希望【坂の記憶】

著: TUGBOAT 岡 康道

「都心に住む by SUUMO」で、2009年10月号~2018年1月号まで連載されたTUGBOAT・岡康道氏と麻生哲朗氏による東京の坂道をテーマにした短編小説「坂の記憶」をお届けします。

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 千鳥ヶ淵の戦没者墓苑には、祖父の魂が眠っている。そういうふうに、祖母は僕に話していた。

 一番町で暮らすわが家は、曽祖父が大分から上京した以前のことは、よく分からない。彼は役人だったらしいが、上級官僚だったわけではないだろうと推察する。貧乏な実家の次男坊で、努力の人が、当時、職を得て上京を果たしただけで曽祖父はよくやったと思われるのだ。

 曽祖父の息子は軍人になった。関東軍の青年将校である。祖母は長男の僕に、縁側でなんども夫の話をしたのだが僕はあまり覚えていない。仏壇の写真でしか見たことのない人物に子どもはそれほどの関心を抱けない。まして、写真の人は「おじいちゃん」というより、まるで「お兄ちゃん」であった。

 ガダルカナル方面での関東軍の玉砕は、最初は政府によって隠蔽されていたが、終戦に向かうにしたがい次第にオープンになった。祖父の遺骨は妻の元へは届かなかった。つまり、妻は夫の骨を持っていない。ひとカケラも。

 一九五九年に「無名戦没者の墓」として、千鳥ヶ淵に墓苑ができた。祖母としては、家の近くに夫が眠っていると信じることで、何やら心が落ち着くのだという。誰だって、不確かな何かを信じて生きているのだ。

 祖母は僕が大学を卒業するころに、この世を去った。あのころ僕は一体何を信じていたのだろうか。たぶん、希望のようなものだ。「自分が何者にもなれるはずだ」という間違いではないが、ちっともリアルではない予測だ。大学時代にバブルがはじけ、日本は静けさに包まれていた。デートも、わざわざ父親のクルマで出かけるより、都内の静かなスポットを僕は好んだ。フェアモントホテルは、アンティークだ。しかも、家から歩いて行ける。内堀通りを渡るのは、日比谷に向かっても、靖国神社に向かっても、どっちみち少し遠回りになるのだけれど、内堀通りから鍋割坂を下ればホテルの真横に出られた。「フェアモントホテルでお茶でも」というのは、僕の常套手段で、思い出すと情けないくらいに貧しい誘い文句だが、そうやって数人の女の子たちを誘い出すことに成功した。

 千鳥ヶ淵の公園は桜の季節には少々混雑するが、それ以外は空いていた。赤坂や新宿にはどんどん新しいホテルが建っていたし、この辺りは東京という街が、この地区を一瞬忘れている感じで、時代から取り残された気分があった。そのマイナーで控えめな気分を僕は利用し、実家がほど近いという卑しいアピールも含めて常用した。港区でも下町でもない、東京のエアポケット。エリアとしては完璧だったが、僕自身に内容がなかったのだろう。数人の女の子たちとは、特段それから仲良くなることもなく、僕は大人になった。

 先週の日曜、娘と千鳥ヶ淵を歩いた。お堀に沿ってゆっくりと歩く。娘はまだ幼稚園の年中だ。妻は美容院に行っている。突然中年のカップルに名前を呼ばれた。僕はその二人が誰だか分からなかったが、近づいてきた女性が、かつてこの近くでお茶を飲んだ女の子の一人だということは思い出した。僕らは同じ大学に通っていた。夫らしき人物も、僕と第二外国語でクラスメートだったとのことだが、まったく記憶にない。差し出された名刺を受け取り、彼が弁護士であることが分かった。彼のことを思い出したフリでもしようかと思ったが、そんなマネはできなかった。子どもの前で姑息な芝居はしたくない。たぶんそういうことだろう。

 自分を思い出せないでいる僕に対して、彼は不機嫌な態度はとらなかった。もちろん、楽しそうにもしていなかった。彼はきわめて真っ当な態度でいた。一方彼女はうれしそうに、娘を見て笑った。それは、この子の母である人生が、自分にもあったのではないか、というあり得ないけれどあり得たかもしれない、もう一つの人生を想像した笑みだったのかもしれない。いやそれは自信過剰だ。単に、幼い少女への先輩としての礼儀なのだろう。

 僕たちは、希望などという言葉を自分に使うのははばかれるような年になった。何にでもなれたはずが、ただ一つの人生を歩き続けるという「ありふれた一生」に帰着しつつあることを知っている。三人と娘は夏の蟬の声が遠くから聞こえる、都心の真ん中でしばらくただずんでいた。そして、話すこともなくなり、互いにさよならを言った。娘の声が一番大きかった。千鳥ヶ淵のホテルはもう跡形もない。しかし、新しいビルがそこにチカラ強く立っている。僕らの希望は、多分娘たちが受け継ぐのだろう。僕たちは鍋割坂を手をつないで上り、家に向かった。妻は夕食の準備にかかっている。たぶん。



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鍋割坂
住所:千代田区九段二丁目と三番町の境界
アクセス:東西線九段下駅徒歩約8分


「鍋割坂」という名の坂は、全国に複数ある。それらの坂はだいたい鍋を伏せたような台地につくった切り通し(山や丘を掘削してつくった道)の坂であることが名の由来。この内堀通りから千鳥ヶ淵ガーデンロードに下りる鍋割坂も同じである。見逃してしまいそうな小さな坂であるが、坂の北側、現在はマンションがある場所にはかつてフェアモントホテルがあり、坂下には千鳥ヶ淵戦没者墓苑。春になれば周辺は桜の名所としても知られているため人の往来は多い場所。知らず知らずのうちに歩いたことがあるという人もいるのではないだろうか。ちなみに近くの国立劇場のそばにも同名の鍋割坂がある。



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著者:岡 康道

株式会社TUGBOATクリエイティブディレクター、CMプランナー。早稲田大学法学部卒業後、株式会社電通に入社。1999年、日本初のクリエイティブエージェンシー「TUGBOAT」を設立。主な仕事にTOYOTA「ハリアー」、サントリー「ペプシ」、キヤノン「70D」シリーズ、大和ハウスなど。ADC賞、TCC最高賞など受賞歴多数。また、小説に『夏の果て』(小学館)がある



写真:坂口トモユキ

都心に住む by SUUMO」2016年10月号から転載


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books.spaceshower.jp