十五夜【坂の記憶】

著: TUGBOAT 麻生哲朗

「都心に住む by SUUMO」で、2009年10月号~2018年1月号まで連載されたTUGBOAT・岡康道氏と麻生哲朗氏による東京の坂道をテーマにした短編小説「坂の記憶」をお届けします。

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 先生が山の上ホテルにいる。いわゆる作家の缶詰というやつ。私は先生の原稿の完成を待っている。汗だくで、ただ待っている。池波や三島、川端が定宿にし、こもって執筆したというこのホテル、檀一雄が愛人と暮らし、そのことすら小説にしたというこのホテル、で缶詰をするというのは先生の希望だ。作家たるもの、山の上にこもるものだと先生は信じ、憧れているのだが、正直うちの先生は、缶詰にならなきゃいけない状況でも、格でもないと思う。そもそも近くに出版社が多かったから、このホテルが缶詰に適していたのであって、私が勤める出版社は中野にある。近くもなんともない。むしろちょっと遠い。先生に依頼している内容も4000字程度の月刊連載の紀行文、長編書き下ろしでもなんでもない。先生が国内を散策し、それを写真とともにまとめるエッセイ。連載は数年続いていて、2冊ほど単行本化されたものの、さほど売れてはいない。が、今のところ連載が終わる気配はない。

 先生は還暦を過ぎ、もう子育てを終えたご婦人。子育て真っ盛りのころ、新聞社にお勤めだった年上の旦那さんの勧めで、子育てにまつわる文章を書いてみたところ、素人目線の、いわゆる等身大の感性と筆致が受けて、コラムニスト、エッセイストの間を行ったり来たりするような人になっていった……私が先生の担当になったときの編集長から聞いた基本情報だ。出始めがそんなだからか、担当になっても、先生の人柄に問題はなく、物腰も穏やかで年齢なりの愛嬌がある。だけど山の上には泊まりたい、らしい。

 滞在はいつも一泊のみ。大人なので自分でチェックインしてもらって構わないのだが、私は自分が手続きをするべく、毎回ホテルで先生と待ち合わせする。先生は小ぶりのバッグ一つで、必ず先に到着していて、ロビーのソファにちょこんと座って私を待っている。宿泊する部屋は毎回違う。毎回変えている訳ではなく、毎回空いている安い部屋を都度予約しているだけだ。先生は、大先生ではないのだ。

 先生は下書きを原稿用紙で、清書を、息子さんからプレゼントされたノートパソコンでというスタイルで執筆をする。どうやら先生の下書きは、ホテルに入る時点で8割がたできている。それを推敲しつつ、よく言えば丁寧に、悪く言えばゆっくりとパソコンで打っていく。その「ゆっくり」には、途中でコーヒーを飲んだり、ベッドに横になったりする時間も含まれる。

 原稿ができ上がると、私はそれをUSBにコピーして、社に戻る。先生がそれらを自宅で行い、メールに添付して送ってくれれば、これらの作業は全て省ける……ことは重々分かっている。先生だって本当は分かっていると思う。しかし私はそれを確認したり修正を試みたりはしない。

 私はいつか作家になりたい……という話は誰にもしたことがない。編集長にも、親にも友達にも、もちろん彼氏にも。そんな私に、先生は時々「あなたも書いてみたら? 絶対書けるわ、私だって書けるんだから」と言う。本気かは微妙だし、私もその場ははぐらかすけれど、正直私も少しそう思う。先生だって書けるんだから、私だって書けるんじゃないかと。先生の文章が下手という訳ではない、むしろ先生の文体は好きな部類だ。

 何の取りえもない、履歴書に特記事項など何もない私だって、書きたい衝動はあって、でも特別じゃない私が書いてもいいのだろうかと、学生時代も、今でもずっと迷ったままだ。私には特別な人の特別な度胸がないからとずっと思ってきた。でも先生を見ていると、そんなことは関係なく、等身大の自分を信じ、構えることなく書いてみていいんだと思えたりする。

 だから私は、いつか自分が何かを書くときのために、先生の原稿を待つというこの退屈なはずの時間も、できるだけ生真面目に、無駄を承知で過ごしたいと思う。なにが思い出になるか分からないのだから。原稿を待つ間、ホテル裏手の錦華坂という、かつて夏目漱石が通った小学校の脇を通る急坂を、何往復もするのもそのひとつだ。原稿完成の電話が鳴るまで、坂の名前の錦華、を単位として、今月は17錦華、先月は12錦華とカウントしてノートに記し続けている。

 15錦華の途中で、先生からの電話が鳴った。原稿はできていなかった。「休憩で一緒にお団子食べない? 十五夜だから」と先生が言う。自宅から持参していたらしい。額の汗を指で拭って、空を見上げたら確かに満月だった。『十五夜の15錦華、先生とお団子』。いつか、遠いいつか、私はどこかにこのことを書こうと思った。

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錦華坂
住所:千代田区神田駿河台1丁目と猿楽町1丁目の境界
アクセス:各線御茶ノ水駅、神保町駅徒歩約7分

錦華坂の名の由来は坂下に明治初期に設立された錦華小学校があったこと。錦華小学校は夏目漱石など著名人を多く輩出したことでも知られる有名な小学校であった。現在は統廃合により猿楽町のお茶の水小学校となったが、坂以外にも周辺の公園や通りに「錦華」の名を残している。ちなみに江戸時代にこの坂を勧学坂(観学坂)と呼んだという説もあるが、錦華坂の坂道(道路)は大正時代につくられたもの、ということで否定されているようだ。勧学坂については、江戸時代、この近くに猿楽の名人、観世太夫が住んでいたことから、当時、どこか別の坂道がその名で呼ばれていたのではないだろうか。



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著者:麻生 哲朗

あそう・てつろう/株式会社TUGBOAT CMプランナー。1996年株式会社電通入社(クリエーティブ局)。1999年「TUGBOAT」の設立に参加。主な仕事にライフカード「カードの切り方が人生だ」シリーズ、NTTドコモ「ひとりと、ひとつ。」、モバゲーなど。CM以外にも作詞、小説、脚本などに活躍の場を広げている


写真:坂口トモユキ

都心に住む by SUUMO」2016年11月号から転載