散歩しながら大人になった。長い学生時代を育ててくれた街、本郷。

著: ぱれあな

散歩が好きだ。歩けば歩いただけ、新しい視界が開けてくる。
たとえそれが、歩き慣れたいつもの道であったとしても。
やがてまた、いるべき場所に戻らなくてはならないとしても。

私の散歩癖を決定づけたのは、本郷で過ごした7年間の学生時代だった。

散歩におあつらえ向きの街

大学3年生のときに、東大の理学部2号館という古びた建物に足を踏み入れた。学部2年と大学院5年、計7年間にわたる私の本拠地である。

本郷通り

実験し、議論し、文献を読み、論文を書くことが、起きている時間の大半を占める。このいかにも「研究者」っぽい生活が、最初のころは新鮮でエキサイティングだった。

私が主に取り組んでいたのは、昆虫の体の中に棲んでいる細菌。すなわち「共生細菌」の一種だ。この細菌と昆虫は、互いに影響を与え合いながら共存して生きている。まったく異なる生き物どうしが共に生きるという現象のおもしろさに、私はすっかり取り憑かれてしまった。

細いガラスの針を使って昆虫の卵から吸い出した中身(共生細菌がたっぷり詰まっている!)を、別の昆虫の卵に注射する。こうして細菌を感染させた卵を昆虫になるまで育てて、どういう影響があるか観察するというのが、大学の卒業研究の主な実験だ。

テーマも実験も風変わりなものだったから、バイト仲間などに話せば「へえ~。おもしろーい」と興味を持ってもらえる。

週末にタバコ臭い教授室で開かれる飲み会に出れば、先生方や先輩方の本音トークも楽しかった。生意気な議論を吹っかけても、真剣に応えてもらえる。ああ、私は「研究者」をしているな、としみじみうれしくて楽しかった。

大学院に進学したあとは、修士時代に一度テーマをガラッと変えたり、研究以外の道へ進む可能性を考えたりもしたが、再び「生物の共生」というテーマへの憧れが募り、博士課程に進んだ。

しかしある程度研究を続けていくうちに、研究というものは常に期待どおりにはいかないということに気付く。うまくいかなくても粘り強く事実に食らいつき、緻密に考え、真理に向かって歩んでいける人こそ、研究者の資質があると言えるだろう。

ところが、私はそういう資質がいまひとつ足りないポンコツ学生だった。

煮詰まると、ついふらふらと出歩きたくなる。そして本郷は、実に散歩におあつらえ向きの街ときているのだ。少し歩くだけでも、後楽園や上野、谷根千などいろいろなエリアに行くことができる。自然、足は外に向かう。

今回、あまり優秀とは言えない研究生活を送ってきた私が、どのように本郷をふらふらと歩いてきたのか、この機会に振り返ってみようと思う。

ふがいない私は街を歩く

2号館を抜けだした私は、キャンパス目の前の本郷通りを歩く。通りには昔ながらの喫茶店や定食屋さんが軒を連ねるが、それらのお店に入ることはあまりなく、昔懐かしい風情の広がる路地を歩いていくことが多かった。

本郷通り

菊坂界隈の路地をずんずん歩いていくと見えてくるのが、宮沢賢治の旧居跡だ。ここ本郷・菊坂には、25歳のころに8カ月ほど住んでいたそう。

実はこのあたりには、他にも樋口一葉や石川啄木など、数多くの文人たちゆかりの史跡も点在している。

宮沢賢治旧居跡

もともと私は筋金入りの文学ファンで、書くことを仕事にしたいと思っていた。しかし、文学の道一本で進んでいく勇気は出ず、それならば宮沢賢治のように、科学の素養を兼ね備えた文筆家になりたいと理系の道に進んだ。今思うと、そもそも進学の動機がだいぶ不純だったのだ。

実際に取り組んでみれば研究は楽しい。研究者として生きていきたいとも思うようになった。でも、周りの人たちのように辛抱強く研究室にこもって手を動かし、頭を動かし続けることがどうにも苦手だった。

今ひとつ腹が据わらない自分のふがいなさに苛立ちながらも、文人たちに思いを馳せていると、心の奥底に隠していた憧れや情熱の塊のようなものが、もう一度光り出すような気がして、なぜか元気が出たのである。

中国茶の香りで話に花を咲かせる

据わらない腹でも腹は減る。

食堂 もり川

同期の友人たちと、時間が合えば行っていたのが「食堂もり川」、通称「もり食」である。

本郷に進学したばかりの大学3年生ころ、最初に私をこのお店に連れてきてくれたのは、大学1年生のときからの友人だった。何かと行動力のある友人は、そのころには既にいっぱしの本郷ツウだった。その友人に勧められて頼んだのがハンバーグ定食。

食堂 もり川

そのボリュームにまず衝撃を受け、口に入れて、おいしさにまたびっくりした。食いしんぼうの私は、この質・量ともに充実した「もり食」のファンになったのだった。

炊きたてのごはんと熱々の味噌汁。ほっとする味の定食を前に、気心の知れた仲間とおしゃべりすると元気が出た。

おしゃべりといえば、『金魚坂』のカフェもある。

金魚坂

350年の歴史がある金魚問屋さんが開いたカフェで、おいしい定食やスイーツ、コーヒー、中国茶、紅茶などをゆっくり楽しむことができる。

グラスに入れた茶葉にお湯を注いでそのまま飲むという中国茶の飲み方は、このお店でおぼえた。

金魚坂「金萱高山」(きんせんこうざん)

丸まっていた小さな茶葉の塊が、お湯を注ぐとゆっくりとほぐれ、いい香りが立ちのぼる。何度も茶葉にお湯をつぎ足しながら、友達と話に花を咲かせていた。

お互いの研究の話や恋の話。うまくいったりいかなかったりしていたことをそれぞれ持ち寄って、いつまでも語り合う。

今にして思えば、なんと贅沢で豊かな時間だったことだろう。友人たちに励ましてもらわなければ、私は学生生活を続けることはできなかった。

ちょっと贅沢な珈琲で元気を出す

博士課程に進んだ後は、特に同期たちとは時間が合うことも少なくなり、孤独な戦いの日々が続くようになった。

手取り足取りお膳立てしてもらい、目を配ってもらっていた学部や修士課程と比べて、自立して研究を進めていく力が必要になってきたのである。

しかし、私はなかなかその変化についていけなかった。

研究で探していたものを見つけたと思って喜んだのもつかの間。本当にそれが目的のものなのかを別の方法で証明しなくてはいけない。

そして、どうやって証明することができるかは、自分で頭をひねらなければならないのだ。もちろん先生や仲間たちとも議論はするが、何もかも教えてもらっていたら、それは自分の研究ではなくなってしまう。

学部や修士課程のころに楽しいと思っていた「研究者っぽい生活」ではない。「一人前の研究者になるための生活」が始まっていた。

このころは、広々とした言問通りから、谷中・根津・千駄木のいわゆる谷根千エリアに歩いていくことが増えていった。

言問通り

路地の探索も楽しいが、広い道は周りに人がいなければ、ちょっとくらい大きな声を出して歌を歌ったりできるところがいい。気分転換にもってこいなのだ。

谷中に行ったときは、やなか珈琲店でコーヒー豆を挽いてもらって研究室に戻り、いつもより贅沢なコーヒーを淹れて気合いを入れ直したりもしていた。

やなか珈琲店

ちなみに博士論文を直接指導してくださっていた先生は無類のコーヒー好きで、自分の進捗がはかばかしくないときなど、とっておきのコーヒーを淹れて進呈し、ご機嫌を伺ったりもしていた。

先生にしてみれば、そんな暇があったら実験をしろ、論文を書け、というお気持ちだっただろう。ポンコツ学生は、やることなすことポンコツなのである。

「巨人の肩の上」に知識を積めたなら

本郷からは、湯島・上野エリアにもすぐ出ることができる。広々とした春日通りを真っ直ぐ下ってもいいが、私はちょっと変わったルートで行くのも好きだった。

無縁坂

旧岩崎邸庭園のすぐ西側、さだまさしさんの歌でも有名な無縁坂を通るのだ。風情のあるこの坂を少し下ると、あっという間に不忍池に出る。

不忍池

博士課程在籍中、論文が大詰めに差し掛かっていたころ、どうにもつらくなり、上野の東京国立博物館に行ったことがある。当時の私は、研究者として自分が何か新しい景色を見なくてはいけない。それを見たことを伝えなければ、生きている甲斐がない。そんなふうに思って焦っていたのだ。

東京国立博物館

しかし、研究室とは全く違う時間が流れる館内を歩いていると、次第に憑き物が落ちたかのように気持ちが楽になり、ふと「巨人の肩の上に乗る」という言葉を思い出していた。無数の先人たちが築き上げた知の蓄積の上に立ち、初めて見ることができる景色があるという意味の言葉だ。

それまでの私は、なんだか一人で全ての研究をやってのけないといけないような気持ちになっていたが、そんなことはない。いつか誰かが見るかもしれない新しい景色を思い描きながら、巨人の肩の上にひとつ、自分が見つけた知識を積むことができたなら、それはそれで、私が足掻いてきた甲斐があったといえるかもしれない。

よく覚えていないけれど、そんなことを考えたような気がする。はっきりしているのは、博物館を出て見上げた空がとても美しかったこと、そしてそのとき、できる範囲でひとつの結果を出していこうという腹が曲がりなりにも据わったことだ。

国立博物館

街との行き来が私をつくった

研究室から散歩に出る。
散々歩き回って、また研究室に戻る。

そんなことを繰り返していたのが、私の学生時代だった。そして、本郷という街は、そんな私をあたたかく受け止めてくれていた。

名曲喫茶 麦

一つの象徴的な場所として、本郷三丁目駅前の『麦』という喫茶店がある。

ここだけ時が止まったかのようなレトロな名曲喫茶だ。名曲喫茶と言っても、しゃちほこ張って音楽に耳を傾けなければならないという堅苦しさはない。

名曲喫茶 麦

今回懐かしくなって久しぶりに訪れてみたが、たわいない会話の静かなざわめきと、心地よい音楽に包まれる空間はまったく変わっておらず、確かに本郷という街は、私をまるごと受け止めてくれていたのだと改めて思った。

学問の世界である研究室と、そのすぐ外に広がる本郷の人や文化の匂い。その間を行き来することで、私はなんとか育ててきてもらった。

立派な大人になりましたよとは到底言うことはできないけれど、どうにかこうにか生きている。そんな生きる力を与えてくれた大好きなこの街に、いつかまた戻ってくることができればと思っている。

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著者:ぱれあな (id:pollyanna)

ぱれあな

科学と知財と生活のはざまで生きるおかあちゃん弁理士。博士(理学)。

ブログ:科学と生活のイーハトーヴ

編集:はてな編集部