家賃5万円弱のワンルームに住みつづけてうん十年。誰よりも「まち」を愛し、そこで生きるふつうの「ひと」たちを描く千葉在住の小説家、小野寺史宜さんがいちばん住みたいのは銀座。でも、今の家賃ではどうも住めそうにない。自分が現実的に住める街はどこなのか? 条件は家賃5万円、フロトイレ付きワンルーム。東京23区ごとに探し、歩き、レポートしてもらう連載です。
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この企画のどこかで乗ろうと思っていたブランコには葛飾区編のお花茶屋で乗った。
もう一つ、路面電車の都電荒川線、愛称はさくらトラム、にも絶対にどこかで絡もうと思っていた。
可能性があるのは、荒川区と北区と豊島区、あとは終点の早稲田とその手前の面影橋とでギリかかる新宿区。
でも東京都交通局が自ら都電荒川線と言っているのだからそこはあなた荒川区で絡みなさいよ。
ということで、今回は東尾久三丁目停留場。初めて、駅、ではなく、停留場、だ。
はい、SUUMOで検索。条件はいつもどおり。管理費・共益費込みで家賃5万円のワンルーム。
残念ながら、それで収まるフロ付き物件はなかった。が、5千円アップで即ヒット。停留場から徒歩5分。築34年。家賃5万 5千円。決定。
町屋駅前停留場で、たった一両のかわいい電車に乗る。早稲田行きだ。
恥ずかしながら、僕はいまだにICカード乗車券を持っていない。だから現金払い。
前のドアから入ると、それを見とった運転手さんが、小銭はこちらへお願いします、と声をかけてくださった。お気遣いに感謝。これだけで早くも、住みたい、に傾く。
そして二つ先の東尾久三丁目に降り立つ。一律料金の乗車時払いなので、改札はなし。出入り自由。停留場自体もかわいい。

まずは5分歩いて物件へ。
たまたまだが、この辺りは、自作『片見里荒川コネクション』で、中林継男が住む風見荘、を想定した場所のすぐ近くだ。大田区編の蒲田と同じような、町工場が交ざる住宅地。下町っぽく、ほどよい密集感がある。
それから、東京都立大学荒川キャンパスのわきを歩く。
ここは自作『ひと』にそのまま登場させた。看護師を目指す井崎青葉が通っていた。
そのころは、首都大学東京、だったが、令和2年4月に今の、東京都立大学、に改称された。このキャンパスにあるのは健康福祉学部のみ。小規模だが施設は充実していると聞く。
そのまま北上し、隅田川に出る。

これは皆さん当たり前にご存じかもしれないが。荒川区に荒川は流れていない。区境を流れるのは隅田川だ。そのすぐ先が荒川だったりはするのだが、かすめてはいない。現在の隅田川がかつては荒川と呼ばれていたのでそうなったらしい。
ただし、荒川区荒川という町は荒川区の中央にドーンとあるのでひと安心。その隣が東尾久だ。
荒川区の端に立ち、隅田川を眺める。見えはしないが、その200メートルほど向こうを荒川が流れている。行こうと思えばすぐ行ける。東京著名川のダブル。贅沢だ。
少し東に歩いて都立尾久の原公園へ。

ここは広い。いい意味で、整備されていない。というか、され過ぎていない。広場というよりは原っぱ。湿地やトンボ池がある。春には桜も咲くという。
この公園も、『片見里荒川コネクション』で中林継男と小本磨子が歩いた。75歳男女のお散歩デートだ。東京ではこの何もなさこそが貴重よね、とは小本磨子の弁。
ついでに、その二人も行った荒川区立町屋図書館に寄る。
『片見里荒川コネクション』も『ひと』も置いてくれていた。借りられてもいた。ありがたし。

その後、尾久の原防災通りを南下。この企画中に初めて雨に降られるも、どうにか逃げきって、早めのランチ。
東尾久三丁目の隣、町屋二丁目停留場の近くにある丸福食堂さんに入る。
和食に中華にカレー。何でもあるこれぞまさにの食堂。ここは大人感を出して塩サバ定食を頂く。が、ついつい子ども感も出してハムエッグも頼んでしまう。
おいしかった。いやぁ、これはもう、通ってしまいますね。定食に加え、ヤッコだのオニオンサラダだのも頼んでしまいますね。
食べているあいだに天気も速攻回復。さすが夏。
ということで、探索を再開。

尾久本町通りを歩いて日暮里・舎人ライナーの高架軌道をくぐり、東尾久の西部へ。しばらくはその高架沿いに北上し、日暮里・舎人ライナーと都電荒川線が交差する熊野前へ。
角には熊野前郵便局がある。その熊野前郵便局の前で、『ひと』の柏木聖輔と井崎青葉が最後に待ち合わせをする。小説を書く前に訪ねたが、それ以来。久しぶりだ。
聖輔、君はがんばったよ。おかげで、僕のそれとは思えないくらい多くのかたがたが本を読んでくださったよ。
といくらかウェットなことを密かに考えて、さらに西へ。都道白山小台線に入り、小台橋へ。

そこにはブロンズ像がある。空を見る少女。だという。
わかる。僕はおっさんだが空を見る。この企画でも、途中途中で何度も見ている。東京にいると、どうしても空が見たくなるのだ。ビルなどの高い建物に侵食されて狭くなるからこそ、見たくなる。
次いで、近くのあらかわ遊園に向かう。
東京23区内唯一の公営遊園地。リニューアル工事で休園中であることは知っている。2022年春ごろにオープンだという。

このあらかわ遊園にも、『ひと』の柏木聖輔と井崎青葉が来た。日本一遅いと言われていたコースターに乗り、観覧車にも乗った。
僕も乗った。観覧車のミシミシいう生々しいスリルを味わった。老朽化したからこそのリニューアルなのだが、あのミシミシを味わえなくなるのはちょっとさびしい。
すでに完成している新観覧車を園外から眺め、荒川遊園通りを歩いて都電荒川線の荒川遊園地前停留場に出る。
軌道沿いを今度は東に歩き、小台停留場を通過、宮ノ前停留場へ。
そこで右折し、細い通りを南下。変電所のかなり高い赤白電波塔のわきを通って左折。少し歩いてまた左折。
おぐぎんざ商店街に入り、さらに、はっぴいもーる熊野前商店街へ。

この辺りは、『片見里荒川コネクション』で大学五年生の田渕海平が中林継男を捜し歩いた場所だ。こうして商店街があること、そしてちゃんと活気があること、によそ者ながら安心する。
今日は後半が長めだったので、そこでようやく、待ってましたのコーヒータイム。ロン珈琲店さんに入る。
メニューにストレートコーヒーを見つけ、キリマンジャロを頼む。
その到着を待っていたら。窓際の席は陽が直接当たって暑いでしょうからよろしければこちらへどうぞ、とお店のかたが声をかけてくださった。ちょうど奥の席が空いたので、すぐに言ってくださったのだ。お言葉に甘え、移動。実際、奥は涼しかった。
ここでもお気遣いに感謝。コーヒーもおいしかった。お気遣い分のおいしさも確実に上乗せされていたはずだ。
店を出ると、歩道橋で尾久橋通りを渡り、再び東尾久の東部へ。
また少し軌道沿いを歩き、東尾久三丁目停留場に戻る。

東尾久やその近辺を約2時間歩いて、思った。この辺りは、何というか、町が肌に近い。肌に合うという意味ではなく、肌に近い。町がクッと自分に寄ってくれる感じがする。いるだけで体が町に包まれるような感じがする。それは結局、肌に合うということかもしれない。
歩いているあいだ、僕は何だかんだでずっと都電荒川線を意識していたような気もする。電車や軌道そのものが直接は見えないところにいたときも、だ。
決してうるさくはない走行音。どこか丸みを帯びた踏切の警告音。それらがうまく町の音になっている。
もしここに住んだら、やはりずっと都電荒川線を意識するのだろうな、と思う。たぶん、無意識にそうなるのだ。無意識に意識。矛盾するが、それが当たり前になる。悪くないな、とも思う。
探索はこれにて終了。東尾久三丁目停留場から都電荒川線に乗る。三ノ輪橋行きだ。
発車の際には、チンチン、と鐘が鳴る。これは、動きますよ、転んだりしないようご注意くださいよ、という乗客への合図らしいが、まあ、演出の意味合いもあるだろう。だとしても、鳴ってほしい。鳴りつづけてほしい。
今回はほぼ、自作の舞台たどり回、になってしまった。
『片見里荒川コネクション』と『ひと』以外にも、この辺りは出てくる。
『東京放浪』では、長谷川小春が小料理屋小町をやっている。中林継男と田渕海平も行った焼鳥屋とりよしには、この『東京放浪』の森由照と俳優前島源治も行く。その二人は店の前で殴り合いのケンカをする。森由照は路上にゲロを吐きさえする。
変な話、登場人物にゲロまで吐かせるほど、僕はこの町に親しみを感じているのだ。
住めないわけがない。

『銀座に住むのはまだ早い』第11回は「中野区」へ。9月末更新予定です!
著者:小野寺史宜(おのでら・ふみのり)
千葉県生まれ。2006年、『裏へ走り蹴り込め』でオール讀物新人賞を受賞。2008年、『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。『ひと』で2019年本屋大賞2位を受賞。著書は『ひりつく夜の音』、『縁』、『食っちゃ寝て書いて』など多数。エッセイ集『わたしの好きな街』(監修:SUUMOタウン編集部)では銀座について執筆した。
写真提供:著者
編集:天野 潤平
