【商店街の住人たち】名物店だった老舗コッペパン屋を復活。近所に住む女性が老後資金を充ててまで守りたかったものとは?/墨田区・キラキラ橘商店街「ハト屋」紙田和代さん

インタビューと文章: 小野洋平(やじろべえ) 写真:小野 奈那子 

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長年、そこに住む人々の暮らしを支えてきた商店街。そんな商店街に店を構える人たちにもまた、それぞれの暮らしや人生がある。
街の移り変わりを眺めてきた商店街の長老。さびれてしまった商店街に活気を呼び戻すべく奮闘する若手。違う土地からやってきて、商店街に新しい風を吹かせる夫婦。
商店街で生きる一人ひとりに、それぞれのドラマがあるはず。本連載では、“商店街の住人”の暮らしや人生に密着するとともに、街への想いを紐解いていく。

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■今回の商店街:下町人情キラキラ橘商店街(東京都墨田区)
東京都墨田区の京成押上線京成曳舟駅から徒歩10分ほどの場所に位置する約450mの商店街で、惣菜や乾物の商店が多いのが特徴。正式名称は「向島橘銀座商店街」だが、戦前は「橘館通り」として、現在は「キラキラ橘商店街」として親しまれる。また、「下町人情キラキラ橘商店街」の愛称のもと、地域の活性化事業にも積極的だ。

スカイツリーのお膝元、墨田区のキラキラ橘商店街にあるコッペパン専門店「ハト屋」。大正元年創業の歴史あるパン屋だが、数年前に店主が亡くなったことを機に閉店。しかし、2020年11月、近所に住む会社員の紙田さんが老後資金をつぎ込み、新生「ハト屋」を誕生させた。長く愛され続けてきた名店を復活させたのはなぜだろうか。そして、会社員を続けながらもパン屋を始めた、紙田さんの想いに迫った。

仕事をきっかけに訪れた「キラキラ橘商店街」

―― 紙田さんは会社員でありながら、ハト屋のオーナーを務められています。まずは、経歴から教えてください。

紙田和代さん(以下、紙田):大学で建築を学び、博覧会のパビリオン等をつくる会社に就職しました。ただ、建築の仕事をしていくなかで、今後は街づくりに携わりたいと思い、転職することにしたんです。当時、私は地元・大阪にいたのですが、転職先の配属が東京となったため、上京しました。そして、今の会社に転職し、大学院にも通いながら土木を学びました。今では、都市計画や密集市街地(※)の整備が専門です。じつは、この墨田区を最初に訪れたのも、密集市街地の整備がきっかけでした。

※密集市街地…老朽化した木造住宅等が密集し、十分な道路、公園、緑地がなく、火事や地震が起きたときに延焼防止や避難が難しい市街地

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「ハト屋」オーナーの紙田和代さん

―― 仕事をきっかけに、ご自身も住むようになったのでしょうか?

紙田:はい。16年前に引越してきました。街を改善するためには、その地域に住み着いて地域の人々の事情を深く知りたいと思いまして。それに、仕事で度々訪れていたこともあり、地域の方々と仲良くなっていたことも大きいですね。

私は長屋が好きなので、いろんな人に「良い長屋が出たら教えてくださいね」と言っていたんです。そしたら、すぐに連絡が来ちゃいまして(笑)。急いで引越してきましたよ。あの家は風情があって、とても素敵でした。

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当時、紙田さんが住んでいた長屋。今は保育園に建て替わっている

―― こんな風情ある建物がまだ残っていたんですね。商店街の印象はどうでしたか?

紙田:もともと有名な商店街でしたが、実際に訪れてみると「こんな昭和な感じがよく残っているな〜」という印象でした。あとは、とにかく住民の方々が接しやすい。下町らしいコミュニティや古い街並みも含めて、私の肌に合っていました。仕事と関係なしに、単純に引越してきたいと思えるほどでしたね。

老後資金をはたいて名物店「ハト屋」の復活へ

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―― 16年前に引越した当初からハト屋に通っていましたか?

紙田:はい、結構来ていました。初めて訪れた際、「コッペパンの種類は何があるんですか?」と聞いたら、張り紙を指差して「そこに書いてあるだろう」って。とにかくご主人は無愛想だったんですけど、それが私には面白くて通っていましたね。

―― しかし、その店主さんも2017年に亡くなり、ハト屋は閉店してしまいました。その後、紙田さんが建物を購入されたんですよね。

紙田:はい、2019年の12月に購入しました。閉店以来、店舗はそのままになっていたのですが、2019年の秋に売りに出されていることを聞いたんです。そして、ネットで調べてみたら、普通にSUUMOにも出ていたんですよね(笑)。

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―― 誰でも買える状態だったんですね。

紙田:はい。しかも、近所の人が4階建てに建て替えようとしている話や、建売住宅の業者さんが狙っているという話を耳にしました。そのときに、それではいけないと思ったんです。

―― なぜですか?

紙田:正直、商店街での経営は大変です。しかし、だからといってお店ではなく建売住宅ばかりになってしまったら、商店街の連担性がなくなってしまい、お店の人同士のつながりも薄れてしまいます。それこそ、商店街が衰退する1つの理由だと思うんです。

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紙田:商店街の街並みを守ることが一番の目的ですが、空き店舗の購入・リノベーションは投資事業だとも思っています。この場所に投資することによって、商店街自体が栄えていくと思うんです。名物店が復活すれば、それを目当てにお客さんが来てくれるでしょうし、商店街で買い物もして帰ってくれるでしょう。そういった地域の活性化のためにも買うことに決めたんです。また、個人的にも風雨にさらされているハト屋を見ているうちに、味のある看板や古い佇まいがこのまま朽ちていき、取り壊されてしまうのはもったいないなと。

―― いてもたってもいられなくなってしまったわけですね。

紙田:そうですね。自分が買ってしまえば、この場所は残せますからね。老後資金の約1650万円を充てました(笑)。ただ、買い取って残すのはいいけど、空き店舗のままでは今までと全く同じじゃないですか? やはり、お店を開けている状態が必要だと思いました。

―― コッペパンを売ることは決めていたんですか?

紙田:もちろんです。コッペパンという商品だけでなく、建物、看板、コッペパンを売るお店の雰囲気も含めて「ハト屋」を復活させようと思ったんです。ただ、当初は自分でお店に立つイメージはなくて、住み込みで誰かにお願いしようと思っていました。けれど、月日が進むにつれて、やっぱり自分でやってみようかなと。パンを焼くのも好きでしたし、思い切ってトライしてみようと思いました。

新生「ハト屋」の誕生

―― オープンを決めたあと、まずは何から始めましたか?

紙田:まずは掃除です。1階も2階も戦前からのゴミが溜まっていたので、その撤去から始めました。次に改装です。柱も半分腐っていたり、雨漏りをしていたりと、だいぶガタが来ていましたね。工務店さんにも「建て替えた方が安いよ」と言われたほどです(笑)。

―― 長い道のりですね。

紙田:8月から開始して4ヶ月ほどは、お店の掃除と改装でしたね。しかも、私は会社員なので土日しか作業できなかったんですよ。もう、汗とゴミにまみれて、地獄を見た思いでした(笑)。

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―― 看板は昔のままですか?

紙田:デザインは昔の面影を残したかったので、そのままです。ただ、買い取った当時は「ハト屋のパン」という字は完全に消えていたし、イラストの女の子もスカートと顔以外は残っていなかったですね。なので、消えかかった線をなぞり、想像して塗りましたよ。ちゃんと修復できているはずです(笑)。

―― 昔の風合いが残っていて素敵ですよね。お店をオープンする上で、なにか不安はありましたか?

紙田:まずは、お金が回収できるかどうか。約1650万円+税金などを20年で回収しようと思ったら 年間100万円の収益がないといけません。その不安はありましたね。あとは、やはり、人材の確保。探しはしたんですけど、なかなかコッペパン限定でやってくれる方はいなかったんですよ。なので、とりあえず営業を始めて、軌道に乗ったら誰かが手を上げてくれるかなと思い、1人ではじめちゃいました。お店をやりながら、来てくれたお客様をスカウトしてましたね。キッチンや2階を見せて「ここを借りながら、コッペパン売ってくれませんかね?」と。

―― 大胆な手法ですね。反応はいかがでしたか?

紙田:みなさん、「あはは」と苦笑いされる感じでしたね。でも、その結果、今一緒に働いてくれている酒井さんが副業で協力してくれることになりましたからね。良い手法だったと思います(笑)。

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古い街並みに憧れを持ち、墨田区に引越してきた酒井さん。他の副業経験があり、ハト屋の仕事が面白そうと興味を持ったとのこと

―― もともと、紙田さんはハト屋に通われていたとのことですが、コッペパンのつくり方は教わったわけではないんですよね?

紙田:そうですね。独学です。あとは、パン工房を貸してくれたご近所さまや、そのお友達のパン屋に勤めていた女性を呼んで、みんなで一緒に試行錯誤しました。ここを掃除しているときにいろんな缶や伝票などを発見して、使用していたパンの材料はなんとなくわかりましたが、それほど特別なものではありませんでした。ただ、私には腕がないので材料にはこだわるようにしています。なので、「再現」というよりは、新しいコッペパンだと思って食べていただきたいです。

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ローストビーフレタスサンド(300円)。北海道産の小麦粉とバターを使用しており、もっちりした弾力が特徴

―― 名物店が復活したということで、以前からのファンの方も来られたのでは?

紙田:はい。オープン当時は、以前のハト屋を全く知らない人はいなかったですね。「前、好きだったんですよ」「これからも頑張ってください」という声は多く、とても嬉しかったです。一方で、「もっと大きかったよ」「もっと柔らかかった」などのご意見をいただくこともありました。これは好みなので仕方ないかなと割り切っています。

―― 街の方々の反応はいかがでしたか?

紙田:惜しまれつつ閉店したお店だったので、喜んでくださる方が多かったです。SNSを見て来てくれる方もいましたが、じつはお客様のほとんどは地元の方なんです。昔から来ていた方もたくさんいらっしゃって、応援してくださっていると感じます。

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ハト屋の店内

住宅だけでなく、人との距離感も密接

―― 商店街は曳舟駅から若干離れているものの、これだけ栄えていることに驚きました。

紙田:密集市街地だけあって住民の方は多いエリアですからね。また、曳舟駅周辺は2001年の都市計画決定から、10年をかけて市街地再開発を行い、駅前が一変しました。それによって、さらに人が増えたと思います。駅が生まれ変わったことで、お店も多様になり、だいぶ都会的になりましたね。

―― 駅の近くにお店が増えても、商店街が変わらず活気づいている要因はどこにあると思いますか?

紙田:やはり、人間と人間が対面で話しながら、品物をやり取りできるところ。いつも来るお客さんが来なかったりしたら、あの人どうしてるのかな? 体の具合でも悪いのかな? そういうことが分かるんですよ。特にこのエリアは下町情緒が溢れ、コミュニケーションが盛んですからね。

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―― 確かに歩いているだけで、古くから地域に根付いていた商店街ということが伝わります。

紙田:私がここに引越してきたとき、近所に引越しの挨拶でお菓子を配って回っていました。当然、インターホンを押そうと思うんですが、基本的にピンポンがないんですよね。そして、必ずドアがガラッと開く。すると、中からおばちゃんが「そこに置いといて〜」と。15年ほど前の話ですけど、そういうコミュニケーションは初めてだったので衝撃的でしたね(笑)。

―― ちょっと防犯対策が甘いような……。

紙田:そう思いますよね? でも、近所でお茶を飲んでたりすると、通りかかる人に「君、昨日も来てたよね?」とか言うんですよ。要は誰が歩いているとか、誰と一緒にいたとか、みんなで見ているんですよね。逆にセキュリティがしっかりしているなと感心しました(笑)。

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―― みんなで見守りあっていると。

紙田:そうですね。ご近所同士の助け合いを強く感じます。私がまだ長屋に住んでいたころの話ですが、隣でおばあさんが一人暮らしをしていたんです。おばあさんは必ず21時にテレビを消し、カーテンを閉めて寝る生活をしていました。そんなある日、私が23時ごろに帰宅したら、まだテレビが付き、カーテンも開いていて。おかしいと思って玄関のドアを開けたら、倒れていらっしゃって……。

―― 普段の生活ぶりを知っているからこそ気づけたんですね。

紙田:そうですね。他人とはいえ、普段から互いに気にしあっていたからこそだと思います。これがマンションの場合、おそらくお隣に何かあっても気付かないですよね? 人との距離が近い分、そういった支え合いもできるのだと思います。

―― 住宅だけでなく、人も密接したエリアなんですね。ちなみに、ハト屋は地元の方々にどんなシーンで使われていますか?

紙田:出社前のサラリーマンの方から夕方のママチャリに乗った子ども連れなど、いろんな使われ方があります。でも、一番はお年寄りの常連さんが多いため、情報交換の場ですかね? 日々、この商店街で起こったことを話していますね。そうすると、街のリアルなことがわかるんですよ。

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紙田:例えば、古くからここでお店をやられている方は昔の話をよくしてくれます。高度成長期の昭和40年ごろは、自転車に乗っていたら「邪魔だ」と言われるほど商店街中が人でギュウギュウだったそうです。空き店舗も今より全然少なかったと。

あと、商店街に映画館やストリップ劇場もあったんですって。そういった歴史を写真や文献ではなく、証言として知ることができるのは貴重ですよね。私が来たころは、雰囲気のある交番もあったんですけどね……。大した事件が起こらないから、ちょっとした落し物だけですごく親身になって聞いてくれましたよ(笑)。

―― 今の話だけでも、楽しい商店街なのが伝わります。

紙田:ほかにも商店街内には、地域の方々が集まれる場所が点在しています。田丸神社の境内を兼ねる原公園は社交の場として人気です。特に桜のシーズンは最高ですよ。ちなみに田丸神社はパワースポットなので、寄ってみてください。田丸(たまる)だけに「財の貯まる、幸の溜まる」なんて言われています。

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明治39年、作神を祀り創祀した田丸神社

これからも豊かなコミュケーションでつながる商店街を

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―― キラキラ橘商店街ではイベントもたくさんやられているそうですね。

紙田:びっくら市、ワイワイウィーク、つまみぐいウォークと多種多様ですよ。ちなみに、明日は朝市があります。

―― どんなイベントですか?

紙田:朝6時に100円券を配るんです。朝早くから行列ができるほど人気ですよ。配布所の前に和菓子屋さんがあるんですけど、そこの赤飯がめちゃくちゃ美味しいんです。だから、100円券がそこでほぼ消えてしまうんですけどね(笑)。

―― なるほど(笑)。紙田さんから見て、この商店街の魅力ってどこにあると思われますか?

紙田:単純に商店街が元気というのは、それだけで価値があると思います。やはり、商店街の近くに住んでいても品ぞろえが悪かったり、お店が少なかったりすると、結局はスーパーに行かないと生活がままならないですからお年寄りでもわざわざ遠くのスーパーまで足をのばさず、ある程度の物が近所で揃う。これだけで魅力的だと思います。それでいて、安い、美味しい惣菜がすぐ買えるのは助かりますよね。私も早く帰れたときは必ずお惣菜を買って帰ります。

―― オススメはありますか?

紙田:「おでん種 大国屋」のおでん、「くるみ」のメンチコロッケ、「ますだ」の佃煮、「鳥正 京島店」の焼き鳥串など、挙げたらきりがないですよ。個人的には、コロッケやコッペパンなどを食べながら街歩きをするというのが「キラキラ橘商店街」の楽しみ方だと思っています。

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くるみ。メンコロ(メンチカツコロッケ)90円

――どれも美味しそうです。

紙田:また、歴史あるお惣菜屋さん以外にも、古いお店をリノベーションし、若い方が商売されている面白いお店も増えています。例えば、オリジナルのブレンドハーブティーが飲めるカフェ「サテライトキッチン」。その横には洋服のお直し、丈つめ、リメイクオーダー、アクセサリーを販売する「ウィヴァネストペンギン」があります。

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紙田:あと、「halahelu」というおしゃれなカフェも面白いですよ。スタッフがお客さんと一緒になって、ずっとけん玉をやっているんですよ。しかも、みんな一生懸命なんです。

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紙田:あと、欠かせないのは「爬虫類館分館」。爬虫類とは名ばかりで、日替わり制で、店主とメニューが毎日変わるカフェです。どの曜日もユニークなので、誰かにこの商店街を案内するときは大抵そこに連れて行きますね。

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今日はスパイシーカレーの曜日

――商店街に空き店舗を出さずに上手に循環しているのが伝わります。最後に、今後のお店や商店街の展望を教えてください。

紙田:大正元年創業のコッペパン屋という歴史あるお店を残しながらも、新しく商店街を訪れるお客さんにも好きになってもらえるよう頑張りたいですね。そして、これからも地元の名物店として存在し続けられたら嬉しいです。

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――商店街の展望というか、紙田さんが思い描く未来の姿も教えてもらえますか。

紙田:コロナで会話は減りましたが、ここの魅力である下町情緒は失われていません。近所の人たちと気軽にコミュニケーションが取れ、お店を通じて笑顔が行き交うような文化は残していきたいです。もちろん、コンビニ1つあれば便利な街かもしれません。けれど、品物が揃いつつ、今日の出来事を話せる場所というのは、1人暮らしの方やお年寄りの方にとっては、とても貴重だと思っています。

また、商店街の活気を守るには人が来たくなるお店も必要です。いくら頑張っていても、人が来ない商店街では限界がありますから、名物店と呼ばれた「ハト屋」が人を呼び込める、流行りのお店になれたらと思います。そして、商店街に人が集まれば、おのずと空き店舗も減るでしょう。そうすれば、商店街はいつまでも元気なままです。この商店街を守っていくためにも、これからもずっと続けていきたいですね。

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下町人情キラキラ橘商店街

kirakira-tachibana.jp

著者: 小野洋平(やじろべえ)

 小野洋平(やじろべえ)

1991年生まれ。編集プロダクション「やじろべえ」所属。服飾大学を出るも服がつくれず、ライター・編集者を志す。自身のサイト、小野便利屋も運営。Twitter:@onoberkon 50歳までにしたい100のコト

編集:榎並 紀行(やじろべえ)