島感強めの王子神谷【銀座に住むのはまだ早い 第15回 足立区】

著: 小野寺史宜 

家賃5万円弱のワンルームに住みつづけてうん十年。誰よりも「まち」を愛し、そこで生きるふつうの「ひと」たちを描く千葉在住の小説家、小野寺史宜さんがいちばん住みたいのは銀座。でも、今の家賃ではどうも住めそうにない。自分が現実的に住める街はどこなのか? 条件は家賃5万円、フロトイレ付きワンルーム。東京23区ごとに探し、歩き、レポートしてもらう連載です。

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 今回はちょっとしたイレギュラー回。足立区回だが、駅自体は北区にある。東京メトロ南北線の王子神谷駅。

 日暮里・舎人ライナーの見沼代親水公園駅と迷ったが、こちらにした。足立区新田に惹かれてしまったからだ。

 新田は、にったじゃなく、しんでん、と読む。

 というこれとまったく同じ一文を自作『片見里荒川コネクション』でも書いた。

 主な舞台となるのは荒川区編で訪ねた東尾久の辺りだが、この新田にも主人公二人のうちの一人、田渕海平が住んでいるのだ。二度寝したせいで卒論を提出できず大学5年生となってしまった22歳。愚かだが憎めない男。

 海平がいるのは、スタイルズ新田という微妙にダサい名前のアパート。4畳のワンルームで、家賃は4万8千円。フロはシャワールーム。バスタブがない。でも今企画の条件には合っている。

 スタイルズ新田は、もちろん、架空のアパートだが、この23区企画の話を頂いたときに、じゃあ、足立区回は新田にしたいな、と思った。もしかしたら、訪ねる町が一番早く決まったのはここ足立区かもしれない。

 そんなわけで、最寄駅は北区の王子神谷の、足立区新田。

 新田は1丁目から3丁目まである。北区編で訪ねた浮間舟渡よりさらに狭い島状の町だ。東京著名川の2つ、隅田川と荒川に挟まれている。浮間舟渡は新河岸川と荒川だったが、こちらは隅田川と荒川。

 いい加減おわかりだと思うが、この川と川に挟まれた島町に、僕は本当に弱い。

 これはもうはっきりした傾向としてある。町より規模を大きくしても同じ。僕は国でもこぢんまりしたところが好き。例えばルクセンブルクとか、リヒテンシュタインとか。どうしても、フランスよりはベルギー、イギリスよりはアイルランドに惹かれてしまう。

 考えてみれば、日本もそれに該当する。狭い島国。言うことなし。だから、僕が外国で生まれていたら日本のことはかなり気になるだろう。

 ともかく。スタイルズ新田をイメージしつつ、SUUMOで検索。

 ありました。駅から徒歩14分。築32年。4畳。家賃4万8千円。

 駅は区外。それはしかたない。でもその代わり、島に入ったらもう出ない。今回は島を一周する。足立区新田だけを歩く。そう決めて、スタート。

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 王子神谷駅を出て、庚申通り商店街から新田橋通りへと進む。新田橋を渡り、新田へ。

 新田に入るには、この新田橋か西隣の新神谷橋か東隣の新豊橋を渡るしかない。それもまたいい。何というか、入島感が出る。

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 物件はこちら隅田川寄りにあるので、まずはその位置を確認。一戸建てが多い住宅地だ。静かそう。安心。

 それから3丁目を歩く。東に進み、足立区立新田さくら公園へ。

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 ここは結構広い。子どもが水遊びできるじゃぶじゃぶ池や大きめな複合遊具がある。家族で遊びに来られるような公園だ。

 この辺り、島の東部はマンションゾーン。新しい町という感じがする。UR都市機構の団地の名称も、ハートアイランド新田、らしい。アイランド。島。

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 小中一貫校だという足立区新田学園の向こうには、屋上駐車場を備えたスーパーもある。ベルク足立新田店。新田に住むかたがたの多くが日々の買物に利用されるのだろう。島外から車で来る人もいるのかもしれない。

 住んだら自分もお世話になるはずだから、今回はそこにも入ってみる。

 スーパーには2日に一度行く。遠まわりをして40分歩いていき、20分歩いて帰る。そんなふうにして、1時間の散歩に絡める。

 消費行動が人間の娯楽になるというのは、何となくわかる。スーパーに行くと、日々の買物をするだけでも気は紛れる。天井が高くて広々とした店だったりすると、紛れるだけでなく、気は晴れたりもする。

 これも何度か小説に書いたが。だからゾンビも無意識にショッピングモールに行く。行動が身に染みついているのだ。

 ゾンビになったら、僕も行っちゃうだろう。で、モールに籠城した主人公たちにあっさりやられちゃうだろう。僕に、というかゾンビに悪気はないのだから、ちょっと切ない。

 などと考えながら、食パンやちくわや納豆や豆腐の値段をチェック。

 23区内だが思ったほど高くない。これならだいじょうぶ。豆腐も1日1丁食べられる。

 スーパーを出ると、新田の端まで行き、荒川の河川敷へ。

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 荒川右岸新田緑地。こちらは先の公園とは対照的にほぼ何もない。まさに緑地。でも散歩を好む50代のおっさん=僕にはちょうどいい。水辺も近く、気分がいい。ゾンビになったらこちらにも来たい。

 荒川さん、いつもお世話になります。いや、もうマジでたすけられていますよ。小説に書かせてもらうことででも。僕自身が河川敷を歩いて気持ちを整えることででも。

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 その河川敷を離れて、南下。足立新田高校のわきを通り、今度は隅田川の岸へ。

 かかった時間は5分強。早い。近い。ということは、島、狭い。いい。

 新田で生まれて足立区新田学園に行って足立新田高校に行く子も当然いるだろうなぁ、と思いつつ西へ。

 そんなふうに思ってしまうのは、要するに僕がよそ者だからだろう。住んでいるかたがたはそんなふうには思わないはずだ。何なら、新田を島と感じてさえいないかもしれない。実際、本物の島ではないので。

 たぶん、僕も本物の島に住みたいわけではない。自分で漕ぐブランコにも酔うぐらいだから、船ならまちがいなく酔うはずだし。

 結局、住む町を感じていたいということなのだと思う。町に親しみを持ちたいのだ。大田区編でも触れたが。はっきりした形が与えられることで、町はわかりやすくなる。町と意識しやすくなる。どうせ住むなら町を好きになりたい。楽しく住みたい。

 これは、どうせ仕事をするなら楽しくしたい、という感覚に似ている。

 仕事なんて楽しいもんじゃないよ。楽しむためにやるもんじゃないよ。おっしゃるとおり。でも楽しめる余地があるなら工夫はしてもいい。だって、そうだ。仕事を楽しくやれるなら、それに越したことはない。

 だから仕事のメールでもたまにちょっとふざけたことを書いてしまうのですよ。だからこいつウゼーとか言わないで流してね。

 と各社編集者さんたちに対して謎の言い訳をしつつ、隅田川沿いに歩いて西進。環七通りの手前で右折してレンガ敷きの細い道に入り、しばし歩いて図書館へ。

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 ない可能性もあるかと思ったが、新田にもちゃんと図書館はあってくれた。新田地域学習センター内の足立区立新田コミュニティ図書館。

 うれしいことに、『片見里荒川コネクション』を置いてくれているらしい。現物はなかったので、貸し出されていたのかもしれない。読まれたかたは驚かれると思う。登場人物がここ新田に住んでいるから。万が一スタイルズ新田を探してしまったらごめんなさい。言いましたように、架空です。実在はしていません。

 図書館を出て、2丁目をカクカクと北東に進む。ドラッグストアもあるのだな、郵便局もあるのだな、大きめな病院もあるのだな、とあれこれ確認。

 ただ、住宅地だけに、正直、飲食店は多くない。そのなかで見つけたこちら、ポンテリッコさんに入る。唐突に現れるイタリアン。イタリー・イン・足立区。

 ランチセットの豚バラとキノコのリゾットを頂く。

 記憶が正しければ、僕自身、初リゾット。付いてきたフォカッチャともども、おいしかった。早めに食べておけばよかった、と遅めの後悔。

 で、ふと思う。人は、70歳になっても80歳になってもそんな後悔をするのだろう。僕なんぞは、死の5分前に、一度は酸辣湯麵を食べてみりゃよかったかなぁ、と後悔しているかもしれない。

 ついでに言うと。今回僕は初めてICカード乗車券を導入した。つかってみたら。便利すぎて崩れ落ちそうになった。この20年のがんばりは何だったのかと、全力で後悔した。食わず嫌い、知らず嫌い、はこわいものですよ。

 後半は残る1丁目。環七通りをくぐり、荒川鹿浜橋緑地へ。

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 先の荒川右岸新田緑地同様、まさに緑地。その先は新東京都民ゴルフ場になっている。9ホールのコースだという。

 次いで、いくつかの工場が交ざる住宅地を歩く。足立区立新田稲荷公園をかすめ、隅田川沿いの道を行く。

 路面にいくつか絵が描かれている。子どもの絵。何だか懐かしい。雪だるまの顔もうさぎさんの顔も、ちゃんと笑っている。よかった。描いているその場面もちょっと見たかったな、と思う。

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 最後は、環七通りの新神谷橋。その北区側から足立区新田を眺めてみる。

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 隅田川の幅が広く、立派な堤防に護られてもいるので、こうして橋から見ると、やはり島感はある。強い。

 コーヒータイムは島外で。東十条銀座通りにある神谷珈琲店さんに入る。

 毎回言うが。東京は、大通りから少し離れただけで静かになる。今回は特に交通量が多い環七通りだからか、いつにも増していきなりだった。例えて言うなら、音楽スタジオで防音扉を閉めたときのあの感じ。

 おなじみのストレートコーヒー、今日はタンザニアを頂く。

 そういえば、最近、こうしたカフェで、砂糖とミルクはおつかいですか? と訊かれることが多くなったような気がする。ブラックで飲む人が増えたということなのか。

 ちなみに僕はブラックです。豆腐にしょうゆすらかけない僕が、コーヒーに砂糖やミルクを入れるはずがないのです。

 と、こう書いてすぐに思った。僕はブラックですって、何か、いやだな。

 まあ、そんなことはいいとして。

 ここも北区だが、王子神谷駅からの帰りに散歩を兼ねて寄るのは悪くない。有意義なまわり道。このあと島に戻る、という感じがいいのかもしれない。

 町の島。選択肢からは外せない。

『銀座に住むのはまだ早い』第16回は「新宿区」へ。2月末更新予定です!


過去の記事

suumo.jp

著者:小野寺史宜(おのでら・ふみのり)

千葉県生まれ。2006年、『裏へ走り蹴り込め』でオール讀物新人賞を受賞。2008年、『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。『ひと』で2019年本屋大賞2位を受賞。著書は『ひりつく夜の音』、『縁』、『食っちゃ寝て書いて』など多数。エッセイ集『わたしの好きな街』(監修:SUUMOタウン編集部)では銀座について執筆した。

写真提供:著者

編集:天野 潤平