すべての思い出が溶け込む街、吉祥寺

著: mei 

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生まれてから26歳の今までずっと、東京に住んでいる。

けれど私は高校生になるまで、吉祥寺以外の街に遊びに出かけたことはほとんどなかった。吉祥寺から出られなかったのではなく、吉祥寺から「出る必要がなかった」のだ。

吉祥寺から出る必要がなかった理由は、大きく分けて2つあった。

ひとつは「生活に必要なものは大体そろっていたから」。
友人が吉祥寺に遊びに来た際に色々なところを紹介していると、よく「吉祥寺にはなんでもあるからいいね」と驚かれる。
たしかに大体のものはなんでもある。というよりありすぎる。例えば「イタリアンを食べたい」と思って思い浮かべると、個人店だけでも選択肢がたくさんあるので、ランチを決めるだけでも毎回幸せなことに頭を悩ませている。

そしてもうひとつの理由は「生活に必要でなくとも心を豊かにするものがそろっていたから」。実のところ、この部分が私にとっては吉祥寺を愛する大きな理由になっている。

私が住んでいる間に伊勢丹はコピスになり、ロンロンはアトレになり、駅前にずらりと並んでいた公衆電話も、バウスシアターもなくなった。
今や多くのショッピングビルや最新のカフェが並び、休日になると多くの人でにぎわう街だけれど、私にとっての吉祥寺はいくつかの行きつけのお店と、井の頭公園が全てだった。

私のフィルターを通して言うのならば、はじめて珈琲を飲み、お酒を飲み、ジャズライブを聴き、レコードを買った街。それが吉祥寺だ。

音楽と出会える小道、プチロードとペニーレーン

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先にも書いたように、吉祥寺は休日になるとこれでもかというほど多くの人でにぎわう。
長野県に住んでいる祖母の友人が、祖母に会うために吉祥寺に来たことがあった。しかしあまりの人の多さに驚き、大した観光もしないまま「すごい人だった」という思い出だけを、長野県に持って帰ったらしい。

私は人混みが苦手な方だ。
だから休日のこの街はそこまで得意ではない。吉祥寺のメイン商店街であるサンロードや中道通り、メンチカツに大行列をなすダイヤ街などは、なるべく平日に行きたい場所である。

とにかくなるべく混雑していない場所に逃げる必要があった私のオアシスは、プチロードと、ペニーレーンという小さな通りだった。
あまりに何気なく存在する通りなので、もしかしたら吉祥寺に何度か来ている人でもピンとこない名前かもしれない。

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プチロードは50メートルほどの短い通りでありながら、なぜかヨーロッパ風の街灯が設置されていて、個性的なお店ばかりが並んでいる。
その中でも3軒のジャズバーが特別お気に入り。そのうち、物心ついたときから通っているのが、マリリン・モンローの看板が特徴的な「more」だった。

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3軒もあるジャズバーのなかで最初に「more」に入ってみようと思った理由は、そのマリリン・モンローの看板にある。中学生のときにレンタルビデオショップでマリリン・モンロー主演の作品を端から端まで借りて鑑賞していたくらい、マリリン・モンローに憧れていた時期があったのだ。そんな中学生の私が、moreの看板を見つけたときの驚きと喜びは忘れられない。

通っている数年間の間にアルバイトの子は何人も変わり、私が一緒に行く人もそのときどきで変わった。それでもmoreでかかる良質なジャズミュージックは変わらないし、私の座る席も、頼むドリンクも変わらなかった。

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moreで、「ムーンリバー」という美しいカクテルを知った。ムーンリバーといえばオードリー・ヘップバーン主演の映画『ティファニーで朝食を』の劇中で、オードリー・ヘップバーンが歌っている名曲だ。

ジャズシーンでは度々耳にするこの曲だが、私がmoreで初めてこのカクテルを頼んだとき、偶然か否か店内にムーンリバーが流れ始めた。このお店のさりげなく、とても粋な心遣いを感じ、マリリン・モンローのショップカードを眺めながら少し不思議な気持ちにもなった。

初めてジャズライブを体験した「SOMETIME」

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もうひとつの私のオアシス、ペニーレーンは、高校生になるまではただの通り道として利用していた通りだった。高校生になり、ランチやお茶を少しおしゃれな……チェーン店ではない個人店に通うようになってから、私の目を引いたのが老舗ライブハウスの「SOMETIME」だった。

一度訪れてからは、地下に広がる、まるで映画セットのような空間が気に入って、SOMETIMEには頻繁にランチを食べに行くようになった。

本来はジャズの生演奏においしいご飯とお酒が楽しめることが売りのライブハウスだったのだが、高校生の私にとって「ジャズ」も「ライブハウス」もどこか大人の気配が漂っており、自分には無縁の場所だなと感じて、バータイムに行くのは避けていた。

とはいえランチタイムにライブをやっている日もあり、ライブ時間の少し前、ランチには遅めの時間に食事をしていると、リハーサルの風景を目にすることがあった。

あるとき女性ボーカルが歌のリハーサルをしていた。私は、その日のことが今でも忘れられない。

哀愁あふれるメロディと歌声がずっと頭から離れず、英語の歌詞を必死に思い出しながらGoogleの検索にかけて探したところ、ボニーレイットの『I Can't Make You Love Me』という曲がヒットした。

以来、毎年冬になるとこの曲だけを繰り返し聴いているほど、私の人生になくてはならない一曲との出会いになったのだ。

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「SOMETIME」では吉祥寺の老舗ケーキハウス「レモンドロップ」のケーキをいただける

またあるときは、SOMETIMEの店頭に貼られている『ルパン三世』の絵が描かれたチラシに目を引かれた。

詳細を見てみると、アニメ『ルパン三世』の音楽を担当されていた大野雄二さんが所属するバンド、ルパンティック・ファイブによるライブ演奏のお知らせだった。『ルパン三世』だったら私も観たことがある、知っている曲も演奏されるかも、と思ったので、父に頼んで2人分のチケットを取ってもらった。

緊張しながら迎えた、初めてのジャズライブの日。自分の知っている『ルパン三世』のテーマソングなどが流れるなか、自由に演奏する奏者の方々の姿は、クラシックしか知らなかった私に大きな衝撃と感動を与えた。あの熱に浮かされた感覚が忘れられず、今でもよくジャズライブに足を運んでいる。

こんな風にして、人生で一番特別になってしまうような音楽や瞬間に出会える魅力が、吉祥寺のライブハウスにはある。
もし吉祥寺に住んでいなかったらライブハウスもジャズも私の人生には関わりのないものだったかもしれないし、レコードショップ巡りが趣味に加わることもなかっただろう。

物語が繋がってはほどけていく場所

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ジャズ喫茶と同じように、いつも気付くと無意識のようにいた場所。それが井の頭公園だった。

吉祥寺を代表する、日本で最初の郊外公園「井の頭恩賜公園」。
2017年に開園100周年を迎えているので、私より、もっと言えば私の両親が生まれるより前から存在していることになる。

桜が咲けば行き、新緑が芽吹けば行き、紅葉が色付けば行き、木枯らしが吹いても足繁く通った。だからどの年のどんなことを思い出しても、必ず思い出のそこここに、井の頭公園の存在がちらつく。

大前提として私は吉祥寺の街が大好きなので、「悲しい思い出のある街」にはしたくなかった。そのため何か不穏なことが起こりそうな気配を察知すると、カフェやショッピングビルではなく、井の頭公園へと駆け込んだ。

だからといって井の頭公園が「悲しい思い出の公園」であるかと言うと、そうでもない。愛する人と過ごした跳ねるような喜びも、さようならを最後の言葉にこぼした悲しみも、全て井の頭公園の自然に溶けて消えていった。

そうして公園を見渡してみると、思い出をここに溶かしているのは私だけではないことが分かる。珈琲を片手に語らうカップルや、犬の散歩をしているおじいさん、誰かを待っているらしい女の子に、ヴァイオリンの練習に励む男性。
みんながみんな、自分の物語を生きている。

私の祖母の部屋には、緑がめいっぱい描かれた美しい絵がある。「これ、どうしたの?」と聞くと「井の頭公園で描いていた方から買ったのよ」と。

さまざまな人生のそれぞれの物語が、繋がってはほどけていく……吉祥寺は誰もが主人公になれるし、ときにその思い出を置いていったって許される。そんな不思議で愛おしい場所なのだ。

著者:mei

mei

東京都在住のフリーライター。国内外問わず飛び回りながら、文章を書いたり写真を撮ったりして生活している。芸術と旅とお茶をこよなく愛しており、SNSを中心にライフスタイルなどを発信中。Twitter:@meiku03 Instagram :@meiku0330

 

編集:ツドイ