古き良き街並みと新しい文化が融け合う北千住の魅力【まちと銭湯・タカラ湯】

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昔から「銭湯」は、その土地の人々の暮らしを支え、コミュニティの中心にあるものでした。家庭のお風呂が当たり前になった現代では徐々にその数を減らしているものの、家族代々受け継がれてきた銭湯は、今も私たちの暮らしに彩りを添えてくれる存在です。
番台から見守ってきた街と人々の生活に迫る連載、【まちと銭湯】はじまります。

 

江戸時代から宿場町「千住宿」として栄え、旧日光街道沿いには今も歴史ある建造物が多数残っている街、北千住。

近年では再開発によって大型商業施設やマンションが建てられ、東京藝術大学千住キャンパスをはじめとする5つの大学が誘致されたことで、学園都市という新たな顔を持つようになりました。

JR常盤線、東京メトロ日比谷線・千代田線、東武スカイツリーライン、つくばエクスプレスの5路線が乗り入れるターミナル駅「北千住駅」を降りると、活気が溢れる商店街が連なっています。その喧騒を抜けると閑静な住宅街が広がり、駅から20分程歩いたところにタカラ湯があります。

 

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宮造りの重厚な佇まいは、ここだけ時間が止まったようです。実際に何度もドラマの撮影が行われ、現在も取材の依頼が多く寄せられるといいます。

 

「昔は、ひらけた土地があるとまず銭湯をつくったんです。すると周りに商店ができて人が住むようになり、銭湯を中心にして街が発展してきました」

こう話すのは、現店主の松本康一さん。銭湯は暮らしに欠かせないインフラであると同時に、人々のコミュニティを形成する場所でもありました。昭和2年(1927年)に創業したタカラ湯も、90年以上北千住の人々の憩いの場所として愛されてきた銭湯です。

 

「幼いころから通ってくれていた子がお嫁に行って、しばらく来なくなったと思ったら子どもを抱いて連れてきてくれたり、番台から人の半生を見ることができるんです」

銭湯の番台から、街の人々の移り変わりを見つめ続けてきた松本さん。銭湯と街の変化、そして最近気づいたという北千住の魅力についてお聞きしました。

 

コンビニと同じくらい銭湯があった昭和の北千住

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タカラ湯の三代目店主・松本康一(まつもと こういち)さん

 

――松本さんはいつごろから北千住にお住まいなのでしょうか?

松本康一さん(以下、松本):私の父がタカラ湯を継ぐことになったのが昭和28年(1953年)だから、60年以上になりますね。

元々はうちの祖父が銭湯を始めたんですが、開業した年に亡くなってしまって。それ以来、祖母が従業員の方たちと切り盛りしていました。

 

うちの父は8人兄弟の五男なんですが、銭湯を経営する大変さが身に染みて分かっていたから、私の母と結婚したあと荒川区で文房具店を開いたんです。でも文房具屋には学校の先生との付き合いなんかの苦労があって「風呂屋のほうが気楽でいい」と、板橋でタカラ湯とは別の、新しい銭湯を開きました。そのあと父がタカラ湯を継ぐことになって、私が小学校へ上がる年に北千住へ越してきました。

 

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タカラ湯の開業前、工事中の写真

 

――子ども時代の松本さんにとって、北千住はどんな街でしたか?

松本:当時はまだ蒸気機関車が走っていて、踏切にかかっている歩道橋に上がっては汽車が来るたびに煙を浴びて喜んでました(笑)。当時の北千住はベニヤ工場や建材屋、家具屋、鉛筆工場がたくさんあって、そこから出る細かい木くずを、銭湯の湯を沸かす燃料にしていたんです。夏休みには、それをもらいに行く手伝いをよくやらされましたね。

 

工場の昼休憩に合わせてトラックで行っては、休み時間の1時間で積み込まないといけない。竹かごを使ってトラックいっぱいに積み込むのは結構な重労働でしたね。当時はガスも重油もないから、燃料の確保は銭湯にとって死活問題。ほかの銭湯もリアカーやら三輪車で工場に駆けつけて、奪い合うように積んでいました。

 

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JR常盤線、東京メトロ日比谷線・千代田線、東武スカイツリーライン、つくばエクスプレスが乗り入れる北千住駅そばに「大踏切」と呼ばれる踏切がある。当時はここを蒸気機関車が走っていた

 

――お父さまがタカラ湯を継がれた昭和20年代は、銭湯の数がとても多い時代だったんですよね。

松本:昭和20年後半から40年代後半くらいまでが“銭湯黄金時代”で、関東だけで2600軒くらいあったそうです。この近隣だけでも36軒がひしめいていて、コンビニ並みに銭湯がありました。

 

――なぜ、それほど銭湯が多かったのでしょうか?

松本:このあたりは職人の家が多くて長屋がほとんどでした。縦に細長い長屋では、入り口に近いほうを仕事の作業場にして奥で家族が生活していたので、お風呂場をつくるようなスペースがなかったんです。水道もなくて近所の人らで一つの井戸を分け合って使っていました。銭湯はそのころの暮らしに欠かせない存在だったんです。

タカラ湯は日本庭園を褒めていただくことが多いんですが、恐らくほかの銭湯と差別化するために庭師だった祖父がつくったのだと思います。

 

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立派な日本庭園を有するタカラ湯は「キングオブ縁側」と呼ばれている

 

新しく移り住んできた人が北千住の魅力を教えてくれた

――松本さんの目には、来られるお客さんや北千住の街の変化はどのように映っていますか?

松本:子どものころは職人さんが多くて、それこそ刺青を入れたお客さんもいました。毎日、新劇の同じ場面のセリフ回しを壁に向かって演じるテキ屋の親父さんもいて、個性的なお客さんが多かったですね。北千住は上野からすぐなので、東北や北関東から上京してきた人も多かった印象です。親子二代で長く通ってくれるお客さんが多くて、お年寄りのお客さんが長いこと顔を出していないと心配になったりしますね。

 

時代が進んで足立区が発展していくにつれて、北千住にあった区役所や保健所などの行政機関がほとんど区の中心地に移っていきました。当時の北千住は足立区の中では家賃が高いほうだったので、結婚した人たちがどんどん出ていって小学校も次々に廃校になって、お年寄りだけが残されていったんです。

 

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地域の人々のインフラとしてにぎわっていたころ

 

――寂しい時代があったんですね。

松本:それが20年くらい前から、地方から上京して北千住でお店を始めたというようなお客さんが少しずつ増えてきたんです。

元編集者で北千住の街雑誌をつくり始めた女性は、関西から北千住にやってきて駅に降りた時に、ほっとするような親しみを感じたそうで。その瞬間に「ここだ!」と決めた、と言っていました。ほかには東北出身のイラストレーターの女性が古い蔵を改装してアトリエにしていたり、古民家を改装して居酒屋を開店したという人もいましたね。

 

――地方から北千住に引越してきた人たちは、どういうところに魅力を感じたのだと思いますか?

松本:古い建物や自然が多く残っているところだと思います。北千住は荒川と隅田川に囲まれて島国のようになっているんです、ニューヨークのマンハッタンみたいに(笑)。

そのためか、都内でも再開発が一番遅れていました。でも、おかげで古い町並みや建物がちゃんと残っていて、今の若い人からしたらその光景が逆に新鮮なようです。再開発でできた新しい建物と古い建物がうまく混在している。そういう魅力があるということを、地方から移ってきた人が気づかせてくれました。

 

5つの大学を擁する学術都市に

――最近では、大学の多い学園都市としても知られていますね。

松本:2006年に、廃校になった小学校の跡地に東京藝術大学の音楽環境創造科を誘致したことが呼び水になったんでしょうね。区長が先頭に立って、2007年に東京未来大学、2010年に小学校の跡地に帝京科学大学、2012年にJTの社員寮の跡地に東京電機大学を引っ張ってきたんです。

それ以前からある放送大学を合わせると、このエリアだけで大学が5つもあるんです。東京未来大学は金八先生をはじめ、何度もドラマのロケ地に使われて話題になりましたしね。

2021年4月には文教大学の東京あだちキャンパスが開設される予定です。この間までおばあちゃんばかりの街だったのに、急に若い学生さんが闊歩するようになりましたよ(笑)。

 

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――タカラ湯に来るお客さんにも変化はありましたか?

松本:帝京科学大学が近いので、柔道部やその交流試合でやってきた学生さんが汗を流しに来たりしますね。

 

若い世代に愛される下町の風景

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――松本さんは北千住のどんなところに魅力を感じますか?

松本:荒川沿いの土手が好きですね。花火もすぐそこで上がるし、土手沿いにどこまでも歩いて行ける感じがいいですよね。

あとはダントツに物価が安いところ。普段は慣れているからあまり安いと感じないけど、ちょっと北千住から出て買い物をすると「え!こんなに高いの」って驚きます(笑)。

 

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――物価や家賃の安さは重要ですね。

松本:地方から上京した人のお店が多いのも、家賃が安いからかもしれないですね。古民家を改装した居心地のいい居酒屋が多いんですよ。「毎日通り飲食店街」の入ってすぐにある『BAR Garret』にはよく行きますし、駅前の“飲み横”という通りにある『五味鳥』の焼き鳥がこの辺では一番おいしいんじゃないかな。

世界中のビールが1200種類くらい置いてある『びあマBAR』や、醸造所が併設されていて北千住の地ビールが5、6種類飲める『さかづき Brewing』もおすすめです。

 

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松本さんお気に入りの居酒屋「五味鳥」

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「びあマBAR」では、常時10種類のクラフトビールが味わえるほか、世界中から集めた約1200種類のビールを買うことができる

 

――新しく入ってきた人が、北千住に新たな文化を築いているのを感じますね。

松本:昔の足立区は、まさにビートたけしさんのような、下町の荒っぽいイメージが強かったと思います。だけどこの20年で街が大きく変わって、今はそのイメージもほとんど払拭したんじゃないでしょうか。

銭湯を題材に活動する銭湯アーティストや、古い街並みを撮り歩く写真家さんなど、北千住の歴史を感じる建造物を若い世代や新しくやってきた人が愛してくれているのは、純粋にうれしいですよね。

 

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古い街並みに魅力を感じ、楽しもうとする人たちが集まる北千住。北千住にはそんな人たちを受け入れる懐の深さがあります。激動の歴史を越えて、今尚新しいお客を迎え温め続けているタカラ湯は、そんな北千住を象徴する場所なのかもしれません。

 

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取材:きむらいり/構成:都田ミツ子/撮影:友光だんご/編集:Huuuu inc.