プロとして【坂の記憶】

著: TUGBOAT 麻生哲朗

「都心に住む by SUUMO」で、2009年10月号~2018年1月号まで連載されたTUGBOAT・岡康道氏と麻生哲朗氏による東京の坂道をテーマにした短編小説「坂の記憶」をお届けします。

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 檜坂を上がって六本木通りに出てください」とお願いして、すんなり「かしこまりました」と答えを返してくれるタクシーのドライバーはほぼいない。ある程度勘のいいドライバーは、素直に外苑東通りに出ない、という意味だと察して「ミッドタウンの裏手からですかね」と確認してくる。僕からするとぎりぎりオーケーのラインだ。

 赤坂小の裏手に僕のオフィスはある。全国各地の伝統工芸とコラボレートして、新しいデザインの雑貨を提供するという僕の事業には、まだ可能性も需要もあると踏んでいる。10年前、出版社で雑誌の編集をしていた僕は、そういうことを地方で細々とやっている陶芸家を知り、この発想は拡げられると確信して、自分で事業を立ち上げた。劇的なヒットはないが、カルチャー誌に定期的に取り上げられるほどにはなったし、海外のバイヤーも問い合わせに来る。品数も年々増え、ブランドとしては、今がいいバランスかもしれない。

 モック(試作品)制作を委託しているスタジオが麻布にあり、週に何度か、オフィスとそのスタジオを往復する。移動にはどうしてもタクシーを使う。行き先だけを告げると、詳しくない上にビジョンのないドライバーは、安易に乃木坂からソニーミュージック脇を外苑東通りへ上がり、六本木交差点の手前に来たところで「この交差点、右折できないのでまっすぐからでもよいですか?」と話しかけてくる。行き先は麻布の消防署付近なので、それだとかなり迂回することになる。正しくは、六本木交差点の少し手前、溜池寄りの信号から六本木通りに入り、渋谷方向に直進するのがロスのない選択だ。

 僕はこういう場当たり的なドライバーを許容できない。プロフェッショナルと呼べない。とはいえそういうドライバーは一定数必ずいる。そのうち自分から道順を指示するようになった。

 オフィスからスムーズに六本木通りに出るその坂を檜坂と呼ぶことは僕も数年前に知った。あるとき乗り合わせた初老のドライバーに「檜坂からですよね?」と確認され、「あの坂って名前があるんですか?」と会話をしたのがきっかけだ。あの人はプロだったと思う。以来、僕は道順を指定するとき、檜坂という単語をあえて使う。それでタクシードライバーのスキル、知識を測っている部分がある。

 僕は自分で自分の仕事を選んだ自負があるし、その仕事と心中しようという覚悟もそれなりにある、と思っている。同じように、とまではいかないまでも、働く人はみな、何か職業を選んだ以上、それで飯を食う以上、その道のプロを目指すべきだと、僕は思っていたし、今も思っている。そういうなかで、初心者であることや、この辺はあまり走らないことや、あるいははなから成り行きに任せるという開き直りや、いろんな言い訳を聞かされながら、でも優秀なドライバーと同じだけの代金を払うタクシーのシステムには、正直しばしばストレスを感じる。

 今日もタクシーを拾う。キャッシュレスで乗りたいので個タクは避ける。それが初心者ドライバーに当たる確率を上げているとは知りつつ。若いドライバーだった。最近は新卒でタクシードライバーになろうとする若者もいるらしい。「これは望み薄だな」と内心思いつつ、行き先を告げ、檜坂から……と続けると、「檜坂ですね」とスムーズに走り出した。少し驚いて「檜坂分かります?」と聞くと「分かりますよ」と彼は平然と答えた。

 しばらくして、逆に彼から尋ねられた。「お客さん、僕が檜坂知らないと思いながら、檜坂でって仰ったんですか?」一瞬返事に詰まった僕を救うように「意地悪だなぁ!」と彼は笑い、「道に詳しすぎるお客さんって、困りもんですよね」と続けた。トーンは低いが正直な感想であることは分かって、嫌味には聞こえなかった。

「そういうつもりじゃなかったんだけどね」と返すと「僕はいいんですけどね、初心者ドライバーだったら居心地悪いかもですね、プレッシャー感じて」とまた笑った。

 それ以降会話はなく、彼のタクシーは実に順調に、目的地に向かって走った。見慣れたはずの景色なのに、どこか違和感があった。「あなたの要求に応えようとしすぎて、疲れた」という、一昨年、妻が出て行ったときの最後の言葉が脳裏をよぎった。

 「お待たせしました」という彼の声でわれに返る。メーターは、普段より一区画分安い料金を表示していた。若いドライバーに、それを誇るような素振りは一切なく、走り去っていったタクシーを眺めながら、タクシーが去っていったのではなく、僕が取り残されたような、妙な気分になった。

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檜坂
住所:港区赤坂6丁目と赤坂9丁目の境界
アクセス:各線六本木駅徒歩約10分

檜坂のそばにある公園は、坂と同様「檜」の字が使われた「檜町公園」。このエリアはかつて「赤坂檜町」という住所であった。江戸時代、檜坂、檜町公園、そして東京ミッドタウンの一帯は、長州藩毛利家の屋敷があり、その屋敷は庭に檜が茂っていたことから「檜屋敷」と呼ばれた。檜町、檜坂の由来である。毛利家の屋敷は明治維新後、軍用地になり、第二次世界大戦後はアメリカの占領軍が駐留。サンフランシスコ講和条約締結後、占領軍が引き上げた後は防衛庁が置かれた。古くから都心に住んでいる人は、この旧防衛庁のイメージも強いかもしれない。また、本文にもあるが都心をクルマで移動することが多い人にとっては裏道的に利用している、という人もいるだろう。



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著者:麻生 哲朗

あそう・てつろう/株式会社TUGBOAT CMプランナー。1996年株式会社電通入社(クリエーティブ局)。1999年「TUGBOAT」の設立に参加。主な仕事にライフカード「カードの切り方が人生だ」シリーズ、NTTドコモ「ひとりと、ひとつ。」、モバゲーなど。CM以外にも作詞、小説、脚本などに活躍の場を広げている


写真:坂口トモユキ

都心に住む by SUUMO」2017年1月号から転載