再出発は、森下で――神様が私にくれた「ロングバケーション」

著: 川口あい 

「街の思い出」に、ひっぱられたくない

新しい人生を始めるなら、知らない街がいいと思った。
それまで東京の西側にしか住んだことのなかった私が、一度も足を踏み入れたことのない森下という駅を新居に選んだのは、いちばんの親友が錦糸町に住んでいたから。あとは、かつて好きだったドラマの舞台というイメージがあったくらい。その程度でじゅうぶんだった。

三軒茶屋、中野、吉祥寺。それまでに住んだ街はどこも魅力的で愛着があって、だからこそ、その街が持つ「思い出のちから」にひっぱられたくなかった。

紆余曲折あって、一度離れた東京に再び戻ってきたときには、心身ともに弱りきっていた。離婚の作業は予想以上に精神力を使い、底辺からようやっと少し顔を出して不器用に息継ぎするのが精一杯だったから、何も知らないし思い入れもない街に住むくらいが、ちょうどよかった。

物件はすぐに決まった。当たり前だ。何のこだわりもなかったから。デザイナーズでもなければ、特筆すべき機能も特徴もない、ただの1Kの部屋。

11月の、とっても寒い日に引越した。ヤマトの「単身パック」でじゅうぶんに事足りた。家具もなく荷物の少ない単身者が、トラックではなく小さなラックのみで引越しをするプラン。高さ170センチ、幅と奥行き100センチちょっとの簡素なラックに収まった、私のそれまでの人生。そんなに悪くはなかった。

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毎日忙しく働いて、そのまま会社の近くか繁華街に飲みにいき、森下に帰るのはいつも真夜中だった。

馴染みの光景となったのは、オレンジ色の街灯が等間隔に並ぶ、静まりかえった深夜の清澄通り。雪でちらつく明かりは、綺麗だけど少し寂しかった。

もつ煮がおいしいという「山利喜」も、焼き鳥で有名な「稲垣」も、話には聞くけれど行ってみようと思うことはなかった。街に親しむことが、できなかった。

「神さまがくれた長い休日」を、この街で

家と仕事場を往復する日々のなかで、あるとき、脚本家の北川悦吏子氏と仕事をすることになった。

『愛していると言ってくれ』『オレンジデイズ』『半分、青い。』など、名作を生み出し続ける稀代のストーリーテラーにして、私が人生でいちばん好きなドラマ、『ロングバケーション』の生みの親だ。

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『ロングバケーション』(脚本:北川悦吏子 1996年 フジテレビジョン 販売元:ポニーキャニオン) 

人生がうまくいかないときは、神様がくれた長い休日だと思って、ゆっくり休めばいい──大人になるほど身にしみるタイトルの月9ドラマ、通称『ロンバケ』は、1996年の大ヒット作品。主人公を演じたのは、当時24歳、飛ぶ鳥を落とす勢いの木村拓哉だった。

いわゆる「っちょ待てよ!」キャラではない、情けなくて頼りなさそうなピアニストの青年・瀬名秀俊を演じ、当時フジテレビドラマの常連だった山口智子が、瀬名と恋に落ちることになる女性・葉山南を演じた。

結婚を逃したアラサー女性とか、年の差の恋愛とか、転がり込むように始まるルームシェアの設定が、当時はまだ新しかった。

先に書いたように、私のなかの「森下」のイメージといえば、この大好きなドラマ「ロンバケ」の舞台であること、というくらい。でもそれを意識してこの街を選んだわけではなかった。

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ロンバケ聖地のひとつ、新大橋

北川氏との仕事を前に、私は久しぶりに「ロンバケ」を見直した。

全12話、前に見たのはまだ結婚する前で、東京のきらびやかな西側の街を満喫し、彼の地に住むとは思いもしなかったころ。

あれから状況も変わって、いろんなものを捨てたけれど、このDVDだけは小さな箱のなかにそっとしまったままだった。

オープニングで、久保田利伸の『LA・LA・LA・LOVE SONG』が流れた瞬間、1996年にタイムスリップした。懐かしくてむず痒くて、いてもたってもいられず、ワインをがぶ飲みするしかなかった。

隅田川が癒やすもの

そこには、約13年前の森下があった。まだ大江戸線が開通する前の、高層マンションも目立たない水辺の街が。

新大橋通りで、隅田川沿いの夜景のなかで、いい年してまだ大人になりきれない、青春の続きをさまよう人たちが、きらきら輝いて、不器用にぶつかり合っていた。

かつてとても大人に見えていた登場人物たち。いまや私も彼らの歳を超え、その悩みが身にしみてわかるようになった。彼らが意外と子どもじみていることとか、でも大人って大概そんなもんだってこととかも。

舞台のなかでも印象深いのは、瀬名のマンション、通称「瀬名マン」。森下駅から隅田川のほうに向かって右側の、川沿いにある設定だった。

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かつて瀬名のマンションがあったあたり

3階の窓辺からスーパーボールを投げて、キャッチできるかどうか。あの名シーンは、私がいま住んでいるマンションのちょうど裏側くらいで繰り広げられていたのだと思うと、彼らの物語の一部にまだいるような気がして、12話をイッキ見したと同時に、私は外に飛び出した。

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新大橋はドラマのなかと変わらず、どっしりとした佇まいでそこにあった。

瀬名マンはとっくに取り壊され、街の景色は一変してしまっていたが、川沿いの雰囲気はそのままだった。

二人が名前を呼び合って抱き合ったあの塀垣も、歩いた川沿いの歩道も、当時のなごりをまとったまま、そこにあった。

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冬の隅田川沿いは、ほとんど潮の香りがして、ああ、ここは「再生する人のための街」なのだと思った。

夢を諦めつつあった瀬名と、結婚が破談になった南が、ゆっくり人生を休んで再起するために必要だったもの──風が吹く川沿いの歩道と防波堤、街を見守る大きな橋、古くさいマンションとスーパーボール、下町風の中華屋さん──その全部があったこの街で、私も少し休みながら、新しい何かを手に入れることができる、きっと。そう思った。

北川悦吏子氏に聞いた秘話

後日、北川氏との仕事は、緊張しまくったけれど無事に終わった。

森下に住んでいるんですと告げると、ロンバケのロケ地の秘話を教えてくれた。

『ロミオとジュリエット』が創作の原点にある北川氏は、本作を書くうえでパリのセーヌ川のイメージが強くあり、舞台は「水辺の街」であること、そして、スーパーボールの構想もあったことから「3階建て以上のマンション」であることを条件としたという。

実際の街を指定していたわけではなく、スタッフが見つけてきた隅田川沿いの風景が、北川氏の物語とうまく結びついた。

余談だが、北川作品には『ロミオとジュリエット』のように、建物の下から呼びかけるシーンが登場する。ただ『ロミオとジュリエット』と違うのは、呼びかけるのが女性で、建物のなかにいるのが男性という点。

自由に人生を歩もうとする女性が、既成の概念にとらわれているかのような男性に呼びかける。そこから出ておいでと促すように。

そのことを本人に伝えると、たしかにそうかもしれないねと笑った。たくさんの作品を介して私たちに物語のちからを教えてくれた人は、とてもとてもやさしくて聡明で、あたたかな人だった。

人生に少し疲れたら、水辺の街で

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それからというものの、森下近辺に住む人たちとの出会いが増えたこともあり、私はすっかり森下を愛する住民となった。

『山利喜』のもつ煮はワインに合うと気づいたし、『稲垣』の串焼きは、食べながらいつまでもハイボールを飲んでいられた。

やさいの味がしっかりと染みる『深井』のちゃんこ鍋は絶品で、大将のトークも最高で、お店も料理も、故郷を思い起こす懐かしさがあった。

休日には、カレーパン発祥の店である『カトレア』の、ゴロゴロした具の入ったカレーパンを片手に、清澄白河のブルーボトルでコーヒーを買って、木場公園まで散歩した。

そのまま、リニューアルオープンされたばかりの現代美術館で気鋭のアーティストの作品を堪能したり、夕暮れどきまでベンチで本を読んだ。そこには、ただゆったりとした時間だけがあった。

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そんなふうにして過ごした下町での日々。毎日毎日忙しく働いて、帰ってくればほっと一息つけるような場所を見つけ、「休むための時間」も覚えた。少しずつ少しずつ、立ち直るための英気を養うにはうってつけの街だった。

そうして過ごした2年を経て、私は次の地へと引越した。

もしまた何か、人生の大きな壁にぶちあたったら、私は再び森下に戻るだろう。

人は何度でもやり直せる。そんなことを教えてくれた街に。


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著者:川口あい 

川口あい 

1985年、新潟県出身。昭和女子大学大学院文学研究科英米専攻修士課程修了。ハフポスト日本版等を経て、現NewsPicks ブランドデザイン シニアエディター。文学、映画、エンタメ、ライフスタイルジャンルを得意とします。 Twitter

 

 

編集:ツドイ