未知を知る鐘ヶ淵【銀座に住むのはまだ早い 第21回 墨田区】

著: 小野寺史宜 

家賃5万円弱のワンルームに住みつづけてうん十年。誰よりも「まち」を愛し、そこで生きるふつうの「ひと」たちを描く千葉在住の小説家、小野寺史宜さんがいちばん住みたいのは銀座。でも、今の家賃ではどうも住めそうにない。自分が現実的に住める街はどこなのか? 条件は家賃5万円、フロトイレ付きワンルーム。東京23区ごとに探し、歩き、レポートしてもらう連載です。

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 この企画で一度は未知の場所へ行ってみようと思っていた。墨田区で実行することにした。

 まず、路線は乗ったことがない東武伊勢崎線に決めた。そして、駅は名前を聞いたことがない鐘ヶ淵に決めた。曳舟と東向島は聞いたことがあるので、鐘ヶ淵。

 鐘ヶ淵駅は墨田区墨田にあることがわかった。区名をそのままもらった地。なのに駅名を知らない。

 地図を見て惹かれた。左右に太めの青がドーンと来た。もうまさに隅田川と荒川に挟まれていたのだ。足立区新田もそうだったが、こちらもそう。隅田川と荒川は寄り添うように流れ、この鐘ヶ淵から南ではやや離れて、最後は東京湾に注ぐ。

 鐘ヶ淵は島とまではいかないが、それに近い。川間の一番狭いところは、見た感じ400メートル程度。墨田区でも、錦糸町や東京スカイツリーからはいくらか距離がある。家賃も少しは安いだろう。初めましての鐘ヶ淵。決定。

 SUUMOで検索。駅から徒歩5分。築6年。5.3畳。家賃5万5千円。

 もしかしたら、と期待したが、家賃が5万円では収まらなかった。ただ、それは逆に言えば、極端に安くは住めない町ですよ、ということ。

 東武亀戸線とのお初リレーで東武伊勢崎線に乗り、鐘ヶ淵で降りる。

 乗っているときに思いだした。そういえば、東武伊勢崎線、群馬県まで行く旧急行りょうもうには乗ったことがあるな。

 そのりょうもうも今は特急になったらしい。そうなったのが20年以上前だと知って驚いた。乗ってからそこまでの年月が経っていたのか。

 50を過ぎると、そんなことが多い。例えば、あれ30年やってなかったとか、これ20年食べてなかったとか。

 その群馬に行ったときに初めて、僕は自分が小説を書いていることを友人に打ち明けた。そうか、とだけ友人は言った。やれるよ、とは言わなかったし、無理でしょ、とも言わなかった。ありがたい。

 西口を出て踏切を渡り、東へ。

 駅前の看板に書かれていた、武蔵・下総を結んだ古代東海道、を歩き、さっそく荒川に向かう。そこまでは5分。近い。

 堤防の階段を上ると。はい、荒川。

 地図だけでなく、現場でも、ドーンと一気に視界が開ける。

 と、そう書いたことで、プロレスラー、ドン荒川のことも思いだす。

 早くからコミカルで楽しいプロレスをやっていた、荒川真さん。もう亡くなられてしまった。プロレスラーが亡くなるのはいつも悲しい。あの躍動と死がうまく結びつかないから。

 それはともかく。そこはもう、僕がよく知る河川敷。何度も小説に書いた平井の辺りとも似た感じだ。それも当然。ここは平井とつながっている。何ならこのまま河川敷を歩いてでも行ける。かかっても30分ぐらいだろう。

 荒川の河川敷は気持ちがいい。この日は6月だというのに最高気温が35度を超える猛暑日。それでも気持ちがいい。まったく。この川が僕らにもたらしてくれるものときたら。

 その河川敷の道をずっと北上。隅田水門へ。

 そこがその川間400メートルほどのくびれた部分だ。先はもう足立区。

 その足立区に一瞬入り、歩道橋で東武伊勢崎線と水路を渡って墨田区に戻る。

 すぐには隅田川に向かわず、住宅地を少し歩いてカネボウ公園へ。

 この小さな公園、本当にその名前なのだ。そう。あのカネボウ。

 かつて存在した会社カネボウは、ここ鐘ヶ淵が創業地らしい。鐘淵紡績ということでカネボウ。今、各事業は引き継がれたりしているが、会社自体はない。創業は明治20年。120年以上続いたという。

 カネボウはやはり化粧品のイメージが強い。だからあまりなじみはなかったが、ガキのころにはプレイガムという風船ガムをよく食べた。ほか、香水の味というか香りがするガムも食べた。さすがカネボウ、ガムまで化粧品ぽいのか、と思った覚えがある。

 鐘淵紡績株式会社発祥の地、と書かれた石碑が立てられている。でも公園自体は、正直、ちょっと荒れている。

 始まりと終わり、そのどちらもを強く感じさせる。たとえ何年であろうと、過ぎてしまえば時間は厚みをなくしてしまう。キュッと圧縮されてしまう。こんなところにも歴史は隠れている。

 何故人は廃墟に惹かれるのか。それは、その圧縮された時間を一瞬で感じとれるからだ。そんなようなことを、漠然と思う。

 公園を出ると、南下して、右折。駐在所の横を通って墨堤通りに出る。

 駐在所。お巡りさんが住みこんでいるところ。都市部以外にある印象だが、23区にもあるのだ。

 今度はその墨堤通りを北上。隅田川沿いの小道へ。

 隅田川を右手に眺めながら今度は南下。

 こちらは柵がある遊歩道のようになっているだけ。草地や芝地はない。この風景もまた東京だ。無機的なような。でも無数の無機が連なることで実は有機的でもあるような。

 水神大橋のところで道路に上がり、すぐそばの梅若橋コミュニティ会館図書室へ。

 すると、まさかのこれ。

 蔵書点検の為、休室。残念。

 あとで調べたら。図書室なので、置かれていた僕の本は5冊。でもこうしたところで置いてくれていると、それはそれでうれしい。何というか、行き渡っている感じがする。

 コミュニティ会館は、東京都立東白髭公園のなかにある。

 公園やすぐそばの高層住宅やリハビリ専門病院などをあわせ、この区域一帯が江東デルタ地帯の防災拠点になっているそうだ。端から端まで歩いて15分かかる公園。いや、デカい。

 公園を出て、大正通り、さらには東武伊勢崎線の高架をくぐって、いろは通りを東へ。

 もうこの辺りは隣駅の東向島に近い。左折して鐘ヶ淵通りに入り、鐘ヶ淵駅のほうへ向かう。墨田区墨田をざっくりひとまわりした形だ。

 ここでランチ。Tomi’sキッチンさんに入る。

 さあ、来ました、キッチン。キッチンに外れなし。というその妄信ぶりもどうなんだ、と自分でも思うが、実際に外れないのだからしかたがない。

 こちら、キッチンはキッチンだが、レストラン感もある。キッチンらしく、メニューは多彩。洋だけかと思ったら、中、ラーメンの類もある。

 頼んだのはこれ。迷ったときのミックスフライ。味噌汁とお新香も付いてくるライスセット。ミックス、には大きなエビも含まれていた。エビフライ。お久しぶりっす。

 前回、これからは毎食、心していただきます、と思ったことを思いだし、心していただいた。心しすぎて、添えられたレモンスライスに紛れていた種までいただくところだった。

 初めから疑いはしなかったが、キッチン神話は今回も継続。お店のきれいさも含め、文句のつけようがありませんでした。ごちそうさまです。

 お腹も満たされての後半。

 こんなときにやってしまいそうなのが、前回もあぶなかった肝心の物件訪問忘れだ。

 席を立ったときにどうにか思いだしたので、そのままブッケンブッケン言いながらお店を出て、中学生のころに読んだ漫画『キン肉マン』に出てきたブロッケンマンのこともついでに思いだしながらまた踏切を渡り、駅の向こうへ。

 たぶん。この辺りならどこでもだいじょうぶ、と予想していたとおり、だいじょうぶ。道が細くて一戸建てが多い、穏やかな住宅地だ。やかまし要素、なし。

 近くに銭湯もある。住んだら、たまには入りに行ってもいいかもしれない。

 いつもはシャワーですませることが多いが、それはバスタブが狭いからでもある。両足をまっすぐ伸ばして湯に浸かるあの感じ。たまには味わいたい。あぁ~、とか、ぬぁ~、とか、ぐぁ~、とか、言いたい。

 今回は前半が長かったので、後半は短め。早くもコーヒータイム。

 鐘ヶ淵通りを戻り、カフェエフォートさんに入る。

 音楽には昼の音楽と夜の音楽があると僕は思っている。

 今も唯一聞くセロニアス・モンクは夜。というか。僕が聞いてきたのはほとんどが夜の音楽だ。むしろそちらを選んできた。それが選ぶ基準になってさえいた。

 カフェにも昼と夜があるなら、こちらは昼のカフェかもしれない。昼が似合うカフェ、ということだ。まったりと落ちつけそう。荒川河川敷散歩のあとにここでコーヒー。散歩のゴールデンコースとなるだろう。

 と飲む前からそこまで考え、ストレートコーヒー、ブラジルサントスを頂く。

 あらためて言う。

 コーヒーって、おいしいですよね。

 さすがに荒川がなくなることはないだろうから、そこは心配していない。でもコーヒーのほうはちょっと心配。

 何? コーヒーの2050年問題。気候変動のせいでコーヒー豆の生産に適した土地が激減するかもしれない問題、だ。

 ブラジルに中南米にアフリカ。世界的にあやういという。もちろん、各企業各団体は取り組みを始めているらしいが、地球規模の話なので、簡単に、解決しました、とはいかないだろう。

 30年近く先だから、僕はもう生きていないかもしれない。生きていたとしても、80代。コーヒーを飲みたいとは思わなくなっているかもしれない。でも話としてきつい。ジャズにも小説にも、夜にも河川敷にも合うコーヒー。気軽に飲めないようにはなってほしくない。

 とついつい語ってしまったが。話を戻して、鐘ヶ淵。

 町自体を知らなかったのだから、当然、そこに住む自作の登場人物もいない。でもこれから出すかもしれない。出したい。

 知らない町は本当にたくさんあるのだなぁ、と今回あらためて実感した。で、思った。

 住む町を選ぶ条件が、その町をまったく知らないこと。

 冒険は冒険だが。ありかもしれない。

『銀座に住むのはまだ早い』第22回は「渋谷区」へ。8月末更新予定です!


過去の記事

suumo.jp

著者:小野寺史宜(おのでら・ふみのり)

千葉県生まれ。2006年、『裏へ走り蹴り込め』でオール讀物新人賞を受賞。2008年、『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。『ひと』で2019年本屋大賞2位を受賞。著書は『ひりつく夜の音』、『縁』、『食っちゃ寝て書いて』など多数。エッセイ集『わたしの好きな街』(監修:SUUMOタウン編集部)では銀座について執筆した。

写真提供:著者

編集:天野 潤平