私が住んでいた家は住宅地の外れにあり、裏は見渡す限りの森林。近くのスーパーまでは歩いて1時間ほどの距離があり、朝に起きると隣の林でキジが鳴いていたり、飼い犬とキツネが吠え合って喧嘩していたりと、とても中心部と同じ札幌市とは思えない光景ばかりだった。

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そこから歩いて10分ほどに位置する『芸術の森』は、自然に包まれた美術館や工房、野外のステージや音楽練習室などがそろった総合芸術施設の名前であり、そのエリアの地名でもある。

小学生のころ、この会場を拠点に活動する学生ビッグバンドに参加していた私にとっては、自分と音楽に初めて接点をつくってくれた大切な場所だ。

とはいっても、当時は音楽よりも動物への興味に傾いていて、練習そっちのけで構内の池や森に忍び込み、ドジョウやカエル、ヘビの採集に明け暮れていたので、思い出せることといえば、トカゲの産卵やヘビに噛まれたことなど、そんなものばかりだ。

この自然に囲まれながら音楽に触れて育った体験は、きっと今の音楽の価値観に色濃く影響しているように感じる。

 

「色」のない、ただ音楽を許容するSOUND CRUE

成人してから移り住んだ中央区周辺は、いわゆる道外の人たちがイメージする『札幌』の中心地的なエリアだ。

北海道随一の歓楽街があるこのエリアには、多くのライブハウス・クラブハウスが立ち並んでいる。そして、大抵のライブハウスには扱う音楽ジャンルをはじめとしてさまざまな「色」がある。

良くも悪くも人間関係が露出しやすい小規模の箱では、その色に魅せられてさまざまな人が集まる。ということはその逆も然り、寄せ付けない理由になることもある。

『SOUND CRUE』は、札幌テレビ塔のすぐ近くに構える小さなライブハウスだ。

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バンドを始めたのが遅かった私は、好奇心に身を任せて色々なバンドに加入し、礼儀もクソもなく界隈に首を突っ込んではトラブルばかり起こしていた。

the hatchの活動を通して多少落ち着いてからも、決まった人間関係に傾倒する意味を感じずにフラフラしていたので、それ相応に浮いた存在だった。

そんな中、シーンやジャンル、規模といった決まった「色」に縛られず、ただ音楽と真摯に向き合うこのライブハウスは、未知の音楽を追いかけて、変わり続けることを望んでた自分にとって、余計な隔たりを持たずに寄り添える紛れもないホームの一つだ。

オーナーがレコーディングエンジニアでもあり、the hatchの1stアルバム『Opaque Age』もこの場所で製作している。

スタッフ全員、その場で鳴らされ消えていく「音楽」という瞬間的な芸術の可能性に諦めを持たず、新たな刺激を求めつづけてくれる。

お店としては商売下手なところもあるが、必ず音へのクオリティで段違いの説得力を魅せてくれる。音楽が好きなら愛せずにはいられない場所だ。

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 音楽がフェアに降り注がれる場所、Precious Hall

SNSを見ていると、クラブハウスがコミュニティの中における自分の存在の誇示に利用される場面が少なくない。そんな中ここ『Precious Hall』は、店内撮影は禁止、そしてフロアへ向かうと誰がいるかわからないほど真っ暗な空間が用意されている。

お洒落をしてフロアの隅に立っていようが、仕事終わりにヨレたTシャツと穴の開いたスニーカーを履いて、汗だくで踊っていようが、誰しもに等しく音楽は降り注がれる。

どこへ行っても多くのノイズが遍満する今、音楽の恩恵をストレートに受けることができるこの場所に訪れる度、自分が見つめるべきものや音楽を通して伝えるべきことを見落とさないようにと、背筋が伸びる。

多くのダンスミュージックが低音に偏りがちな中、Precious Hallは、またここで回すこの街のDJたちは、過剰に着色された低音を鳴らさず、ハイエンドの美しさを保ち、その作品に敬意を持った美しい音で音楽を楽しませてくれる。

これほどまでにピュアな音を大切にできるのは、きっとこの街に漂う澄んだ空気の後ろ盾があってこそだと思う。

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演奏はもちろん、再生されたレコード、通りに落ちる枯れ葉の音さえも、その街の空気や床を伝い、肌や鼓膜は揺れて記憶する。

シーンや文化に関係なくこの解像度の音が、この街には見落としてしまいそうなほど生活へ溶け込んでいる。

「生きていくため」に必要なことなど、自分自身にしかわからない。

今は「娯楽」だなんて勝手にカテゴライズされたものに触れることが難しい時勢だが、少なくとも私にとっては、音楽やそれを内包する芸術、そこにいる人とのつながりが食事や睡眠、家族と同じように生きるために必要な糧であり、全ての中心にある。

大衆や社会の多数決によって決められたルールを突きつけられても、自分にとっての「生活」を忘れずにいさせてくれる場所が、この街にはたくさんある。

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原体験、ここにしかない道

これまで具体的な場所を指して札幌を書いてきたが、最後に自分にとって一番大切なこの街の要素を語るのであれば、それはきっと街中に広がる道そのものだ。

この大した華やかさもない普遍的な景色のなかに伸びる道路は、とにかくどこまでも真っ直ぐに続くものばかりだ。

建物の多い中心市街地も、道幅は広く、直線道路が等間隔で直角に交差するよう都市計画されている。そのため、東京のような窮屈さを感じることはなく、無理に見上げようとしなくても空が視界に届く。

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市内に張り巡らされた地下鉄や地下街文化のおかげで常に人通りも少なく、簡単に見渡しのいい道を一人締めできる。

遠くの街でのライブを終え、駅を降りて、この道を見渡すだけで肩の荷が降りてなんとなくホッとする。

大通りを逸れ、市街地から住宅地へと続く静かな中通りへ入ると、ナトリウムランプの街路灯が道をオレンジ色に照らしている。単色で覆われた日常の風景は、彩度を失うほどに影を強く感じさせ、白い灯りとは異なる表情を見せてくれる。

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四季が移り、雪が積もれば、辺り一面がオレンジ色に反射する。冬が深くなり、地吹雪になびいて波打つ積雪は、何とも形容できない幻想的な曲線を描く。

現実離れした温もりのある景観とは裏腹に、真冬は肌を突き刺すほどに冷たく張り詰めた空気は、深く吸う度に意識がどこまでも澄んでいく。

この夢見心地でありながらも冷たく切迫した感覚が心地よく、吹雪いた日の夜はこれを楽しみに外に出て、あてもなく静かな枝道をさまよう。

 

肌が記憶したこの街の風景

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例年より遅れて、今年度初めての雪が降った。いつもの散歩道を歩きながら、見慣れた風景を噛み直す。

この街へ向けて歌った曲は一つもないし、これから書くつもりも毛頭ない。

けれど、存在し得ない景色や音像を追い求めた自分の表現の芯にも、繰り返される季節や空気を伝い震える音の記憶がしっかり流れていることを確かめる。

すぐに情報が手に入り、異なる文化に簡単に踏み込むことができる今、誰もが等しく遠くの世界に憧れ、追いかけることが可能な時代だ。そんな時代だから、簡単に見過ごせてしまうものもあるかもしれない。

それでもこの体験だけは、この土地に立つことでしか知り得ないのだと、物理的に閉鎖されたこの一年があったからこそ実感できた。

どこか遠くの街で生まれた美しい音楽たちも、こうして生まれてきたのかもしれない。

そう信じて、肌が記憶したこの街の風景に寄り添い、まだ知ることのない私だけの音楽を探し続ける。 

 


<山田碧のプレイリスト>
夜の雪道を歩きながら、冬の空気を感じれる曲を選びました。

  

著者:山田碧(the hatch)

>山田碧

札幌在住のロックバンド 「the hatch」 のVO、TB、KEYを担当。その他作詞曲、編曲、トラック制作、レコーディングサポートやDJにて活動。
2018年に1st Album『OpaqueAge』を リリース。 

Twitter:@mid0saaaan
Instagram:@mid0saaaan

 

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写真:MAI KIMURA
編集:Huuuu inc.