「普通の人」が描かれる街、明大前が私の特別な場所になるまで

著者: りょかち

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明大前は「普通の人」が描かれる街

明大前は、“普通の人”が描かれる街だ。

今年話題になった映画『花束みたいな恋をした』は、“ごく普通の恋愛”を描いた作品だったが、2人は明大前で終電を逃して出会う。カツセマサヒコ氏の小説『明け方の若者たち』は、“普通の大学生”による飲み会が明大前で行われるところからはじまる。

 

私もまた、明大前で生活をする“普通の若者”だった。

 

明大前に住み始めたのは、京都から就職のために上京した23歳の春。

春から入社する会社のオフィスは当時渋谷にあったのだが、すでに数年後には新宿に移転することが決まっていた。新宿にも渋谷にもアクセスがよく、新卒一年目でも住める家賃の街を探していたら、明大前が候補に上がった。

 

私は、京都と神戸にそれまで住んでいて、関西もある程度都会だと思っていた。けれど、東京は想像以上に都会だった。東京は大阪の梅田が何個もあるような街で、新宿は見たこともないほどにどこまでもビル街だった。

明大前は、そんな、東京の家賃や物価の高さも、東京の膨大な路線数も知らなかった私を、最初に住まわせてくれた思い出深い街である。

 

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明大前の商店街・すずらん通りにあるガスト。何度もここで、大学生たちの雑談を聞きながら原稿を終わらせた。相棒は、山盛りポテト(若かった)

 

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日本人に愛される有名チェーン店が沢山あるのも、明大前の過ごしやすいポイント

 

けれど、明大前で暮らした記憶の前半部分を振り返ると、とにかく焦っていた自分の姿ばかりが心に浮かぶ。

「ありふれた若者のありふれた日常がある街」

この街に住み始めて数カ月後には、そんな、友人が言った明大前のイメージの一部に自分がなってしまう気がして、落ち着かない気持ちになっていたのである。

 

学生のころから肩書をSNSのプロフィールに並べて安心しようとする人を笑うくせに、自分が一番“普通”という言葉が怖くて仕方なかった。はやく東京でも安心して生きていけるように、夜な夜な自分の中の“普通の子”じゃない部分を探し回っていた。

 

「ここにはなんでもある」そう思った23歳の春

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京都の田舎から上京して初めて明大前に降り立った時、駅を出てすぐに思ったのは「こんな都会に住めるなんて」ということだった。社会人一年目の私は、駅前に、本屋もラーメン屋もマクドナルドも、スターバックスもWIRED CAFEもそろっていることに、すっかり圧倒されてしまったのだ。

 

実家に住んでいたころ、本屋やマクドナルドには、自転車で15分かけて通っていた。スターバックスは繁華街のある駅にしかなかった。そもそもコーヒーショップなんてものが、生活圏にはなかったのだ。

WIRED CAFEに至っては、関西には大阪にしかないお店だったので(現在は京都駅にもある)、徒歩圏内にこんなおしゃれな場所があることに、強烈な違和感を感じて、しかしそれは同時に私を高揚させた。

 

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駅前すぐのフレンテ明大前。ジムも本屋もカフェもピザもスーパーもある。改札を出てすぐこの看板が目に入って、「都会に住むんだ」と思った

 

さらに、明大前という場所はとにかくアクセスがいい。京王線を使えば、渋谷にも、新宿にも、乗り換えなしで15分以内にたどり着く。小説やドラマでしか見たことがなかった街に日常的に行けることも、信じられなかった。少し前までは、深夜バスでひと晩かけて渋谷で行われる面接に出掛けていたのに。

新宿で正しい出口に出るのでさえ、20分以上かかっていたのに。そもそも、新宿と渋谷がそんなに近い位置関係にあるなんて知らなかった。

歩いてすぐの場所に、カフェも本屋も飲食店もある暮らし。電車に乗れば30分で巨大な繁華街にたどり着く日常。明大前の広い改札の前で、これまでとは生活が大きく変わることを確信した日を、今でもはっきりと覚えている。

 

便利でなんでもあって。でも、それだけじゃ、つまらない

「ああ、明大前に住んでるんだ。明大前って、便利だけど、なんか、普通だよね」

だからこそ、東京育ちの友人が明大前を「普通の街」と言った時に焦燥感を感じた。明大前にはなんでもある。アクセスもいい。治安についても不安に感じたことはない。

 

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駅ナカにあるはらドーナッツ。時折無性に食べたくなるやさしい味。神戸にも”おしゃれなお店”として出店していて、このドーナッツを食べるたびに、地元から遠く離れた街に住んでいることを思い出す

 

「なんでもある」だけでも、「便利」なだけでも、だめ。それだけじゃ、「普通」。

 

たしかに、東京には便利なだけじゃなく、オシャレな街がたくさんある。むしろ、「なんでもある」ということがコモディティ化した東京では、その街独特のオシャレさを纏っていることが、街のブランドに寄与する風潮があるのではないだろうか。

 

その人は人気のある街を「カルチャーのある街」と呼んでいた。街にカルチャーが必要だなんて、考えたこともなかった。真面目に頑張っているだけじゃ、順当にできることを増やしているだけじゃつまらない、独特の個性がないと面白くない。そのセリフは、東京の街にだけでなく、そこに生きている個人にも向けられているような気がした。

 

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「はやくしなくちゃ」「負けたくない」「もっとどこかに行かないと」。 

当時の私はいつの間にか、口癖のようにこの3つの言葉をつぶやくようになっていた。なにか自分だけの個性を見つけなくちゃいけない。普通に頑張ってるだけじゃだめなんだ。

 

過去の自分のTwitterの投稿を振り返って読んでみると、無理に突飛な言葉を使おうとしていることがわかる。もっと自分らしくなりたかった。だけどそれも、自分以外の人に「面白い」と評価してもらわなければ意味がない気がした。はやく、誰かに見つけてもらって安心したかった。

最近は、そんな気持ちを“何者かになりたい”というらしい。大人は何者かになりたい若者を笑うけれど、この街は便利すぎて、真面目に頑張ってるだけじゃ誰も認めてくれないのだ。時には「つまらない」という言葉を浴びせさえする。

 

若いころの私は、その、「頑張ってるけどつまらない」という他人からの評価が、一番怖かった。

 

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こちらも駅ナカにあるSoupStockTokyo。仕事で遅くなった日はいつも、渋谷から降りてすぐのこの駅のホームで、温かいスープを夕食にしていた

 

数年後、東京は「帰る場所」になっていた

「東京に帰らなくちゃ」

そんな焦りがなくなってきたのは、Twitterに自然とそう呟くようになったころだ。京都駅ホームで、東京行きの新幹線に乗ることは、私にとって帰り道になっていた。

 

東京に住んで2年以上経っていたころだと思う。仕事もすっかり慣れて、チームの中でも中堅メンバーになりつつあった。最近は後輩と仕事をすることも多い。仕事の合間には、上京してから出会った、2年以上の付き合いになる友人たちとLINEする。そんな私にとって東京は、もうすっかり「帰る場所」になっていたのである。

 

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タクシーの時はいつも、この「甲州街道沿い」で降りた。電車だけでなく、タクシーでも、渋谷も新宿も3,000円あればたどり着ける。人通りも多いので、夜遅く歩いていても、比較的安心できる道

 

東京を帰る場所にしてくれたのは、上京してから出会った友だちと、自分なりに誠実に毎日と闘って手に入れた、社会人としての自分への信頼だろう。少しずつ暮らしに安心感を得ていったころを振り返れば、やはり住んでいた明大前の情景が思い浮かぶ。

 

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1964年前から地元で愛される「相州屋」のスタミナ定食。豚の生姜焼きはご飯との相性が最高。添えてあるマカロニも大好き。ボリューム満点で、740円

 

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たくさんのメニューがあるけど、いつも結局スタミナ定食を頼んじゃう。いつか唐揚げも食べたい

 

気だるい土曜日に、昔から地元で愛される定食屋さんで、寝癖も直さないままスタミナ定食を食べたこと。仕事で失敗して泣きそうになりながら寒い甲州街道沿いを歩いたこと。凍えそうな帰り道の途中で、ホットミルクティーを買って「また頑張ろう」と思えたこと。家から数分のところにあるお好み焼き屋さんで、得意顔でお好み焼きを友人に取り分けてあげたこと。深夜24時半に、タクシーで帰っていく恋人の背中を見送ったこと。夕方に「会おうよ」と約束して、すっぴんのままファミレスで待ち合わせしたこと。大事な仕事がある日に、眠い身体を引きずりながら、駅までの道を歩いたこと。

 

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久しぶりに訪れると、カレー屋さんや油そばのお店ができていた。そしてやっぱり愛されるチェーン店、DAISOも。すずらん通りは、進化しながらも、その「らしさ」を守り続けている

 

東京という街に馴染もうと必死だった私と、そんな気持ちを溶かしていってくれた、友人たち。心を沈ませたり浮かべたり忙しくしながらも、少しずつ慣れていったオトナとしての日常。痛々しくて、暖かい記憶とともに思い出すのは、すずらん通りに等間隔に佇む、すずらんの形をした灯の柔らかい光だ。

 

わたしが暮らす街、東京。そう考えた時、やっと明大前が私の特別になった

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結局わたしは、明大前の家に4年間住み続けた。

上京して2年経ったマンションの更新時には、生活にも余裕が出てきたので、もう少し家賃の高い地域に引越そうとも思ったのだが、あれこれ考えても、明大前エリア以上に便利で過ごしやすい生活を想像できなかった。

東京にはわかりやすくオシャレだったり、独特だったりする街があるけれど、そういう街はあくまで「遊びに行く場所」で、「帰る場所」としては考えられなかった。

 

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社会で働くオトナになるために東京に出てきた私にとって、東京は変わらず、背伸びしながら闘う場所だ。だけど今となっては同時に、暮らす街でもある。

東京が「闘う場所」だけでなく、「暮らす場所」にもなった時、自分が住む街に対する考え方も変わった。東京のいろんなお店に遊びに行くのは好きだし、カルチャーのある街も好きだけれど、自分が帰ってくるのは、ほっとするような静かな街がいい。

それから、私はやっぱり便利さが大好きなので、どこにでもアクセスしやすいことが重要だ。加えて、京都育ちで坂道は苦手だし、できるだけ平坦な道が続くエリアが過ごしやすい。最後に、結局はスターバックスのコーヒーが好きだから、駅前にスタバがあるほうがいい。

住む場所を考えるときには、相変わらずワガママばかり溢れてくるけれど、それらはすっかり、東京で闘う自分ではなく、東京で暮らす自分のための場所として、街を見た要望になっている。

 

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「ありふれた人たちの街」。そんな言葉に怯えることももうない。大事にしたい友だちができて、自分の仕事を愛せたら、誰かに「面白い」と思ってもらわなくても大丈夫になっていた。

 

わかりやすい幸せはいつも、SNSで映えるしキャッチーだけれど、本当の幸せはSNSに載らないところにある。日常の幸せとはいつも、ありふれていて、映えなくて、だけどいつのまにか私たちを暖めてくれている。

明大前には、暮らしてみないとわからない心地よい風が吹いているのだ。そもそも、「ありふれてる」だとか、周りにそんなふうに評価されること自体がどうでもよくなった。誰がなんと言おうと、金曜の夜に明大前の商店街で食べる唐揚げとハイボールは最高なのである。その後、ほろ酔いで歩いて家まで帰る道も。

 

東京に住んで6年目の今、明大前ではないけれど、明大前とよく似た街に住んでいる。いつか私の暮らしも変わって、明大前とはまったく違う街に暮らしても、あのころ過ごした時間が「東京で暮らす」ということを教えてくれたことは、変わらず私の心に残るだろう。

 

日々の仕事と闘いながら、背伸びした環境に震えながら、時には気心の知れた大事な人と、張り切りすぎない格好で近所でおいしいごはんを食べて、帰りに珈琲を買って帰る。そんな日常を、これからもこの東京で、繰り返していきたい。ありふれた毎日の繰り返しがきっと、私の人生を、私だけの特別なものにするのだから。

著者:りょかち

りょかち

新卒でIT企業に入社し、WEBサービスの企画開発・マーケティングに従事。コラムのみならず、エッセイ・脚本・コピー制作も行う。著書に『インカメ越しのネット世界』(幻冬舎刊)。その他、幻冬舎、宣伝会議(アドタイ)などで連載。
Twitter:@ryokachii
note:https://note.com/ryokachii

編集:Huuuu inc.