マイ・コーラスライン【坂の記憶】

著: TUGBOAT 麻生哲朗

「都心に住む by SUUMO」で、2009年10月号~2018年1月号まで連載されたTUGBOAT・岡康道氏と麻生哲朗氏による東京の坂道をテーマにした短編小説「坂の記憶」をお届けします。

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 アルバイトのはしごで木下坂を歩く。麻布消防署近く、知人に紹介された編集スタジオで、朝から午後まで受付と雑務。夕方から恵比寿にあるダンス教室の児童コースでインストラクター補助。木下坂を使って広尾駅から外苑西通り、余計なお金を使う選択肢はないから、わたしは毎日そこを歩く。

 ミュージカルの役者になりたい、ってなかなか言えなかった。家族には特に。いわゆる普通のサラリーマン家庭で、大学の終盤、就職という時期に、娘の口から出た「ミュージカル」という一言は、両親にはさぞ荒唐無稽な単語だったと思う。娘の言ってることがよく分からない、それが自分たちがイメージしている娘の現実的な幸福とはほど遠いということだけは分かる、両親には、そんな落胆だけがあった。当時地元で既に就職していた兄はわたしを説得しようとしたし、兄妹のなかで誰よりも現実的な、大学生の妹は露骨に冷たい顔をした。4年前だ。

 その有名な劇団のミュージカルを初めて見たのは中学の時。地元の市民会館にやってきたのを、学校行事として同級生全員で見た。そしてわたしはご多分に漏れず、ものすごく感動した。

 幼いころから、家の近くのおばちゃんが開いているピアノ教室には通っていた。公民館のバレエ教室にも入っていて、わたしは学校のなかでは音楽的素養がある少女、とされていたとは思うけれど、そのレベルとあの舞台には天地の差があることは子どもながらに分かった。いつかあの舞台に、なんて大それたことは言ってはいけない、恥ずかしいことで、だから無意識に、感動するだけ、にとどめていた。

 国立大学に受かったとき、親は喜んだ。家に経済的な負担をかけず、この子は教師にでもなってくれると思ったはずだし、わたし自身、親に迷惑かけなくてよかった、卒業したら教師かなと思っていた。

 大学時代は、演劇のまねごとをした。早稲田とかの有名サークルとはほど遠い、学内だけの小さな集団だったけど、声を出して体を動かして、それはきっと青春だった。そしてそれが終わりを迎えるころ、わたしはやっぱりミュージカルの舞台に立ってみたかった。そのとき初めてそう決めたんじゃなく、薄々、そしてずっとそう思っていたことに正直になろうとした。ピアノもバレエも子どものころかじっただけなんです、たいしたことないんです。演劇は学生時代やりましたけど、細々となんです、たいしたことないんです、あんなのやってたうちに入りませんよ。オトナになったら、自分のやってきたことを、人に聞かれたときに、きっとそんなふうに答えるんだろうなと思ったとき、多分生まれて初めて、自己嫌悪になった。プロのレベルに挑んで、打ちのめされて、わたしはいつ、どこまでやったらあきらめるのか、それをちゃんと見極めてみたい、一回は生きてみたい、と思った。遅かったかもしれないけど、きっとそこまでこないと決断もできなかった。

 アルバイトしながら、ダンスと発声を習い直し、3年前と2年前に受けたオーディションは一次で落ちた。去年、3年やってダメならと受けたオーディションで初めて一次を通過して本選で落ちた。本選で落ちたのは当たり前で、一次に通った時点で、去年のわたしは完全に燃え尽きていた。

 恵比寿のダンス教室は、レッスン後に教室を使わせてくれる。秋に今年のオーディションがある。わたしは最近やっと、その劇団に入りたくてチャレンジしていると周囲の人に話せるようになった。そうしたらまわりから少しずつ応援されるようになった。そんな経験は初めてだった。

 木下坂をよく使うという雑談を教室でしていたとき、教室に子どもを通わせにきている母親の一人が「うちの主人は愛育で生まれて、学校は麻布で、だから木下坂は縁が深いのよ」みたいなことを笑顔で語っていた。まるで王様の家族みたいだ、と思った。わたしは同じ坂を、ただ働くためだけに行き来する、普通の人。思えばミュージカルの演目は王家の話がけっこうある。ライオンキングは、ライオンの王様の話、アラジンは市民だけど相手は王女。リトルマーメイドも海の王様の娘が陸の王子様と出会う話。あらかじめ選ばれた人たちの話がミュージカルには多い気がする。わたしはそんな夢物語を、演じるというさらに輪をかけた夢物語のはじっこに、今しがみついている普通の人間。

 それでもわたしははっきりと夢を見ている。見ているだけじゃなく、そこに歩こうとしている。わたしなりのまだ観客のいないコーラスラインを踊っている、最中だ。

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木下坂
住所:港区南麻布5丁目7番と8番の境界
アクセス:日比谷線広尾駅徒歩約3分

広尾駅から麻布十番一帯において、住民の憩いの場になっている有栖川宮記念公園は、傾斜地に位置している。そのため公園は坂道に挟まれるようになっており、南側は南部坂、そして北側が木下坂。2つの坂は坂下のナショナル麻布スーパーマーケット付近、有栖川公園前の交差点で合流している。木下坂の名は江戸時代、坂沿いに大名木下家の邸宅があったことでついた。距離の長い坂であり、2つの大きなカーブが公園の緑とあいまって変化のある坂の景色を演出している。坂上には愛育クリニックがあり、坂をそのまま北上すると六本木ヒルズに至る。



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著者:麻生 哲朗

あそう・てつろう/株式会社TUGBOAT CMプランナー。1996年株式会社電通入社(クリエーティブ局)。1999年「TUGBOAT」の設立に参加。主な仕事にライフカード「カードの切り方が人生だ」シリーズ、NTTドコモ「ひとりと、ひとつ。」、モバゲーなど。CM以外にも作詞、小説、脚本などに活躍の場を広げている


写真:坂口トモユキ

都心に住む by SUUMO」2017年11月号から転載