青物横丁で見つけた一人っきりの空虚【街と音楽】

著者: ケンモチヒデフミ(水曜日のカンパネラ)


自室、スタジオ、ライブハウス、時にはそこらの公園や道端など、街のあらゆる場所で生まれ続ける音楽たち。この連載では、各地で活動するミュージシャンの「街」をテーマにしたエッセイとプレイリストをお届けします。

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2002年、社会人一年目。夢にまで見た東京での暮らし。

埼玉の実家から東京までの通勤は片道一時間半もかかっていたし満員電車でしんどい。家にいて親から小言を言われたくない、朝から晩まで音楽制作に没頭したい、なにより自分の力で生活してフリーダムな毎日を送りたい。

会社員として働き始めて半年ほど経ち、そんな思いがふつふつと湧いていたある日。私は専門学校時代に出会った同級生と結託し、東京でルームシェアをすることに決めたのだった。
 

親元を離れ、初めての自給自足の生活。掃除、洗濯、自炊などの家事はお互いそこそここなすことができて、それほど不自由は感じなかった。

それよりも、その日何を食べるか、どう過ごすか、どう暮らすか、何から何まで自由になった気がして本当にワクワクしていた。部屋の押入れの上段に音楽機材をいっぱい並べて自宅スタジオに魔改造し、これで音楽制作に打ち込めるぞ、と意気揚々だったっけか。

ルームメイトと一緒に選んだ街は、京急で品川から3つ目、ゆったりとした時間が流れるのどかさもありつつ、特急が最初に止まるという栄誉を与えられた駅「青物横丁」。その変わった名前は、江戸時代にこの辺りで野菜などの市場が開いていたことに由来して名付けられたという。

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この駅を選んだ理由は簡単。友人は田町、私は天王洲アイル、とお互いの職場が近かったため。「青物横丁」略して「あおよこ」というどことなく可愛げのある通称もわりと気に入っていた。

多感な時期を過ごしたあの街、今はどんな景色になっているのだろうか。十数年の止まっていた時を取り戻すべく足を向けてみる。

当時よく聞いていた音楽のプレイリストと一緒に、渋谷から山手線で品川、品川から京急に揺られること20分。駅を出ると当時と何ら変わりないあの「あおよこ」がそこにあった。雰囲気・空気感はまったくあのころのままに。
 

ドーナツの輪と自分との対話

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渋谷・原宿のようなナウな若者たちのにぎわいもなく、新宿・池袋のギラついた華やかさもなく、赤羽・板橋といった強烈な下町感もない。

喧騒と静寂、その中道を行く無個性な街、青物横丁。 

20代前半を過ごすには少々刺激の少ない街だったかもしれないが、逆にその落ち着いたのどかさが「もっともっと創作してギラギラしたい」という焦燥感を中和してよかったのかもしれない。

駅を降りてまず飛び込んでくるのがKFCとゲオ、そして今はなくなってしまったが線路を挟んだ場所にあったミスタードーナツ。

いきなり風情もへったくれもない大手チェーン店のオンパレードで申し訳ないが、私にとってはこれがとても思い入れの深い並びなのである。

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左から喫茶ムジカ、KFC、ゲオ。当時は線路を越えた先にミスタードーナツがあった

駅からの帰りにKFCでツイスターを買ってGEOでDVDをレンタルするのが最高の贅沢であった。いまでもこれを超える至福の時はなかなかない。また、2日に一度の頻度で通っていたのが、今はなき『ミスタードーナツ』。

 

当時の私は会社員として働きながら趣味で音楽活動をしており、初めて自分の力で作る4曲入りCDへの思案を巡らせていた。そして、その日々の中で揺れ動く感情や将来の夢をコーヒーとドーナツをむさぼりながら、日記に書き殴るのが日課だった。

誰かに見せるわけではないが、書いた目標は必ず叶う気がしたし、書いた悩みは「なんだそんなことだったか」とちっぽけなものに思えたりした。

自分で自分を俯瞰し、第三者目線で見るうえでも、日記は私にとって最高の相談相手だった。

本来ならばミュージシャン友達に相談でもしたかったが、どっこい付近にはライブハウス・クラブや練習スタジオなども少なく、音楽仲間は誰も住んでいなかった。

音楽の「お」の字もない街で、ひとり黙々と音楽をつくり続け、悩み事があっては日記に書き殴って心を落ち着ける。モノづくりとは日々孤独に自分と向き合い続ける時間が大事なのだ。

そんなことを言い聞かせながら、来る日も来る日も駅前のミスドに入り浸って、ゴールデンチョコレートとコーヒーをお替わりしていた。
 

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にぎわいを見せる交差点

駅を出てジュネーヴ平和通り沿いに進むと交差点で旧東海道と交わる。

この旧東海道に入ると駅前の賑わいがまるでウソのような、歴史ロマンあふれる街並みになる。江戸時代の五街道の一つ、旧東海道。

歌川広重の浮世絵に描かれているぐらいの超メインストリートだったがそれも昔の話。今は車の往来もさほど多くなくのんびりとした空気が流れており、散歩やサイクリングにちょうどいい。

 

この通りには私がよく日記帳を買いに行っていた文房具店、古い建物の病院、小さい神社。そしてお気に入りの創作料理居酒屋「がやがや」があった。 

自作の4曲入りCDが無事完成し段ボールいっぱいの在庫が届いた日、ルームメイトがこの店でお祝いしてくれた。気兼ねなく入れる居酒屋風の外観なのに料理はちょっとおしゃれでおいしく、しかも安い。すっかり気に入った私は、何かあったら「がやがや」に来るようになった。

当時付き合っていた彼女や両親が家を見に来た時も、ここへ来てガヤガヤとしたものである。まずは「ちょっとした3品」とビールを注文して乾杯するのが定番コース。料理はカキのフリットがおすすめだ。

……と紹介しようと思って久しぶりに足を運んでみたところ「がやがや」はすでに閉店しており、現在は「王様のポケット」という名前のダイニングバーに変わっていた。

おお、だいぶお洒落な外観になっているぅ。……うん、まぁ今度何かお祝い事があったら来てみよう。

 

不意に現れるビル群と香る潮風、心地よい空虚

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俺たちの台所イオンと連なるビル群

来た道を戻りジュネーブ平和通りを少し行くと、イオンと品川シーサイドとにぶち当たる。

私が引越してきたころはまだ建設中で、半年ぐらいしてからできた新しい駅、品川シーサイド。通称「しなしー」。「あおよこ」から1kmも離れていないところにあるのに、こちらはずいぶんと近代的なたたずまいである。

ビルのコンクリートとガラス窓と、人工的に植えられた緑とほんのり漂う海風。当時は新しくできたばかりであまり人がおらず、どこかひんやりとしていて無機質でクールだった。

 

オーバルガーデンというショッピングモールも広くてキレイでガランとしていて、一人が好きな私にとってはとても心地よい場所であった。

 

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オーバルガーデンの中庭

夜型の生活を送っていた私は23時になると半額になったお惣菜の見切り品を求めて、ルームメイトと一緒にこのイオンへ買い物に出かけていった。巨大なチキンカツをGETできた日はあたり。深夜にしてはかなりハイカロリーものを食べていたな。あのころは若かった。

 

イオンを過ぎてさらに海の方へ行くと、大井ふ頭へ渡れる陸橋が現れる。

その先には八潮北保管所があり、一度撤去されてしまった自転車を取りに行ったことがあった。そこへ向かう道中の景色があまりにも素晴らしくて、以来ちょくちょく散歩コースとして理由もないのに定期的にぶらぶらすることになる。

海へとつながる川、モノレールの線路、遠くに見えるビル群、トラックが行き交うジャンクション、無機質な物流倉庫。街や人の喧騒から離れ、ポツンと変な場所にたたずむSF空間。

都会でもなく自然でもない奇妙な寂しさや無常観があって、一人物思いにふけるには最高のロケーションだった。

ここで散歩しているときにCDウォークマンからNujabesの「Luv (sic) pt.2」が流れてきて、「おぅ、これは何という名曲だ……」と背筋がゾクゾクしたのを覚えている。

良い音楽との出会いはいつも一人の時だ。

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陸橋の上から見える、ポッカリとした都会の詫び寂

品川シーサイドから海岸通り沿いに北上していくと、途中に私の好きな公園が見えてくる。東品川と天王洲アイルをつなぐ東品川海上公園だ。

近隣に住む子どもたちや、ペットを散歩させる人、スポーツに汗を流す若者などもよく見かける憩いのスポットである。 

公園の中ほどには運河にかかる大きな橋があって、朝夕は太陽が水面に反射していてそれはそれはとても美しい。私は会社に通勤するときに毎日この公園を通っていた。

行きは陰鬱な気持ちで、帰りは途方もない多幸感に浸りながらこの橋を渡ったものだ。

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夕暮れ時の東品川海上公園

埋立地につくられた公園、人の手で植えられた木々、流れが制御された運河、それをつなぐ橋。人工物と自然が一体になっている風景というものに、なぜか一番ノスタルジーを感じる

大都市東京にいながらにして、ポツンと取り残されたみたいな。強く孤独をかみしめられるのだ。

これは私のつくる音楽にも強く表れていて、「盛り上がっているんだけど、どこか寂しい」という相反する感覚を同時に味わうことが最高のニヒリズムにつながっている。

今となってはヴェイパーウェイヴという大きなジャンルで確立されている感覚だけど、当時は「何だろうなこの心地よい哀愁は…」と感じていた。

 

静寂と喧騒のあいだ

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そうして楽しく過ごしていた青物横丁でのルームシェアも、6年ほど続いて終わることになる。

理由はルームメイトが職場を変えて実家に戻ることになったためで、そこから私は単身でまたこの近く大井町のあたりに住むことになるのだった。

そこでのエピソードもなかなか濃いものがあるのだけど、やはり最初にやってきた東京の町「青物横丁」での思い出には及ばないかもしれない。

 

若いころは音楽の街「渋谷」に住むのにあこがれていたが、何の経験値もなくいきなりあの街に住んでいたら巨大なエネルギーに飲み込まれてすぐに心を病んでいたであろう。

「青物横丁」という何かありそうで何もない、のんびり中道をいく緩さこそがちょうど心地よく私に馴染み、さらには今の自分の音楽や人格形成に大きく関わっていったのだろうな。

そんなことを今回の散策を経て思った。
 

あ、そうだ。今度お祝い事があったら王様のポケットに行ってみるか。 

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<ケンモチヒデフミのプレイリスト>

20代前半、青物横丁での生活を共に過ごした邦楽の曲達です。ポップでありながらもどこか心にポッカリと穴が開いたような、そんな浮遊感のある曲が好きでした。前半はウキウキ、後半に行くにしたがって少ししんみりします。一人の時間が好きな人に特に聞いてほしいプレイリストです。

 

  

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著者:ケンモチヒデフミ

ケンモチヒデフミ

サウンドプロデューサー/トラックメイカー/作詞家/作曲家。『KenmochiHidefumi』名義でインストゥルメンタルの音楽を制作し、『水曜日のカンパネラ』ではサンドプロデュース兼メンバーとして所属。現在は様々なアーティストへの楽曲提供や、CM音楽・映画劇伴も手掛けている。
twitter:@h_kenmochi

 

「街と音楽」過去の記事

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編集:Huuuu inc.