「都下」八王子に生まれ育つということ

著:渡辺 紺

 
中央線のほとんど最果ての街でこれを書いている。
東京都八王子市。この街で18歳までを過ごした。

 


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JR八王子駅北口駅前の「東急スクエア」。ファッションセンターしまむら、Right-onなどのテナントが入っている。とうとうここで服を買うことなく街を出てしまった

八王子はPARCOがあるほど都会ではないけれど、AEONがあるほど田舎でもない。文化はTSUTAYAにしかなかった。

 

SupremeもYohji Yamamotoもmiu miuも売っている場所がない。SWIMMERも、ヴィレッジ・ヴァンガードすら当時はなかった。名画座も、サイファーも、抽選販売をやるようなスニーカー店も、特別盛り上がってるスケートスポットもない。

 

これはとてつもない絶望だった。現在カルチャー系のライターとして生計を立てている29歳の自分が、この街に住んでいた18歳までの自分の文化的な飢餓感を思い返すと、絶望なんて物騒な言葉を選べてしまえる。

 

街を出るまで世間の人が中央線沿線の街にサブカルのイメージを抱いているのを知らなかった。中央線のことは、偽物の東京から本物の東京へ繋がる道としか思っていなかったから。


ひどい言い草で申し訳も品もないけれど、ただある1人の少年にとっては、単純に求めているものがほとんど手に入らない街だった。

 


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北口駅前のパチンコ店「PIA八王子」。ここにはかつてマルイがあった

 


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北口のメインストリート。今回寄稿の依頼を受けて困ったのが、紹介できるほど思い入れのある個人経営の喫茶店や料理店の類が1つも思い浮かばなかったことだ。商店街の大部分をチェーン店が占めていることも、東京の外れの街の特徴かもしれない

 

 

都下の同胞たちへ

自分の生まれ育った街と向き合うにあたって役立ったキーワードが3つあって、最初の1つがこの「都下」だ。都下という言葉を知ったとき、自分の生まれ故郷に対する感情がすとんと腹落ちしてふっと息が楽になった。
そうだ、ここは都の「下」なんだ。

 

都下というのは「23区外の東京」を指す言葉だ。
対して都内という言葉は「東京都全体」を指す用法のほかに「23区内」を意味する場合がある。

 

どういうことかというとつまり、「都下」の対義語はなんと「都内」なのだ。
都下は都内なのに都内じゃない。東京以下の東京。

 

そして思ったのは、都下の街に暮らす人のなかには、自分と同じような思いを抱えている同胞がいるはずだということ。
もちろん都下のなかには発展めざましい街もあって、例えばすぐ近くの立川市には、吉祥寺バウスシアター無きあと爆音上映を受け継いだ映画館「立川シネマシティ」や、ロックバンド・赤い公園のホームとして知られるライブハウス「立川Babel」がある。でも、"そうでない”都下もまたたくさんある。

 

"そうでない"都下に生まれ育ち、そのことに名状しがたい思いをもっている人たちに対してはただごとではない同胞意識があって、彼女ら彼らと共有できる何かをつくりたいとずっと考えてきた。今回の寄稿はその機会と捉えている。

 


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北口ロータリー。多摩美・中央・法政と、八王子には大学のキャンパスが多数ある。ここから大学に通っていた学生も少なくないだろう

 

 

認知症老人が書き殴った「人生八王子」

「人生八王子」というたった5文字の現代詩がある。これが2つ目のキーワードだ。これは都築響一の『夜露死苦現代詩』に掲載されている、ある独居老人が日記に書き殴った叫び、呪文、あるいはダイイングメッセージだ。

 

この本は、発した本人すらも詩だとは思っていないようなストリートの言葉、例えばトンネルの落書き、非行少年の特攻服に刺繍された文字列、認知症老人が口走った妄言などを収集し、「これらこそが現代の詩ではないだろうか」と提起・紹介する著作だ。

 

「人生八王子」なんてきっと世間の人にはまったく意味の分からないフレーズだろう。けれど自分には、この老人が何を言いたいのか痛いほど分かった。というか“痛みだけが分かった”のだ。


この老人は自身の70年あまりの冴えない人生と八王子の冴えない街並みを重ねたのだろうか、とか、噛み砕いて読み解くことはできる。できるがそうじゃない。そんな当事者間でしか共有しえない極めて切実な機微がこの詩に詠(うた)われていると感じられてならなかった。

 


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南口の住宅街から見上げる高層ビルは、南口の再開発の要だ。背の低い街並みのなかに唐突に現れるこのビルを見ていると、街が背伸びしているようでどこか心配になる

 

 

和葉が割り振られる程度の街

3つ目は和葉だ。和葉を知っているだろうか?
名著『名探偵コナン』の主人公・江戸川コナンと非常に深い関わりをもつキャラクターに工藤新一というのがいる。彼は作中「東の高校生探偵」と称され名声を得ていて、対して「西の高校生探偵」が服部平次。その恋人が和葉こと遠山和葉であり、作品への登場頻度は年数回ペースのゲストキャラである服部平次よりさらに低い。

 

前置きが長くなったが、いつだったか中央線全駅で『名探偵コナン』のスタンプラリーが実施され、各駅1人ずつキャラクターのスタンプが配置された。そのとき八王子駅に割り振られたのがこの和葉だったのだ。

 

これが実に絶妙なのが分かってもらえるだろうか? 和葉はメインキャラと呼ぶには程遠い。もっとマニアックなキャラはいくらでもいて、そこまでではないが決してコナンや灰原哀が配置されるような駅ではない。八王子というのは「和葉が割り振られる程度の街」なのだ。

 


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筆者が住んでいたころにはなかった南口のペデストリアンデッキ。南口も今では随分活気づいたが、あのころの南口駅前ロータリーで一番若者が集まる場所はCoCo壱番屋だった


「都下」というカテゴライズ、「人生八王子」という現代詩、そして「和葉」のスタンプ。
この3つが八王子という街を端的に表現しているように思えて、ようやく自分の故郷に納得済みでまっすぐ向き合えるようになった気がした。

 


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南口を進んだ先の住宅街。筆者の12年間の通学路だった道だ。今でもこの道は驚くほど変わらない佇まいで迎えてくれたが、終始どこかよそよそしい気持ちで通り過ぎた。思えばここに住んでいた頃もこんな気持ちだった

 

 

絶望とうまくやっていくこと

ダウナーな話ばかり書いてきたが、ただ絶望していた訳じゃない。その話を都下の同胞たちに読んでほしくてこの先の文章を書く。文化に触れるチャンネルが少ない街での戦い方の話だ。

最初のうちは自分の理想を汚されないよう精一杯気取って、必死にもがくことを恥と考えて絶望に浸り、退屈だと街を見下しもした。退屈そうに生まれ故郷を見下していることで外聞を保った気でいた。
ただそうしているうちに、絶望していることのあまりの退屈さに恥も外聞もなくなってしまったのだ。

そこからは浸っていた絶望から上がって、絶望と目線を合わせ、絶望と仲良くなろうと思うようになった。つまり、おもしろくなさそうな物事にも飛び込んで、自力でおもしろさを見出しておもしろがるDIY精神を自分に課したのだ。そうして、使えるチャンネルはすべて使ってもがく決意が固まった。

 


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子安公園。ここで毎日野良猫と世間話をしてから登校した。ごくまれに言葉が通じている確信がもてた。筆者はなかなかキツい少年だったのだ

例えば雑誌だ。当時、休日の大半の時間をTSUTAYA西八王子店で過ごし、立ち読みできる雑誌をすべて読んでいた。すべてだ。音楽・ファッション・芸能・文芸誌はもちろん、マダム向けのライフスタイル誌ではミトンの編み方を学び、ルールも知らないスポーツの専門誌ではアメリカンフットボールなる未知のスポーツの試合風景に思いをはせた。

「マダムはこういう物事に興味をもつのか」とか「アメフトをやっているマッチョにはこういう書き方をすると響くのか」とか、そういう知識が押し寄せてくるのがおもしろくてしょうがなかった。おもしろがれるように自分を鍛えたから。

 


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自分が18歳までに獲得したカルチャーはほとんどすべて、かつてこの場所にあったTSUTAYA西八王子店で学んだものだった。今では冗談みたいに駐車場の広いセブンイレブンが建っていて、少し泣いてしまった

例えばテレビだ。八王子の一部地域では、東京の外れという立地ゆえ隣接する他県のテレビ局の電波を受信できた。
このなかにもおもしろいものは眠っているはずと片っ端からチェックした。あまり期待にかなう番組は見つからなかったが、ごくごく稀にヒット番組もあった。木村カエラがMCを務めていたことでも知られ、00年代当時のサブカルシーンで存在感を示していたtvkの看板番組『saku saku』がその1つだった。
この番組の深夜の再放送を観ている時間は、最前線のカルチャーに触れられている実感がもてる貴重なひとときだった。

 

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例えば音楽だ。TSUTAYA西八王子店では当時、レンタルCDの入荷リクエストを受け付けていて、そこで広めたいバンドのCDを入荷リクエストし、貸出動向をチェックすることでちょっとしたバイヤー気分を味わっていた。
自分のリクエストを受けて入荷されたCDが好評を得てひっきりなしに「貸出中」になっているときの興奮は、間違いなくくすぶっていた1人の少年を支えていた。

 

入荷リクエストしたバンドのなかでも飛び抜けて多くの人に愛されることになったのがチャットモンチーで、そのチャットモンチーをデビュー直後から知っていたのは『saku saku』の番組の合間に流れていた彼女らの初の全国流通盤のCMを観ていたからだし、入荷リクエストしようと思ったのは片っ端から読んでいる雑誌のどれにもまだ彼女らをプッシュした記事が載っておらず、放っておいたら入荷しなさそうだと思ったから。


ある意味、八王子で生まれ育ったからこそ出会い、微力も微力ながらいち早く広めることに貢献できた。そしてそのことが巡り巡って、先日活動休止前最後のインタビューを担当することにも繋がった。

news.yahoo.co.jp

 

紛れもなくあの街で育ったからこそこうなった自分

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あのころ雑誌を読み漁り、テレビを観漁り、音楽を聴き漁っていた少年はその後、雑誌編集者となり、テレビ局に勤務する機会にも恵まれ、音楽ライターとしての仕事にもありついている。
特に、疑似バイヤー活動を経て得られたささやかな成功体験は、音楽の仕事をするうえで恥ずかしながら今でも力強く背中を支えてくれている。

 

あのころ絶望せず、絶望とうまくやっていく道を模索したことが、全部今に繋がっている。おかげでこの絶望とはもう随分仲良くなったつもりだ。絶望のほうもそう思ってくれてたらうれしいんだけど。


今でもこの“パッと見でおもしろがる余地がなさそうな物事を自分からおもしろがりにいくこと”が克明に癖づいている。直近で言えば、ワークマンのアパレル商品のなかからモードに着られそうなアイテムを探したり、100円ショップにある大手メーカーの類似品っぽいスナックをサンプリング元と比較検証したりといったことが最新の趣味だ。

 

ずっと八王子には何もないと思っていた。「ところがそうじゃなかった」という話をしたいんじゃない。何もなくても何かあってもあまり関係ないので、思いつめると本質を見失うということだ。今いる場所で何をおもしろがれるかが自分自身だ。絶望してる場合じゃない。今絶望してる人、たぶんもうそろそろ気づきはじめてると思うけど、絶望してるのって超つまんないよな。 じゃあ、このあとどうする?

 

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 八王子市では、17:00の『夕焼け小焼け』のほか、14:00にこの街出身の歌手・松任谷由実の楽曲『守ってあげたい』のチャイムが流れる。サビで「だから心配ないよ」と繰り返すその「だから」が何を指すのかを考えはじめるといつも、答えが出ないうちに『夕焼け小焼け』が流れはじめた。2つめのチャイムを聴きながら、都会でも田舎でもないこの街と一緒に中央線色の夕日に塗りつぶされていった子どもの自分を思い出す。


その記憶の中の風景は存外悪くなくて、市外の人に笑顔で語れる故郷の話題の1つだ。

 

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著者:渡辺 紺(わたなべ こん)

渡辺こん

東京都下・八王子市出身。音楽をはじめとしたエンタメ・カルチャー媒体を中心に寄稿するライター/編集者。

Twitter :@matenrou_kids

記事公開時、八王子市のチャイムの説明に誤りがありました。9月15日(土)9:30ごろ修正しました。お詫びして訂正いたします。ご指摘ありがとうございました。

編集:Huuuu inc.

写真:なかむらしんたろう