変わらない街「高円寺」に時代がやっと追いついた

著者: 神田桂一

突然だが、僕はハイパーメディアクリエイターの高城剛の大ファンである。メルマガも定期購読しているほどだ。その高城剛がある号のメルマガで、こんなことを書いていた。

 

「今、信頼できる外国人に一番ホットな東京の街はどこだと聞くと、中目黒、そして高円寺だと言います」

 

僕はここのところ、高円寺は、未来の街の姿のロールモデルなのではないか、と言い続けている。ある意味で、最先端の街なのではないかと。しかし、僕が高円寺を最先端の街だと言っても誰も賛同はしてくれない。だが、高城剛が言っているのだ。頼むから信用してくれ(余計に怪しいか)。ただ、確実に言えることは、今、高円寺の街を歩いていると、外国人の多さにびっくりする。世界から注目されていることは間違いない。

 

高円寺では、チェーン店がどんどん潰れる

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高円寺に長年住んでいて思うのは、高円寺は昔からなにも変わっていない。時代が高円寺に追いついたのだ。

では、いったいなにが高円寺の最先端性を示しうるのか。

 

まずは、チェーン店のお店がほとんどないということだ。

スタバがない。(隣駅の中野と阿佐ヶ谷にはある)

TSUTAYAがない。(隣駅の中野と阿佐ヶ谷にはある)

(ちなみにTSUTAYAは潰れてヴィレッジヴァンガードになった)

ドトールもない。(隣駅の中野と阿佐ヶ谷にはある)

最近まではファミレスもなかった。(駅上にデニーズができた。いつまで続くか注視したい)

 

普通に考えたら、これは「不便」以外のなにものでもない。

撤退したチェーン店は数知れない。僕が住んでいた期間だけでも、フレッシュネスバーガー、世界の山ちゃん、牛角、モスバーガーと枚挙にいとまがない。

 

高円寺は居心地がよすぎて、一度住むと他の地域に住む気がなくなるとよく言われる。僕もその居心地のよさにノックアウトされたクチだけど、チェーン店は、居心地のよさとイコールではないのだ。もしかしたらここに秘密があるのではと思ったりする。それは「便利」を追求したチェーン店よりも、多少不便でも、それを上回る面白さを持つ店がいっぱいあるということだ。

 

レンタルビデオはオービスという単館系が充実したお店があったし、(今は惜しまれつつ閉店)、七つ森や、ドッグベリー、Yonchome Cafe、ぽえむなど、長居できて居心地のいい喫茶店がたくさんあるし、本は古書店を巡ればいい。サンカクヤマで、趣味性の高い本を探し、都丸書店で学術系や新書を漁っていたら、ほしい本が見つかる。

 

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高円寺は、未来の理想の街の姿

これって、未来の街の姿、そのものなんじゃないの? ようは、世界的に縮小していく経済のなかで、どうやったら、少ないおカネで楽しく、工夫して暮らしていけるのか。そのロールモデルに図らずもなっている気がするのである。

 

例えば、少し前に話題になった「シェア」という概念。今では、当たり前になったこの概念だけど、高円寺なんてずっと昔から「シェア」が行き渡っていた街である。

 

シェアハウス、コインランドリー、相席、貸しスタジオ、公園、広場、道端にいらないものを持っていってくださいと置く文化、リサイクルショップ、居候、銭湯などなど。高円寺民はあまり所有欲というものがなさそうである。貯金も少ないと思われる(余計なお世話)。

 

無料で、楽しめる娯楽がたくさんあるのも高円寺ならでは。街に出たら、いろんなアーティストが勝手に演奏して歌っているので、ライブを無料で楽しめる。気に入ったら、少し、カンパすればいい。コーヒーでもビールでも買えば、駅前広場で、朝まで飲み明かすことができる。居酒屋なんて月に一度の贅沢だ。高円寺阿波おどりや、高円寺フェス、大道芸など、いろんなお祭りがあるのも、高円寺の特徴。

 

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たしかに高円寺は貧乏くさい。だけど、それがダウンサイズする世界で、身の丈にあった暮らしを求める人々の価値観にマッチしてきたんじゃないだろうか。

 

こんな街、東京中探したってなかなかない。唯一無二の街、それが高円寺なのだ。

 

池袋文化圏から新宿文化圏へ

そんな高円寺と僕との出会いは、10年以上前にさかのぼる。新卒で入った会社を辞めて、埼玉の朝霞というところから引越したのだ。朝霞には、会社の寮があった。なにもない街だった。こんな退屈なところから早く出たかった。上京してきて、池袋が身近な都会だったので、よく行ったけれど、文化がなにもないように感じられて、魅力的には思えなかった。
とにかく、池袋文化圏から一刻も早く離れたかった。会社は辞めたものの、次のあてはなかった。

 

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僕が高円寺に引越したのは、たまたまだった。新宿文化圏に住もうと思い、東中野から中央線を西に向けて物件を探してたところ、高円寺の不動産屋に、無理やり築ビートルズ結成年の物件を進められ、家賃が激安だったこともあって、即決したことに始まる。そのアパートは、一階が大家が経営する酒屋だった。壁が真っ赤だったこともあり、僕は「レッド・サブマリン」と名付け、僕の高円寺生活は始まった。

 

近くには、サンデッキというサウナがあったが、いったい誰が利用しているのか皆目見当がつかなかった。でも、今はサウナブームで人気みたいである。他にはネブラスカという路地中の路地にあるBARもあったが、一度しか行かなかった。僕がお酒を飲めないからだ。

 

家の住所は、高円寺南5丁目。高円寺駅からは徒歩10分以上離れていたが、高円寺民という称号を与えられた気がした。高円寺には、大和町民という悲しい住人がいる。高円寺南5丁目よりも全然駅から近いにも関わらず、住所が中野区であるために、高円寺民と見なされず、「どこに住んでいるの?」と聞かれると、高円寺とは素直に言えないのだ。最近、高円寺の再開発が話題になっているが、道路を整備するよりも、大和町を杉並区に編入してほしい。そうすれば、高円寺はもっと生き生きとするだろう。

 

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再開発の話をしたが、高円寺は、住民にとってとても住みやすい。というのも、車の通りがとても少なく、歩いていてストレスが少ないのだ。それには理由があって、北は早稲田通り、南は青梅街道、東は環七に囲まれているため、高円寺の街のなかに車が入ってこないのだ。だから、街中が広場みたいなものだ。やりたい放題である。

 

少々喚いても、踊っても、こたつを出して鍋をしても、なにも言われない。高円寺の自由さはこういう立地条件によるところが大きい。こんな素晴らしい条件の街に道路を一本突っ切るように通すというのだから、行政はどうかしている。街を分かっていない。まあ、再開発の話はこれくらいにしておこう。

 

僕が高円寺に住み始めてから、僕はある雑誌の記者になることになった。それからというもの、ずっと高円寺から引越せと言われ続けた。メジャーな雑誌なのに、そんなマイナーな文化の街に住むなと言われたのだ。もっと六本木とか麻布とか、表参道とかに住めと。だからお前のネタはメジャーじゃないんだと企画会議でさんざんこき下ろされた。でも、僕は引越しすることを拒否し続けた。みんながそういった街に住んでいるならば、僕が高円寺に住むことが、むしろ強みになると思ったからだ。実際、僕は、高円寺をマイナーな街なんて思っていなかった。最先端の街だとずっと思っていた。

 

高円寺に住むことで仕事が舞い込んでくる

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高円寺が仕事をくれた例はたくさんある。僕が会社を辞めて仕事がまったくなかったころ、僕は、突如、自分でノンフィクションを書いて投稿しようと思い立った。テーマはまったく考えていなかった。なにかネタはないかと高円寺の街をぶらぶらしていたところ、駅前で、ビッグイシューを売っている男性に人だかりができているのを見かけた。

 

なんで?と思い、僕はその人だかりに近づいて、集まっている人に話を聞いてみると、男性がビッグイシューに挟んでいる自作の詩が評判で、バカ売れしているんだそうだ。僕は、すぐにその男性に名刺を渡して、密着取材させてもらうことにした。そのルポは、ある雑誌に送ったところ、編集長から返事があり、次号からその雑誌に参加させてもらえることになった。そのルポ自体は、また別の雑誌にそのまま掲載された。

 

その男性曰く、高円寺じゃなかったら、僕がこんなに話題になることはなかっただろうと。僕のような存在を面白がってくれる街、それが高円寺なんだと言っていた。まさしくそうだと思う。

 

また、ある雑誌でライターを募集していたので、なんで高円寺を載せないんだと文句を書いて応募したところ、返事が来たこともある。後日面接があり、その面接はまったく失敗だったのだが、3日後くらいに電話があり、東京特集をやるので、参加してほしい、つきましては、神田さんは高円寺と西荻窪の担当でお願いしますと言われた。こんなことは、表参道に住んでいては絶対にないことである。

 

高円寺はなにもない僕を受け入れてくれた

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高円寺に住み始めたころ、僕は、何者でもなかった。無職だったし、なんの経験も積んでいなかったただの若造だった。そんな僕を高円寺の街は暖かく受け入れてくれた。平日の昼間にラフな格好でぶらぶらしててもほっといてくれた。不審者扱いしないでいてくれた。大家は長期旅行でたびたび家を長期間空けても文句のひとつも言わず、ほっといてくれた。家賃を最大で3カ月滞納しても大目に見てくれた。公園でひとり本を読んでいても、子ども連れのお母さんは、子どもに「見ちゃダメ!」とは言わなかった。

 

そんな高円寺だからこそ、僕はこうして、ライターとしてご飯を食べられるようになったのだと思っている。でも、これからは、どんな街でもそんなふうになるべきだと思っている。だから、高円寺を“卒業”するなんて概念はもう古い。僕は、これからもたぶん、高円寺に住み続けるだろう。高円寺が変わらない限りは。それか僕が変わってしまわない限りは。どちらがずっと変わらないか、意地の張り合いをこれからもずっと続けてやる。

 

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著者:神田桂一(かんだけいいち)

神田桂一

ライター・編集者。週刊誌記者を経てフリー。主にカルチャー誌に寄稿するようになる。『ケトル』(太田出版)編集・執筆、『DANRO』(朝日新聞社)で「青春発墓場行き」連載中。現在、書き下ろし単行本を死ぬ思いで執筆中です。
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Instagram:@pokke0902

編集:Huuuu inc.
写真:小林直博