突然の一人暮らしを支えてくれた、「千鳥橋」の丁度よさと心地よさ

著: たけしげみゆき 

27歳の冬、私は縁もゆかりも思い入れもない大阪市此花区にある「千鳥橋」という駅のそばで、人生初めての一人暮らしをスタートした。

一般的に「初めての一人暮らし」という言葉からは、新生活への期待と少しの不安が入り混じった甘酸っぱい気持ちが連想されるだろう。だが私の一人暮らしは、そういったトキメキとは無縁のところから始まった。

私は21歳のころ、当時のパートナーと共に「シカク」というインディーズの本や雑貨を売るお店をオープンした。
はじめは小規模だったお店の商品がだんだん増え、手狭になったのでもっと広い場所に移転したいと考え始めたのが27歳のころ。そして条件に見合う物件がたまたま千鳥橋駅のそばだったので、ほとんど訪れたこともなく、当然思い入れもなかったその町にお店と一緒に引越すことにした。

しかし、お店の移転が完了して「さあこれから」という時に、パートナーと電撃離婚し、経営を私が引き継ぐことに。
こうして私はまったく馴染みのない千鳥橋エリアで、まったく予期していなかった形で、お店を経営しながら初めての一人暮らしをスタートするハメになった。

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私がやっているお店「シカク」。千鳥橋の住宅街で営業中

……と、いきなり重い話をしてしまったが、それから4年経った今でも千鳥橋エリアで元気にシングル&お店ライフを満喫している。
有名な施設や名所があるわけではないが、この町はすべてが丁度よく、妙に居心地がいいのだ。

自転車10分の距離に生活のすべてがある

千鳥橋駅で降り立ってすぐ目につくのは、商店街のアーケード。
千鳥橋には3つの商店街がある。三角定規のように鋭角に交差する「四貫島商店街」「四貫島中央通商店街」と、道路を挟んだ向かいにある「此花ストリート(正式名称:此花住吉商店会)」で、長さは合計300メートルほどになる。

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商店街の中には昔ながらの肉屋、魚屋、八百屋、ふらっと入れる定食屋や喫茶店、ドラッグストアや文房具屋などが軒を連ねており、とりあえず一周すれば生活に必要なものはだいたい手に入る。ほとんどが個人経営のお店なので、画一化されていない人間らしさあふれる買い物を楽しむことができる。

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私が一番お世話になっているのは、毎日出勤で通る此花ストリートにある総菜屋「天武」。
ここでお昼に販売される450円のサービス弁当を、私は多いときで週に3回食べている。唐揚げや煮魚などのメイン料理に加え、副菜を2種類自由に選ぶことができるので、
「野菜を摂りたい……でも働きながら自炊をするのはしんどい……」
という欲張りな人間にとってはたいへん都合がいいのだ。
副菜の種類は毎日変わるので、週3で食べてもまったく飽きない。通いすぎてすっかり顔を覚えられ、時々おかずを1品サービスしてくれるようになった。

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一人暮らしの健康を支えてくれるサービス弁当、このボリュームで450円

また、天武から少し南東に進んだところにある「ヤマザキサンロイヤル河野」も外せない。一応コンビニチェーンの「デイリーヤマザキ」のフランチャイズ店らしいのだが、ここにはお店の方が早起きしてつくった手づくりのサンドイッチが売っているのだ。
私は玉子サンド(卵焼きではなく、ゆで卵を潰してマヨネーズを和えたものが挟まっているタイプのほう)が大好きなのだが、ここの玉子サンドは材料のバランスと手づくりゆえの優しい味わいが絶妙だ。この味を知ってから他のコンビニの玉子サンドをほとんど食べなくなってしまった。
こちらも足繁く通っているうちに顔を覚えてくれ、ときどき本社から送られてくる試供品のパンなどをわけていただけるようになった。

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手づくりのサンドイッチはどれもおいしい(お店の方の許可をいただいて撮影しています)

他にも豚肉100グラム50円前後からという衝撃低価格の「牛若精肉店」、Amazonで買い物を失敗しまくる私でも安心の間違いない商品がそろう日用品店「キッチン宝島」、新鮮な旬の果物が格安で買える「ふるぅつふぁみり〜」、その直営店で週末のみ開く絶品フルーツタルトのお店「ふぁみり〜たると」などなど、四貫島商店街周辺だけで書ききれないほどの好きなお店がある。

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ちょっと珍しい講談の劇場もある

またお店以外でも、区役所、郵便局、小学校、あらゆる種類の病院、銭湯、ホームセンターやスーパーなど、生活に必要な場所は自転車で10分程度の距離にほとんど集約されている。あまりの便利さに、
「こんなに便利さに慣れていては人間がダメになってしまうのではないか……」
と妙な不安に襲われるほどだ。

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商店街の周りは住宅地で、そこにもお店が点在している。地元民の利用がメインのこじんまりしたお店がほとんどで、派手な看板が出ていないため、4年暮らしていてもまだ行ったことのないお店や「こんなところにお店あったんだ!」という発見がゴロゴロ転がっている。
下町らしい風景もあちこちに見られるので、町歩き好きにはたまらない。

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こういう路地裏や古い建物が無数にある

他人以上、知り合い未満。町全体を包む名前のない関係性の心地よさ

千鳥橋駅を出て商店街と反対方向の北側に進むと、商店街のにぎやかさから一変、橋の下にいきなり原っぱというちょっと変わった風景が広がっている。

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ここは「正蓮寺川公園」という。
もともとは普通の川だったが、都市開発により埋め立てられ、現在ではやけに細長い公園となった。

ここでは遊具で遊ぶ子どもたちと、それを離れたところから見守る親御さんたちをよく見かける。ここは車が来ないし、公園自体の幅が狭いので子どもが外へ飛び出したり園内で見失う心配がかなり少ない。親御さんからしたら小さな子を安心して解き放てる数少ない場所なのだろう。

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車が通らず見通しもいいので安心

公園を抜けたところにある十字路を左手に曲がると、これまた突然景色が変わり、巨大な団地がいくつも立ち並ぶエリアに突入する。

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千鳥橋駅のすぐ裏手にあるこのエリアは、団地好きの間では密かに有名な場所だ。ひとくちに団地といってもいくつか種類があるのだが、このエリアは公営住宅・UR賃貸住宅・公社住宅の3種類の団地が隣接して建っている、国内でも非常に珍しいエリアなのである。
……ということを、私は千鳥橋に引越してから、シカクに本を置いてくれている団地愛好家の方から教わった。
それを知ってから散歩すると、建物や敷地内の細部にバリエーションがあることに気付けてなかなか楽しい。

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高さも形もさまざまな団地たち。ジオラマっぽさもある

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団地の種類が変わればディティールも変わる

団地がたくさんあることが関係しているかはわからないけど、千鳥橋で生活していると、人々の距離感が妙に近く感じる。
町には小さな子どもからご老人まで老若男女が入り混じっており、海外ルーツの方もよく見かける。一見バラバラのようだが、みんな寂しそうな感じがしない。それぞれがあちこちで適当に喋ったり、ゆるく繋がっているように見える。

そしてそれはたぶん気のせいではない。私自身、行く先々のお店の方や、ローカル感の強い飲食店で近くに座ったお客さんとなんとなくおしゃべりが始まることがかなり頻繁にある。

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家のような雰囲気のお店がやたらとある

シカクを訪れた友人やお客さんに近所の居酒屋を紹介して、後日「常連さんとおしゃべりで盛り上がりました!」と言われることも度々ある。
ある友人は、小さな子どもと一緒に行った魚屋さんでたまたまコロナの話になったとき、
「もしお金がなくなって、でも子どもに魚を食べさせたいときは、なんとかしたるから絶対に来るんやで」
と大将から力強く言われたという。

名前も知らない赤の他人同士なのに、なぜかほっとかれない、むしろ親密さすらある。そう感じるシチュエーションに、千鳥橋に住んでから幾度となく出会ってきた。海外旅行先で現地の人がやたらフレンドリーに話しかけてきてびっくりする、あの感覚に似ている。
とはいえ、濃密な近所づきあいを求められるわけではない。他人と知り合いの間の、名前のない距離感。町全体を包むその不思議な関係性に、特に離婚直後で心細かった時期はかなり心が癒やされたものだ。

淀川を歩きながら感じる季節の変化

最後に、もうひとつお気に入りの場所を紹介したい。
千鳥橋駅の少し西を走る国道43号線沿いにしばらく北上するとたどり着く、淀川の土手だ。

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淀川は、滋賀県の琵琶湖からスタートし、京都、大阪と3府県をまたぎ、最後は大阪湾へと流れていく巨大な川だ。
私はこれまでに何度か引越しを経験しているが、偶然にも生まれた町からずっと淀川のそばに住んでいる。
小さいころに家族でペットボトルロケットを飛ばしたり、入院した親族のお見舞いに行くと病室から見えたり、シカクの常連さんたちと屋根にのぼって花火大会を見た思い出の川。そして今、そこそこいい歳になった自分が散歩している川。
それらがすべて同じ川だと思うと、不思議なような懐かしいような、一言では表せない感情がこみあげる。

千鳥橋には緑が少ないので、自然の中でぼーっとしたい気分になったらこの土手にやってくる。土手を散歩しながら、季節ごとに変わる雲や風景、対岸の夜景などを眺める時間は癒やしのひと時だ。

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撮影時(9月中旬)は暑い日だったが、空はすっかり秋の気配に変わっていた

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川岸にかなり接近できるため、釣りを楽しむ人々も多い

なんだかんだ、この丁度いい町で暮らし続けるだろう

生活に必要なものが手の届く範囲にある丁度よさ、人や場所がつくり出す目に見えない居心地のよさ、そして気が向いたときに川でぼーっと過ごせる環境。
3拍子そろった千鳥橋エリアは、私にとって今まで暮らしたどこよりも愛着のある町になった。

さらにいうと、実は大阪の中心地へのアクセスも意外といい。我が家の最寄駅である阪神千鳥橋駅と、自転車で5分ほどのJR西九条駅からは、難波・梅田・天王寺という大阪の主要駅まで10分ほどでアクセスできる。シカクを訪れるお客さんからも
「千鳥橋駅って初めて降りたけど、意外と来やすいですね!」
と言ってもらえることが多い。

また数年間お店をやっているうちに、近所に住む常連さんが少しずつ増えてきた。みなさんから「このへんには本屋がないから、シカクさんがあってくれて嬉しいです」と言ってもらえると、成り行きとはいえここでお店をやっていてよかったと思う。
親子でたびたび遊びに来てくれる常連さんもおり、子どもたちには時々アメをあげたりしている。気付けばすっかりテンプレ通りの大阪のおばちゃんだ。
自分を顔馴染みとして受け入れてくれるお店が増えるのと同じくらい、自分のお店で誰かを迎え入れたり、子どもたちの成長を見守れることが嬉しい。

たまに別の町に遊びに行って「こういう環境もいいな」「この町に引越したらどんな感じかな」と想像することもある。だけど帰ってきて千鳥橋で過ごしているうち、「やっぱりここは丁度いいなあ」と思う。
そしてなんだかんだ言って自分はこれからも、この丁度いい町でダラダラ暮らし続けてしまうんだろうなという予感がある。


著者:たけしげみゆき

たけしげみゆき

インディーズ出版物のセレクトショップ兼ギャラリー「シカク」代表。自身の店舗とレーベル「シカク出版」「シカクオンガク」で、イベントや出版物の企画、編集、デザイン、コンセプト設計などを幅広く行う。また、店舗経営で培った独自の目線によるコラム執筆やイベント出演、講演など、多岐にわたって活動中。

 

編集:ツドイ