和歌山県高野山 標高1000メートルに捧げるラブレター

著: 北田瑞絵 

「ととのう」という言葉が2021年の新語・流行語大賞でもノミネートされて、現代を生き抜く中で「ととのう」という行為とそれに伴う効能に対していかに意識的であるかが伺えた。
もとはサウナでの体験を指した言葉であったが、今ではサウナだけではなくそのほかの場面でも用いられている。美味しいものを食べる・ゲームをする・買い物・何かを鑑賞する……、その人に合ったととのい方がある。

「ととのう」というのはどういう状態かも人によって解釈があるだろう。私にとっては心身が一致している状態ではないかと思う。どんなに楽しいと感じていても緊張していたり、苦痛を感じているのにやめられなかったり、気持ちと身体がバラバラの動きをしている状況がある。気持ちと身体の不一致がなくなったときにやっと落ち着いて呼吸ができる。大げさに聞こえるかもしれないが、自分が自分の心と身体を取り戻すことが私にとっての「ととのう」だ。

私には、そこに立っているだけで気づいたらととのっていたという場所が三カ所あって、そのうちの一つが高野山。弘法大師・空海が1200年前に開山した真言密教の聖地である。標高約1000mのところにあって、いつも山道を車で登っていく。もしも電車で行くなら、「極楽橋」というすごい名前の終着駅に着いて、そこからケーブルカーで勾配を登っていくと高野山に辿り着く。

高野山は寺院という印象が強いけれど、高野山で暮らしている人もいる。高野山全体が「高野町」という一つの町で、保育園から小中高、そして大学まである。神聖で特別な場所であるが、同時に日常生活が営まれていて、どこか暮らしの匂いがする。参拝地で、観光地で、居住地。

高野山には1年に2、3度ほど訪ねている。道路など舗装されてはいるが植物に囲まれた深い山の奥にあるので、四季折々で見える景色はガラリと一変する。春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、そして冬は雪景色……。

随分前のことだけど、かつて高野山で写真屋の仕事をしていた。近場に住んでるわけではないので今考えてみるとよく通ったなと思う。
それまでも冬に高野山を訪れたことはあったが、職場として日常的に過ごしているといろんな発見があった。降り積もった雪に陽が射したあまりの眩さには驚いた。私は「自然のレフ板!目ぇ開かへん」と大はしゃぎをして、先輩に笑われた。
ちなみに仕事は1度目の冬を越したとき、「この寒さを2度と越せない」と思って、次の冬が来る前に辞めた。越冬できず、退職した。

毎日続く寒さには耐えられなかったけど、高野山の雪景色をもっと好きになって、それから何度も訪れるようになった。

わが家には8歳になる柴犬がいて、愛犬も連れて高野山に登ることもある。私は冬生まれだが、母と愛犬と高野山で過ごした誕生日もあった。雪原に降り立った愛犬は、普段の地面とは違った雪の感触を面白がるように駆けたり跳ねたりするのだ。自然がもたらした白銀の世界の中、茶色い犬の生命が躍動している。

子どものころから祖父母や親戚と高野山で過ごすこともあった。今年に入ってから、母と伯母と用事があって山に登った際、伯母が教えてくれた高野町のお肉屋さんで揚げパンを買って3人で食べた。美味しい美味しいパンを口いっぱいに頬張る私たち3人の表情はよく似ていた。

大人になってから親しくなった県外に住む友人が遊びに来てくれたときも、高野山を案内した。それは、2020年3月のこと。東京で出会った爪作家のつめをぬるひとさん(通称・つめさん)が遠路はるばる和歌山に遊びに来てくれた。日本にコロナが蔓延る少し前だった。
そのときつめさんと高野山の「大門」から夕焼けを眺めた。日本の夕陽百選にも選ばれている有名な景色だが、じっくりと眺めたのは初めてだった。

完全に陽が山に沈んでしまう前に、私たちは大門を後にした。当時話題になっていた映画「ミッドサマー」をつめさんが観たというので、気になる内容だけど描写的に観れないので、感想を教えてもらいながら家路をたどった。

晩御飯を食べ終えると、つめさんが母に素敵な靴下をプレゼントしてくれた。誕生日が近かった母をお祝いしようとわざわざ準備してくれたのだ。そして母の爪にきれいなベージュのマニキュアを塗ってくれた。やさしい夜だった。

高野山について考えるとき、いつもは宝石箱にしまっている記憶も一緒になって思い起こされる。
母に高野山の思い出を尋ねれば、母も幼いころにおじいちゃんとおばあちゃん(私にとっての曽祖父母)とよく出かけたそうだ。高野山は私たち家族が代々で過ごしている場所、母の記憶の宝石箱の中にも両親や祖父母と過ごした高野山の思い出がある。

私は和歌山の緑に囲まれた町で生まれ、そして今も同地で暮らしている。家が農業をしていたり、山や川が遊び場だったり、暮らしと自然が密接に関わり合っていて、共生している。

漫画家 津田雅美先生が描かれた名作「彼氏彼女の事情」。白泉社が刊行している「LaLa」という漫画雑誌で1996年から2005年の月日にわたって連載されていた。あまりに美しい漫画で印象的な場面や台詞はいくつもあるが、中でも第10巻にある井沢真秀さんのこの独白が和歌山で暮らし、感じた私の気持ちをあらわしているようでとても好きです。

人の中にいるとき孤独を感じるが 自然の中を歩くときは淋しいとは思わない と言ったのは モンゴメリ

第10巻は2000年に初版が刊行されていて、自分が持っているのは2002年に増刷されたもの。この一節に出会った20年前から定期的にモンゴメリがどの作品で“人の中にいるとき孤独を感じるが 自然の中を歩くときは淋しいとは思わない”と書いたのか調べているが、見つけられずに今に至る。もしかしたらモンゴメリの作品で直接的に書かれた一節ではなく、津田先生がそう解釈したのだろうか。
静寂で切ない描写であったが、あの台詞に触れたとき、いかづちが落ちたような感覚に陥ったのだ。漫画を読んだ当時は小学校高学年だったが、私自身の中で“自然”がどのような存在、どのような関係であるか気づかせてくれた。

それからその場面が、言葉が、私自身に寄り添い続けてくれている。

高野山の「奥の院」の参詣道を歩いているとき、天へと伸びる大樹に流れる時間に思いを寄せてしまう。
私は世界に誕生してから何十年何百年という時を経て存在しているものになんだか惹かれる。それは好ましいだけでなく、敬意や少しの畏怖も含まれている。
流れる時間への感覚も違うのだろうか。杉の時間、人間の時間、犬の時間、石の時間。だんだんと時間という概念は広がりをみせて、自分のもとから放たれていく。高野山に流れている時間は清流のようで、せせらぐ川に裸足で浸かっているみたいだ。自然の中ではいつだって有限の時間に悠久を感じられる。

解放感と温もりが私の全身を充たしていく、包み込まれるような、放っておいてくれるような、隣の部屋から家族のおしゃべりが聞こえるような……。

樹々の合間から誰しもにひとしく注がれる光を受け、凪いた心と解けた身体が一体となって、しみじみとととのっていくのだった。高野山での全ての思い出が、私のお守りである。お守りをしかと携えて、今日も高野山を下った。


著者:北田瑞絵

北田瑞絵

和歌山出身、同地在住。バンタンデザイン研究所大阪校フォトグラファー専攻卒業。「一枚皮だからな、我々は。」で塩竈フォトフェスティバル大賞受賞。Twitterで“inubot”というアカウント名で愛犬の写真を日々投稿。2018年からWEBメディアESSEonlineで愛犬との暮らしを綴ったフォトエッセイ「inubot回覧板」を連載している。その連載が扶桑社より書籍化され好評発売中。

 

 

編集:ツドイ