著者: 伊佐知美
高校生のころ、私たちはいつだって「俺はまだ本気出してない」みたいな気持ちだった気がする。だってまだ、10代だった。何者でもなかったし、これから何者にだってなれる可能性を持っていた。
私が住んでいた街は、田舎だったからなおさらだと思う。新潟県長岡市。
隣接する他の県、富山県や長野県、福島県や山形県とか。
みんな、北陸や甲信越、東北に入れてもらえるのに、新潟だけはいつも「仲間はずれ」。天気予報のエリアは、チャンネルによってまちまちだ。甲信越だったり、関東だったり、東北だったりする。
「中途半端な場所だ」と思っていた。
新潟が中途半端な場所だから、私も中途半端なままなんじゃないかって思うくらい。とにかく私がイケてないのは、田舎に住んでいるからだと思っていた。
「都会で暮らせば」
「東京に行きさえすれば」
自分の可能性を信じたかった、恥ずかしいくらい青い高校生のころの、思い出。
「だって、地元には何もないもの」
多くの地方出身者が同じだと思うけれど。例に漏れず、18歳の私にとって、地元・長岡は何もない街だった。
米所だから、とにかく田んぼが多い。春になれば水が張って、夏になったら稲がボーボーと生えて、秋は真っ黄色に染まって、そして11月になったら刈られて枯れる。
冬になったら一面が雪で覆われる。長く、大量に降り積もる雪。ただただ寒い。
終電は23時過ぎですぐ終わる。その上、暴風雪や「ドカ雪(短時間にたくさん雪が降ること)」の日には、それらは機能を停止する。線路が凍ってしまうと、電車が動かない。
夜、電車は1時間に約1本だったから、高校生だったころの私たちの電車の呼び名は「19時電」や「20時電」だった。「19時電」が、21時を過ぎても来ないなんて、高校生のころはざらだった。「だせぇ」と思っていた。
特産品とか、何があるんだろうと思ってた。新潟の場合、全部お米からできている。おかきに、お餅に、お団子に、日本酒。「お米しかないのか」。
つまらないから、とにかくカラオケに行って、自転車を二人乗りして、制服のスカートを短くして、髪を染めてピアスを開けて、ロッテリアでふるポテを食べていた。
ずっと、「ここではない遠くへ行こう」と思っていた。
「ここではない遠くへ」を追い続けて
「広い世界に行けば、私は変わる」と思っていた。「環境が変われば人は変わる」と信じてたから。例えば旅とかに出たら、変わるような気がしていた。日本一周をして、海外もフラフラ。30歳も近づくころには、とうとう世界一周の旅にも出てみた。しかも2度。
気がついたら新潟も東京も遠く離れて、3カ月も4カ月も半年も1年も、海外を転々としながら、賃貸契約すら世界のどこともせずに、文字どおり「スーツケース1個だけで」旅しながら暮らすようになっていた。
北アフリカにいた。モロッコと西サハラの国境近くの砂漠の手前。
ずっと憧れていた場所にたどり着けて、その上、田舎で暮らしていたころからひっそりと夢見ていた「トラベルライターになる」ことまで実現できていた。なのに、日々はなぜかとても忙しない。
その上、最近失恋(というか離婚)したこともあって、身の回りが落ち着かなくて、名前が変わったり、パスポートが変わったりして。
「望んでいた毎日」のはずなのに、「これが正しいのか?」が分からなくなってしまって、私は日本を遠く離れたモロッコで、独り、ついに「疲れたなぁ」と言ってしまった。
ふとした瞬間、言葉に出てた。今までそんなこと一度もなくて、大変なことがあっても、「旅は楽しい」その一点だったのに。
「なんだか私、帰りたいな」と素直に思った。でも、思ってすぐに気がついてしまう。
「一体、どこへ?」
私は自ら、暮らす場所を手放した。今や帰れる場所はどこにもないし、私には「開けられるドア」すら、この世界にひとつもないのだ。「家の鍵」なんて概念は、とうの昔に捨ててきた。
「私は一体、この地球のどこへ帰るというのだろう?」
「住所もなければ、その晩の宿すら決めてない状態なのに」
すごく悲しく、泣きたくなった。
でも、心に思い当たる場所が、1カ所だけ。
日本の、東京と北海道の間くらいにある、新潟県の長岡市。「あの街へ、帰ろう」と思った。長岡はきっと、今の私が、世界で唯一「ただいま」と言える場所だから。
大人になって改めて見る「地元」の魅力
東京で暮らして、たくさん旅をして、地球の裏側まで行って。でも、結局「帰る場所は長岡でした」なんて、ちょっぴり情けなくて、皮肉な話だ、と笑った。でも。
青々と輝く田んぼは、季節ごとに表情を変えて美しかった。
その中を、1時間に1回走る電車はとてもキュートで、まるで物語の中みたいな写真が撮れた。
長岡市は京都市に次いで、日本で2番目に酒蔵が多い街なのだそうだ。味噌蔵も醤油蔵もある。「発酵する街」と呼ばれて移住者も増えているらしい。
どうやら中途半端だと思っていた立地は、東京駅まで約1時間半、新幹線で1本乗換なし、片道8430円の「アクセスの良い」場所だったようで。
食もとても豊かで、地域性に富んでいた。超有名、と言っても差し支えないだろうお菓子「柿の種」は、新潟県の企業「浪花屋製菓」がつくっているし、長岡市民の赤飯の概念は「小豆色」じゃなくて「醤油の茶色」なんだけれど、その概念をつくったのは地元企業の「江口だんご」だ(賞味期限1日限りのお団子が私は大好物)。
白米は一粒ひとつぶがしっかり立って、そういえば日本のほかのどの地域に行っても「いつものお米のほうが美味しいな」と心のどこかで感じていたのは、新潟のお米のせいだと気付いた。
お米も美味しいけど、水もキレイ。そういえば、私は栃尾「星長」の豆腐が世界で一番好きだけれど、あの美味しさも水が支えているんだ、と知った。
いつのまにか消えてしまった私の方言は、今では愛しい響きを持っていた。電車やカフェ、スーパーで聞くイントネーションが安心を運ぶ。
方言は、文字通りその地域で暮らす人たちの「共通言語なのだ」と学ぶ。
あとは、長岡花火。
どうして「何もない」なんて思っていたんだろう。長岡の空襲の慰霊祭で、中越地震以降は、震災復興の願いも兼ねて打ち上げられる、2万発以上の花火。
慰霊祭だから、毎年日付は変わらない。8月2日と、3日。2019年は金曜日と土曜日に開催される「華の年」。きっと今年も、日本中、世界中から長岡花火を見に訪れる人がいるんだと思う。
日本で一番長い信濃川の土手の両岸に、ずらりと並べられる観覧席。その真ん中、川の中に10数カ所も、数キロに渡って設置される打ち上げ箇所。
小さなころから、夏は絶対に花火を見た。おばあちゃんとおじいちゃんに手を引かれて。お母さんとお父さんと一緒に川のほとりで。何年かに一度は、河川敷の特等席で近所の家族みんなと。
高校生になってからは、「花火大会に誰と行くか」が、私たちのもっぱらの話題になった。例に漏れず、私も。7月にもなれば心浮き立ち、「ねぇ、一緒に行こう」と浴衣の着方を練習しながら、夏が熟すのをみんなで待つ。
遠くに見る花火じゃなくて、真上に上がる、体を震わせるほどの振動。首が痛くなるくらい見上げて眺める、綺麗な夜の花。
長岡花火を見ないと、夏が始まらない。だからずっと、私の、ううん。「長岡市民にとっての夏の始まり」は、8月2,3日を過ぎてからだと信じてる。それまでは、夏の助走、序章みたいなもので。
本番は、花火のあとに絶対始まる。
こんなに「文化」として残るなんて。体に刻み込まれた長岡の血を、大人になって改めて思い知る。あんなに遠くまで行かなくても、分かりそうなことなのに。
名前と誕生日、あとは人生で一つだけ特別な「出身地」
32歳になるまでの間に、就職や離職、結婚や離婚を経験した。自分の属性がコロコロと変わる中で、記入する書類の中身もどんどん変わっていった。
アイデンティティを失う中で、3つだけ変わらない「私の情報」があった。それが、「下の名前(知美)」と「生年月日」、そして「出身地(出生地)」。
どんなに遠くまで行っても、「変わらない根っこ」が人にはある。
果たしてそれに、気付けるか? それができたらまた、どんなに遠い場所へだって、行けそうな気がする。だってその時、私たちにはもう、「帰る場所」があるのだから。
そういえば今年も、もうすぐ長岡花火の季節がやってくる。
<おまけ>長岡エリアをちょっとおさんぽ
■長岡市民のソウルフード「栃尾の油揚げと作りたてのお豆腐」
長岡市街地から車で30分ほど山間に進むと、栃尾エリアに到着。古くから油揚げの名産地として栄えた栃尾(通常の油揚げの3倍くらいの大きさ!)は、今でも小さな町に16軒もの油揚げ屋がひしめきあい、しのぎを削っている場所。
中でも、私の一番のお気に入りは「星長」というお店。しかも油揚げではなく、お豆腐が好きという……(笑)。
でも、このお豆腐が毎朝食べられるなら長岡にまた住みたい、と考えたことがあるほど美味しいので、ぜひ長岡エリアに来たらテイクアウトできるので寄っていって!!
■Food & Lifestyle Store LIS(リス)
新潟の食材と文化をつなぐ会社「FARM8」がプロデュースする、古民家を改修した「おしゃれスーパーマーケット」。made in Niigataのおみやげを買うなら絶対にここへ。
行って後悔はさせません。
(※2019年7月下旬以降、宮内駅前・摂田屋2丁目に移転予定)
■長岡市役所 アオーレ長岡本庁舎
長岡駅前、市民の憩いの場。突然現れる近代建築、どうしてか未だに分かりませんが、隈研吾さん建築です。
毎週末のように催事を行っており、一見の価値あり。もし長岡駅まで来たら、ぜひ見逃さずに堪能していってください。美しいです。
■ワイナリー「カーブドッチ」
長岡市が属する「中越」エリアから少し足を延ばして、「下越」へ。新潟の平野を活かした自然豊かな土地に、ワイナリー・ホテル・スパ・カフェ等が出現します。
温泉に立ち寄りながらゆったりドライブ、カーブドッチで新潟産のおいしいワインに舌鼓を打ちながら、新潟県の採れたて野菜の食事をいただき、スパでゆっくり……なんて贅沢すぎるでしょうか。
ほかにもオススメの場所、たくさんあるので、もし質問があったらTwitterででも話しかけてみてください。
著者:伊佐知美
Twitter:@tomomi_isa
note:https://note.mu/tomomisa
編集:Huuuu inc./くいしん
長岡花火大会・写真提供:長岡市デジタル写真館