巨大な深海魚が打ち上がる浜、金箔のサンショウウオが潜む山、やたらと出会うカニ。三保半島で生き物と隣り合う暮らし|文・さとかつ(漫画家)

著: さとかつ

初対面で魚捕りに誘われた。友人Kとの出会い

栃木から、静岡に移り住んだのは2020年の春だった。海なし県生まれということもあって海への憧れが強く、なかば衝動的に水産系の大学に進学した。

大学があるのは「三保半島」という駿河湾に突き出た小さめの半島で、景勝地の「三保の松原」が有名だ。JRの清水駅から半島の先端まで15分ごとに直通バスがあるので、アクセスがそこまで悪いというわけではない。バスに揺られていると前方に富士山が見えてくる。半島の中央を貫く道は異様にまっすぐで、その終端にはちょうど富士山と造船所の看板がある。もしかすると、この景色を計算して敷かれた道なのかもしれない。
地元の人々からしたら当たり前の風景でも、私にはとても新鮮だった。民家やコンビニといった生活感のある景色の中に、異様に巨大な自然物が当たり前のようにある。この違和感が心地よい。6年ほど住んでなお、この道で富士山を眺めると少しうれしい。


1月の富士山

2020年はまさにコロナの禍中で、授業もアルバイトも難しい状況だった。そんな混乱のさなか出会ったのが同じ大学の同期である友人Kだ。彼から突然、「魚を捕りに行きませんか?」というメールが来たのを覚えている。初対面で魚捕りに誘うなんて何らかの怪異みたいだが、通っているのが水生動物が好きな人間ばかりの水産系大学では、よくあることらしい。

後日、近くにある小川に網を持って集合し、魚捕りをした。この時捕れたのは「アユカケ」という魚だったことをよく覚えている。カジカの仲間で、鰓蓋(えらぶた)の上にある棘でアユを引っかけて捕まえるので、「鮎掛」と命名されたとのことだが、これは迷信だ。


アユカケ。体の黒いラインが特徴的

魚捕りをするのはいつぶりだったか……。小学生の頃は実家の近くで友人と魚や虫を追いかけていたのに、中学・高校と進学するたびに周囲の友人たちは自然に興味を失っていき、自分もいつの間にか距離を置いていた。しかし、アユカケを捕ってうれしそうにしている友人Kを見て
「魚を好きでもいいんだ」
と思えた。これをきっかけに、Kと色々な生き物を探しに行くようになった。

深海から毎年数百匹とやってくる謎多き隣人

1月上旬、Kと海岸を散歩しているとき、波打ち際に転がる大きな魚に出会った。


友人Kとミズウオ


ミズウオ。生きている時は、太陽光を反射して複雑な輝きを放つ

ミズウオ(水魚)は普段は水深500mほどの深い海に棲む魚だ。種名の由来は、身が水っぽいことから。この深海魚がどういうわけか、冬の駿河湾では海岸に打ち上がる。1m以上の魚が海岸に点々と転がっている様子は何とも奇妙で現実離れしており、新聞やテレビで度々話題に挙がる。

深海魚の打ち上げがあると、天変地異を連想する方も多いと思うが、実は毎年数百匹は打ち上がっているため特別珍しい現象ではない。ミズウオに関する記述は江戸時代から存在し「ミズウオが打ち上がると雨が降る」といった伝承も駿河湾沿岸には残されている。この地域では、まさに身近な深海魚なのだ。
ちなみに、古くから知られているにもかかわらず生態や打ち上げの原因についてはいまだに解明されていない、謎多き隣人でもある。

そしてミズウオを語るうえで欠かせないのが胃の内容物だろう。ミズウオは恐ろしいほどの悪食で、目の前にあるものをなんでも飲み込む。そのため、胃からは様々な深海生物が出現する。この習性は人工物でも例外ではなく、ミズウオの胃から出てきたゴミの量から駿河湾の環境を知ることができる。私たちは、陸にいながら、彼らを通して深海に触れることが可能なのだ。

私がミズウオに出会ってから6年ほど経つが、学生の頃から現在に至るまでミズウオの打ち上げ状況や内容物のデータ収集を続けている。この活動を通じて、絵を描くようになったり、研究者の知り合いが増えたりと、ミズウオと駿河湾には感謝が尽きない。この魚にこれほどまで惹かれる理由はわからないが、静岡に住んでいるうちは気が済むまでやるつもりだ。

クロベンケイガニ。スナガニ。アカテガニ。きっかけはカニ

三保ではやたらとカニに遭遇する。
生活圏に海の生き物が紛れているのが、海なし県民としてはとてもうれしい。なんてことない景色の中にカニがいることに気づいた日から、いつも彼らの影を追ってしまう。見つける度にしゃがんで、種類を確認する。傍から見ればなかなかに不審だが、やめられない。

半島の根元にある商業施設の周りには、河口に棲む、クロベンケイガニ。海水浴場の近くには、砂浜に巣穴を掘る、スナガニ。その辺の草むらには、アカテガニ。


アカテガニ。海沿いの草地に多い

三保でカニに魅入られてしまった私は、いつの間にか沖縄までカニを探しに行くようになり、しまいにはカニと旅行する漫画まで描いてしまった。

話が少し脱線するが、沖縄の人々はカニとの距離が近い気がする。公園にはカニ型の遊具があるし、カニ注意の看板や、交差点には道祖神のようにカニ像があり、古い伝承にも喋るカニが登場する。なぜなのか。琉球列島にはオカガニなどの大型の陸生ガニがいるためだろうか? ご存じの方がいればご教授願いたい。

皆様も、旅行に行ったらカニを探しましょう。見つけた時、貴方はカニが見える側の人間です。


沖縄のカニ像。おそらくノコギリガザミという種類


サンショウウオが生息する豊かな山々も静岡の魅力

静岡は海だけでなく、山も魅力的だ。
富士山の裾野に広がる高原が有名だが、静岡県の北部(金魚に見立てた時に背びれにあたる辺り)にも深い山々が存在する。この地域は俗に「オクシズ」と呼ばれ、標高が1000mを超えるため、温暖な静岡県にもかかわらず冬は雪が積もる。

真冬のある日、友人Kから山へサンショウウオ(山椒魚)を見に行こうと誘われた。彼は魚だけでなく、両生類、爬虫(はちゅう)類、昆虫、果ては植物に至るまで全ての生き物に興味がある人間だ。
この日のお目当ては、「ヒガシヒダサンショウウオ」。飛騨山脈の名を冠する通り、山地に生息するサンショウウオだ。普段は地中で生活する種だが、この時期だけ繁殖のために山地の沢に集まるらしい。
ジャンパーを着込み、三保の背後にそびえる山へ向かう。このあたりはシカとカモシカの密度がとても高く、この日も急に飛び出してきてヒヤッとする。2時間ほど車で登り、崖のそばにある空き地に車を停め、そこからは徒歩での登山だ。気温は2℃ほどで粉雪が舞っていた。ところが予想以上に山が険しく、目的の沢に着く頃には日が暮れてしまった。引き返すわけにもいかないので、ヘッドライトを頼りにサンショウウオを探す。この日はちょうど大寒波に当たっていたこともあって川はほとんど凍り付き、触れると冷たさより痛みを先に感じるほどだった。

暗闇の中、1時間以上探しただろうか。ふと目に留まった水たまりにそれを見つけた時、私は息をのんだ。


ヒガシヒダサンショウウオ。一見派手な体色も、川底の石が青いので保護色となる

透明感のある青に、金箔を散らしたような姿。ヒガシヒダサンショウウオだ。サンショウウオというと機敏に泳ぎ回るイメージだったが、この個体はライトに照らされても動じることはなく、じっと私を見ていた。おそるおそる写真を撮ると、身をひるがえして淵に消えていったのを覚えている。

この直後、Kと合流したのだが、この日出会うことができたのはその一匹のみだったので、「なんで呼んでくれなかったんだ」と悲しそうだった。申し訳ない……。


この他にも、静岡には「アカイシサンショウウオ」という赤石山脈の名を冠したサンショウウオもいるので、いずれ探しに行きたい。飛騨と赤石がいるのだから、木曽山脈の名を冠するサンショウウオもいそうなものだが、なぜかキソサンショウウオは存在しない。

三保半島には美味しい魚介も集まってくる

三保は学生が多いこともあってか、意外に飲食店が多い。よく行くのは、半島の少し奥まった場所にある「御穂鶴」という居酒屋だ。学生の時から、何かしらの節目や相談事があるときにはK含めた数人の友人たちとここに集まるのが恒例となっている。店舗は酒蔵を改装した建物で、外見は酒蔵そのもの。入口には酒樽と釣竿を持った謎のマネキンが鎮座している。

内装も高い天井と梁が残されていて、趣深い。そして店主さんが釣り好きということもあって店内には魚拓や魚グッズが並べられていており、水槽には見かけない熱帯魚も泳いでいる。まさに生き物の話をするには最適な場所と言えるだろう。

料理のメインは勿論、魚だ。刺盛りは日替わりで様々な魚が出てくる。太刀魚・鯵・鮪の他に、アマダイやハガツオなどの変わり種、そして三保半島で養殖している「三保の松サバ」や「三保サーモン」など、ご当地の魚も入っていることがある。
大体は、お刺身を肴に日本酒を飲みつつ、「次はどこに魚を探しに行こうか」とか、「あそこにこんな生き物がいた」とか、そういった話をする。(お店と同名の御穂鶴という地酒がおすすめです)
自分はそれほどお酒が強いほうではなく、飲み会特有の喧騒も苦手なのだが、この時間だけは不思議とお酒を楽しめる。


刺盛り。太刀魚、南鮪、ハガツオなど

静岡に移り住んでから、急に世界の解像度が上がり、見えなかったものが見えるようになった感覚がある。
まるで幽霊や妖怪みたいな表現だが、生き物との出会いはそれに限りなく近い。いつも傍にいるのに気づくまでは見えないのだ。そして気づいたら最後、魅力にとりつかれてしまう。

いつか私がこの地を離れても、静岡から貰った呪いが解けることはないだろう。


一番いい感じに撮れた富士山


著者:さとかつ(漫画家)

さとかつ

栃木県出身、静岡県在住。東海大学海洋学部水産学科卒。主に生き物を題材とした漫画を制作。大学では水棲生物の研究をしており、現在もフィールドワークに取り組む。
著書:琉球蟹探訪(小学館クリエイティブ)
X: https://x.com/satokatu031
<お知らせ>
2026年春頃から連載が始まります。ミズウオはもちろん、色々な生き物が出てきますのでご興味ありましたら是非ご覧ください!

編集:ツドイ