Chillが先、茅ヶ崎。私が私であることを許してくれる場所【 街と音楽】

著者: なみちえ 

  

自室、スタジオ、ライブハウス、時にはそこらの公園や道端など、街のあらゆる場所で生まれ続ける音楽たち。この連載では、各地で活動するミュージシャンの「街」をテーマにしたエッセイとプレイリストをお届けします。

 

◆◆◆

 

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波が寄せては返し、潮が満ちては引いていく。
海はエネルギーが連続し、大きく流動する生き物のようだ。

私は良くも悪くも繊細で、その繊細さを放棄できないし粗雑にすることはできない。でも海を見ていると、ちっぽけな人間がちっぽけな社会の中で踊っているということを再認識して、クスっと笑えてきたりする。

 

私が生まれ育った茅ヶ崎は、そんな海に面した豊かな地域である。海の他にも山があり、川があり、温かい人がいて、音楽に満ち溢れている……。

私が現在アーティストとして(時にはメディアのエゴに揉まれながらではあるが)自由に表現できるのも、この土地の豊かさがあったからこそだと、勝手に思っている。 

その本質的な豊かさや魅力を書き切ることは到底できないけれど、私が生後から現在までこの土地で育ち、独自の解釈を持つ一人の人間となった、ということを少しでもわかってくれたらうれしい。

 

幼少期よく遊んだ場所、矢畑神社

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近所にある矢畑神社は、毎年家族そろって初詣に行く場所だ。

0時を過ぎ、ジャケットを着たおじいちゃんの「行くぞー」という掛け声を合図に兄弟三人が外に出る。 正直、参拝の意味について深く考えたことはなかったけれど、お焚き上げに照らされて光る神社が昼より荘厳に見えて、眠気と凍えを感じていた体が引き締まる。

この神社は、母方のひいおばあちゃんであるナミイさんともよく遊びに行った。幼少期のころはブランコや滑り台でいくらでも時間を潰せていたが、今では跡形も無くなっている。 

ナミイさんはこの神社が好きで、認知症を患ってしまった後もよく一緒にここまで散歩した。

決して家から遠くはないが、ナミイさんと行くときはしっかり手をつなぎ、何度か休みながらゆっくりと向かう。そして、家に帰るときもまた行きと同じよう、何度も休みながら家路に着いた。

彼女はどんなに記憶が朧げになろうとも、この神社までの道のりは忘れていなかった。 

何気ない散歩ではあったが、このゆっくりと流れる時間と、おばあちゃんのシワシワの手と、その指に付けられた指輪ごと繋がれた自分の手を思い出すたびに、平和な気持ちになれるのだ。

 

心落ち着く中央公園

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茅ヶ崎駅の北口から徒歩で10分程歩いたところに中央公園はある。とても広い場所なため、イベントが催されることも多い。

ステージ上で催し物が行われてるとき、幼少期は特に引っ込み思案だった私は、人前で何かをすることは楽しいのかなと思っていた記憶がある。でも、そう思っただけで、いつもイベント事は黙って観察する側だった。

小川が流れていて小池がある。草木があるが遊具はない。特にこれといって特徴のない公園だが、だからこそ“これといって特別じゃない日”にふらりと立ち寄ることが多い。

今年、自分の誕生日である7月18日に亡くなった愛犬のつぶを連れて散歩をしたり、茅ヶ崎に遊びに来た鎮座DOPENESSとキャッチボールをした。

当時の私は東京で仕事をすることが多く、ものすごいスピードで魂を摩耗していたため、この平凡な公園で「キャッチボール」をした日のことは、とても印象的に心に残っている。

 

亀と私の物語をつくった小出川

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相模川の支流の一つである小出川は、小学校の課外授業でも訪れたことがある。

昔から動物が好きだったので、当時はポケット動物図鑑を持ち歩き、川辺に生息する鳥や生い茂る草木の合間にいる虫の名前を覚えていた。

 中でもカマキリが特に好きで、よく捕まえた。大きなメスカマキリが自宅の木に卵を産んだ時は、幼虫を学校でずっと観察していたので、その時期の授業は全く覚えていない。

6歳のころ、同じ動物図鑑をアフリカ・ガーナで読了。乾いた大地を走る”レインボーアガマ”を生でみた私は、いつか動物博士になれると信じていた。

 

そして、最近めっぽう好きなのが亀だ

ここは私の楽曲「おまえをにがす」のMV撮影をした思い出の場所でもある。思い出といっても、ペットの亀が本当に逃げないよう握りしめて、手のひらが傷だらけになっただけに過ぎないけれど。その時の痛みは鮮明に覚えている。 

  

ここでは野生のミシシッピアカミミガメ(彼らは何世になるのだろうか)を見ることができる。

小出川の他でいうと、亀が日光浴している姿を見れる千ノ川に行くことも多い。自分は亀を10匹以上飼っていながらも、休日はさまざまな川で亀を見て過ごしている。これが私の精神にとって一番ストレスのない時間だ。

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さて、もうお気付きの通り、私には大層な趣味があるわけではない。大きな興味を感じるものもなければ、特筆して主張したいことも特にない。

でも、私はなんでもできてしまう。何でもできる私にとって、「なにもしなくていい」地元にはどんどんと愛着がわく。

 

私が大学一年生の時に結成したバンド、グローバルシャイの楽曲である『Chillが先』は、そんな感情から生まれた。曲名はその名の通り『茅ヶ崎』と掛けていて、「とにかく地元で休もうよ。」をコンセプトとしている


 

自分自身の”好きで強いわけではない自我”を尊重しながらも、もっと柔軟で緩やかな感情のままで発信したいと思って製作した楽曲だ。

私にとって茅ヶ崎に住むことは精神の緩和剤になっているのだろう。この曲をLIVEで演奏しているときはいつもどこか心が落ち着いて、穏やかな気持ちになれる。

 

音楽と懐かしさとブランディン

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茅ヶ崎と辻堂の真ん中くらいにあるのが『ブランディン』というレコードカフェだ。

「茅ヶ崎にもこんな素敵な所があるんだね!」と友人と行ったのが最初の始まり。中にはたくさんのレコードや本が並び、表紙を見ているだけでもワクワクする。

聞いたことがない音楽をレコードで聴くと、世界は音楽一色に変わり、なんとも心地のよい時間が過ぎていく。

 最近はジュークボックスも置きはじめ、100円を入れて動く姿に大興奮した。流した曲は山下達郎の『BOMBER』とThe Marcels の『Blue Moon』。ジュークボックスの前にへばりついて聞いていたら「そんなにマジマジと見る人は中々いないよ」と常連さんに笑われた。

久しぶりにお店に訪れると、私のアルバムの書評が載った雑誌が置いてあった。「私載ってる!!」とオーナーさんに見せにいくと、また笑われる。

 音楽には形がないからこそ、さまざまな形態で表現を包み、広がっている。

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みんなの海、私の海

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 私は表現者として常に人との違いを顕著に表すことを求められてきた。

そうやって人と違う部分を強調させられることで、一番大事だったであろう自我を失いかけては、この土地に戻りまた回復している。

特筆することがないことの連続性。そんなたわいのないことが、今の私にとって一番必要で、一番求めていることだった。今一番尊重したい私の魂のかたちは、茅ヶ崎の海によく似ている。

海も、街も、音楽も、存在している全てのものには意味がある。ただ私はそれについて深く言及する言葉を十分に持ち合わせておらず、言語化できないゆえの居心地の良さを抱えながら、ただそこに佇んでいる。

それは寄せては返し、満ちては引く海のように、極めて自然なことなのかもしれない。

 

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<なみちえのプレイリスト>
茅ヶ崎を歩くときに楽しい曲です。

 

 
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著者:なみちえ

なみちえ

1997年生まれ、東京芸術大学先端芸術表現科首席卒。ラッパー/着ぐるみ作家/美術家。文藝 2019年冬季号への寄稿や、クローズアップ現代+に出演するなど多岐にわたり活動を行なっている。ソロの他、バンド:グローバルシャイ、クリエイティブユニットTAMURAKINGでも活動している。
twitter:@namichi7373

 

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suumo.jp

写真:nasatam

編集:Huuuu inc.