田舎暮らしだからこそ電気自動車に乗り、山梨県北杜市白州町で食べ物とエネルギーを自給しながら、自分が食べる分優先で無農薬の農園を営んでいます【いろんな街で捕まえて食べる】

著: 玉置 標本 

(撮影:宮沢豪)

有名なミネラルウォーターの取水地やウイスキー工場がある山梨県北杜市白州町で、食べ物だけではなくエネルギーも自給する生活を送っている個性的な家族がいると、ある友人に教えてもらった。

天気の良い日に訪ねてみると、ちょっとだけ不便な田舎暮らしを「自分で考える余地がある」と懐深く受け止めて、「足りないものは時間くらいだね」と笑いながら、大きな犬と一緒に暮らしていた。

築25年、ただし未だ建築中の家、わたなべ・ファミリア

中央自動車道に乗ってやってきたのは南アルプスの麓、長野県との県境に位置する山梨県北杜市白州町。話を伺ったのは農産物の出荷や執筆業、通信販売、家や機械修理などをこなす自称「百姓」のわたなべあきひこさん。1960年生まれの62歳だ。

わたなべさんは横浜駅近くの下町、様々な国の人が入り混じる環境で育ち、東京の出版社で「Old-timer(オールド・タイマー)」や「CARBOY(カーボーイ)」といった自動車雑誌などの編集・ライターをしていたが、26年前にこの地へ家族で移住した。

わたなべあきひこさん(以下、わたなべ):「北杜市に来たきっかけは、1993年に始まった自動車雑誌の連載です。ボロボロになったスカイライン S54Bという古い車をレストアする企画で、その場所を探していて、たまたまこの近くに場所を借りたんです」

わたなべあきひこさん。平仮名表記なのはそういうペンネームだから。敷地内に鎮座するこのスカイラインGT-Bのようなラピュタ状態の車をレストアしたそうだ。これもいつかレストアされるのだろうか

わたなべ:「まずは廃材を利用してガレージをつくるのに3年かかって、そこからようやく車を運び込んで、車検を通るまで17年かな」

――トータル20年じゃないですか。最初に直したところが壊れますよ。

わたなべ:「本当にそうだった。もう手に入らない部品は自分でつくらないといけないし、溶接するにしても溶接機からつくっていたから、ちょっと時間がかかったね」

――気が長い。

わたなべ:「連載が始まってからしばらくは横浜の自宅から通っていたんだけど、じきに父親がガレージの近くに小屋を建てて、父と母がこっちで週末田舎暮しを始めたんです」

――ご両親が先に住み始めたんですね。

お連れ合いの渡辺さとみさん

わたなべ:「でもその父が脳卒中で倒れちゃって。車椅子の生活なら坂の多い横浜で暮らすよりも、こっちの方がいいんじゃないかと、父、母、祖母、妻、娘と全員で引越しすることにしました。

家を建てるための場所を探すのが意外と大変だったけど、ここは親父が先に住んでいていたから、こういう事情なんですって地元の人に相談したら親身になって一緒に探してくれて、ここの土地が見つかりました」

一緒に暮らす一人娘の渡辺沙羅さん

わたなべ:「家は屋根とか壁とか、とりあえず住めるところまでを大工さんにやってもらい、内装とかは暮らしながら自分たちでやっています。ハーフビルドまでもいかないから、クォータービルドくらいかな。

パッシブソーラーシステムといって、冬は昼間に太陽熱で暖まった空気をリビングの床下に送り、夏は熱い空気を上に逃がす構造になっています。大工さんと一所懸命に考えてね。ただ換気部分のネットを鳥が破って、虫が家の中で越冬するようになっちゃった。嫌いじゃないからいいんだけど」

――いいんだ。

空気を上手に循環させることで、夏は涼しく冬は暖かい家になっている

わたなべ:「住み始めて四半世紀以上がたつけど、実はまだ建築途中。床が張れていない部屋もあるし、毎日使うお風呂も壁がビニール張り。全然完成しないから、友達からは『わたなべ・ファミリア』と呼ばれています」

――サグラダ・ファミリアみたいな。車のレストアが20年、家を建てるのにも25年以上、時間のスケールが驚異的な長さですね。寿命が千年ある人の話を聞いているみたいです。

わたなべ:「残念ながら父親はこの家が建つ前に亡くなってしまいましたが、母は敷地内にある別宅で今も元気に住んでいます」

あの煙突はキツツキに穴をあけられてしまい、そこから水が入って腐ったので直したとちょっと悲しそうに教えてくれたわたなべさん。完成の日は遠そうだ

とってもかわいいホンダのZもわたなべさんがレストアした車で、ちゃんと走行可能な状態になっている。360ccなのに古い車は重課される制度のため、この家の車で一番自動車税が高い

ボールを投げると取ってきてくれるシェパードのルナ。なぜか私に対してだけ番犬の本能がさく裂(吠えられた)

電気自動車用のエネルギーをソーラーパネルで自給する

このように古い車を複数台所有している渡辺家だが、主に使っているのは意外なことに電気自動車だ。

ガレージの屋根などに設置したソーラーパネルで充電することで、田舎暮らしでは必要不可欠な車を走らせるためのコストを大きく抑えているのだ。

手前の軽トラの荷台、右側のガレージ上にソーラーパネルが設置されている

わたなべ:「軽トラの上が450W、ガレージの上が2000W、それと母の家に3000Wの発電量です。うちの方のソーラーパネルはほとんど中古をもらってきたものだけど、今は新品で買ってもかなり安い。

耐久性能は20年といわれているけど、経年劣化はすごく少ないから、もっと長く使えると思う。もらいもののソーラーパネルで電気自動車のバッテリーを充電しているから、野菜の出荷とかで毎日のように車を使っても燃料代はほとんどかかっていない」

――田舎暮らしでガソリンスタンドに行かないですむ、車の燃料代がかからないっていうのはすごく大きいですね。ガソリンスタンドが近くにない場合も多いし、ガソリンも今はすごく高いし。でも昼間に車を使っていると充電できませんよね。人間が寝ている間は太陽が出ていないし。

わたなべ:「だからうちは中古で買った電気自動車が全部で5台あるんです」

――5台!

電気自動車が複数台あれば、誰かが車を使っていても別の車を充電できるのだ

わたなべ:「車を増やせば、昼間に外出していても、使わない車を充電できる。そうすれば交代で毎日使える。車を置く場所がたくさんある田舎暮らしなら、電気自動車は複数台あったほうが効率いいんです」

――その発想はなかったです。車を複数台持つのは贅沢に思えますが、田舎暮らしだとその方が結果的に安く収まる場合もあるんですね。

わたなべ:「今年はまだガソリンスタンドに行っていないんじゃないかな。いや、農場で土のうとして使う廃タイヤをもらいに行ったか」

長距離移動をする場合があるのならプラグインハイブリッドカー(充電した電気だけでもガソリンでも走ることができるハイブリッドカー)という選択肢もある

――でも電気自動車って、なんだかんだ高くないですか?

わたなべ:「新車だとガソリン車に比べてだいぶ高いけど、今は中古車も増えてきたでしょ。うちは全部中古です。維持費はメンテナンスがすっごい楽なので、その分安くつきます。

エンジンじゃなくてモーターだから、マフラーなどの壊れやすい部分がないし、オイル交換も存在しない」

――それは盲点でした。オイル交換がないのは楽ですね。

わたなべ:「整備点検項目も少ないから、業者に頼まないユーザー車検も簡単です。これまでバッテリーの交換はあったけど、モーターが壊れたというのは一度もない」

――でも梅雨時とかで雨が続けば、いくら複数台あっても充電がなくなることもありますよね。

わたなべ:「ガス欠ならぬ電欠ね。天気の悪い日が続けば東京電力も使います。家で使う電気も、雨の日や夜は東京電力。車のバッテリーにためておいた電気を家で使うという方法もあるけれど、それだとバッテリーに負担がかかる。

バッテリーが鉛からリチウムイオンになってだいぶ進化したけど、現状ではまだ永久に使えるものではないので、どれだけ劣化させないかが肝心。

太陽光を有効に使うけど、今はまだ100%のエネルギー自給を目指しているわけではない。あんまり我慢はしたくないからね、根性無しだから。がんばっている人は10アンペアとか20アンペアの基本料金だけで暮らしていますよ」

太陽が隠れて発電が止まった場合は、東京電力を使うよう自動的に切り替えるコンバーターが導入されている。ちなみに娘の沙羅さんは第二種電気工事士の免状保持者

自家製の小麦粉を篩う機械も太陽の力で稼働する

篩のメッシュに穴が開いていて、ちょっとふすま混じりなのもご愛敬

わたなべ:「電気代は今の時期なら7000円台かな。冬は凍結防止代でもう少しかかるけど。パッシブソーラーシステムのおかげもあって、真冬でも暖房は薪ストーブだけです」

――わが家の電気代よりもだいぶ安いですね。生活する上で絶対に必要だと思っていたガソリン代や光熱費が、工夫次第でだいぶ節約できるとは。

わたなべ:「水もすべて井戸水だから上水道代が一切かからず、天然のミネラルウォーターが使い放題。風呂に入るのも畑の散水も、全部南アルプスの天然水です。贅沢でしょ」

――贅沢ですねー。

わたなべ:「それに太陽熱温水器があるから、夏なら70~80度、冬でも50度くらいのお湯が使える。給湯用の灯油ボイラーもあるけど、ほとんど使わないし、使っても少し加温するくらい。ミックスバルブで適温に調節して出てくるはずなんだけど、夏はお湯が熱すぎて『毛穴の汚れが全部落ちました』ってお客さんから言われます」

太陽の熱で水を温める温水器のおかげで、ボイラー用の灯油は年に1~2回の給油のみ

これは近くにある道の駅はくしゅうの水。近くにはサントリー天然水南アルプス白州工場があり、まさに天然のミネラルウォーターが使い放題

電気が余る昼間に充電すれば、電動工具を使うランニングコストがかからない。電動の草刈り機やノコギリなど、マキタの18ボルトバッテリーで動く工具が生活を支えてくれる

室内のキッチンではプロパンガスを使うが、薪を使って料理すれば燃料代もかからない。ただし薪を用意する手間賃は考えないものとする

自給した電気が使い放題なので、自然の中で電気製品を使うことにも罪悪感がなくなる

移動式かまどの火力が強くて驚いた。欲しいなこれ

電気自動車はインフラが整備された都市生活をする人の乗り物というイメージだったが、意外と田舎暮らしにこそ適性があるのかもしれない。ガソリンスタンドが近くにない山奥や離島でも、家まで電気さえ通っていれば車を使えるという発見。さらにソーラー発電と組み合わせることができれば、エネルギーコストを大幅に下げることも可能という学び。

もっともそれは冬に大雪が降らないというのが大前提。この辺りは降っても長靴でしのげる程度で、それくらいならソーラーパネルに積もった雪も簡単に払えるそうだ。

北杜市は山に囲まれているため台風による強風も比較的少なく、日照時間が日本一ともいわれている場所。この場所に家を構えたわたなべさんが、25年間の田舎暮らしでたどり着いた現状でのベストな方法が、この生活スタイルなのだろう。

電気自動車の前は天婦羅廃油で動く車に乗っていたそうだ。現在は年代物のトラクター(四駆じゃなく二駆!)を、ろ過した廃油で動かしている

燃料系統は通常の軽油と天婦羅廃油の二つ。軽油で動かしてラジエターをしっかり温めてから、バルブを廃油側に切り替える。廃油とはいえ天婦羅のいい匂いがしてくるので、農作業中にお腹が減るのが難点

虫や草と共に生きる、無農薬栽培の虫草農園

わたなべさんはこのような田舎暮らしやDIYを紹介する記事を連載している雑誌などに書きつつ、家族と共に「虫草農園」という名前で野菜や果物を育てて、近所の道の駅やインターネットで販売もしている。

この家を建てた後に、道路の向こう側の雑木林を自治体が農地に圃場整備することとなり、そのタイミングで借りた土地、後継者のいないイチジクやカキの果樹園、自家消費用の米を育てる田んぼなどを耕作している。

その広さは合わせて一町歩。言い換えると一万平米、約三千坪、100m×100mとなかなかの広さ。農場主は娘の沙羅さんだ。

家の前の畑。なぜか家庭菜園の雰囲気がある

虫草農園の一部を見せていただいたのだが、農園というよりは自然植物園のような多様性で驚いた。多くの農家さんは同じ作物を広い面積で育てることで効率の良い収穫を目指すが、ここには多種多様な野菜がバラバラと植えられているのである。作物と雑草との境界線も曖昧だ。

そして虫草農園というだけあって、無農薬かつ化学肥料不使用。まとまった量の出荷はまったくできそうにないが、これで農業は成り立つのだろうか。

一歩進むごとに違う植物が次々と目に入る不思議な農園。地下水が通る配管を200m以上設置してあるので、スプリンクラーで簡単に水をやることができる

――虫草農園っていっても虫や草を育てているわけではないですよね。どんなコンセプトの農園ですか。

わたなべ:「虫と草のための農園とまではいかないけれど、虫も草も自然の一部として、同じように大切にする。自然の生態系っていうのがありますよね。その中の一員として人間も生きていけるような暮らし方ができる農園を目指してはじめました」

――害虫や雑草を排除しない農園ということですか?

わたなべ:「ある程度はしますよ。アブラムシを潰したり、邪魔な草を抜いたり。ただ殺虫剤や除草剤を使ってまで排除するのは違うかな。

例えばキャベツを育てるなら、無農薬だとアオムシがつくから寒冷紗(かんれいしゃ:野菜を保護する薄い布)をするけど、二つか三つは掛けずに虫用に用意しておく。それがあれば寒冷紗の中に虫がいても、そっちに移すことができる」

――虫はこっちを食べてねと。

雑草に混ざって生えているビーツ

わたなべ:「人間じゃなくて、虫が食べるためだけに育てているものもある。ムラサキケマンはウスバシロチョウの食草として植えているし、スミレはヒョウモンチョウのために残してある。ルリボシカミキリのために薪を積みっぱなしにしたりもする」

――カブトムシのために落ち葉を集めておくみたいな話ですね。

わたなべ:「それもやっています。野菜も全部を収穫しないで一部を残しておくと、それを食べている生き物が残れるし、野菜の花も楽しめる。そこから実が落ちてこぼれ種で次の芽が出てくる。手が回っていないだけっていうのもありますけどね」

オオムラサキの幼虫のために、畑の真ん中にエノキの木が植えられていたりする

まばらに生えている背が高い植物は毎年勝手に生えてくるライムギ。この粉でパンを焼くのが妻であるさとみさんの趣味。茎はストローとしての需要もあるそうだ

渡辺沙羅さん(以下、沙羅):「野菜の花ってきれいなんですよ。売れなくても誰かに見てもらえるだけでもいいやって、ニンジンとゴボウの花で『キンピラセットのブーケ』とかにして道の駅に出荷したら、意外とおもしろがって買ってもらえました」

――食べるキンピラじゃなくて眺めるキンピラだ。

可憐に咲いたパクチー。すべてを収穫しないことで花を楽しめるし、スパイスとなるパクチーシードを採ることもできる

もうすぐ花が咲きそうなホウレンソウ

――無農薬でも意外とちゃんと育つものなんですね。

わたなべ:「農薬を使っている農家に比べたらきちんと育つ率は良くないけど、家族で食べる分くらいは。土地が広いからというのもあるけれど。例えば3を収穫したかったら10を育てれば、そのうち3くらいは食べられるものができる」

沙羅:「もし5が育ったら、食べきれない2を売ればいい。出荷先は農協やスーパーではなく、すべて道の駅などの直売です。虫草農園は無農薬だからと買ってくれる人も多いですよ」

山菜もそこら中に生えている。これはワイルドなタラノメ

ずいぶん育ったヤマウドだが、柔らかい新芽を選んで摘めば食べられるそうだ

――効率だけを考えると、一定のスペースからどれだけ収量を上げられるかを考えてしまうけど、広い土地をゆるく世話して、付加価値のあるものを少しずつ収穫するという、目指すものがまったく全く違う農業もできるんですね。

沙羅:「育てているものはキノコや山菜も入れると年間100種類は軽く超えます。自分たちが食べたいものを次々試してみるから、どんどん種類が増えていく。うっかり種を植え忘れることも多いですけど」

ヌメリスギタケを育てている人を初めて見た。他にもシイタケ、ヤマブシタケ、マイタケ、ヤナギマツタケ、エノキタケ、ナメコ、ムキタケなどを、菌床ではなく原木で栽培している

――すごい少量多品種だ。他の農家さんと被らないレアな野菜やキノコだからこそ、価格勝負をしないで販売できるんでしょうね。

沙羅:「自分が食べたいと思ったものを育てているので。そうじゃないと続かないし、自分がおいしいと思ったものじゃないと売る気にもならないというか」

――道の駅っていう販売方法との相性がすごく良さそう。この辺りなら日帰りの観光客も多いだろうし。

沙羅:「家族で食べるのが優先で、出荷は二の次。一番いいところは自分たちで食べて、たまたまたくさん採れたら出荷するくらいの気持ちです。変わったものが多いから、食べ方の説明を書いて並べて」

道の駅で売られていた虫草農園のスペアミントとカモミールの花束

――それだけ種類が多いと管理も大変そうですね。

沙羅:「どこに何を植えるかちゃんと家族で相談しないから、がんばって畝をつくったのに、次にいったら苗が植えられていたり。『あー、私の畝が使われたー!』って」

わたなべ:「奪い合いだよね。誰かがすでに種を蒔いている場所をもう一回耕しちゃったり。『あー、俺のパクチーがー!』って」

いつ何を蒔いたのかわからなくなるので日付と名前を書いておく。ちなみに立札は壊れてしまった窓用ブラインド。うまく活用できれば捨てられるはずだったゴミも宝の山となる

わたなべ:「田んぼのお米は家族みんなで育てているんだけど、除草剤を使わないから草むしりが大変。やりだせば楽しい作業なんだけど、みんな時間がないから誰もやりに行かない。でもそれだと困るから、田んぼを三分割して分担を決めています」

――担当エリアを決めているんだ。

沙羅:「そうしないと、近所の人に心配されるくらい草ぼうぼうになっちゃうから。『今日草取り行ってきたけど、父さんの田んぼ、草すごかったよ!』とかプレッシャーをかけて」


この動画で沙羅さんが田車で田んぼの除草をしているシーンなどが見られます

――虫草農園はとても楽しそうですが、普通に農業をやるよりも手間がかかりそうでもあります。

わたなべ:「ちゃんと農業をやっている人と比べたら効率は悪いです。お金で解決する都会暮らしのままの感覚でやったらペイできないでしょうね。

うちはまずエネルギーの自給を考えたし、古いトラクターでも修理しながら使えるから、現金収入が少なくても成り立っている。新品の農機具って高いんですよ」

――ですよねー。

山から薪や榾木にする丸太を運んでくるのは、360ccながらも副変速機付きで山道に強いLJ20型ジムニー

取り壊されるところをいただいてきた温室は、苗を育てたり、冬に南国気分を味わうための大切なスペース

ルバーブやスイスチャードなどの珍しい野菜も多い

石垣ならぬ廃タイヤで栽培されているイチゴ。とても丈夫なので土のうのようにも使えるそうだ

一目でどこになにがあるかがわかるようにした、見える収納

タラノメ、コゴミ、ノラボウナ、ヤマウドを収穫

畑まで行かなくても、庭にミツバやウコギがたくさん生えていた

これは庭にあるお手製のドラム缶トイレ

回転式のドラム缶には米糠、ピートモスなどが入っていて、排泄物(大)が有機堆肥となる

その堆肥で育つ桃

ニホンミツバチの養蜂もしている。巣箱を庭にたくさん設置しているがなかなかハチが入らず、見かねた友人がこれをくれたのだとか

ミツバチは作物の受粉をしてくれる益虫でもある

これは家にあるスズメバチの巣で、現在はスズメの巣になっている。スズメバチの巣が畑の近くにできた年は、働きバチがアオムシなどの害虫を捕獲してくれるので野菜がきれいに育つ。農家にとってはスズメバチも益虫なのだ

タイヤの中に小さな巣を見つけた。もちろん駆除はしないで成長を見守る。スズメバチは人を認識するので、顔なじみである渡辺家の人には襲ってこないそうだ

鳥の糞に擬態したアカスジキンカメムシのかっこいい幼虫

北杜市白州町の住み心地

――移住して25年くらいですか。北杜市白州町の住み心地はどうですか。

わたなべ:「なんといっても水がうまい。うちの井戸は南アルプスの天然水の取水地よりも上にあるから。水がおいしいと、それで炊いたごはんがおいしいし、味噌汁もおいしいし、お茶もコーヒーもおいしい。水が違うとみんな違う。

こっちで暮らしはじめてしばらくしてから、東京のファミリーレストランでサラダを食べたら、こんな塩素くさいものを食べていたんだって気が付いた。都会で暮らしていたときは全然気にならなかったのに」

――文字通りに白州町の水が合ったと。この辺りは中央自動車道で東京西部や神奈川からはすぐなので、人気もありそうですね。

わたなべ:「八ヶ岳の麓の小淵沢周辺は台上と呼ばれる人気エリアなので土地が高いけど、台下の釜無川よりこっち側は比較的安いんですよ。水はこっちの方がうまいんじゃないかな」

――同じ北杜市でもそんな違いがあるんですね。

東日本大震災より前の貴重な木灰を天然水に浸けたもの。この上澄みをかんすいにして沖縄そば風の麺を打つ。すでにお気付きかもしれないが、虫草農園とのコラボラーメンをつくっています

わたなべ:「田舎共通の問題点みたいなものはいくつかあるけれど、住み心地はすごくいいですよ。

横浜に住みながら東京で雑誌の仕事をやっていたころはすごい忙しくて、毎日夜遅くまで働いていました。今の収入は下手すると1/10……まではいかないけど、半分以下なのは確か。だけど使うお金も少ないから、ここならやっていけますね。

道の駅で生産者同士が仲良くなって、作物の交換をしたりもする。養鶏場の人とは野菜と卵や鶏糞を交換したり」

――物々交換だ。

さとみ:「ユンボで掘ったクズの根を、葛粉をつくってみたいっていう友人にあげたら、結構なお返しをもらっちゃったり。エビでタイを釣ったねって」

わたなべ:「そういうのが結構あるんですよ。こっちでは雑草扱いのスベリヒユやツキミソウを欲しがる人もいるし。うちの雑草は完全無農薬だから」

――田舎だとまったく値段は付かないけど、それを欲しい人にとってはすごく価値があるものって実は多いですよね。僕もクズの根は欲しいです。あとカミキリムシの幼虫が入った薪とか。

木灰を浸けた水にタイヤ交換とバーターでいただいたという小笠原の塩を混ぜる

いろんな品種が入り混じった虫草農園製小麦粉450gと、私が長野在住の友人からもらった伊賀筑後オレゴンという小麦粉350gを合わせて、上記の水(灰水320g+塩16g)で水回し

――地元の方との関わりはどうですか。

わたなべ:「もう移住して25年ですからね。仲良くしてもらっています。特に沙羅はすごくかわいがってもらっています」

沙羅:「中学高校は埼玉の飯能にある学校の寮生だったけど、小学生まではここにいたので、卒業後に戻ってきた私のことをみんな何となく知ってくれていて」

――ここで育った子どもが大きくなって戻ってきてくれたら、地元の人はうれしいでしょうね。

沙羅:「スクールバスのバス停まで家から歩いて25分あったんですけど、そこへ行く途中で畑仕事をしているおじさんに『こんにちわ!』ってあいさつをしていたら、そのおじさんが覚えていてくれて果樹園を貸してくれることになったり、猟師のおじさんが師匠になっていろいろ教えてくれたり。

道の駅でも私は変なものばっかり売っているから、出荷に行くと人が集まっていて、おばあちゃんとかに『これはなーにー』って聞かれて、お話ができるのもうれしいです」

この連載では久しぶりの登場となる家庭用製麺機で生地を伸ばしていく

いつも手仕事をしている家族なので、家庭用製麺機の使い方もすぐにマスターしてしまった

――都会での暮らしに比べて、自分の自由になる時間は増えましたか。

わたなべ:「うーん、どういう時間を自由になる時間っていうのか。会社員みたいな休みの日というのはないですよ。特に週末は野菜がよく売れるから出荷があるし」

沙羅:「自由な時間が欲しくって、会社勤めをするのではなく、農産物を育てて売って暮らそうと思ったんですけど、でも逆にこっちの方が休みをつくるのがなかなか難しくて。収穫は待ってくれないし、草は毎日伸びていくし、やりたいこともたまっていく」

――自然相手の自営業って休みづらいですよね。仕事と趣味の線引きも難しいし、有給休暇なんて絶対ないし。

沙羅:「野菜に手間をかけすぎて、時給いくらだよって思うこともありつつ、これは趣味だからいくらでも手をかけてやる!っていうところもあって。

――換金効率の良い野菜だけを選んで育てればそんな悩みもなくなるのに、それはしたくないと。ちなみに農閑期の冬は何をしているんですか。毎日雪かきが必要っていうほど降るわけでもないからヒマそうですけど。

沙羅:「それが冬もやることがいっぱいあって。農作業以外のやりたいことを全部、冬に先送りしているから。籠を編んだり、小屋をつくったり、薪を用意したり」

――農繁期にできないことが溜まっているんだ。

わたなべ:「直さないといけないものもたくさんあるし、風呂の壁もそろそろやりたいし」

沙羅:「キノコの植菌も桜が咲くまでなので秋から冬の作業。山から木を伐採をして種菌を植えて」

わたなべ:「カエデやクルミの木から樹液を集めてメープルシロップもつくらないと。薪ストーブの上に置いて水分を飛ばすんです」

――なるほど、ヒマは失言でした。冬もやることが山積みなんですね。

わたなべさんお手製の濃厚な丸鶏スープ

わたなべさんが沙羅さんに「ニンニク取ってきて」というと、冷蔵庫じゃなく畑から抜いてきた

――車やトラクターの整備をしたり、エネルギーを太陽光や廃油から自給したり、100種類以上の農作物を育てたり、家の内装を自分でやったり、わたなべさんはなんでもできますね。とても真似はできなそうです。

わたなべ:「でも最初からできたわけではないんです。みんな『こんなことできないよ!』っていうんですけど、あれもこれも突然パッとできるわけがない。25年くらいケチ臭く田舎暮らしをやっていると、なんとなく少しずつできるようになるんですよ」

――確かに25年ずっとやってきた人と、何も経験がない私が同じことをできるわけないですよね。比べる方が間違っていました。

わたなべ:「私はお金稼ぎをするのが得意じゃないから、なるべくお金をかけたくない。なんでも自分でやればかからない。だからこういう暮らし方をしています。薪割りでも農作業でも、苦痛だと思ってやると大変だけど、楽しみだと思ってやれるようにしながらね」

彩りとなる野菜や山菜を色鮮やかに茹で上げる。茹でるお湯ももちろん天然水だ

わたなべ:「今はモノや情報を個人で売るのも、インターネットが使えればそんなに大変じゃない。そんなに稼がなくてもいい暮らし方にすれば、やっていけそうな人はもっといっぱいいると思うんですけどね。

私も農作物の出荷や原稿の仕事以外に、ネットオークションで車のレストア用品や、田舎暮らしで実際に便利だったものを販売したりしています。海外に良いものがあれば日本の代理店になって売ったり。そうすれば自分も安く買えるし」

――リアルなアフィリエイトだ。一つの仕事で稼ごうとせず、いろいろと組み合わせるのがよさそうですね。百の仕事をこなす人という意味での百姓。

わたなべ:「農業をはじめるにしても、地方はどこも過疎化が進んでいるから、われわれが来たころとは土地の借りやすさが全然違います。すぐには土地を貸してくれないかもしれませんが、耕作放棄地にするくらいならと使ってもらいたがっている人が増えていると思いますよ」

ちょっと茶色い、味わい深い麺に仕上がった

わたなべ:「あまりにも東京に人口が集中しているから、それがもっと地方に分散して、こういう生き方ができる人が増えるといいかな。みんなにそうしろとは言わないけど、こういう暮らしが適している人はいっぱいいるはず」

沙羅:「少し不便な暮らしっていうのは楽しい。ちょっとの不便は自分の考える余地があっておもしろいっていうのは伝えていきたいな。もっとみんなに知ってほしい」

渡辺さとみさん(以下、さとみ):「なんでも工夫で乗り越える。達成感のある暮らしだよね」

お好みでスープの味付けをして、自分で打った麺を茹でて、好きなものをトッピングしていく

虫草農園ラーメン春バージョンの完成。薬味として仕上げに散らしたネギ坊主がポイント

――ここの暮らしで不満な点はなにかありますか?

沙羅:「不満?」

さとみ:「どうだろ?」

わたなべ:「……」

――黙り込んじゃった。

さとみ:「都会に住んでいたときは寒いのが嫌いだったけど、ここの寒さは好きだし」

沙羅:「一日が24時間しかないことかな」

さとみ:「確かに時間が足りない」

わたなべ:「もう一生分、それ以上にやりたいことがたまっちゃっている感じだな。不満っていうわけじゃないけれど、時間がもう少しあるといいね」

――ぜひ長生きしてください。都会の暮らしと違って、お金を使って時間をつぶす必要がないですね。

わたなべ:「それをしないですむのが、この暮らしのいいところ!」

どっしりとした醤油味の鶏スープに、意外とモチモチに仕上がった自家製麺がよく合う。名残りの山菜のほろ苦さが贅沢な一期一会の一杯だ

次は南アルプスならぬ南インドのミールスでもつくりましょう

渡辺家が実践している食べ物やエネルギーの自給自足の方法は、北杜市白州町という環境に合わせたものであり、もしこれが別の場所に住んでいたなら、また少し違う方法を選んでいたはずだ。

ここは都心から近いエリアなので、ちょっと変わった無農薬の野菜を多少不格好でも買ってくれる人がいる。だからこそ虫草農園が成り立つというのもあるだろう。

当たり前の話だが渡辺家と同じことをする必要はまったくなく、取り入れられそうな部分があれば真似させてもらえばいいし、自分の住んでいる場所ならこういうことができるかなと頭を働かせればいい話。

こうして理想的な一日を過ごさせてもらったが、この日は渡辺家に仕事を休んでいただいたので、ゆったりとした休日となったが、実際は草刈りや収穫に追われる忙しい日々を送っているのだ。

わたなべさん所有の古い製麺機があった。これもいつかレストアしてほしい

それにしても学びが多い一日だった。太陽光発電といえばメガソーラーのネガティブな話ばかり聞こえてきて思考がストップしていたが、メガではなくミニマムなソーラーパネルで、必要な分だけ発電するという方法があるのか。

今後ソーラーパネルやバッテリーの性能が今以上に進歩することで、さらに現実的で経済的な選択肢となるのだろう。

帰りに高速道路のサービスエリアで1リッター183円のガソリンを入れながら、もし私も田舎暮らしをするならば、ソーラーパネルと電気軽自動車を買おうと思った。

ありがとうございました!

わたなべあきひこBlog「自給知足がおもしろい」

わたなべあきひこTwitter

虫草農園

 

【いろんな街で捕まえて食べる】 過去の記事 

suumo.jp

著者:玉置 標本

玉置標本

趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺づくりが趣味。『育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた。 実はよく知らない植物を育てる・採る・食べる』(家の光協会)発売中。

Twitter:https://twitter.com/hyouhon ブログ:http://www.hyouhon.com/