
ボーイズグループ・OCTPATHの古瀬直輝さんと海帆さんは、ともに大阪府出身。これまでに地元・グランキューブ大阪やNHK大阪ホールでのライブを成功させてきました。上京後も大阪愛を忘れない古瀬さんと海帆さんに、地元の思い出や好きなグルメ、今後の目標などを語ってもらいました。
タクシーでの会話で“帰ってきた”と実感

左:海帆さん 右:古瀬直輝さん
―― お2人は2月初旬に開催された大阪国際文化芸術プロジェクト「TURNT UP OSAKA – DANCE & MUSIC –」にも出演されてましたね。大阪滞在中に「帰ってきたな」と感じるのは、どんなときですか?
古瀬:タクシーに乗った瞬間ですね。大阪の運転手さんは関西弁で、たくさん話しかけてくれるんですよ。「兄ちゃん、かっこええな!」みたいな(笑)。大阪はお店でもフレンドリーな店員さんが多くて、「大阪のいいとこが出ているな」と感じますね。
海帆:僕はタクシーに乗るようになったのが上京後だったので、帰省して大阪でタクシーに乗ったときに、「こんな話しかけてくれるんや」ってなりました(笑)。

古瀬:ちょっと! 2人とも同じエピソードやん! かぶっとるやん!
海帆:いや、俺は逆だから。順番がね。
―― (笑)。お2人は、もともと東京への憧れは抱いていましたか?
古瀬:僕は大阪にいる頃から、よくお仕事で東京に行かせてもらっていたんです。大阪も大きな街ですが、やっぱり東京の方が芸能関連のお仕事が多いので、「東京の子はうらやましいな」とずっと思っていましたね。「僕もいつか上京したい」と考えている中で、突然ふと「今、行かないと!」とひらめいたタイミングがあったんです。思い立った2カ月後に上京しました。
海帆:そうだったんや。僕は……お恥ずかしい話ですが、オーディションをきっかけに東京に来るまで「上京」という言葉すら知らなくて……(笑)。それくらい自分が東京に行くイメージを持っていなかったんです。大阪でのびのびさせてもらいました。
ダンサーが集まる「OCAT」で培ったパフォーマンススキル

―― 幼少期のお2人は、それぞれ地元のどんなところで遊んでいましたか?
海帆:近所の公園でスケートボードやダンスをしていましたね。自分の好きなことができる場所だったので、よく遊びに行ってました。
古瀬:僕は怖がりで、学区外で遊ぶのが怖かったんですよね。「行ったら帰ってこれへんかも」って……。なので、もっぱら近くの公園で踊ったり、友達と遊んだりしていました。小学5年生で入ったダンススクールの練習場所が難波だったので、それからは街にも出るようになりましたね。
海帆:僕も難波にはよく行っていました。スケボーのインストラクターをしていた時期があったので、練習したり、ボードを買ったり。
―― お2人ともストリート文化になじみがあったんですね。
古瀬:大阪のダンサーはみんな、なんばの「OCAT」に集まってたよね。
海帆:そうそう。あそこ、ええよな。鏡もあるからダンスするのにぴったりなんだよね。
古瀬:あと、僕は大阪城公園近くのスペースでも踊っていました。
―― そこでのダンス経験が今につながっているんですね。

海帆:直輝はデビュー前からステージに立っていたけど、僕はずっと友達が見にきてくれるような身近な場所でパフォーマンスしていました。だからこそ、デビューした今も文化祭の延長みたいな感覚で、純粋にパフォーマンスを楽しめています。
もちろん今のお仕事はスタッフさんやお客さんがいるから成り立っていますが、パフォーマンスするときに自分の心の中にあるピュアに楽しむ心は大阪で生まれたと思っています。今、その気持ちをもって全国各地でライブできることが本当にうれしいです。

古瀬:僕も昔ショッピングモールのイベントに出演したときは、お客さんが15人くらいでした。でも、今は大阪でたくさんのファンの方の前でライブができるようになって。しかも、去年はライブハウスではなく、大きなホールでのコンサートができたんです。椅子があるしゆったり見られるから、祖母を呼ぶこともできて。感動しました。
―― 大阪駅周辺には、ファンの方による応援広告も出ていましたよね。
古瀬:本当にありがたいですね。家族や友達からもたくさん、応援広告の写真が「あったよー!」って送られてきて。改めてたくさんの人からデビューのお祝いをしてもらいました。
海帆:普段よく歩いていたところに自分の広告があるのは、すごく新鮮でした。僕が東京にいるとき、真っ先に父が写真を撮りに行ってくれたんです。僕と同じくらい、よろこんでくれました。
―― CDショップでの大展開もありますし、地元の方からのOCTPATH愛が伝わってきます。
古瀬:大阪に住んでいた頃は、ステージでパフォーマンスするときに必要なインスト音源を買いに、よくCDショップに行っていたんです。いつも行っていたお店に、僕らのCDがたくさん並んでるのは不思議な気持ちですね。ありがたいことです。
今でも大好きな「江久庵」のカステラ、「小島屋」のけし餅

―― 大阪に帰省したときに必ず足を運ぶところは?
古瀬:心斎橋の「ビッグステップ」にはよく行ってますね。小学6年生の頃、スクールの帰りに絶対寄って、みんなでごはんを食べたり遊んだりしてたんです。イベントスペースでは、井上苑子さんの弾き語りを見たこともあります。いろんな夢を見る人が集まる場所なのかなと。今では初心に帰れる場所になっていますね。
―― ビッグステップが古瀬さんのルーツになっているんですね。海帆さんの思い入れのある場所はどこでしょう?

海帆:僕は中崎町エリアでよく服を買っていました。いろんな古着屋が集まっていて、入荷のスピードも早いので、同じお店でも、いつ行っても楽しめるんですよ。「pug」とか、よく通っていました。
古瀬:そこ、俺も知ってるわ!
海帆:え、そうなん? 僕らのファッション、結構違うけどね。
―― 奇遇ですね。よく行っていた飲食店やいつも食べる大阪グルメを教えてください。
海帆:僕はあまり外食をしてこなかったので思い出のお店は少ないんですけど、「梅田フードホール」のラーメン「麺やマルショウ 梅田EST店」はよく友達と食べていました。あと、僕の家ではお客さんが来たときに「江久庵」のカステラをよく出していましたね。これは手土産などにもいいんじゃないかなと思います。
古瀬:大阪から新幹線に乗るときは、いつも新大阪駅内にある「元祖大阪梅田ミックスジュース」のミックスジュースを買いますね。あと、大阪公演のときは母が「私も吉本に貢献したるわ!」って言って、吉本のショップで売っている、芸人さんの顔が書いてあるようなお菓子をたくさん差し入れしてくれます(笑)。
それと、「小島屋」のけし餅。あんこをお餅で包んだものに、けしの実がまぶしてあるお菓子で、超おいしくて。ライブがあるときには、わざわざ家族に買ってきてもらいました。ファンの方も、ぜひ食べてみてほしいです。
昔から身近にあったお笑い文化

―― 大阪といえば『よしもと新喜劇』ですが、お2人も見ていましたか?
古瀬:休日のお昼になると、実家のテレビでよく見ていました。ずっと身近な存在だったので、僕が吉本に所属することが決まったときは、家族もすごくよろこんでくれましたね。
海帆:僕も同じです。気づいたら観ているし、常に流れていました。
―― 今では、OCTPATHとしてよく、芸人さんともお仕事されていますよね。関西芸人さんとの現場で、印象的だったことは?
古瀬:関西の方に限らないかもしれませんが、芸人さんって楽屋でもずっとしゃべっていらっしゃいますよね。僕はそれがすごく心地よくて。
年末、1万人で第九を歌う企画があって、ビスケットブラザーズの原田さんと紅しょうがの熊元プロレスさんと一緒の楽屋だったんです。お2人とも、カメラが回っていなくてもずっと話が面白いんですよ。どんなにささいな出来事でもどんどん話を広げていくので、勉強になりましたね。
海帆:芸人さんのトーク番組も、勉強になりますよね。会話のテンポ感だったり、話の展開の仕方だったり。関西弁を聞くと安心するので、東京でも番組などを通じて関西のしゃべりを聞けるのはすごくうれしいです。
大阪の人は「笑いどころ」がわかっている

―― 大阪でライブをしたとき、ほかの地方との違いはありましたか?
海帆:ファンの方の声量がすごかったですね。歓声も笑い声も、ほかの地域の2倍くらいありました。
古瀬:MCも、ためらいなく反応してくれるから返しが早いよね。笑いどころがわかっている感じがあるので、僕たちも助けられてます(笑)。関西にいると、リリースイベントに通りがかった人が立ち止まってくれたり、僕らが誰かわかってなくても「お兄ちゃん、音楽やってる人?」と話しかけてくれたりすることもあります。みなさん、気さくですね。
―― ご自身で「自分、大阪人だな」と感じるところはどこですか?
海帆:結構、ガツガツいくところですかね。お仕事だけでなく、生活も豪快です。例えば料理でフライパンを使うときは、コンロにガシガシぶつけながら炒めるんですよ。もちろんフライパンは傷だらけになるんですけど、これが爽快で。だから住む部屋を決めるときは、絶対IHではなくガスコンロのところを選びます。
古瀬:僕は関西弁になると、標準語でしゃべるときよりも、声が大きくなります。
海帆:関西弁は抑揚があったりアクセントが強いから、余計大きく聞こえるのかもね。
古瀬:あと、僕らはせっかちだよね。
海帆:たしかに。2人とも「ちょっとでも時間があったら何かしなきゃ!」と思うタイプ。僕だったらカフェに行って本を読むとか。
古瀬:僕は空き時間があったら、とにかく外を歩いてますね。例えば梅田から心斎橋は目と鼻の先の距離ですけど、その道を歩いているだけでもいろんな景色が見られてリフレッシュになるんですよ。
―― 常に動いていたいアクティブな性格なんですね。逆に、上京後に変わったことはありましたか?
海帆:眉毛がなだらかになりました(笑)。大阪でオーディションを受けたときはカマキリみたいに急な角度の眉毛だったんです。東京に来てから眉毛の形を変えて、メンバーにも優しい顔になったと言われるようになりました。
夢は関西のテレビのレギュラー出演&ユニバでのパフォーマンス
―― 今後、大阪でかなえたい夢や挑戦したいお仕事はありますか?海帆:もっと大阪のことを知るために、いろんなところでロケをやりたいですね。地元とはいえ、まだまだ知らない大阪があると思うので。
古瀬:2人で関西のテレビ番組でレギュラー出演できるようになりたいですね。『やすとものどこいこ!?』(テレビ大阪)とか、家族でめっちゃ見てたので、いつか出演したいです。あとはやっぱり、ユニバの舞台に立ちたい。アーティストを目指すきっかけのひとつにもなったので、いつかかなえたいです。
海帆:最近、僕らと(高橋)わたるの3人でユニバに行ったんです。ステージに立つダンサーさんらを見て、「もっと頑張らなあかんな」と改めて思いましたね。
古瀬:大阪でステージに立つ人を見ると、初心に帰るよね。かなえられるように頑張ります!

お話を伺った人:
海帆「PRODUCE 101 JAPAN SEASON2」に出演した元練習生により結成されたボーイズグループ「OCTPATH」の大阪府出身のメンバー。1999年1月24日生まれ。特技はビートボックス、スケートボード、フィンガーボードなど。
古瀬直輝「OCTPATH」のリーダー。1998年11月11日生まれ、大阪府出身。特技は振付で趣味はセルフネイル、コーヒー、動画編集。
2025年5月28日にはRYOJI(from ケツメイシ)が楽曲提供した『また夏に帰ろう』がリリースされる。
編集:ピース株式会社
