どこで食べても、物語。まだまだ引越したくない6年目の高円寺【暮らす街を「食べる」で選ぶ。】

著: チャン・ワタシ 

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毎日帰ってくる街だからこそ、おいしくて敷居の低いお店があるとうれしい。住んだことのある人ならではの視点で、普段着でひとりでもかろやかに通える街の名店をご紹介します。

◆◆◆

高円寺に住んで、今年で6年目になる。『エモい』という言葉が一般的になったくらいから、高円寺がたくさんの僕・私の「何者でもなかった時代」エピソードと共に語られるのを、テレビや雑誌やSNSなど以前より増し増しで目にするようになった。

厚かましくも今の自分と照らし合わせてみると、どのストーリーもたしかにどんぴしゃで重なるものがあるし、年齢もまた20代半ばとか後半とかちょうどそれくらいで、「まさか私は今、何者でもないんじゃないか?」と震えてしまう。今こうして生きている時間も、人生の先輩たちにとってはただのプロトタイプに過ぎなく、どう足掻こうといつか「あの不毛な時代」として語られてしまうんだ……。ちょっとあんまりだ。

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そんな不安と寂しさを覚えながらも、私は高円寺という街が大好きだ。朝、高円寺で目が覚め、高円寺で食事をとり、高円寺で仕事をし(この原稿は駅前の上島珈琲店で書いている)、高円寺で眠る。高円寺で稼いで、高円寺で積極的に財布の中身を減らしていく。そんな高円寺スタイルに身を置いても高円寺の魅力に飽きることはなく、高円寺はいつまでも高円寺で高円寺が高円寺高円寺。

好きなところを挙げればキリがないのだが、今回は好きな理由のひとつである「食」にスポットを当てて、この街にある素敵な飲食店を13店舗紹介したい。

先駆けてちょっとした小話であるが、その昔、高円寺は徳川三代将軍家光が鷹狩りの場としてたいそう気に入っていたそうな。たくましい鷹VS野鳥の血がほとばしるような戦いが繰り広げられたあたりは、現在どうなっているかというとこんな感じ。

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高円寺駅のロータリー広場

ハト、超いっぱい。活き活きと過ごしている。平和の象徴が大勢で出迎えてくれるような、この街で過ごす毎日はとても穏やかだ。

通りゆくみんなの思い出、味わい深い老舗定食

遅く起きた朝(ほぼ昼)、まず腹ごしらえに向かう先は定食屋。高円寺には、定食屋がそこかしこにあって、昼食に困ることはまずない。

例えば、グルメハウス薔薇亭。薔薇亭と書いて“ろーずてい”。「お店を始めて何年ですか?」と聞くと「45年。あなたが3回くらい生まれ変わってるかもしれないねぇ」と優しい笑顔で冗談を返してくれるママの髪の毛はローズ色である。

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これだけ装飾があっても余裕で目につく福岡土産「にわかせんべい」の主張

内観のにぎやかさは、ドン・キホーテが1、ヴィレッジヴァンガードが2だとすると、この店は5。常連客から貰ったたくさんの手紙やお土産の置きものたちが、ママ直筆のコメントと共に大切に飾られている。

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ミンチカツ定食(600円)。肉はほんのりピンク色が残る絶妙な揚げ加減で柔らかく、衣はザクッとしっかりした歯ごたえ。千切りキャベツが「孫悟空用……?」と疑うほどモリモリに盛られるため、ご飯少なめで注文してもかなりボリュームがある。

薔薇亭と同じく、高円寺の長く愛される店を語るうえで外せないのがニューバーグだ。

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1969年創業のハンバーグ専門店ニューバーグ。高円寺民が「ハンバーグ食べたい」の代わりに言うのが「ニューバーグ食べたい」である。

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サービスセット(600円)。これは通常ソースだが、ケチャップベースにピリリと辛味が効いたメキシカンソースで食べるのもうまうま

ナイフを入れると肉汁が流れるタイプではなく、最初からこういう個体が存在するのではないかと思えてしまうような目がぎゅぎゅぎゅっと詰まったハンバーグ。いや、ニューバーグ。

必ずついてくる目玉焼きはいつも綺麗な半熟で、黄身とソースとスパゲッティーを一緒に絡めて食べる。今でも激安だが、昔は300円台で食べられたとか。それゆえ「学生時代はニューバーグで腹いっぱい食ったもんだよ」というエピソードを6年間で30回くらいは耳にしている。

そして定食、定食、定食……

高円寺駅の北側にあるあづま通りは、昔ながらの定食屋が連なる昼食無敵エリアだ。

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伊久乃 焼きさば定食(650円)

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やなぎや とり天定食(550円)

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福助 豚肉しょうが焼き定食(600円)※学びを生かしてご飯少なめで注文

伊久乃の焼き魚定食は体にやさしく染み渡り、やなぎやのとり天は揚げたてサクサクで手のひらほど大きく、食べ終わるころには決まっておなかぽっこり、子犬のごとし。どの店も店主やママの人柄が魅力のひとつであり、なかでも福助の店主は話し好きで、話すそばから脈略のない話がぽんぽん飛び出してくる。この間は「Wi-Fiの話」から始まり「上野で違法テレホンカードを売っていたイラン人の話」に行き着いた。引き出しの量が圧巻だ。

小説にでてきそうな喫茶店でゆったりと午後を過ごす

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出会いは突然だった。庚申通りの路地裏を通りかかると、ふとある店内の淡いピンク色をしたダイヤル式の電話が目に止まった。改めて全体を眺めると、年季を感じつつも清潔感のあるお店だ。木製の看板には「COFFEE コーラル」の文字。これはいい出会いかもしれない!とうきうきしながら立ち寄ってみたら、これが大正解だった。

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バナナジュースとホットケーキのセット(850円)

40年続く小さな喫茶店である。ホットケーキは丸くフカフカで、ほんのり甘い。店の感じにこの手づくり感ある料理、なんだか物語にでてきそう。焼けた小麦粉とバタァの香りの幸福感について、ここぞとばかりに文豪が筆を走らせていそう! 「普通のホットケーキってほら、二枚重ねでしょう? うちはフライパンで焼くから、一枚で、大きいの」、私の淡い期待に応えるようにママのコメントもその世界観を崩さない。

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ウインナーコーヒー(450円)注文してから豆を挽き、クリームを目の前でもこもこに泡立ててのせてくれる

こちらが話せば熱心に世間話や人生相談にのり、本や雑誌に夢中になっていると母のようにそっと見守ってくれる。こうだったらいいのに、を体現したような店であっという間に大好きになった。

ちなみにダイヤル式の電話は今も現役で、「ジリリリリリン!」と勢いよく鳴るベルを初めて聞いたときは「まだまだいけるぞ」と言われたような気がした。そしてママは「はいコーラルです」の一言が毎回噛んでうまく言えない。

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物語に登場しそうなのはコーラルだけではない、甘味あづまもまた私の中でそう思えるお店だ。1969年(昭和44年)創業のこれもまた味がある店構え。店前のショーケースに並ぶ食品サンプルの愛らしさは、私の心をいつでもときめかせてくれる。

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食品サンプル。色合いがかわいい

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クリームソーダ(450円)

ラジオが流れる店内、さらに被さるように聞こえてくるご近所らしき人生の先輩たちの井戸端会議、そこであまーいあまーいクリームソーダや黒蜜たっぷりのあんみつをお茶と堪能する至福のひとときよ。

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餅入りソバ(550円)

あづまは中華そばもおいしい。中でも、焼いた餅が入った「餅入りソバ」は、私があづまに立ち寄るきっかけにもなった思い出のメニューである。「好き(餅)」と「好き(麺類)」が合わさっているとはなんて革命的なんだろう、と感動したが、「よくよく考えると力うどんがそうやな」と、どこか懐かしさを覚える味に諭されるのであった。力うどんに同じく、餅をスープに浸してやわらかくしながら食べるのが、終盤のお楽しみだ。

ついでに、あづまに行くとき必ず行ってしまうルーティーンも紹介したい。駅方面からあづまに向かう途中、王将の前で立ち止まって左上を見上げると、彼女がいる。

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ん?

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いた!

美容院ALETTA(アレッタ)の2代目看板犬、さくちゃんである。

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緑色のボールやコットンのロープ、牛のひづめなど、おもちゃをたくさん持っているさくちゃん。おもちゃを席まで咥えていってお客さんに自慢したり、引っ張り合いっこして遊んでもらったりするが、ヘアカット中は絶対に邪魔をしないお利口さんだ。

ほかにも、動物と触れ合える店が高円寺にはたくさんある。高架下の居酒屋こうちゃんには看板犬のぽんず(店主がぽんずの家系図を見せてくれた)がいるし、庚申通りの田丸屋不動産には亀(冬は冬眠している)が驚くほどたくさん、エトアール通りの南国barは猫のちゅら(2018年は3回だけお客さんの膝の上に乗った)が実質店長。みんなの活躍もきっとこの街を支えている。

テイクアウトで、365日お祭り気分

なにかと持ち帰って公園や広場で食べることが好きだ。よく行く店は焼き鳥の豊島屋である。

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豊島屋の好きなところは、精肉店でもあるので、とにかく安くておいしいこと。すぐに食べることを伝えると、祭りの出店のようなプラ容器に入れて渡してくれるところも好きだ。お気に入りはつくね、ねぎま、レバー、豚しそ巻き、なんこつ、いや全部。

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ほとんどの串が1本100円で買える

平日昼間に駅のロータリー広場で缶チューハイを開けながら、焼き鳥を食べるこの優越感。人としてダメなんじゃないか?という背徳感がスパイスとなり、さらにおいしく感じる。人生はいつだって自意識と欲望の戦いなのだ。

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焼き小龍包(4個・400円)

豊島屋から1分も歩かない近さにある孫ちゃんの焼き小籠包もカリッモチッジュワ〜!で、たまらぬおいしさ。

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もうひとつ、テイクアウトができる店として紹介したいのが、喫茶と言うべきかパン屋と言うべきか、位置付けは来た人にお任せ、その名も不思議な窓。夜は別の店主がスナックを営業しているこの店、外観も内装もガチガチのスナックである。

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チョコアーモンドアイスドッグ(340円)。持ち帰りもできる

ここで食べられるのが、アイスドッグ。焼いたパンにバニラアイスを挟み、チョコスプレー、チョコ菓子、チョコソースでしっかり覆った代物なので、この世の甘さという甘さをすべて閉じ込めたような大変スイートな味がする。たしかに、思えば「スイーツ」という言葉は「スイート」の複数形なのだから、これほどの甘さを集めなければ「スイーツ」と名乗るべきではないのではないか。

深く考えさせられる食べものを前に、追加でコーヒーを注文すると「コーヒーは50円だよ」と平成最後にして昭和初期のような価格を提示されたのもまた脳が錯乱した。

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店内では、マスターがビデオ屋で選んできた時代劇が流れる

そんな不思議な窓であるが、マスターはとてもおだやかな人柄で、時にマスターが若いころの思い出話を聞かせてくれる。

「寄席は行ったことありますか? 寄席はいいよォ。たくさん芸があってね、からだひとつで人を笑わせるから。昭和30年ぐらいかな? 学校を抜け出してよく寄席を見に行ったねェ。戦後10年、まだちょっとしみったれてたけど、みんなそうやって笑って生きてたの」

話を聞きながら50円のコーヒーをすする。ちょっと薄めの仕上がりだが、自分が淹れるより数倍おいしい。

赤提灯の下で、美しい酒とつまみに舌鼓

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もつ焼き おまかせ5本(塩、タレ、味噌ダレ・600円)+たん(130円)

高円寺は飲み屋の名店で溢れているが、中でも繰り返し足を運んでいるのがやきとん野方屋。誰か連れて行くたびに「見て、この綺麗な串!」と自慢している。大将の腕あってか、肉の粒の大きさがいつもピシッとそろっているのだ。

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キンミヤ焼酎 梅割り(380円)

ぷるんぷるんの表面張力が見ものである、キンミヤ焼酎の梅割り。梅シロップのおかげで味はデザートのように甘いが、ほぼ焼酎ストレートと変わらないのでそれなりに酔っ払う。他にも、まろやかな豆乳割りは外せないし、豚トマト巻きやかしらポン酢など、おいしいつまみがたくさんあって気づけば長居している。

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一徳 チューハイ(360円)+梅干し(100円)

『高円寺エエ声選手権』があったら間違いなく優勝であろう、渋くてかっこいい声を持つマスターがいる一徳。マスターをぐるりと囲うようにつくられたカウンターは、座るとそこにいるみんなが仲間になれるような不思議な一体感がある。その居心地の良さを求めてか、店のファンは多く、またそれぞれの飲み方もとてもスマートで、素敵な店だなあと行くたびに好き度が増していく。

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ゆでタン(380円)

ふわっとプリっとしたゆでタンはからし醤油で。これがまたおいしい。以前牛タン専門店で食べたゆでタンがあまり好みじゃなく残してしまったことがあるという友人も「これ、本当おいしいね。おいしいね」と二回言ったほどだ(噛むと二段階でうまさを実感するらしい、分かる)。ゆずとみつばの香りが効いた一徳豆腐は出汁を飲むと「あぁ」と声が出るおいしさだし、強めの火力で焼かれた串もどれもお酒が進む。くびねぎまの塩は絶品だ。

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三神森 左から平アジ、黒ムツ、はがつを、クエ、メジナ

海鮮が食べたくなったら、三神森へ。目利きのマスターが厳選した刺身盛り合わせは、たとえ目を瞑って口に入れられても、それぞれの個性がはっきりと分かるような味わいだ。魚ってこんなに味違うんかいと初めて食べたときは心底驚いた。

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ここでは赤ホッピーが飲める。通常の倍の時間をかけて熟成しているそうで、ホッピーの中で一番ビールの味に近いのだとか。

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海老だし醤油ラーメン(700円)スープの粒子ひとつひとつに海老の魂が宿る

忘れてはならないのがこの海老だし醤油ラーメン。あっさりの向こう側に感じる海老、えび、エビ……海老の旨味が骨の髄まで沁み渡っていく。何度いただいても飲み終わりの正解である。

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平アジの大きさを見せてくれるマスター

この日は釣りが趣味の常連さんと目を輝かせながら魚談義をしていた。魚好きのマスターと話すと、魚の知識が増えるのもまたこの店の楽しさである。とんごろいわし揚げやクエの唐揚げ、この店には本当にたくさんのおいしい魚を教えてもらった。

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高円寺には、大小合わせると20弱もの商店街が存在するという。有名な純情商店街から、庚申通り商店街、中通りにあづま通り、パル、ルック、エトアール通り……そこに登録している店は1000軒を超える。今回紹介したのはほぼ北側の布陣で、出会いきれていない素敵な店がまだまだたくさんあるのだ。

街の移り変わりが激しいと嘆く声もあるが、それはカルチャーが渦巻く副作用のようなものなのかもしれない。「高円寺は転入転出の率が高い街」と書かれているのをどこかで読んだことがある。

そんな中でも変わらず高円寺を支え続けている人々の営みは確かにあり、その大らかさに一度触れると、なかなか離れられない。もし何かのきっかけがあっていつか離れるときが来たとしても、味わった料理の数々とこの街で確実に増えた物語の登場人物たちをいつまでも忘れたくないなと思うのだ。



登場した店一覧


・グルメハウス薔薇亭
・ニューバーグ
・伊久乃
・やなぎや
・福助

休憩
・COFFEEコーラル
・甘味あづま

持ち帰り
・豊島屋
・孫ちゃん
・不思議な窓


・やきとん野方屋
・一徳
・三神森



 
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著者:チャン・ワタシ

チャン・ワタシ

1990年生まれのライター。三年に一度、心を込めたマドレーヌを焼きます。

note:https://note.mu/hoshinc

 

 

編集:ツドイ

イラスト:STOMACHACHE

※記事公開時、「鷹狩り」について誤った記述がありました。読者様からのご指摘により、12月27日(木)13:00に一部文言修正いたしました。ご指摘ありがとうございました。