子どものころは「普通の景色」だった蔵造りの街並みが、今では特別な存在に。川越ならではの価値を次世代に伝えたい/埼玉県川越市・川越一番街商店街「櫻井印刷所」櫻井理恵さん【商店街の住人たち】

インタビューと文章: 小野洋平(やじろべえ) 写真:小野 奈那子 

長年、そこに住む人々の暮らしを支えてきた商店街。そんな商店街に店を構える人たちにもまた、それぞれの暮らしや人生がある。
街の移り変わりを眺めてきた商店街の長老。さびれてしまった商店街に活気を呼び戻すべく奮闘する若手。違う土地からやってきて、商店街に新しい風を吹かせる夫婦。
商店街で生きる一人ひとりに、それぞれのドラマがあるはず。本連載では、“商店街の住人”の暮らしや人生に密着するとともに、街への想いを紐解いていく。

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■今回の商店街:川越一番街商店街(埼玉県川越市)
江戸時代からの街並みが色濃く残る川越。1951年に札の辻から仲町交差点までの430m、70店舗による協同組合として発足したのが「川越一番街商店街」だ。これまで歩車道の段差解消、街路灯の新設、歩道の石畳化、電線の地中化などに取り組み、江戸から続く景観を今に受け継いできた。さらに、歴史的遺産「時の鐘」が有名な一番街周辺は、1999年に重要伝統的建造物群保存地区にも選定。近年では新旧が調和した街づくりが行われている。

子どものころの遊び場が、今や重要文化財に

「世に小京都は数あれど、小江戸は川越ばかりなり」と謳われ、古くから「小江戸」と称されてきた埼玉県川越市。江戸・明治・大正・昭和……いくつもの時代を超えてきた川越一番街商店街には、伝統的な意匠を凝らした古い建物やノスタルジックな横丁が今なお残る。

そんな趣豊かな建物が並ぶ商店街で生まれ育ったのが、櫻井理恵さんだ。櫻井さんは大正時代から続く「櫻井印刷所」の4代目社長。川越の情報を発信するフリーペーパー『kawagoe premium』の編集長も務める、生粋の川越人である。

一時は東京に憧れ地元を離れるも、10年前に戻ってからは川越という街の素晴らしさ、この街にしかない価値に気付いたという櫻井さん。川越に対する、熱い想いを語ってもらった。

120店舗以上がお店を構える川越一番街商店街。平日でも多くの人でにぎわう

―― 櫻井さんは川越でおよそ100年続く「櫻井印刷所」の4代目社長です。生まれも育ちも川越ということですが、まずは子ども時代のお話から教えてください。

櫻井理恵(以下、櫻井):子どものころの遊び場は、実家の印刷工場と一番街商店街でしたね。当時の工場ではまだ活版印刷機を使っていて、その辺に転がっている「活字」で遊んでいました。一番街商店街はいわゆる“蔵造りの街並み”で、今でこそ重要文化財ですが、私にとっては日常的な風景でした。友達の家も蔵造りで、普通に遊びに行っていましたから。

―― 大きな鬼瓦の屋根や黒漆喰(しっくい)の壁、分厚い観音開きの扉などを、普通の風景としてとらえていたわけですね。

櫻井:特別なものではなかったですね。私が幼かった30年前の川越は、そこまで観光客が多かったわけでもなかったですし、なんとなく「古い街」に住んでいるという感覚でした。

櫻井印刷所の4代目・櫻井さん

―― 商店街の一角には駄菓子屋が並ぶ「菓子屋横丁」もあります。子どもにとっては最高の環境じゃないですか?

櫻井:そうですね。ただ、私が通っていたころは、観光向けになる前だったので、普通に地域の子どもたちがふらついていました。なので、普通の駄菓子屋で、当たりつきアイスやハートチップルをやたら買っていた記憶があります。あと、子どものころによく行っていたのは伊佐沼公園や、駅前の商店街「サンロード(現在はクレアモール」、「丸広」の屋上遊園地などですね。よく祖父母に連れて行ってもらった、大好きな場所です。

ただ、中学生や高校生になって池袋や原宿まで遊びに行くようになると、地元が遅れているように感じられてきて。新しいものが何でもある東京に憧れを抱くようになりました。そこで、大学院から世田谷区の成城で一人暮らしを始めたんです。ドアの木が歪んでいるような古いアパートだったので、全然おしゃれじゃなかったですけどね(笑)

1968年開園の屋上遊園地「わんぱくランド」。2019年に惜しまれつつ閉園(写真撮影/小野洋平)

―― でも、それほど憧れていた東京の企業に就職するのではなく、家業の印刷会社を選んだんですね。やはり、幼いころから印刷の仕事に親しみがあったからでしょうか?

櫻井:いえ、むしろ子どものころはどんな仕事なのかよくわからなかったです。商店街の他のお店は商品を売っているからわかりやすいけど、印刷業って何?って。なんとなく、堅そうな仕事というくらいの認識でしたね。

家業に入ることを決めたのも、実は不純な動機です。当時は就職難ということもあって「私は長女だし、実家の会社に入ればいつか社長になれるじゃん! ラッキー!」というくらいの気持ちでした(笑)。ただ、本は好きだったので、文字や紙にかかわれる印刷業は面白そうだなという思いはありましたけどね。

廃業した印刷会社から譲ってもらった「活版印刷機」。活版印刷の魅力を伝えるワークショップも開催している

「当たり前の景色」が、実は特別なものだと気付いた

―― では、就職を機に東京から川越へ戻ってきたのでしょうか?

2024年に櫻井印刷所は100周年を迎える

櫻井:いえ、就職後しばらくは東京の支店勤務だったので、そのまま東京で暮らし、結婚を機に横浜へ引越しました。川越に戻ってきたのは10年前ですね。いずれ会社を継ぐなら本社勤務になるし、川越に家を買ってしまおうと。ちょうど1人目の子どもを出産したころだったので、両親が近くにいたほうが子育てもしやすいだろうなと思いました。

ちなみに、夫は櫻井家に婿入りしています。川越ってなぜか、地元の外に出た女性が結婚相手を連れて戻ってくるケースが多いらしいんですよね。うちもそのパターンで、夫も周囲に「自分と同じように婿入りした仲間が多い」と言っていました。

―― 川越に戻り印刷会社を継いだことに対して、地元の人はどんな反応でしたか?

櫻井:温かく出迎えてくれました。「お、理喜(まさき)の娘だな。頑張れよ」って。商店街のみなさんは子どものころから私のことを知っている人たちばかりなので、すでに関係性ができているのはラクですね。この間なんか私が一度も会ったことのない「ひいじいさんを知っているよ!」と言われ、マジかと……。まあ、だからこそおかしな行動もとれないわけですが(笑)

―― 戻ってみて、改めて地元の良さに気づいたところもありますか? 10代のころは「古い」「遅れている」と感じたこともあったとおっしゃっていましたが。

櫻井:戻ってきてから気づいたことはたくさんあります。例えば、軽井沢のように自然の中で乗馬体験ができる場所があったり、養蜂場があったりと、詳しく調べれば新しい発見がいくつもありました。それに、子どものころは当たり前に映っていた古い建物や文化も、実は特別なものだったんだと感じられるようになった。特に、明治時代から残る見世蔵だったり、路地裏の「七曲がり」と呼ばれる細い道。昔の生活の空気が残っているように思えて感動します。

川越に戻ってから、小さい路地を歩くのが好きになったという櫻井さん。「敵が入ってこないようにつくられたS字カーブの道や、うにゃうにゃと曲がった変な道もあって面白いですよ」

櫻井:あとは何より、商店街で古くから商売をしてきた諸先輩方の偉大さに気付かされましたね。櫻井印刷所は大正13年創業で間もなく100周年を迎えますが、それでもうちなんて商店街のほかのお店からしたら「ぺーぺー」なんですよね。江戸時代や明治時代から営業しているお店も多くて、今が13代目なんていう店主の方もいます。私なんて、たかが4代目でゴメンナサイって感じで(笑)

この前、老舗の店主の方々と話していたら、「コロナは大変だけど、大政奉還も乗り切ったんだから何とかなるでしょ?」とか言ってましたからね。あまりのスケールの大きさに、なんだか勇気をもらいました。

老舗が多く、古くからの住民には鰻屋なら〇〇、蕎麦屋なら〇〇など、それぞれ「行きつけ」のお店があるそう

―― 確かに、歴史の教科書に載るレベルの激動を乗り越えてきた老舗の言葉には、ものすごい力強さがありますね。

櫻井:本当に。どのお店も創業時からの伝統は守りつつ、時代に合わせて商売を変えていくことで生き残っています。蔵造りの街の観光資源が注目されるにつれて、地元のお客さん中心の商売だけでなく観光客向けの施策もしっかり取り入れてきたのだと思いますね。

それでいうと、私たち印刷業も変わらないといけないですよね。業界自体が斜陽といわれていますし、今後ますますペーパーレス化が進めば、いずれ立ち行かなくなります。ですから、今は紙の印刷だけでなく、WEB制作や動画制作、SNS代行なども始めました。印刷会社として培ってきた「情報を扱う」という根幹の価値は変えずに、柔軟に業務の幅を広げていきたいですね。

―― 2015年に、川越のディープな情報を発信するフリーマガジン『kawagoe premium』を創刊したのも、業務拡大の一環ですか?

櫻井:そうですね。ただ、当初はフリーマガジン自体でマネタイズしようというよりは、櫻井印刷所が「できること」をアピールするための媒体をつくろうと考えました。うちの強みは印刷所でありながら、企画、デザイン、文章、撮影のリソースを持っていることです。それらのスキルをフル活用してフリーマガジンをつくれば、印刷以外の部分でもバリューを感じてもらえて、これまでにない仕事が舞い込むのではないかと。

2016年の日本タウン誌・フリーペーパー大賞に輝いた「kawagoe premium」(画像提供/櫻井印刷所)

―― 創刊後、反響はどうでしたか?

櫻井:読み物としても面白いものを意識してつくった甲斐があり、ありがたいことに大きな反響をいただきました。そして、新しいご依頼にもつながり、埼玉県物産観光協会の冊子や川越市100周年の記念誌の制作など、今までにない新規の案件を獲得できたのも「kawagoe premium」の功績だと思っています。

2020年8月からは「コエドノコト paper」も月一で配布。川越市内だけでなく、東武鉄道、JRの各駅に置かれている

―― ちなみに、「kawagoe premium」のコンセプトは「小江戸にくるひと、住まうひと」となっていますが、これにはどんな想いが込められていますか?

櫻井:観光客向けに川越の名所を紹介するガイド本はたくさんありますが、そこに住んでいる人目線の情報誌ってないなと思ったんです。そこで、市外からやってくる人だけでなく、地元住民にとっても新しい発見があるようなものをつくりたいと思い、「小江戸にくるひと、住まうひと」というコンセプトを掲げました。10年前、川越に戻ってきた当初の私が感じたように、改めて地元の良さを見つめ直すきっかけになったら嬉しいですね。

ちょっと贅沢な気持ちになれる、普段使いの老舗店

―― 近年の川越は観光地のイメージが強くなりましたが、最近は観光に訪れるだけでなく移住者も増えていると聞きました。

櫻井:そのようですね。実際、中心地から少し離れた場所には集合住宅が多く、たくさんのファミリーの姿を見かけます。土日は観光客だけでなく、住民に向けたイベントも催されていて、楽しいですよ。例えば、ショッピングセンターの「ウニクス川越」でマルシェが開かれたり、蓮馨寺でコーヒーフェスティバルが開催されたり。駅近くにできた複合施設の「U_PLACE」ではファーマーズマーケットが行われ、代替わりした老舗の農家がつくった新しい野菜を出品したりしています。

ウニクス川越の広場で開催される「にぎわいマルシェ」。農産物をはじめ、雑貨や飲食店のブースが並ぶ(画像提供/ウニクス川越)

―― 「蔵造りの街並み」がある東口だけでなく、西口もにぎやかですね。

櫻井:そうですね。観光客が多い東口に比べ、西口は地元の住民が集まっている印象があります。「U_PLACE」やお店も増えてきましたからね。

―― ちなみに、櫻井さんのお気に入りスポットはどこですか?

櫻井:休日はよく、お弁当持参で子どもと初雁公園や川越水上公園へ遊びに行きます。ゆっくりできるときは、朝8時から営業している近所のベーカリー「楽楽」さんでサンドイッチを買って、お店の屋上で食べたりしていますね。

食材や日用品の買い出しは「ヤオコー」などのスーパーへ行きますが、商店街のお店もよく利用しています。ホットケーキ用の生クリームを近所の牛乳屋さんで買ったり、お米や豆腐や乾物なんかも専門店で買うことが多いですね。いつもお世話になっている近所のお米屋さんは、不定期でめちゃくちゃ美味しい野菜を売っているので、店頭に並んだ瞬間、買いにいったりもします(笑)

―― スーパーと合わせてこだわりの専門店をうまく活用すると、生活が豊かになりそうですね。

櫻井:餅は餅屋じゃないですけど、やっぱり専門店の品質は抜群ですからね。かといって、そこまで値段が高いわけじゃないし、あまりコストをかけずに生活の満足度を上げることができると思います。

例えば、うちは醤油を「松本醤油商店」さんから購入しています。江戸時代から続く醤油の蔵元で、当時から使い続けている杉桶でつくられた醤油というだけで、贅沢な気持ちになれますよ。こんな老舗が地元にたくさんあるというのは誇らしくもあり、とても恵まれていると思います。

川越で約250年続く蔵元・松本醤油商店。観光客も見学可能

「地域のつながりが子どもを介して生まれることもあります」と櫻井さん

―― では、ほかに商店街でよく利用しているお店を教えてください。

櫻井:「あぶり珈琲」さんはよく利用します。今日のような取材対応に使わせてもらったり、1人でお茶をしにきたり。……いつも何かに追われているので、家のことや仕事から逃れたいときにこっそり訪れてますね(笑)

「あぶり珈琲」。落ち着いた雰囲気の中で、好きな読書に勤しむ時間が至福という

櫻井:それから「呉服笠間」さんにもお世話になっています。江戸時代から続く「川越唐桟」を扱う呉服店で、初めて自分の着物を仕立てたのもここですね。長く地元の人の生活に親しまれてきた伝統の着物を、あえて現代に、普段着として着る体験っていいなと思うんです。

川越市100周年の記念授業で、小学生が考案した川越唐桟の柄を織ることになり、櫻井さんの子どもも参加したそう

櫻井:あとは、川越のクラフトビールブランド「COEDO(コエド)」が運営する「COEDO BREWERY THE RESTAURANT」は、家族との外食や会社の接待でよく利用します。料理も美味しいですし、併設のブルワリーでつくられた、できたての無濾過ビールが味わえるんです。生ビールは「グロウラー」という専用容器に詰めてテイクアウトすることもできますよ。

無濾過のビールをはじめ、COEDOのビール各種をすべて樽生で提供。店内の売店「COEDOKIOSK」ではブルワリー厳選のビールも販売している

川越周辺で採れるオーガニック野菜を使用した中華料理ベースの料理

櫻井:ちなみにCOEDOの朝霧社長は、私が大尊敬する経営者の一人です。川越について深く研究されていて、経営やブランディングに対する考え方も勉強になります。うちの会社も、少しでも近づけるように頑張らないといけませんね。

唯一無二の価値を、子どもたちに残していく

約400年前に創建された、川越のシンボル「時の鐘」

―― お話を伺っていて、改めて川越っていい街だなと思いました。

櫻井:江戸時代から現在まで、街の活気が失われずにいるのはすごいことだと思うし、厳しい時にも諦めずに営みを続けてきた商店街の先輩方には本当に頭が下がります。これを、今度は私たちが次世代に受け継いでいかないといけませんよね。

例えば、今や川越のシンボルとなった「蔵造りの町並み」も、先人たちがその価値を認め、守り続けてくれたおかげで、街の一番の観光資源になりました。正直、古い蔵や建物の維持費は高いし、機能面でも建て替えたほうが便利ですよね。でも、そうした合理性では測れない価値を、昔の人はちゃんと理解していたのだと思います。私たちも目先の便利さだけにとらわれず、川越の良さを自分の子どもたち世代に伝え続けていきたいですね。

川越一番街商店街
kawagoe-ichibangai.com

著者: 小野洋平(やじろべえ)

 小野洋平(やじろべえ)

1991年生まれ。編集プロダクション「やじろべえ」所属。服飾大学を出るも服がつくれず、ライター・編集者を志す。自身のサイト、小野便利屋も運営。Twitter:@onoberkon 50歳までにしたい100のコト

編集:榎並 紀行(やじろべえ)