庭木を辿って、平塚|街と音楽

著者: 荒井優作  

自室、スタジオ、ライブハウス、時にはそこらの公園や道端など、街のあらゆる場所で生まれ続ける音楽たち。この連載では、各地で活動するミュージシャンの「街」をテーマにしたエッセイとプレイリストをお届けします。

 

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平和な、あまりに平和な、14時みたいな日常を待っていた。いつの間にか包まれて、自分がどこにいるかも忘れてしまうような。

それは、手に掴んでも決してなじまないことがわかっていたから、というよりは、なじまないと決めつけていたから、意識を過剰にブーストさせる他なかった。

 

神奈川県平塚市。新宿から湘南新宿ラインで1時間ちょっとの所にある。いわゆる「湘南」エリアの一部で、人口は約26万人。

中学のとき、平塚のおばあちゃん家に引越してから約8年間をこの街で過ごした。平塚が地元かと言われるとそんな気はしないけど、嫌いというわけではない。ここには海も山も川もある。

 

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自分は、市の中心地である平塚駅から少し北側の地域に住んでいた。太平洋戦争時に大規模な空襲を受けた中心部は、そのあとの土地区画整理がうまくいったようで、道路が碁盤の目のように整然としている。

十字路に立つと、見渡す限りの住宅群の中で、雑に剪定された庭木が顔を覗かせる。丸く、ゆるキャラみたいに整形させられた庭木はその名の通り不自然で、その不自然さが道にリズムをつくり出す。

自分にとって音楽は、そうした整然とした道路に意地悪をする庭木のような存在だったのかもしれない。フラットでのっぺりした時間の中でこそ、異質な者が輝いてみえる。 碁盤の目の中で、点在する庭木や街路樹のシーケンスを辿れば、大抵の場所へ迷わずに着ける。

 

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こだましたり、抜けたり

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中心部から北に進むと、徒歩30分程度で平塚市総合公園に着く。ここには、庭園や動物園、スタジアムなどさまざまな施設が並んでいて、自分は公園内にある温水プール行くのが好きだった。

低音がばっさりと抜けた、すかすかの音響で流れるポップスは室内プールの湿度によくなじむ。プール内ではなぜかジャパレゲが流れる頻度が多く不思議に思っていたが、友人曰くプールの運営管理チーム内にレゲエ好きの先輩がいるためだという。

内臓を奪い去ったサウンドシステムから流れるすかすかのジャパレゲはプールの音と混ざり合って、擬似的なバカンスを演出する。そこでは、泳がなくともただ浮いていればよい。

浮いていると、ふと湘南新宿ラインを思い出す。湘南新宿ラインは平塚が始発のものも多いので、通勤ラッシュ時であっても簡単に椅子に座れる。

不特定多数が、それぞれ異なる目的地を持つということだけを共有している。イヤホンを付けて目的地まで気を紛らわす。そんな公共機関にいるときに感じる怠惰な心地よさが、プール上での脱力感と結びつく。音楽が媒介となって、場と身体が混ざり合う。

 

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泳いだあとに残る浮遊感に満たされながら外へ出ると、スタジアムでは野球の練習試合が行われていて、丁寧なアナウンスとともに軽やかなポップスが流れている。

ドームよりスタジアムが好きなのは、応援団による演奏や歓声、アナウンスといった音の集団が空に抜けていくからだ。ナイターではあまりに多くの人がスタジアムに集い、それぞれが音を発してスタジアムを祝祭空間に変える。ビールの売り子、野次を飛ばすうるさいファン、そのどれもが輝いて見える。

野球は抑揚に富んだスポーツで、休止と再開を繰り返すから大体の時間は気が抜けていて、ピッチャーが球を投げてからの数秒だけ、引き戻される。

その時間感覚は、茶の間で野球中継を前にダラダラと酒を飲む親父、そうしたイメージがぴったりハマる。実際、そんな場面に出くわしたことはないが。

 

静けさのecho

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総合公園を出て中心部に戻る途中、美術館、図書館、博物館が並ぶエリアを通る。

中学のころ図書館で、別に好きでもないのに背伸びをしてマイルスやコルトレーンのCDを借りた。当時のイキりが今につながっていると思うと複雑な気持ちになる。

図書館の静けさが今も昔も苦手で、すぐに出たくなる。音を立ててはいけないと言われている気がして、空調の音だけが閉じられた空間でリフレインされる。何も主張しない空気と無臭の淀みの中で、思い込みがフィードバックして頭から離れない、そんな自閉した空間。静けさに神経が反発して免疫が過剰に反応する。

猥雑さに惹かれるのはそれだけで退屈が遠のくからで、雑多の中に身を潜めることができるからで、そのほうが身になじんでいると思うからで。コンクリートの安心安全な道よりも草木や石が邪魔してくれたほうが面白くて没入できるからで。

身体が勝手に動き出す瞬間を待ち望んでいる。

 

Convenience Star

平塚最大の文化資本とされていた駅前の誇り高きTSUTAYAは5年前に潰れた。図書館や美術館よりも100倍世話になったし、TSUTAYAで借りたCDたちが自分の音楽体験の原型をつくっている。

キングギドラ、Nas、フライングロータス。第二の文化資本とされているゲオはまだ残っていて、ここでは坂本龍一や宇多田ヒカルのCDを借りた。1000万枚売れたとか全米1位とか、そういう謳い文句にまんまと騙されて借りたものの、全然気に入らなかった音楽たち。そうした音楽にも知らずのうちに影響を受けているのかもしれない。

学校には音楽の話をできるヤツがいなかったので、あまり音楽の趣味については話さないようにしていた。高校になってmixiをはじめて他校の音楽好きやラッパーと繋がって、好きな音楽の話ができたときは嬉しかった。

通っていた高校は日本で2番目に海に近い高校で、あまりに平和だった。休み時間にじゃがりこを回して駄弁る時間が好きだった。クラスメイトはみんないいヤツだった。学校の中庭でT-Painを大音量で流している名前も知らない先輩がいて、反応したらダル絡みされてウザかった。ゆっくり流れる時間がどこか物足りなくて、人よりも音楽そのものに興味があった。

中学のころ、部活帰りに毎日のようにたまってた駄菓子屋はなくなった。1個10円のきなこ棒の当たり外れに一喜一憂した。ブタメンよりか『ペペロンチーノ』というパスタにもラーメンにもなる駄菓子がお気に入りだった。週刊少年ジャンプが販売日よりか前に手に入った。いつも公園でサッカーをした。くだらないことで追いかけあって取っ組み合いをした。PSPのパワプロやモンハンで通信プレイした。やりすぎて目を悪くした。ガラケーを親に買ってもらったけどそんなに使わなかった。チャリで2ケツして学校から帰った。塾では点数を競い合った。勝ち負けがハッキリしていて、それはそれで心地よかった。

Weny Dacillo「Convenience Star」を聴くと、いつもそんなことを思い出す。

 

トンビとの遊び

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中心部から西に進み、隣町である大磯との境まで来ると、高麗山が見える。山では、登り出すと足が自然と前に出て、疲れていても足は身体から独立したように動きをやめない。

こうした瞬間を待っていた! 30分もしないうちに頂上に辿り着いてしまうから全然物足りない。あと3時間くらいは登らせてくれ。

頂上に着くとそこには湘南平と呼ばれる公園がある。小さいころ、おじいちゃんに連れられてよくここに来たことを思い出す。

アスレチックで一しきり遊んだあと、肩車してもらって木の実を取って食べた。それが何の実だったかはっきりとしないが、おそらく桑の実だろう。その場で、ましてや山で実をもぎ取って食べるという行為は、日常の中で、つまりスーパーで買って家で食べるという行為とは根本的に違うから強く記憶に残っている。

展望台からは平塚やその隣町の、さらに遠くまで見渡すことができる。売店で揚げ餅を買って食べていると、トンビがこちらの様子を伺っていることに気づく。何種類かの鳥がお互いをけん制しながらヒトが持つ食料を狙っている。

以前、平塚の駅前で買ったブルーベリーと生クリームのサンドイッチを海で頬張っていたら、一瞬でトンビに奪われたことがある。あまりの早さに、数秒間何が起きたのか飲み込めなかった。いつもポケーっとしてるからこうなる。でもそのくらいがちょうどよいんだろう。

その反省もあってトンビをこちらからけん制すると、トンビは辺りを旋回しながら標的を変えた。トンビと自分の間、その緊張関係が不思議と心地よい気がした。何かと対立すること自体に特別さを見出そうとして、くだらないと思って考えるのをやめた。

 

雑木林に身を隠して

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山を降りて海へ向かう。海への道中、腹ごしらえに人気のラーメン屋八雲へ。魚の出汁が効いた醤油ベースのあっさりラーメンで老若男女が楽しめる名店だ。その後は生チョコレート発祥の店である(本当かどうかはわからない)シルスマリアへ。生チョコソフトクリームを購入する。

海の近くは、たくさんの公園がある。朝昼夜に夜中、いつ散歩しても心地がよい。海に近づくにつれて住宅街も浮かれた様子を見せてくる。つられて自分もよい気分になって、セブンイレブンで紅茶ラテを買う。

海に近いほど人も建物も浮かれてくる。ギラついた太陽に嫌気がさしてくる。熱さも冷たさも受け入れるには少しばかり時間がいるから、それまでを紅茶ラテで埋める。紅茶ラテがいくらおいしかろうとその場しのぎだとわかっているから、振り切ることができなくて、おまけに諦念が肌に染み付いている。飲み終わるころには混乱は解けて、身体が日光と握手する。

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海辺には雑木林が広がっていて、隙間を縫うように道が続く。焚き火の跡や不法投棄されたガラクタなど、所々に人が存在したその気配を感じ取ることができる。

海と居住区の間はグレーゾーンで、何も気にしないでただただそこにいることができる。気がする。街自体は平塚より隣町の茅ヶ崎と大磯のほうが好きだけど、海だけは平塚が好きだ。砂浜が広くて雑木林があるから。

 

海がきこえないなら

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迷路のような雑木林を抜けると海が広がっている。サーフィンをしたり、場所によっては海水浴もできるが、大体は砂浜で各々の時間を過ごす。各々の人間が何を考え、どんな風に海を感じているかなんて一生わからない。

海に感動するには、あまりに雑に行きすぎてしまったのかもしれない。最初から何かを決めつけているのであれば、海ですら隠れてしまうから、まずは決めつけていたことに気づかなければならない。そのためには誰かが自分の風景を切り裂いてくれるまで待つしかない。

平塚を離れて初めて、平塚をほんの少しだけ知ることができる。

 

<荒井優作のプレイリスト>

著者:荒井優作 / Yusaku Arai

荒井優作

1995年生まれ、神奈川県出身。プロデューサーとしてButajiやGOODMOODGOKU、KOWICHIなどの楽曲を手がける他、美術家や映像作家との共同制作やCM音楽制作なども行う。 近年のソロ活動においては、ネット上にアップされた膨大な音声を実空間における音響と織り交ぜ、物語を構築するように楽曲を制作/発表している。
Twitter:@text_drone
soundcloud:https://soundcloud.com/yusakuarai
bandcamp:https://yusakuarai.bandcamp.com 




 「街と音楽」過去の記事

suumo.jp

編集:日向コイケ(Huuuu)