1.5拠点生活という実験。都心から日帰りできる有機な里山・埼玉県小川町

著者: 柳瀨 武彦

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蔵を借りて、お店を開く。
まさか自分がそんなことをはじめるとは、学生のころには、いや、3年前にも想像できなかった。

僕は東京の練馬区で生まれ、今も住む33歳。
寅年、早生まれ、一人っ子、AB型、天パ。

新卒で入った広告業界で働き、3年前に独立。
企業や自治体などの宣伝・広報活動の企画やコピーライティングを生業としている。
ずっと同じ業界で働いてきた僕が、今の仕事を続けながらお店を開業するために、今週も東武東上線に1時間ほど揺られ、終点の小川町駅から8分歩いて、重い蔵の扉を開く。

なぜそんなことになったか。それは小川町に不思議なご縁と、楽しい予感を感じたからなのであった。

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東京で生まれて、東京で育って

やんちゃでむさ苦しい中高一環の男子校も、マッチョでむさ苦しいスポーツ専攻の大学も、ハードでむさ苦しい制作会社も練馬にある実家から通った。人並みに親元を出たいという気持ちはあったが、大江戸線や副都心線が開通し、家の向かいにスーパーもでき、高まる利便性が僕を家にとどまらせた。

都内に実家があり、追い出されることもなかったのは、今思えばとても恵まれた環境である。だが当時は、故郷から上京してたくましく働き、自分の足で人生を歩く友人たちが輝いて見えたものだ。

友人の誘いで三軒茶屋の一軒家を借りて友人たちと暮らしたこともあったが、家庭の事情もあって2年ほどで実家へ戻ることに。そして、その家を引き継ぐかたちで結婚し、勤めていた会社から独立した。

仕事と暮らしとこれからを考える

家族ができてよかったのは“これからの話”をいつも一緒にできることだ。気づけば「次はどこへ行こうか」「どんな生活が自分たちにあっているのだろうか」という話になっていく。「東京も楽しいけどさあ、自然が多い場所も気持ちいいよね」と、北海道生まれの妻は言う。「いやあ、むちゃくちゃ素敵な町だったなあ」と、地方出張帰りの僕は言う。「地元に帰って、新しい仕事をやろうと思うんだ」と、友人から久しぶりの連絡が来る。「もし、東京以外だったらどこに住みたい?」そんな話が食卓で頻出するようになっていった。

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別に東京がイヤになったわけじゃない。自分の故郷として愛着はあるし、刺激を受ける人もたくさんいるし、仕事も東京が中心だ。東京を離れたいわけじゃない。だけど、今の自分には都会の生活だけでは何かが足りない。自分はたまたま生まれた町にずっと暮らすのだろうか。

都会の楽しさと、田舎の気持ちよさが合わさったらなと考えている人も周りに少なくない。東京から日帰りで通える場所に関わることから始められたら……。2拠点生活はハードルが高いけれど、1.5拠点生活くらいはできないものだろうか。こうして、我が家の0.5を探す旅が始まった。

近いのに、謎多き埼玉

電車や車で無理なく日帰りできる距離。現在の公共交通網や法定速度から算出するに、50km程度だろうか。休みのたびに、東京に隣接する千葉、神奈川、山梨、埼玉のいろんな町に足を延ばした。そんな中で、自宅から一番近い埼玉について全然知らないことに気づく。

子どものころは西武ライオンズファンだったし、映画『SR サイタマノラッパー』だって3回は観たし、そういえば大学のメインキャンパスも埼玉だった。大宮、浦和、越谷、川越、所沢、秩父、長瀞などなど。耳慣れた町もたくさんあるけれど、どこもちゃんと知らない。分かりにくいものに惹かれる質である僕は、埼玉のアンテナを張って過ごすようになっていった。

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ある日、「東京から最も近い里山」と書かれた埼玉のときがわ町のパンフレットをアンテナで察知し、家に持ち帰った。Googleマップに町名を打ち込んでスクリーン上であたりを散策していると「あれ、ここって私たちが出会った町じゃない?」と妻が言う。そこには「小川町」と書かれていた。

とても前のことだったし、町名を聞いてもピンとこなかったが、妻と僕は小川町での和紙漉きワークショップではじめて出会ったのだった。ぼんやりとその時のことを思い出す。そうそう、お世話になった大先輩が若い衆何人かを集めて連れて行ってくれたのだ。あれは小川町というところだったのか……。

不思議な縁を感じて調べてみると、小川町は人口およそ3万人の小さな町。和紙の里として知られるだけでなく、有機農業が盛んな地域だという。里山の原風景が残っていながら、東武東上線で池袋から一本で行くことができ、車でも関越自動車道で練馬インターから30~40分で着くという。早速、週末のスケジュールに小川町と書き込んだ。

日帰りできる里山

東武東上線の小川町行に乗る。川越を越えれば車内の人もまばらだ。一駅手前の武蔵嵐山駅から小川町駅までの間で景色が一変し、線路脇の木々が車体を撫でる森の中を電車は進んでいく。駅が近づき、パッと開けた車窓には小高い山々が広がる。なんだかその雰囲気が気に入り、僕はそれから何度も通うようになった。

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小川町はちょうど関東平野から山間部へと移り変わるところにある小さな盆地で、名前の通り槻川と兜川という二つの小川が流れている。京都にも似たその地形と町並みから武蔵の小京都とも呼ばれる。かつては清流が町の産業を支え、和紙をはじめ養蚕、酒造、素麺などで繁栄した。そして江戸時代以降は信州や上越と江戸、鎌倉をつなぐ宿場町としてもにぎわいをみせたようだ。戦火を逃れた町には、道行く芸者に漏れ聞こえる三味線なんていう風景も残っていたという。

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暮らしと産業が入り組む町

時代とともに主要産業はその役目を終え、山間部がゆえ都市化することもなかった。結果、都市化をまぬがれた貴重な文化が時代を超えて継承されている。

帝松、晴雲、武蔵鶴という3つの酒蔵が徒歩範囲にあり、町産のお米から酒造りに取り組んでいる。酒蔵めぐりのイベントは、東武東上線「小川町酒蔵めぐり号」が臨時運転されるほど日本酒好きでにぎわう。

また、ユネスコ無形文化遺産にも登録された和紙・細川紙や瓦屋根に装飾される鬼瓦の工房なども生産を続けている。東京で暮らしていると伝統工芸の生産現場を見ることはほとんどないため、暮らしと産地が近い豊かさに羨ましさを感じた。

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日本酒好きは3つの蔵を歩いて回っても楽しいはず


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可能性溢れる色とりどりの和紙。紙漉き体験もできる


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鬼瓦をつくる職人のことを「鬼師」と呼ぶことを初めて知る


小川町は有機農業が盛んなオーガニックタウンとしても知られ、その長い時間をかけて知恵が集積した農法や思想を就農を希望する人々が学びに来る。全くの未経験ながら農業に興味を持っていた僕も、有機農業のパイオニアとして国内外で知られる農家・金子美登さんの霜里農場が主催する農業塾に一年間、毎月通うことにした。

少しずつ町のことを知り、町の人たちと知り合っていった。季節によって山が色を変えたり、生産者さんから美味しい野菜が買えたり、近所に温泉があったり、そういう環境が僕にはとても新鮮だった。

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甘みとうまみが抜群の小川町在来種「青山在来大豆」


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はじめて田植えも体験した。季節の移ろいは積極的に楽しむものだったようだ

自然を活かした美味しい可能性

新たな世代による地域の資源を活かした取り組みも始まっている。自給原料100%のビール醸造を行っているマイクロブルワリーや有機ぶどう育ててワインをつくっているワイナリー。古民家を活かした雑貨店や民泊施設などもここ数年でオープンしている。

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穀物もホップも自給する「麦雑穀工房マイクロブルワリー」


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完全無農薬で栽培したブドウから、天然酵母・無添加でつくる「武蔵ワイナリー」


僕は夕食にカレーを食べながら昼もカレーを食べたことを思い出すくらいカレーが好きなのだが、小川町に最近2つのカレー屋がオープンした。全国屈指の激戦区・神保町であれば何ら驚くことはないが、3万人の町にカレー屋が立て続けに2つできるインパクトは小さくない。

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下北沢の名店「茄子おやじ」のオーナーが移住してオープンした「小川ぐらしの茄子おやじ」


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とてもやさしい女性が提供してくれる「Curry&noble 強い女」


食といえば、埼玉県は香川県についでうどんを食す県だという。武蔵野うどんという太くコシのある麺が特徴で、肉汁につけて食べるスタイルが主流だ。農家さんが自家製の小麦粉を使って自ら打ってくれたうどんは格別で、食べものを自らの手でつくる人たちのたくましさに惚れ惚れする。

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一本ずつがとてつもなく食べごたえがあるうどん屋「あそび」


サウナ完備の天然温泉だってある。この夏に移住者が、まちやどもオープンした。いわゆる観光地ではないが、食べ物があって、お酒があって、自然があって、お風呂がある。他にも紹介しきれない可能性の数々。なにか新しいことが起こりそうな、新しいことができそうな気がしてならない。

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関東で初めてロウリュを導入した温泉らしい!?「花和楽の湯」


口より先に手を動かしていくような勢いあるDIY精神。そして、それを実践できる余白や余裕のようなものがこの町にはある。物価も都内に比べて安い。不動産に関して言えば、縁がつながれば都内で駐車場を借りるくらいの値段で庭付きの一軒家を借りることもできる。始発駅なので座って東京まで通勤している人も少なくない。

東京とも関わりながら、何かを始めるにはとても可能性のある町かもしれない。東京の人とも東京でできないことをやってみたい。僕らは0.5を小川町に置いてみることにした。

1.5拠点生活という実験はつづく

小川町に通いはじめてから2年半ほどが経った今、築130年の建物に併設された石蔵を借りて、コツコツと通いながらお店をオープンする準備をしている。何かやりたいという気持ちと縁とタイミングが重なったとき、人生の局面は進んでいくみたいだ。そのエピソードはまた倍くらいの文字を要するので、もしお会いする機会があればお話させていただきたい。

小川町に通う中でたくさんの方と知り合い、会う人はみな、東京から通うという関わり方を面白がって受け入れてくれる。1.5拠点生活というものが自分にあっているのか、うまくいくかはまだまだ分からないが、すでに貴重な体験と、たくさんの楽しいことが巻き起こっている。

もし都心で働く毎日の中で、もう少し自然とともに暮らしたい。何か地域に関わりたいという人は、小川町に遊びに来てほしい。全力で案内したい。

町は人がつくっている。この町があなたの0.5に、いや0.1にでもなったなら、町はもっと楽しくなっていくだろう。

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筆者:柳瀨 武彦

柳瀨 武彦

東京都練馬区生まれ。イベント制作会社、クリエイティブカンパニーを経て、独立。現在は地域の魅力発信広報や社会課題解決型プロジェクト、地場産業のプロデュース、企業のコミュニケーションデザインを中心に東京と小川町の1.5拠点で活動中。サウナ・スパ健康アドバイザー。天パ。コツコツ準備中の店「PEOPLE」はこちら

編集:ツドイ