渋谷の変化を100年見守る銭湯には、変わらない人々の生活が宿る【まちと銭湯・改良湯】

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昔から「銭湯」は、その土地の人々の暮らしを支え、コミュニティの中心にあるものでした。家庭のお風呂が当たり前になった現代では徐々にその数を減らしているものの、家族代々受け継がれてきた銭湯は、今も私たちの暮らしに彩りを添えてくれる存在です。
番台から見守ってきた街と人々の生活に迫る連載、【まちと銭湯】をお届けします。

 

東京の今が集まる街・渋谷。近年はヒカリエのオープンに始まり、東急東横線のホーム移設、渋谷ストリームや渋谷スクランブルスクエア、ミヤシタパークなど、続々と新たな商業スポットが誕生し、その変化の勢いはこれまで以上に加速しています。

 

しかし、その歴史を振り返ってみると、渋谷が今のようなにぎわいを見せ始めたのはここ30年から40年ほどのこと。70年代以降に若者向けの施設が誕生するまで、渋谷駅は郊外のターミナル駅のような存在に過ぎなかったそうです。

 

そんな当時の渋谷の空気感を、今もほんのりと感じられる街があります。そこは、渋谷と恵比寿の中間に位置する「渋谷区東」。この街で、かつて地域のコミュニティの中心となり、人々の暮らしを支えてきたのが、大正時代から続く老舗の銭湯・改良湯です。

 

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この大きな鯨の壁画が改良湯の目印。恵比寿神は鯨の化身という説があり、改良湯の場所が恵比寿にも近いこともあってこの絵柄に決めたそう

1916年創業、第一次世界大戦の真っ只中に誕生した銭湯は、関東大震災の被災などによって幾たびかの改装を経ながら、100年を超える歴史を紡いできました。

2018年に全面リニューアルを行い、今の姿に生まれ変わった改良湯。今回は、そのリニューアルを手がけた改良湯の4代目ご夫婦、大和伸晃さんと慶子さんにお話を伺いました。

 

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大正5年創業の老舗銭湯「改良湯」の4代目オーナー、大和慶子さん(写真左)と大和伸晃さん

「この周辺は、都会の恩恵を受けながらも、氷川神社を中心に祭りで人が繋がったり、参道だった通りに古くからの商店があったりと、変わらない下町の良さも感じられる場所だと思います」

 

そう語るのは、改良湯を営む父の元に生まれた慶子さん。幼少期から現在まで、変化する街を彼女はどのように見つめてきたのか、そして、慶子さんのご実家の家業を継ぐ形で住まいと仕事の拠点をこの場所に移した伸晃さんにはどう見えているのか、お聞きしました。

「住まいは渋谷」で驚かれるのは、今も昔も変わらない

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—— 慶子さんはお父さまが改良湯の3代目だったとのことですが、ご実家もこの近くなのですか?

大和慶子さん(以下、慶子さん):はい、銭湯の隣が実家でした。私が物心ついたころ、この辺りにはまだ個人商店がたくさんあって、いわゆる昭和の下町らしい雰囲気だったと記憶しています。

80年代中盤くらいの銭湯は今よりもっと身近な存在で、近所のおじちゃんおばちゃんでにぎわう、「地域の銭湯」といった雰囲気でしたね。

 

—— 当時、すでに渋谷は東京の一大繁華街となっていたのでしょうか?

慶子さん:そうですね。今ほどではないものの、百貨店などがあって栄えていました。「渋谷に住んでいる」と言うと驚かれるのは、今も昔も変わらないように思います。

そのころはまだ近くに大きなスーパーがなかったので、私の母は普段の買い物は近所の商店で、時々足を延ばして渋谷駅近くのデパートの食品売り場に行っていたそうです。

このあたりは恵比寿までも同じくらいの距離なのですが、そっちのほうはまだ街全体が暗い感じでしたね。当時の恵比寿は、ガーデンプレイスもアトレもなくて。バブルのころに駅前がどんどん開発されていった印象です。

 

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大和伸晃さん(以下、伸晃さん):実は僕も親戚が恵比寿に住んでいて、小さいころからよくこの辺りに来ていました。妻が話した通り、当時の恵比寿周辺には今のようなにぎわいはなくて、子どものころは駅前でキャッチボールができるほど人も車も少なかったんですよ。ガーデンプレイスができてから、恵比寿の街全体にどんどんお店が増えていった印象です。

 

大きく変わる街の狭間で、人の「暮らし」を守る街

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—— 渋谷や恵比寿が大きく都会化していく中で、来てくれるお客さんの層にも変化があったのでしょうか?

慶子さん:実は私、近所の人や同級生と会うのが恥ずかしくて、小学生以降は銭湯に顔を出さなくなってしまって。夫と一緒に父の仕事を手伝い始める2005年までの状況は、あまり分からないんです。

ただ、2005年からリニューアルするまでの10年ほどで、来てくれるお客さんの層に変化はほとんどなかったように思います。私の小さいころと変わらず、近所に住む高齢の方が通い続けてくれていた印象ですね。

 

—— では、リニューアルを決めたきっかけは、客層の変化ではなかったんですね。

慶子さん:はい。勝算があって決めたことではないんです。もちろん、世間のサウナブームが決断の最後の一押しになったと思いますが、計画を立てていたころは、渋谷や恵比寿の駅から遠いことが不安の種で「ちゃんとお客さまに来ていただけるだろうか……」と常に心配していましたね。

 

伸晃さん:もともと「銭湯に行く習慣がなくなった今、このまま地域のためだけの銭湯をしていたらいつか限界が来るだろう」とは思っていましたが、リニューアルすることを決めた一番シンプルな理由は、私たち夫婦が思い描く理想の銭湯をつくってみたかったからなんです。

 

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改良湯は2018年12月に全面リニューアルを経て、新装オープン。浴室全体は間接照明によって明るさが抑えられ、モダンで落ち着いた空間へと変貌した

 —— それは大きな挑戦でしたね。実際、リニューアルした後の手応えはいかがでしたか?

慶子さん:それが、とてもいい手応えだったんです。これまであまりいらっしゃらなかった、若い世代や女性、お子さん連れのお客さまがたくさん来てくれるようになりました。しかも、もともと来ていただいていた地域のお客さまの数もほとんど減りませんでした。

 

伸晃さん:なかには「以前の内装が良かった」とご意見をいただくこともありました。ですが、もともと通ってくれていた方にとっては「この地域にあること」が足を運んでくれる一番の理由だったので、リニューアル後も変わらずに来てくださったんです。

 

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以前は地下水を使用していたのをすべて軟水に変えたり、炭酸泉を新設したりと、構想段階から「水質」へのこだわりは外せなかったとのこと

伸晃さん:遅い時間帯は若いお客さまが多いのですが、早い時間帯は近所に住む高齢の方がたくさん来てくれています。その様子を見た若者が「来てみたらおじいちゃんおばあちゃんがいて、銭湯なんだなぁって実感した」とSNSで呟いていたこともありました。

 

慶子さん:洗い場で隣に座ったおばあちゃんから「肌きれいね」と言われた、という若い人もいました(笑)。 もともとの銭湯の役割だった、世代間のコミュニケーションが生まれる場にもなっていますね。

 

伸晃さん:実際に暮らしてみて私も分かったのですが、このあたりって「本当に渋谷かな?」と思うくらいすごく静かで、土日や祝日でさえ道で見かけるのは近所の人ばかり。今も昔も「暮らし」を守り続けている場所なんです。だからこそ、渋谷の駅周辺が大きな変化を遂げても、銭湯の立ち位置も変わらなかったのだと思います。

 

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「改良湯」の名称は、創業当時「改」の字を使った銭湯が多かったこと、「常に良くしていこう」といった前向きな意味を込めて付けられた

—— 渋谷という街の一部でありながら、中心部とはまったく別の時間が流れているんですね。改良湯特有の光景はありますか?

伸晃さん:毎年9月に開催される氷川神社の例大祭のときには、みこしを担いだあと、みなさんここに入って帰るんですよ。だからその日はものすごくにぎやかになりますね。

 

慶子さん:4月には氷川神社の土俵で子どもたちの相撲大会が開かれるんですけど、それが終わると力士の方が入りに来てくれます。風呂いすに座ると割れちゃうから、みんな床に座って洗ってたみたいですよ。

 

伸晃さん:そうそう。力士の方たちって身体がとても柔らかいので、ペタッと座れるんですよね。そういう光景を見ると、ああそうだ、ここは昔からこの地域の銭湯だったんだなぁと思いますね。

 

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渋谷氷川神社の境内で行われる「金王相撲」は、大井鹿島神社(品川区)、世田谷八幡宮(世田谷区)とともに「江戸郊外三大相撲」の一つとされている

  

この街では、自分が興味を示せば何にでもアクセスできる

—— 伸晃さんはこの街で実際に暮らしてみて、最初に感じた印象はどんなものでしたか?

伸晃さん:渋谷に住んでると言うと「騒々しくないの?」と聞かれることもありますが、このあたりはみなさんが想像する渋谷とは全然違います。私は渋谷にもう何十年も住んでいますが、たまに駅のほうに行くと疲れてしまうほど、あのにぎやかさには慣れないですね(笑)。

 

慶子さん:今は大きなスーパーや、子どもを室内で遊ばせられる渋谷区の施設が近くにできたので、日々の生活がすごく便利になりました。自転車に乗れば渋谷や恵比寿、代官山にもすぐ行けるので、気分を変えたいときにはほかの街のスーパーに行ったり、子どもの遊び場にバリエーションを付けたりすることもできるんです。

大通りは夜でも人通りがあるので、暗い道が少なくて怖い思いをさせないで済みますし、子育てや防犯の面でも安心な街ですね。

 

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住宅街の向こうには渋谷ストリーム、渋谷スクランブルスクエアが見える

慶子さん:ここ数年は、ハロウィンには渋谷に人がたくさん集まるけど、全然こっちのほうには流れてこないしね。同じハロウィンでも、この辺りでは小さい子が仮装して、近所の人のお家に行ってお菓子をもらう、伝統的なハロウィンをやっています。

 

—— お二人が思う、この街のおすすめの過ごし方を教えてください。

伸晃さん:終電間際の遅い時間帯に、自転車で原宿の竹下通りとか表参道のイルミネーションを見に行くのが楽しいですね。いつも大勢人がいるところに誰もいないので、すごく不思議な感覚なんです。

 

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慶子さん:私は、氷川神社に散歩しに行くのが好きです。広くて自然も多い境内を歩くとすがすがしい気持ちになれますし、氷川神社の前の、商店が並ぶ通りも楽しいです。最近はコーヒーショップなんかも増えてきたので、コーヒーを買って散歩しています。

 

伸晃さん:氷川神社の参道だった道に、古くからの商店が今もちらほら残っているんです。道を一本奥に入るだけで下町感があるのも、この街の面白いところですね。あとはここから恵比寿のほうに歩いて行くと「舞香」という中華屋さんがあって、よく家族で行きますね。なんてことない中華屋さんなんですが、ふと食べたくなる味というか(笑)。

 

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お昼時には行列ができることもある

—— 住む場所としての快適さに加えて、下町の趣と都会の便利さもそろう街なんですね。

伸晃さん:そうですね。渋谷は自分が興味を示しさえすれば、なんにでもアクセスできる街だと思います。下町の開かれた空気もありつつ都会的なところもあるので、関わり方を自分で決められるのも、この街ならではの魅力じゃないでしょうか。

ただ、家賃相場的にはやはり高い地域だと思います。それでも最近だと風呂なしの物件に住みながら、入浴はうちに通ってくれる若い子もいて、そういう暮らしの選択もあるんだなと感じますね。

 

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足を運ぶ度に新しいスポットが誕生する街・渋谷。改良湯のある渋谷区東は、そんな大都会から徒歩10分圏内の下町情緒溢れるエリア。そこで暮らす人々が感じる安心とワクワクは、信頼のおける定番メニューと見たことのない日替わりメニューがそろう、お気に入りのレストランにいるような気持ちなのかもしれません。

 

 

 

取材・執筆:坂口ナオ/撮影:友光だんご/編集:Huuuu inc.

 

 

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