都心にたたずむ御神木×マンション 樹齢600年超の大クスノキと暮す

パークハウス楠郷臺の外観

左が大クスノキ、右がパークハウス楠郷臺。二体で一体となっている印象(撮影/SUUMO編集部)
物件名:
パークハウス楠郷臺
所在地:
東京都文京区
竣工年:
1999年
総戸数:
57戸

阪神・淡路大震災がマンション着工の発端

丸ノ内線本郷三丁目駅を出て、春日通りを後楽園方面へ歩き、「真砂坂上」交差点を左に曲がる。初めて訪れた人なら、誰もが前方に見える「それ」に目を奪われるだろう。オフィス、マンションがつらなる一方通行の道の中ほどにすっくと立つ、規格外の巨樹――文京区が保護樹木に登録している、樹齢600年以上といわれる大クスノキだ。

離れたところから見たパークハウス楠郷臺

ビルの谷間に巨樹がたたずむ(撮影/SUUMO編集部)

歩いていくにつれて、パワースポットに近づくかのような、柄にもなく敬虔な気持ちが湧き上がる。樹の幹には、注連縄(しめなわ)が巻かれており、まさに「御神木」である。

パークハウス楠郷臺にそびえるご神木の注連縄

樹の幹に巻かれた「注連縄(しめなわ)」。御神木の証

大クスノキの隣の立て看板

幹の横にはこの立て看板(撮影/SUUMO編集部)

――が、もちろん、筆者の訪問先はこの大クスノキではなく、その後ろに建っているマンションだ。物件名は大クスノキ(楠)を冠した「パークハウス楠郷臺(なんごうだい)」。「臺」は台地を意味しており、ここが「本郷台地」と呼ばれる高台であることに由来している。管理組合理事長の中山さんは、このマンションの開発にも携わった地権者であり、現在、ご自身もここで暮している。

「マンションが建てられたのは1999年。その前、ここには大正8年に完成した大きな日本家屋があり、私もそこで育ちました。

パークハウス楠郷臺建設前の資料

中山さんはパークハウス楠郷臺が建築される前まで使われていた日本家屋の資料を見せてくれた

終戦後、家の建て替え話も持ち上がったらしいのですが、しかし、その案には祖母が強く反対したそうなんです。考えの背景にあったのは、太平洋戦争で出征した父の兄、つまり私の伯父でした。フィリピン方面に渡り、爆撃機で飛び立ったが帰還せず、という状況だったそうです。戦死の知らせはあったものの遺骨はなかったそうで、祖母は『フィリピンのどこかの島に不時着してもしかしたら生きているのではないか。もし東京に戻ってこれたときは、自分が育った家と大クスノキが目印になるはず。このふたつは絶対にこのままの姿で残しておきたい――』と話したのだそうです」

パークハウス楠郷臺建設前から残る煉瓦塀

日本家屋を囲んでいた煉瓦塀は現在も隣の建物との境に遺されている

パークハウス楠郷臺建設前からあった稲荷社

パークハウス楠郷臺建設前からあった手水鉢

かつて家屋の庭にあった稲荷社、手水鉢はマンションの駐車場入口付近に移築

以来、半世紀以上にわたって中山さん宅はこの地にあり続けてきたが、1995年、再び建て替えの気運が高まった。同年1月に発生した阪神・淡路大震災がきっかけだった。

「阪神・淡路大震災で古い家屋が軒並み倒壊していたのを見て、あのクラスの地震が東京で起きたら、わが家はもたないかもしれない、と思いました。そこで不動産事業に関連した仕事に就いていた父のいとこと私が中心となって、家屋をマンションに建て替える再開発プロジェクトを立ち上げたのです」

子どもにとっての故郷を象徴する存在に

マンションデベロッパー数社に声をかけ、プレゼンを受けたという中山さん。各社に提示した“絶対条件”は「大クスノキを最大限に活かした設計」だった。

「大クスノキが制約になってしまうため、このような外観デザインになります――といったプレゼンは却下。その真逆で、大クスノキがあるからこそ唯一無二の外観、雰囲気をもつマンションにしたいという想いを伝え、各社のプレゼンに臨みました」

最終的に決まったのが、三菱地所(当時。現在は三菱地所レジデンス)だった。

「決め手は、やはり、我々の提示した条件に最もイメージが近い外観デザインだったことです。クスノキが立っている側はエアコンの室外機置場や小さめの窓は並ぶものの、凸凹のないフラットな外壁。リビングに続くバルコニーは設けず、生活感を出さないような提案をしてもらいました。リビングバルコニーはマンションの左右両サイド、あるいは反対側に設けられています」

確かにマンションは過度な主張をせず、大クスノキと互いに寄り添い、共存している印象だ。白い外壁タイルと、大クスノキの漆黒の樹幹、濃緑の葉が絶妙なコントラストを描いている。

大クスノキとパークハウス楠郷臺の外観

白い外壁、漆黒の樹幹、緑の葉が絶妙なバランスを保つ(撮影/SUUMO編集部)

パークハウス楠郷臺内部の吹抜け構造

マンション内部が吹抜け構造になっていることで耐震性が向上。縦長のガラスの内部ではエレベーターが昇降。あえてスケルトンにして視覚効果を付けた設計に

長女が誕生した2018年からここで暮している山口さんも、購入の決め手はこの大クスノキだった。

「以前は池袋に住んでいました。暮しの利便性は良かったのですが、繁華街も近くにぎやかな場所だったので、都心ながら落ち着いた環境で、緑も身近なマンションを探していたところ、ここを見つけたんです。

地盤の強固な本郷台地、免震構造といった耐震性にも惹かれたのですが、何より樹齢600年以上の大クスノキと共存しているというところにストーリーを感じて見学に行き、その存在感に感激してほぼ即決しました。

クスノキには『パークハウス楠郷臺管理組合がこの樹木を管理している』と明記されていて、こんな巨樹をきちんと管理できているマンションなら、きっとマンション本体の管理や修繕などもしっかりしているはずだと思いました。そして事実そのとおりでしたね。今期からは私も理事会に加わらせていただき、マンション、クスノキを管理する側にまわっています」

山口さんは、今もなお、このマンションならではの個性を実感する日々を送っているという。

「出かけるとき、帰ってきたとき、必ず大クスノキが視界に入り、安心を与えてもらえるマンションというイメージですね。娘もそんな風に受けて止めているみたいで、保育園に娘を迎えに行って、このマンションのエントランスに戻ってくると『大きい木さん、ただいまー』と挨拶しています(笑)。娘にとってはこのマンションが故郷。成長して、仮にどこか別の場所に引越しても“大きなクスノキのあるマンション”で育った記憶は、ずっと心に残り続けるのだろうと思っています」

パークハウス楠郷臺の住人の方

取材に応じてくれた中山さん(左)と山口さん(右)

大クスノキを通じて住人の意識がそろう

さて、このパークハウス楠郷臺の大クスノキには、年に一回の“大イベント”がある。それが、一年の間に伸びた枝の剪定だ。例年は「体育の日」(注:2020年からは「スポーツの日」に名称変更)の祝日に、クスノキの前の一方通行路を封鎖し、朝から夕方まで日中いっぱい時間をかけて行われてきた。

しかし2020年は(ご存じのとおり延期されたが)東京五輪開催に伴い、スポーツの日は7/24に移され、2020年10月の大クスノキ剪定日は祝日ではなくなってしまった。そこで理事会は「9/21の敬老の日に剪定日を前倒しする」と決定。筆者はその剪定の模様を取材する機会をいただき、再びパークハウス楠郷臺に向かった。

午前11:00。大クスノキの周囲には27m超のクレーン車を含む3台のトラックが並び、職人さんがクレーン先端から手を伸ばして器用に枝葉を切り落としていた。高さ20数メートル、マンションの8階付近まで伸びているだけに、上の方はクレーンから直接手が届かず、樹に飛び移って作業する職人さんも。想像以上に大がかりな剪定だ。マンションが完成した時からこの剪定を担当している浅川造園土木の浅川さんに聞いた。

大クスノキに伸びるクレーン車

3台のクレーン車に囲まれた大クスノキ。右横の道路は通行止めになっていた

大クスノキの選定作業をする職人さん

作業の難易度は高く、現場には緊張感が漂っていた

クレーンで剪定作業を行う職人さん

クレーンで届く最も高い場所へ移動して剪定

「毎回10人以上は投入する、ウチにとっても大きな案件です。電線が近く、道路は一車線しかないため、作業としてはかなり難しい部類。クスノキは8月の暑い時期から10月にかけての短期間で成長する特性があり、その間に伸びた枝を切っています。ウチの会社も同じ町内。この大クスノキは御神木ですので、特に気持ちを込めて仕事をさせてもらっています」

中山理事長は、大クスノキに対して住人の意識が同じ方向を向いていることの証として、こんな話を教えてくれた。

「この年一回の剪定費用はおよそ40万円かかります。1日限りの現場作業に対する費用としては高いのかもしれませんが、住人から『安くできないのか』などのクレームが出たことは一度もないですね。また、地元文京区から剪定用の補助金が出ていて、それも活用しているのですが、一時期、補助金が隔年支給に減額されたことがあったんです。しかし、大クスノキの剪定も隔年実施にするか?という話はまったく出てきませんでした。

600歳超にもかかわらず、幸いにしてこの大クスノキには現在目立ったトラブルはありません。それでも年一回の剪定はきちんと実施して、健全な状態を保つべき――住人の皆さんがそんな気持ちをお持ちなんだと思います」

住人同士の横のつながりがあったり、顔の見える関係が築かれていたりすると、一般的に、住民総会での決議を要する管理規約の変更、修整や大規模修繕に向けたコンセンサスはつくりやすい。それがマンション暮しの質にも影響してくるわけだが、パークハウス楠郷臺の場合は、この大クスノキがいわば“かすがい”のような役割を果たし、住人の目線を同じ方向に向けさせている、と感じた。

パークハウス楠郷臺の表札

御神木とともに歳月を重ねていく

構成・取材・文/保倉勝巳 撮影/一井りょう

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