私の喜びが散らばる足利|街と音楽

著者:川田晋也(CAR10)  

自室、スタジオ、ライブハウス、時にはそこらの公園や道端など、街のあらゆる場所で生まれ続ける音楽たち。この連載では、各地で活動するミュージシャンの「街」をテーマにしたエッセイとプレイリストをお届けします。

 

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1991年6月29日、群馬県太田市に自分は生まれた。

高校生のころに始めた『CAR10』というバンドのメンバーと共に、自転車で隣町の栃木県足利市のライブハウスに通い始めてから早13年。

初めはライブハウスが足利に行く一番の理由だった。でも足繁く通ううちにその魅力に惹きつけられ、気付けば人生の半分近くを足利で過ごしている。いつの間にか『行く』場所から『帰ってくる』場所に変わったのだ。

 

どんな街でも生き延びていく術として、自分にとっての『喜びの場所』を見つけるのはとても大事なことだと思う。

日々暮らしていく中で「めんどくさいなー」「嫌だなー」と思うことは数多くあるけど、それを「頑張るか!」「なんとかなるかー」に変えてこれたのは、自分にとってのそんな場所を見つけてこれたからだ。

いつか大切な人も同じようにどこかで喜びを感じてくれたら、すごく嬉しい。

 

バンドの喜びを教えてくれた足利NORTH BBC

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足利駅から歩いて数分のところにある『足利NORTH BBC』、現『SOUNDHOUSE PICO』は、自分が足利に来るきっかけになった場所だ。BBCからPICOに通じてここでは、思わず笑ってしまうような体験や、恥ずかしくなるような空回りの連続で溢れている。

おっかないパンクスのおじさんにファーストキスを奪われたり、酔っ払い過ぎてトイレで寝てしまったり、その他にも迷惑かけてばかりで、消したいような思い出も全部ここにはある。それでも通い続けているのは、自分たちの喜びが確かにここに存在しているからだ。

この場所がなかったら知り得なかった音楽もあるし、好きな仲間たちとも出会えてなかったかもしれない。なにより大好きな音楽と向き合い続けてこれたのは、ここで演奏してきたいくつものステージがあったからだ。
 

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なんだかカッコイイ先輩たち、ポリバケツにすっぽりはまるメンバー、ござを敷いたフロアでの打ち上げ。人からすれば無駄と思われるような時間も、自分にとってはなぜかよい思い出になってる。

たとえどんなダメな姿になろうとも受け入れてくれるこの場所の人たちには、感謝してもしきれない。絶対になくなってほしくない、自分たちの喜びが溢れている場所。

 

レコーディングやデイリーファーム

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2008年に結成したCAR10というバンドも、これまでに何枚かの音源をつくってきた。その中には足利で録音したものも多くある。ライブハウスはもちろん、営業時間外のバーや友だちのお店で録ったりもした。

BBCでライブをしたくて必死にスタジオに入っていた高校時代。そのころからの足跡みたいなものを定期的に残せているのはとても嬉しいものだ。

 

足利で撮影したPV

バンド活動での思い出はたくさんあるけれど、中でも東京で活動するパンクバンド『THE GUAYS』と行った合同レコーディングはとても記憶に残っている。

同じ場所で一日に3曲ずつレコーディングをして、終わったあとに友達のやっている『3rd & Homie』というお店で軽く打ち上げをした。

普段見ることのないお互いのレコーディング風景やバンドの姿、その後のツアーでその時録っていた曲が演奏され、身体にどんどんと染みていく感じなど、全てが新鮮だった。

 

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THE GUAYSとのレコーディング後の打ち上げ時の写真

レコーディングの休憩中に食べた『デイリーファーム』のピザクレープの味は今でも忘れることができない。シャキシャキの玉ねぎとたくさんの具材を、ピザソースが塗られたほんのり甘く優しい味のクレープ生地がまとめてくれている。

すごく好きなお店だったのだけど、2018年にはお店の入っていたビルが取り壊されるため、閉店してしまった。大好きな味が急に食べられなくなってしまう悲しさはいつだって大きい。だからこそ自分はいろんな記憶に繋ぎあわせて、いつまでもあの味を忘れないでいたい。

デイリーファームには今まで数えきれないくらい助けてもらった。本当にありがとうございました。

 

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朝を支えるモカ&プランタン

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気だるい週初めの朝、自分にちょっぴり喜びをくれるのがグランド通り沿いにある『モカコーヒー』のコーヒー豆。

コーヒーを淹れているときに漂ってくる香りや、飲み終えたときの安心感はそっと背中を押してくれるように僕に力を与えてくれる。モカのコーヒーは間違いなく自分の日々を支えてくれる隊員の一人だ。


月に何度か妻とモカコーヒーに行き、ティータイムを楽しむのも欠かせない喜びのひととき。自分はよくミルクティーを頼む。その日その日で違うデザートがあり、それもまた楽しみの一つ。特に好きなデザートは、いちじくのココアチーズケーキ。

たとえ気分が落ち込んでいても、お店に入った途端にまるで違う時間軸に置いてきたみたいにどうでもよくなる。そしておいしいミルクティーとデザートを食べて外に出れば、入る前に考えていた嫌なことなんて気づけば消えている。

3月15日で47周年になるモカコーヒー。いつか自分に子どもが生まれてここでゆっくりお話をできるときには、一体何周年になっているんだろうな。

 

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休日の朝にモカのコーヒーとタッグを組んでくれるのは、トンネル通り沿いにある『プランタン』の食パン。

職場にいたスリランカ人に「仕事をするときはお米食べてこないと力入らないよ!」と言われてから、平日の朝にはパンを食べなくなったが、仕事のない日は別の話。この店の食パンを食べると、思わず喜びを感じる。

所狭しと店内に並ぶ豊富な菓子パンや総菜パンの中から、その時の気分にあったおやつを探す。宝探しのような時間にワクワクしながら迷った結果、『おやつどーなつ』という一口サイズのドーナッツがたくさん入ったものによく行きつく。

サクサクとした食感でシェアし合えるのもよく、揚げたてだと幸せもさらに増す。子どもができたら自分の食べられる数は減るかもしれないけれど、きっと幸せは何倍にもなっていそうだ。

 

ダムに向かって

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足利に住む人たちは基本的に車で移動する。街を数分走るだけで、窓からの景色は商業施設だったり、文化財だったり、工業団地だったり、山や川だったりとあっという間に変わっていく。

行き先を決めず、好きな音楽を適当に聴きながらドライブするのは最高に幸せな時間だ。大きな音で聴けるし、車からの景色で聴こえ方が変わるのが面白い。

例えば、松田ダムでも行こうかと山の方へ向かうときもある。車内に流れるBGMはその日の天気と走る道によって決まる。それもまたドライブの楽しみだ。最近のお気に入りは天気のいい昼間に聴く『Cut Worms』。

 

ダムに向かう道中でよく寄るのはラーメン屋さん『あじべ』。ここの丁寧につくられたラーメンが自分は大好きだ。

澄んでて綺麗なスープは手打ちの麺を次から次へとすすらせるコクも兼ね備えている。終盤にちょっとだけ自家製のラー油をたらして食べるのも違う顔になって味わい深い。また付け合せで頼む餃子は、細い見た目のくせして中に野菜たっぷりの餡が入っていて、これもまたたまらない。

 

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あじべのラーメンを堪能したあと、天気の良い日の山道を駆け抜けていくのは気持ちがよい。

そんなこんなであっという間にダムに到着。何も考えることなくダムに溜まった大量の水を眺めたり、隣接しているキャンプ場をぷらぷら散歩していると気分も落ち着く。

夏場には水遊びをしている人や、持ち込んだ椅子に座って読書や昼寝をしている人もいる。この場所で過ごす緩やかな時間は、至福のひと時だ。

 

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まだ見ぬ友達

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夏には足利花火大会がある。この街にはこんなにたくさんの人がいるのかと、人の多さに只々驚かされたりするのもこの日だけな気がする。

缶ビール片手に部屋を出て、花火がよく見えそうな河川敷の方に歩いていくと、まだ着きそうもないのに花火の音が鳴り始める。急がなきゃとは思いつつ、途中買いもしない出店を一通りみたり、河川敷で上司に持ってきたビールをプレゼントしたりしながら、なんとかいいポジションをゲットして花火を眺める。


花火をみてる時はこの街の人たちと分かり合えているのかな? そうだったらいいなと思う。きっとまだ会えてないだけで、まだまだこの街にも友達になれる人はたくさんいるのだろう。

花火が終わると、よく行く居酒屋が並ぶ北仲通りに向かう。ちらっとお店を覗くと花火も早々に切り上げて、すでにだいぶできあがっている友達が集まっている。普段からよく一緒に吞んでるのに、この日はやっぱり特別な感じだ。

去年花火大会がなくなってしまって、改めてこの時間は喜びで溢れていたんだなと実感した。今年は花火大会あるといいな。

 

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誰にも喜びの場所はあって欲しい

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足利にはそこら中に自分にとっての喜びが散らばっている。ピカピカしてなくて、中には不恰好な形のものもあるかもしれない。でもそれらが自分の嫌なことを塗り替えてくれる。

自分はこの街で喜びを見つけることができてよかった。もしかしたら、何も見付けられなかった可能性もあるはずだから。一つひとつのそんな喜びに出会えるように紡いでくれた人だったり、出来事には感謝をしたい。

もしこの街にまだ何も見い出せない人がいたら、その人のもとにもちゃんと喜びは転がっていて欲しい。いや、この街に限らず、何処に住んでいる誰にとってもそうであってほしい。

音楽や言葉で、まだ見ぬ子どもやまだ出会えてない人に今まで自分が感じた幸せな気持ちを紡ぎたい。未来で笑っているために。

 

この文章を書いている今、『デイリーファーム』を愛している人が意思を引継ぎ、未来の世代にあの味を紡ごうと『デイリーフレッシュ』というお店をオープンしたというニュースを目にした。

またピザクレープが食べられるという嬉しさと、未来の誰かがあの味を喜びの思い出にする可能性をつくってくれたことに感動している。

今度食べに行こう。また1つ楽しみが増えた。 

 


<川田晋也のプレイリスト>
この1年間で車の中でよく聴いていた曲です。

  

著者:川田晋也(CAR10)

川田晋也

足利市で活動するバンドCAR10のベースボーカル。機械加工技能士。
twitter:@car10japan

 

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suumo.jp

編集:Huuuu inc.