酒乱、暴力、流血が日常。1985年の新宿ゴールデン街で過ごした青春。――小説家・馳星周さん

インタビューと文章: 榎並紀行(やじろべえ) 写真:藤本和成

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ノワール小説の名手として知られる馳星周さん。

北海道の田舎町で育った読書好きの少年は、18歳で上京。同時に、新宿ゴールデン街という、新宿歌舞伎町のなかでも最もカオスな一画に足を踏み入れ、濃密な青春時代を過ごします。

そこを訪れる、身勝手な酔っ払いたちを嫌悪していたという馳さん。しかし一方で、自らを育て、小説家としての礎を築いてくれたゴールデン街には愛憎半ばする特別な感情を抱いているようです。

新宿ゴールデン街で過ごした、青春時代について伺いました。

一通の手紙から膨らんだ、東京への思い

―― 少年時代から本の虫だったそうですね。ただ、当時は自宅近くに大きな本屋がなかったとか?

馳星周さん(以下、馳):地元は北海道の日高地方。サラブレッドの生産地で、人より馬が多いと言われるような、ものすごい田舎でした。本屋も街に一軒しかなく、それも文房具屋のおまけにくっついているような規模のお店です。文庫やコミック、雑誌くらいしか置いてなくて、好きな本もなかなか買えない。だから、月に1度、大きな本屋がある苫小牧まで親に連れて行ってもらっていました。

―― 特に冒険小説に夢中だったと。どんなきっかけで好きになったのですか?

:小学生、中学生の頃は日本のSF小説ばかり読んでいました。筒井康隆さんや小松左京さん、平井和正さん、田中浩二さんなどです。それで、平井さんや田中さんの本のあとがきに、レイモンド・チャンドラーやアステリア・マクリーンの冒険小説がどうのこうのと書いてあるのを見て、興味を持ちました。でも、周りには読書が趣味の友達なんて一人もいなくて、大好きな冒険小説のことを語り合える機会もなく悶々としていましたね。

そんな時に出合ったのが、内藤陳さん*1の冒険小説についての書評です。月刊プレイボーイっていう雑誌にハードボイルドや冒険小説に特化した書評を連載していて、それを読んだとき「俺が面白いと思うものを、同じように面白がっている人がいる」と、嬉しくなりました。

―― 初めて思いを共有できる相手が見つかったと。

:そう。それで、いてもたってもいられなくなり、雑誌の編集部に内藤さん宛の手紙を送ったんです。陳さんからすれば、田舎の高校生のファンレターがもの珍しかったんでしょうね。しばらくすると返事が来て、「今度、日本冒険小説協会っていうのを立ち上げて、新宿ゴールデン街でバーを始めるから、もし大学進学で上京することがあったら遊びに来い」と書いてあった。

元から首都圏の大学に行くつもりでしたが、それからはより東京への思いが強くなりました。陳さんがオープンするという本好きが集う酒場で、この熱い思いを分かち合いたいと。

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屋根をパンツ一丁で……衝撃的すぎた新宿ゴールデン街

―― そのバーというのが、新宿ゴールデン街の「深夜プラスワン」ですね。昨年末に出版された1985年の新宿ゴールデン街を舞台にした馳さんの自伝的小説『ゴールデン街コーリング』(以下、小説)では「マーロウ」として登場します。

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:そうそう。それで、大学受験の前日に、初めてお店に行ってみたんです。

―― その時はゴールデン街自体も初めてですよね。どんな印象でしたか?

:こわい(笑)。その一言です。お店の屋根をパンツ一丁で走っている男がいたりしてね。

―― それ、どういう状況なんでしょうか……。

:たぶん、ぼったくりから逃げてたんでしょう。当時のゴールデン街は青線だったので、飲み屋の2階がそういうことをする場所でした。そこで客を裸にして、逃げられないようにしてから「金払え!」ってやってたんじゃないかな。

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―― それでも逃げたと……パンツ一丁で。田舎から出てきた当時10代の少年には、かなり衝撃的な光景だと思いますが……。

:衝撃ですよ。それでも、思い切って足を踏み入れてみた。たぶんそこで店に入らなかったら、僕の青春というか、人生そのものが今とはだいぶ違うものになっていたでしょうね。

―― 上京後は「深夜プラスワン」でアルバイトを始めたんですよね。当時の生活ぶりは?

:まず、朝の4時に店を閉めて、ゴールデン街の他の店に行きます。タクシーで帰るお金がもったいないので、だいたい始発まで飲む。嫌なことがあった日は7時か8時くらいまで飲んで東中野のアパートに帰り、昼過ぎまで寝る。それから風呂に入って、また新宿に出て映画を観たり、書店で本を買ってからゴールデン街に行くっていう。その繰り返しでした。

―― 大学は横浜だったそうですが、東中野からだと通学が不便じゃないですか?

:大学にはほとんど行っていませんでしたからね。新宿が生活の拠点になっていたから、なるべく近いところにアパートを借りました。6畳1間で、寝るのと本を置くためだけの部屋です。バスルームとトイレまでの動線だけは確保して、あとは台所のシンクの上にまで本を積み上げていました。その間に酒の空き瓶が転がっているような、ひどい部屋でしたよ。

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酒乱、暴力、流血……ゴールデン街が最も「らしかった」時代

―― 1980年代半ばの「深夜プラスワン」はどんな雰囲気だったんでしょうか?

:とにかく熱気がすごかった。10席しかない店に30人くらいのお客さんがいて、暑いし、トイレに行くのもひと苦労。ただ、本好き、文学好きが集まるお店だったので、みんな生き生きしていました。当時はやっとパソコン通信が始まったくらいで、インターネットもSNSもない。だから、みんな共通の趣味の話で盛り上がれる機会をリアルな場に求めていたんだと思います。陳さんが「あそこに行けば小説の話ができる」っていうお店を作ってくれたんですね。

―― 馳さんにとっても夢のような場所だったのでは?

:まあ、酔っ払いさえいなければね。バイトを始めて3日も経たないうちに、酔っ払いたちの相手をするのがしんどくなりました。小説の話をしにくるような客は、みんな終電で帰ってしまうんですよ。そこからは、職業不貞の酔っ払いたちがやってきて、ゴールデン街は有象無象の魑魅魍魎の世界になります。やたらと議論をふっかけるくせに、相手の話は全く聞いていない。そんな人たちばっかりだったので。

ただ、なかでも一番苦労させられたのは陳さんですけどね。陳さんこそが、一番ひどい酔っ払いでした。

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―― 内藤さんって、どういう人だったんですか?

:酒乱です。普段はとてもやさしくて良い人だけど、そのぶん鬱憤が溜まっているんでしょうね。酒を呑むと爆発する。とにかく人に言いがかりをつけたい、攻撃したいがために常にアンテナを前後左右に張り巡らせているんです。おまけに、耳がいいんですよ。自分への悪口や苦言は絶対に聞き逃さない。

―― 小説でも、内藤陳さんをモデルとしたマスターのハチャメチャぶりが描かれています。本当に、あんな感じだったんですね。

:小説ではだいぶソフトにしてますけどね。書けないことが大半なので(笑)。

―― 小説ではのっけからマスターが客を殴り飛ばしていますが……、あれでもソフトなんですか。

:まあでも、それは陳さんや深夜プラスワンに限ったことじゃなくて、当時のゴールデン街では喧嘩なんて日常茶飯事でしたから。基本的に映画や演劇関係者が集まるところだったんですけど、売れてない業界人って鬱屈しているんですよ。「俺が売れてないのは世間が馬鹿だからだ!」って。なんか常に議論しているし、その末に殴り合いが始まる。深夜1時に氷がなくなって買い出しに行くと、路地で誰かが血を流している。それが普通なので、誰も気にしません。

―― 今の観光地化された平和なゴールデン街とはぜんぜん違いますね。

:そうですね。その頃が、ゴールデン街が最もゴールデン街らしかった時代でしょうね。その後、日本全体がバブルを境に変わっていって、ゴールデン街のカオスな雰囲気も失われていったと思います。

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ゴールデン街にいなかったら、小説家にはなれなかった

―― 小説には粋でやさしく、かっこいいゴールデン街の住人も登場します。実在のモデルもいらっしゃるんでしょうか?

:実在の人だったり、いろんな人の要素を組み合わせて作ったキャラクターもいます。

―― バイトで困った酔っ払いに疲弊しているぶん、良識ある大人たちのやさしい言葉やふるまいが余計に染みたのでは?

:そうですね。いつもニコニコしながら飲んでて、周囲が険悪な雰囲気になると「まあまあ」みたいな感じで収めてしまう。かっこいいなと思いました。ただ、そんな人ほど本気で怒らせると怖そうなんですけどね。

あと、当時のゴールデン街は食えてない劇団員とか、僕みたいな貧乏学生にやさしかった。ボトルさえ入れていれば、何時間いても1000円なんです。1000円すらないときはツケにしてくれたり、流れたボトルをタダで飲ませてくれたりもしましたね。

―― ご飯も安く食べさせてもらったとか。

:どの店もつまみは乾きものなんですけど、行きつけのバーに行くと馴染みのオカマ店主が厚揚げなんかを焼いて出してくれる。で、その会計をベロベロに酔っぱらったそのへんのおっさんにこっそりつけてくれたりする。5000円が1万円になったら気づくけど、1500円が2000円になったってわかりゃしないだろうってね。

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―― おじさんには気の毒ですが……、お金がない若者にとってはありがたいですね。

:そうですね。基本ぼったくりの店でも、ゴールデン街の住人と認めた人にはやらない。あとは、オカマのママさんが「タダで呑ませてあげるから腕さわらせて」って言ってきたりね。

―― お酒の飲み方もゴールデン街に教えてもらったという感じですか?

:教えてもらったというより、店のカウンター越しに観察して学んだ感じです。腹の立つ酔っ払いを見て、自分はこういう飲み方はしないぞって。酒に飲まれない、かっこいい大人の真似をしようと。

ただ、そういう人は少なかったですけどね。当時のゴールデン街って、基本的には負け犬の街だった。負け犬たちが傷をなめ合っている感覚が強くて、いつまでもここにいちゃ駄目だと何となく思うようになっていきました。

―― お話を伺っていると、馳さんはゴールデン街に対して愛憎半ばする複雑な感情を抱かれていると感じます。一言で言い表すことは難しいと思いますが、ゴールデン街の好きなところ、嫌いなところをそれぞれ教えてください。

:それは本当に難しいんだけど……好きも嫌いも、結局はそこを訪れる人次第ですよね。ゴールデン街に来る人のうち7割は嫌いだったけど、残りの3割は大好きな人たち。それだけで、どんなに嫌な思いをしても許せてしまう。

そういう意味では、今のゴールデン街は外国人の観光客ばかりで僕にはよく分からないかな。ただ、それに対してどうこう思うことはないし、昔のほうが良かったとも言いたくない。街は生き物で、変わるのが当たり前ですから。

まあ、たまに行くと、あまりの変化に驚きはしますけどね。ゴールデン街の店からレゲエが流れてくることなんて、昔じゃあり得なかったですから。

―― 率直に、ゴールデン街にいてよかったと思いますか?

:そうですね。ゴールデン街にいなかったら、たぶん小説家にもなれていないと思います。バーテンダーをやることで自然と人を観察するクセがついて、仕草や態度から考えていることが何となく分かるようになったし、深夜プラスワンに来るお客さんと話をするために読んだ本が、結果的に小説家としての血肉になっている。あの頃、1日1冊は必ず読んでいましたから。

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犬のために長野に転居、隠者のような生活に

―― 今は長野の軽井沢にお住まいとのことですが、転居のきっかけは?

:犬です。

―― 犬?

:そう、犬。小説家デビューする前からバーニーズ・マウンテン・ドッグと東京で暮らしていましたが、11歳の時にガンになってしまったんです。現代の医学では治療法がなく、余命3ヶ月と診断されました。それで、最後の夏を東京で過ごさせるのは忍びなくて、軽井沢に別荘を借りたんですね。そしたら、末期ガンとは思えないほど元気に走り回った。

その姿を見て、大型犬と狭い東京で暮らすのは人間のエゴなんじゃないかと。僕の仕事はネットさえつながればどこでもできるし、東京も十分遊んだし、もう引っ越しちゃおうって。

―― 東京での生活に未練はないと。

:まったくないです。たまに来ると楽しいですけど、また住もうとは思わない。

―― 軽井沢での生活ぶりは?

:犬のために引越したようなものなので、犬の散歩が中心の生活です。夏は4時に起きて散歩して、夕方まで仕事して、ご飯を食べて10時~10時半には寝てしまいますね。お酒は今も飲みますが、晩酌程度。外食は東京から編集者が来た時くらいで、基本は僕が作って家で食べます。それこそゴールデン街にいた頃と比べたら、隠者のような暮らしですよ(笑)。

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お話を伺った人:馳星周(はせ・せいしゅう)

馳星周

1965年北海道生まれ。横浜市立大学卒業。出版社勤務を経てフリーライターになる。96年『不夜城』で小説家としてデビュー。翌年に同作品で第18回吉川英治文学新人賞、98年に『鎮魂歌 不夜城Ⅱ』で第51回日本推理作家協会賞、99年に『漂流街』で第1回大藪春彦賞を受賞。著書多数。近著に『ゴールデン街コーリング』『アンタッチャブル』『陽だまりの天使たち ソウルメイトⅡ』『神奈備』『比ぶ者なき』『暗手』『神の涙』『蒼き山嶺』『雨降る森の犬』など。

聞き手:榎並紀行(やじろべえ)

榎並紀行(やじろべえ)編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。「SUUMO」をはじめ、脱力系サイト「デイリーポータルZ」などの媒体に寄稿中。ニューヨーク出身という冗談みたいな経歴ですが、英語は話せません。

*1: コメディアン、俳優、書評家。冒険小説やハードボイルド小説を愛し、1981年に日本冒険小説協会を設立。その公認酒場である新宿ゴールデン街のバー「深夜プラスワン」を経営していた。