BLも一般文芸も、書きたいことは変わらない。小説家・凪良ゆうさんの創作論【楽しい大人の暮らし方】

インタビュー: 劇団雌猫 構成:ひらりさ

好きなものがあると、毎日はもっと楽しい。

劇団雌猫が最近気になるあの人に好きなこと、好きな街や暮らしについて聞くインタビュー企画「楽しい大人の暮らし方」。

今回お話を伺ったのは、「2020年本屋大賞」を受賞した小説家の凪良ゆうさん。

凪良ゆうさん

凪良ゆうさん(撮影:小島アツシ)

受賞作となった『流浪の月』は、凪良さんが一般文芸ジャンルで初めて刊行した単行本でしたが、実はその前からずっと、BL小説の世界で数々の傑作を生み出し、多くの読者から支持を受けていた作家でもあります。

街や家の風景を通じた人物描写も巧みな凪良さんに、作品への思い、創作との向き合い方、日々の過ごし方などを伺いました。



ノミネートされただけで奇跡

―― 改めまして「本屋大賞」受賞おめでとうございます。ノミネート時点でワクワクしていたのですが、すでに文芸ジャンルで長く活躍されている作家さんのなかで、凪良さんの『流浪の月』が大賞となったのが、本当に感無量でした。

流浪の月

流浪の月(東京創元社)

【あらすじ】
ある事件の加害者と被害者とされている更紗と文。ときが経ち再会しても、お互いを縛る世間の常識や善意との間でもがくことに……。

凪良ゆう(以下、凪良):1年間でとんでもない数の本が刊行されているので、ノミネートされただけで奇跡だと思っていました。受賞がどうとか考える余地もないくらいうれしかったです。そこに大賞のお知らせが出て、私もとても驚きました。

本屋大賞は書店員さんの投票で決まる賞なので、たくさんの書店員さんが応援してくださったことにびっくりしました。一般文芸で名前が売れているわけではなかったですし、新人扱いですから。自分で実感が湧いていくより早く周囲が変化していったので、まだ戸惑っている部分もあります(笑)。

f:id:haruna26:20200402133038j:plain

新型コロナウイルスの影響で例年の発表会は開催せず。全国の書店員さんから寄せられたポップが飾られた




ジャンルが違っても、書きたいことは変わらない

―― 2006年にBL小説レーベルでデビューし、それから15年近くBL小説を書き続けてきた凪良さん。男性同士の関係を書く上でも、とてもきめ細やかな感情描写が支持されていましたが、受賞作『流浪の月』でも、それが大きな魅力となっていたと思います。性別の違いはあっても、テーマ性としては同じものを感じました。

凪良:うれしいです。「一般文芸とBLでテーマの差は?」と聞かれることが多いのですが、自分としてはジャンルが違っても、書きたいことは変わらないんです。同じ人間ですし。

とはいえBLの場合、ハッピーエンドが基本などのジャンルとしてのルールはあるので、やはりそこは読者さんを裏切らないように気をつけています。

―― 『流浪の月』は何から着想をした作品なんでしょうか?

凪良:いつもそうなんですけど、言葉にできないんです。「こういうことがあってこれを書こうと思った」とわかりやすく説明できるならいいんですが、筋道だった動機がないことが多くて。

ある日ふっとタンポポの綿毛が飛んできたかのようにアイデアが浮かんで、それがうまく根付いたら小説が書けるというイメージでしょうか。もちろん根付かないことのほうが多いです。

―― 『流浪の月』では、男女の逃避行ものとして知られる映画『トゥルー・ロマンス』の話が出てくるので、映画から着想したのかな?と思ったりしていました。

凪良:『トゥルー・ロマンス』は、後から取り入れた要素ですね。更紗と、彼女の彼氏である亮が会話をしている時に、会話と全然関係ないものを入れて、それが作中の更紗の感情とリンクしていて、シーンの最後にストンと落ちるみたいなのが面白いかもなと思ったんですよね。

トゥルー・ロマンス

『トゥルー・ロマンス』(監督:トニー・スコット、脚本:クエンティン・タランティーノ)

あと大きい理由としては、ボーイズラブのほうで2013年に『あいのはなし』という本を出しているんですが、それが大学生と小学生の男の子が逃避行するところからはじまるんです。

ボーイズラブなのでメインテーマが恋愛というルールの中で書いたんですけど、そのときに恋愛とは違う切り口で書いてみたいなという心残りも生まれました。それで今回、縛りのない一般文芸でもう一度チャレンジしてみようか、と。

―― 映画もそうですし、食べ物も、登場人物の心情を表す象徴として随所に出てきますよね。表紙にも写真が使われていますが、読み終わった後に「アイスが食べたい!」と思わされました(笑)。

凪良:特に食べ物を書くのが好きということではないんですが、「食事の風景が美味しそう」と言っていただくことは多いです。

『流浪の月』におけるアイスクリーム――夕飯にアイスを食べるという行為は、「自由」の象徴として書きました。もちろん、そのために更紗が捨てたものもいろいろある、自由には責任が伴うという話なんですが。

完全な悪人なんていない

―― 凪良さんの作品では、「一筋縄ではいかなさ」がよく描かれているなと思います。BL作品の中で例をあげると『雨降りvega』とか。

雨降りvega

雨降りvega (幻冬舎ルチル文庫)

―― 主人公は自分がゲイであることに悩んでいる高校生で、彼が卒業前に思い切って友人に自分のセクシャリティを明かす。相手がその場では肯定的な態度をとってくれて彼は心から安心するんだけど、後から他の友達に「正直気持ちが悪い」と吐露しているのを聞いてしまって大きなショックを受けるというシーンがありますよね。最初から拒絶されるよりもものすごく辛いし、でも友達も友達で悪い子ではないからそうなってしまって……という、白黒つけられない感じがあまりにも的確に描写されていて、心をえぐられました。

凪良完全な悪人とか、単純な差別構造とかは存在しないと思っています。

脇役の心の動きを書くときにも「自分だったらどうするか?」を常に考えて書いています。「その瞬間に全部は受け入れられないだろうな、でも傷つけたくはないんだろうな……」と考えた結果、ああした形になるんだろうと。

たとえばものすごい悪人に見えてもひとかけらは良心があったりもするし、人間が持つ多面的な部分をしっかり書いていきたい。

―― 『流浪の月』だと、更紗の恋人である亮がまさにそういうキャラクターだなと思いました。彼がしでかしていくことを見ていると、本当に許せない部分も多いですが、最後の最後で突き放せない書き方がされている。

凪良:繰り返しになりますが、完全な悪人なんて滅多にいない。

でもエンタメでは勧善懲悪など読後のカタルシスが求められるので、王道的なBLを書くのにはわたしの作風は向いてないかもしれませんね。

『雨降りvega』にも、かなり情緒不安定な当て馬キャラを出しました。幸せな気持ちになりたくて読まれる方には「きつい」「つらい」と言われてしまうことも多いです。

漫画家志望から小説家へ

―― でも、その「揺れ動き」が次第に癖になって、凪良さんの作品を追いかける人も多かったと思います。凪良さん自身は、元々BLを読まれていたんですか?

凪良:男同士の恋愛ものが「ボーイズラブ」と呼ばれる前、むしろ「JUNE」の時代のほうがよく読んでいた気がします。

小学校のころから、漫画雑誌の「花とゆめ」を熱心に読んでいたのですが、「花とゆめ」って、男女の恋愛だけじゃなくて自然に男同士の恋愛ものも掲載していたんですよ。だから特別な嗜好とも思わず、異性同士でも同性同士でも普通に恋は芽生えるという刷り込みがされたのかもしれませんね。

―― 凪良さん自身、最初は漫画家を目指して執筆をしていたと聞きましたが、どんなテイストのものを描いていたんですか?

凪良:10代半ばだったし、投稿先がマーガレットだったので男女の恋愛ものを中心に書いていました。

――漫画から小説へとフィールドを移して、話のつくり方やテーマなどは変わりましたか?

凪良:漫画の場合、投稿の段階だと16ページや32ページなどページ数が決まっていて、書けることが限られるんです。小説だともっとボリュームがあるので、構成からして全然違ってきますね。

人間関係の描写や、脇役の心情を丁寧に掘り下げるようになったのは小説を書くようになってからだと思います。

とはいえ、漫画を書いていたときと、小説を書き始めたときとで、時間的なブランクもだいぶあったので、人間的な内面の変化によるものも大きいかなとは思います。なので、単純には比べられないです。

―― では、小説家としてデビューしたてのころと、長く書いてきたなかで変化したことはありますか?

凪良:そうですね。デビューしたてのころは、編集サイドからの「このネタで書いてほしい」「こういう展開にしてほしい」という指示を結構タイトにいただいていたんです。時代ごとの人気ジャンルもありますし、そういうのを意識して書いている部分はありました。

―― 「花嫁」とか「アラブ」とか。ブームになっているものがあると、一気にみんながそれを書くというのはありますよね。BL小説ってBL漫画に比べてもパイが狭い業界で、その中で手堅く数字がとれると思いますし……。

凪良:そうした要望に応じながら書くなかで、「でも何とかこれを書きたいな」というのが逆に見えてきたのかもしれないとは思います。

―― 調べてみたら、15年の間に40冊以上のBL作品を刊行されているんですよね。BL作家さんのなかでも相当ペースが早いほうではないかと思うのですが、ご自身ではどうでしょうか?

凪良:いやいや。私、遅筆なんですよ。

―― そうなんですか!

凪良:一文を書くのにものすごく時間がかかるんです。ず〜〜っとパソコンと向かい合っているのに1日4ページしか進まなかったり……。早いと思われているのかもしれませんが、単純に、朝起きてから夜寝るまで書き続けているだけです(笑)。

―― 意外な事実でした。今は外出しづらい情勢ですが、お仕事はずっとご自宅でしているタイプですか?

凪良:そうですね。インドア派で、元から家にこもっているタイプです。あんまり途中で息抜きを挟んだりもしないですね。ストレッチだけは欠かさないようにしてますが。

執筆に詰まるたびに「あーもうやだ。南の島に逃げたい」と腐ることもありますが、そういうのもひっくるめて、書くことが好きなんだろうなと思っています。

「東京出てきたら?」とも言われるけど…

―― 滋賀県出身の凪良さんですが、現在は京都にお住まいなんですよね。お仕事が増えてくるにつれて、東京に引越そうと考えることはありませんか?

f:id:SUUMO:20200525103700j:plain

(写真:PIXTA)

凪良:編集さんから「もう東京出てきたら?」と言われることもあるんですが、いきなり大都会に行くのは抵抗がありますね。京都は、老舗から新しいお店まであって便利ですし、友人もいますから、とても過ごしやすいです。季節ごとに違う土地で暮らしてみる、とかは憧れがありますけど。

―― 住んでみたいところはありますか?

凪良:個人的に好きなのは、小豆島ですね。角田光代さん原作の映画「八日目の蝉」がとても好きなのですが、主人公が作中で逃亡するのが小豆島なんですよ。

f:id:SUUMO:20200525103926j:plain

(写真:PIXTA)

実際に旅行に行ってみたのですが、とても落ち着く土地でした。のんびりしたところが好きで。

海の近くに住みたい気持ちもあるのかも。冬の寂しい日本海も好きだし、夏のからっとした太平洋も好きです。

南に行けば行くほど、虫が巨大化するのが心配ですが(笑)。

―― 『流浪の月』でも他の作品でも、キャラクターの出身や行き先として具体的な地名が出てくることがありますが、いつも「何か分かる!」という場所なんですよね。

凪良:キャラクターが固まってくる途中で、「この人はどんな街に住んでいるのかな」とぼんやり考えますね。

お話とキャラクターが同時進行でできあがっていくタイプなので、そうした情景が浮かんでいくうちに、キャラクターの人物像も補強されて、補完されていきます。

「この人はのんびりした性格だから、近くに公園がある家で育ったんじゃないかな」とか。性格と物事が関連して、決まっていきますね。

―― ロケハンとかもするんですか?

凪良:次の次に出る予定の作品は土地も大事な要素になるので現地取材に行く予定です。

本棚と逃避行

―― 凪良さんにとって思い出深い場所はありますか?

凪良:やはり本屋さんです。子どものころは、毎日と言っていいほど本屋さんに行っていました。鍵っ子で家に帰っても一人なので、まっすぐ帰宅せずに立ち寄ることが多かったんです。

店主のおじさんは、大人が長いこと立ち読みしていると注意するんですが、子どもは放っておいてくれる人で。

本屋さんって、それぞれの店主の方の思想が腰を下ろしている場所だと思うのですが、そのおじさんの本屋がそばにあったからこそ、本や漫画がここまで好きになれたのかなと感じます。

―― お小遣いで買った本のなかで、覚えているものはありますか?

凪良:ジャンル問わず大好きな本がたくさんありすぎて、本当になんでも買ってましたね。

―― 漫画好きあるあるですね。今も、ご自宅はやはり本棚に占められていますか?

凪良:実はそうでもなくて。今は「ものを持たない」ようにかなり心がけています。本に関しては、棚を5つと決めておき、1冊増やしたら何か1冊諦める……というルールにしています。

人間っていつか死ぬじゃないですか。その時に持っていけるものは何もないんだよな、と思って、今は「今日じゅうにここから出て行ってください」と言われたら1日でなんとかまとめられる程度の荷物しかないです。

―― 潔い。

凪良:たぶん、引越しが多い家庭で育ったので、何度も荷物を手放す経験をするなかで、今の考えになったんだと思います。ものを持つことにあまり意味を感じなくなりましたね。

―― 『流浪の月』をはじめ、凪良さんの作品は「暮らし」の描写が素敵だなと思っていたのですが、たしかにモノをあんまり持ってるキャラクターはいないような。「暮らし」にかかわる作品で好きなものはありますか?

凪良:暮らしの描き方全体が素敵だなと思うのは、江國香織さんですね。特に好きなのは、『ぬるい眠り』。夕方に部屋のなかで青が鮮やかに見える「プルキニェ現象」というのがあるのを、この作品で知りました。

あとはちょっと怖い話になっちゃうんですけど、「家」にかかわる小説ですと、小野不由美さんの『残穢』とか。

―― たしかにおこもり期間に読むのにおすすめかもしれない(笑)。そういえば、凪良さんの作品では、引越しのシーンも結構ありますよね。

凪良:落ち着かない人たちばかりなのかも? 以前、読者さんから「“流れていく人”が多いですよね」と指摘されたのを思い出しました。逃避行する作品も多い。

―― 『流浪の月』でとても好きなのが、「わたしたちは、もうそこにはいないので。」という一文です。まさに“流れていく人たち”が、自分たちのあり方について他人の了承はいらない、と毅然と示している。読んでいて、本当に心に残りました。

凪良:これだと思うものを見つけた人たちは、他人の意見に振り回されないんですよね。失うものは覚悟しなければならないけれど。

「BL小説から一般文芸に」と言われなくなる日

―― 長くBL小説と一般文芸を読んできた人間としては、凪良さんが同じペンネームで活動し受賞されたのが、とてもうれしかったです。作家さんの中には、いろいろな事情でペンネームを変える方もいて、既存ファンが気づけない場合もあるので。



凪良:ジャンルをまたいで応援してもらうのって、なかなか難しいところもありますよね。別ジャンルで書き始めるBL作家に対して、抵抗感をもつ読者さんもおられますし。

でも、ペンネームを変えて、ボーイズラブ作家だったことを伏せることによって、却って「日陰」に見られてしまうのは残念だなと思っています。

なので榎田尤利さん、木原音瀬さん、英田サキさんをはじめ、同名で活躍されている作家さんがたくさんいらっしゃることは心強いですね。

―― 両方で活躍されている方がそう公言してくださると、個人的にはとてもうれしいなと思います。

凪良:ネガティブにとらえる方もいますし、「もうBLのほうには戻ってこないんでしょ?」と思う人もいるようなんですね。

BL小説も、これからも全然書き続けていくつもりなのですが、いろいろな取材を受けるなかで、私の言葉が足りずにどうしても誤解されてしまう部分もあるでしょうし……。

過去に、桜庭一樹さんがジャンルをまたいだときに、記事などで「ライトノベルから一般文芸に」ということがすごく大きく取り上げられましたよね。

―― 2008年ごろですね。

凪良:でも今は、ライトノベルを書かれる作家さんが一般文芸も書くのって普通になってるじゃないですか。

そんなふうに、「BL小説から一般文芸に」と言われなくなる日、そんなの当たり前のことになる日も来るんじゃないかと思っています。先人がいたからこそ、私も後に続けましたし、さらにまたいでくる方が出てくることで、そうなっていくと思うんです。

垣根がなくなっていくことで、一般文芸しか読まなかった読者さんがBLも手に取ってくれるかもしれない。最近元気のないBL小説界に、そういうふうにささやかながら貢献していければ幸いです。


www.youtube.com


で物件を探す

お話を伺った人:凪良ゆう

京都府在住。2007年、『花嫁はマリッジブルー』で本格的にデビュー。以降、BL作品を精力的に刊行。2017年、初の非BL作品『神さまのビオトープ』を上梓。2019年8月に出した『流浪の月』が2020年本屋大賞を受賞。最新刊は『わたしの美しい庭』。

聞き手:劇団雌猫

劇団雌猫

アラサー女4人の同人サークル。「インターネットで言えない話」をテーマに、さまざまなジャンルのオタク女性の匿名エッセイを集めた同人誌「悪友」シリーズを刊行中。その他、イベントや執筆活動などもおこなっている。編著書に『浪費図鑑』『だから私はメイクする』『一生楽しく浪費するためのお金の話』『本業はオタクです。シュミも楽しむあの人の仕事術』など。最新刊は『化粧劇場 わたしたちが本当に知りたいメイク術』。

Twitter:@aku__you

ブログ:劇団雌猫