“真夜カルチャー”で大人の青春を叶える街、名古屋

著者: スイスイ 

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「観光客用の名古屋」を演じてしまう名古屋人

アフリカ奥地で動物のように暮らす民族が、イッテQに出てたとき。
油断した瞬間に携帯電話とペットボトルの水を地面に落として焦っていた。
彼らは、外から求められる偽りの民族像を見せることに徹していた。
その場面を見ていた私は真剣に「名古屋やん……」と思った。

名古屋人も長く、観光客用の名古屋像を演じ続けている。本当は、味噌煮込みうどんも味噌カツも給食でしか食べないし、特にひつまぶしなんて観光で来た友人に付き合うときしか食べない。ついでに言えば河村市長が使う「どえりゃあ」「いかんがね」などのドきつい名古屋弁も、使わない。市長含め市全体がグルとなり嘘で塗り固められた「名古屋人コスプレ」を全国発信している。罪深すぎる。

名古屋の実態は、文字にする難易度が高すぎるのだ。だけど私は知っている。てか多分名古屋人それぞれが知ってる。住んでいる我々にしかわからない細かすぎる独自魅力がめちゃくちゃにあるのが名古屋。

ということで、ここでウルトラエッセイストの私が降臨して一肌脱いで筆を取り、超個人的に影響を受けた名古屋の魅力を後世に残したいと思います。

とくに、子育てや仕事で忙しく「自分の世界がなくなった」ように感じてしまっている、あなたに読んで欲しい。かつての私も、そうだったから。

「気の合う友達」なんて絶滅危惧種だと思ってた産後

突然だけど、学生時代「女友達」なんていうのは大抵が彼氏と会えない時間をやり過ごすための「暇つぶし人員」だと思ってた。

「たまたまクラスが同じ」とか「親が仲良い」という出会いガチャで気の合う友人を当てるなんてムズすぎなのだ。なかには気の合う友達と出会えることもあったけど、進学や就職などライフステージの変化で関係が薄くなったりしてしまう。

大人になるにつれ、さらにその難易度はあがった。とくに、産後。独身時代の友達ともすれ違い会えなくなる孤独の中。子ども中心のコミュニティで生活で、新しい友人を探すなんて無謀だった。

実際、第一子を産んでからの2年間はひとりも友達ができなかった。子育てサークルで出会う「○○ちゃんママ」たちと交わす空虚な会話に耐えられず、全員疎遠になり、気づけば子どもとふたり、イオンで過ごして日が暮れる日々。

なのに……あれから約5年。34歳の私にとって、女友達は財産だ。好きな映画について夜な夜な議論できたり、お互いの大事なものについて興味を持ちあえたり、何時間でも話していたいと思える、価値観の合う友達が何人もできた。

読者の皆様そろそろ「あれ、わたしいま、何のサイト開いてる??」って思ってる? あなたが開いているのは、SUUMOタウンです。ここから、ちゃんとタウンの話をします。

大人になった私に愛すべき「女友達」をつくってくれたのは、ほかでもない、名古屋という街なのだ。全国的には知られていない、名古屋独特の文化が、私の人生の後半戦を豊かにしてくれた。そんな真の魅力を、ここから畳み掛ける。

大人になってからの名古屋は楽園だった

子育て中のわたしが女友達との「かけがえのない時間」を築けるようになったのは、30歳のとき、地元名古屋に戻ったことがきっかけだった。

生まれも育ちも名古屋である私は、22歳のとき就職と同時に上京。8年間東京で暮らし、結婚、出産。長男が2歳になり、次男が生まれるタイミングで、夫の転勤でたまたま地元名古屋に戻った。

それは「大人になってから住むはじめての名古屋」だった。大学生まで住んでいた名古屋とは、見え方が全然違った。楽しすぎてまるでテーマパークだった。キーワードは「真夜カルチャー」と「喫茶コミュニケーション」である。

“真夜カルチャー”でママを脱げる

まず、私にとって最も感動したのは、名古屋における「真夜カルチャー」の充実だった。
「真夜カルチャー」とは私が今考えた言葉なのでググらなくて大丈夫。真夜中でも楽しめる文化や施設を指す。

子どもたちを寝かしつけてしばらくする22:00ごろ、夫が帰宅すると……それまでは子どもと寝落ちするか、家で映画を見るとかしかなかったのだけど、名古屋の場合は違った。そこから夫とバトンタッチしてひとり車を走らせれば、なんでもできた。

友達と、海に行ったり誰もいない芝生で寝転んだり。
意味もなく名古屋高速を熱唱しながら一周したり。
ライブハウスに駆け込んでライブを見たり、映画館に集合しレイトショーを観たあと、夜な夜な喫茶店で感想を語り合ったり。
ひとりで天然温泉に行き岩盤浴に入り、テラスでひたすらぼーっとしたり。

名古屋

いつかの語り合った帰り道(伏見駅周辺)

大学生のときは何時だって自由に遊べるから気づかなかったけど、子育て中の今だからこそ、真夜中を自由に使えるのは貴重と思える。まるで独身時代に戻ったような、ママではない「自分」を取り戻せるような時間がそこにはあった。そんなん何県でもできるわ! と思うかもしれないが、名古屋独自の2つの特色こそが、充実の真夜中を叶えてくれるのだ。

①終電の概念が弱い

トヨタのお膝元でもある名古屋は、超車社会だ。大袈裟じゃなく、大人は誰もが車を持っている。終電を気にしない人が多く、真夜中まで楽しめる施設が実はかなり充実しているのだ。例えば……。

・深夜まで営業している喫茶店やカフェが充実
(23:30まで営業している店もかなり多く、24時間モーニングを出す喫茶店まである)

・大型天然温泉施設は深夜まで営業
(巨大スーパー銭湯が盛り上がっている。深夜2時や3時まで営業しているところも多い)

・レイトショーをやっている大型映画館やライブハウス等も充実
(駐車場完備の施設が多い)

という感じ。深夜でも、安心して出かけることができる。

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25:00まで営業している超老舗喫茶店「マッシモ・マリアーニ」。パティシエのつくるケーキが大人気で深夜でも行列ができる

②どこでもドア都市

さらなる特色は名古屋の「狭さ」だ。名古屋って栄えているくせに、意外なほど土地面積が狭い。さらには全国的に有名なほど道が広くて車線が多い。

つまり、夜間ならまず渋滞は起こらない。真夜中に街までくりだすハードルが低いのだ。ちなみに日中も渋滞が稀なので、子連れでの遠出も精神的に楽。関東に住んで改めて気づいたのだけど、これって、リアルどこでもドア。

あくまで夜間の話だけど、名古屋って大抵、繁華街までだいたい20分あれば着く。名古屋のめちゃくちゃ端(名東区や港区)からだとしても下道でも30分。高速なら、20分切る。スピーカーで好きな音楽をかけながらドライブすれば一瞬。我が実家は西区というエリアにあり、名古屋駅から車で10分なのでさらにどこでもドア的。なのに土地相場は田舎価格なのがまた都心にない魅力。

「ここ行きたいよね!」という場所に、22:00集合も余裕。夜から、映画もライブもお茶も海も山も行ける。海や山は岐阜市や常滑市になるけど高速で40分あればついてしまうものだから、自由にとことん、“自分たちらしい”関係を深められるのだ。

喫茶コミュニケーションで、老後も青春

そして、名古屋独自の「喫茶コミュニケーション」が人間関係の濃密化を加速させる。

名古屋の喫茶店といえば、近年カルチャー誌でもよく取り上げられるような「モーニング」のイメージが強いかもしれないけど、そもそも名古屋における「喫茶」って、カルチャーというよりコミュニケーションだと思う。

特色は、利用頻度だ。名古屋人は他県の人からすると信じられないくらい喫茶店に行く。

ちなみにうちの父は、毎朝5:30に同じ喫茶店に行き、お昼にも夕方にも行くので最低3回。母は最低2回お茶をする。私も名古屋在住時は、友達とお茶したあとに別の喫茶店で執筆作業して、夜にもお茶してた。

飲み会の前後もお茶する。スーパーでママ友と鉢合わせただけでもお茶する。家族旅行のときも、目的地と目的地の合間に喫茶店に立ち寄る……それが普通だと思ってたけど東京の人、お茶しなさすぎてびっくりした。

何が言いたいかというと名古屋人は「ひとまずお茶するか」というコミュニケーションを全国一、頻発させるのだ(スイスイ調べ)。しかも喫茶店がそこらじゅうに乱立してるからお茶欲もすぐ満たせる。

つまり「喫茶店に行く」のハードルが、異様に低い。これって、海外の人にとってキスやハグのハードルが低いことに似ている気がしてきた。ふつうは仲良くなってからしかしない「だらだらとしたお茶」も気軽に連発できるから、親密化の速度が早いのではないかと、私は考察している。

喫茶コミュニケーションは何歳になっても健在だ。朝から夕方までの喫茶店を覗けば、70-80代くらいと思われる先輩方の爆笑で溢れかえっている。しかも名古屋の喫茶店ってモーニングやランチだけじゃなく14:00-17:00は大抵「おやつタイム」で、飲み物を頼めば選べるデザートが付いてくる店も多い。みなさん時間帯に合わせて行く店を決めているのか、同じ時間帯に行くと同じ人たちが必ずいる。私まですぐ顔見知りになったくらいなので寂しい老後なんて過ごさせてくれないのでは。老後は喫茶店に通いさえすれば爆笑できる相手ができるのだ。

“ゾーニング都市”名古屋で、気の合う友達に出会える

名古屋で過ごすと、なぜアラサー以降でも「気の合う友達」と出会えるのか。この答えを自力で出すまで時間がかかり、名古屋在住かつ海外や都内にも住んでいたことのある仲の良い友人に聞いてみた。

「名古屋って東京よりも「趣味が合う友達」に出会いやすい気がしているのだけど、それってなぜかな?!」と。するとこう返ってきた。

「東京ほど選択肢がないから、同じ嗜好の人は同じところに集まるもんね」と。

真理すぎる……そこからキーワードが見えた。名古屋は「ゾーニング都市」なのだ。はい、この言葉も今私がつくりました。

ゾーニングとは、都市計画などで各地域を、用途別に区画すること。名古屋は昔からその区画分けが、カルチャーごとに、徹底されている。ここが古着エリア! ここが繁華街エリア! ここがライブハウスエリア! ここが大学エリア!など徹底して街がゾーニングされ尽くしてるのだ。

そんなん地方都市全部では?と思うかもしれないけど、レベルが違う。名古屋の古着店はほぼ大須周辺に固まっているし、ライブハウスもほぼ新栄周辺(栄~鶴舞~大須)以外にない。繁華街もそう。

しかも、各カルチャーにおける聖地の選択肢が少ない。全国に名を知られる聖地的なミニシアターも、聖地的ロック系ライブハウスも、聖地的な家具や器のお店も。聖地的な大人系まったりライブハウスも、ぜんぶ、3〜4軒しかない。

「このカルチャーに触れたい!極めたい!」という人が同じ場所に集まりやすく、分散しない。なので、半年も通えば確実に同じ嗜好の友達、先輩ができる。濃密コミュニティがはじめから用意されているのだ。繰り返すが、名古屋は街自体が本当に狭いので、あの友達はあの子の友達であの子とも友達! とかいう繋がりが芋づる式で楽しい。

私も、大人になってから通った古着屋さん経由で友達に出会えたし、ライブハウスに通ったことで出来た友達も多い。

シネマテーク

聖地的ミニシアターのひとつ、シネマテーク

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古着の聖地、大須。夜は誰もいません

名古屋は、自分を取り戻せるテーマパーク

名古屋のおかげで、私は、日中は子どもたちと慌ただしい毎日を過ごしながらも、夜は気のおけない友達と自分らしい日々を重ねることができた。

ここまで書いてみて元も子もないことを言うが、友達ができるかどうかはタイミングにもよるし、友達がいたほうが幸せとも限らない。人による。ごめん。

ただ、ここまで紹介した名古屋の特色で、人類が確実に得られる素晴らしいことがある。それは……《何歳になっても「自分」の世界を取り戻せる》ということ。

育児や仕事で忙しくても、夜20分も運転すれば自分が望む時間に浸れる。それはスピーカーから流れる爆音との時間かもしれないし、天然温泉のお湯にふやける時間かもしれない。古い洋画世界に夢中になる時間かもしれないし、純喫茶でのゆっくりとした余韻時間かもしれない。

それがなんだとしても、ちょうどいい小さめの街で、最高峰のカルチャーや施設が大充実してる名古屋って、大人にとってのテーマパークなのだ。

とはいえ、取り戻せる「自分」っていうのがなんなのかは、その人にしかわからない。
3カ月くらい名古屋に住んでくれたらこの居心地がきっと実感できるけど、住んでみないとわからない。書いてみてわかったけどやっぱり名古屋だけの魅力って、伝えづらい。
だからやっぱり私はこれからも、「こんど名古屋行くんですけどなにがおすすめですか?」って聞かれたら「そりゃひつまぶし、味噌カツ、きしめんでしょ!」って答えてしまう気がしてきた。

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お茶したあと、駐車場でお金を払う友達。各自このまま解散

著者:スイスイ

スイスイ

エッセイスト。1985年名古屋生まれ。大手広告会社での営業を経て、コピーライター・CMプランナーに。2015年、cakesクリエイターコンテストで入賞し、「メンヘラ・ハッピー・ホーム」でエッセイストデビュー。プライベートではメンヘラを経て100%リア充になり、現在2児の母。書籍『すべての女子はメンヘラである』発売中。 note

 

編集:小沢あや