不動産売却の基礎知識や知っておきたいコツを分かりやすく解説します。売却の体験談もご紹介。

「相続地獄」を経験した森永卓郎さんに聞いた、「親の生前に最低限しておくべきこと」


親の死後、子どもに降りかかる遺産相続の問題。相続税は死去から*110カ月以内に申告・納付する必要があり、資産が多い場合や相続人が複数人いる場合などは、やるべきことが山積みです。

「うちには大して資産がないはずだから、関係ない」と思っていても、親が本当にどれだけの資産を保有しているかは、意外とわからないもの。

2015年からは相続税の基礎控除の金額が大幅に引き下げられており、もはや相続は一部のお金持ちだけの問題ではなくなっています。

そこで、2011年に父親を亡くし、10カ月にわたる「相続地獄」を経験した経済アナリストの森永卓郎さんに、相続にまつわる作業や手続きで大変だったこと、相続する側が事前に準備しておくべきことなどを伺いました。

どれだけあるか全くわからなかった父親の資産

――森永さんは2011年にお父さまを亡くされ、それから10カ月にわたる「相続地獄」を体験したと伺いました。相続にまつわる一連の調査や手続きのなかで、特に何が大変だったでしょうか?

森永卓郎さん(以下、森永):一番の問題は、父が亡くなった時点で「どんな資産がどれだけあるか」全くわからなかったことです。

父が借りていた銀行の貸金庫の鍵を私が開けられる手続きだけは生前に済ませていて、資産関連の書類はそこに全て保管されているのだろうと思い込んでいたのですが……。実際には卒業証書など父の思い出の品しか入っていませんでした。

油断して生前にしっかり中身を確認しておかなかったために、それから大変な思いをすることになってしまったんです。

――では、お父さまの資産をどうやって調べましたか?

森永:まずは実家で父宛の郵便物を一つひとつチェックして、銀行口座や証券口座、生命保険などの手がかりを探しました。そして、父の口座がありそうな銀行に問い合わせをしました。

ですが、口座の有無を確認するには預金者、つまり父が生まれてから亡くなるまでに居住した全ての自治体の戸籍謄本と、相続人全員の合意書が必要と言われてしまって。この作業がとてつもなく大変でしたね。

新聞記者をしていた父は全国を駆け回っていたので、まずは父の足跡をたどるところから始め、居住した自治体一つひとつで手続きをしました。役所によっては手続きが煩雑で面倒なケースもあるし、交通費だってばかになりません。

しかも、それだけの労力とコストをかけて口座の存在を突き止めたのに、フタを開けてみたら預金が700円しか入っていないなんてこともありました。

――相続税の申告期限である10カ月以内に、仕事をしながらそうした作業を進めていくのは本当に大変なことですね。

森永:それでも、なんとか銀行口座や証券口座は把握できたのですが、生命保険や郵便で通知が来ないネット証券などは全くわかりませんでした。

それから、一番怖かったのは“借金”の有無ですね。悪質な金融業者は相続放棄ができない段階になってから連絡してくるケースもあると聞いていたので、結構ビビっていました。仮にそうなると、もう弁護士を雇って裁判で争うしかない。

結果的に父に借金はなかったのですが、これを調べるすべがないのは問題だと感じましたね。

空き家状態の実家はなるべく早く売ったほうがいい

――金融資産以外では、お父さまが所有されていた高田馬場の実家マンションがあったということですが、こちらの不動産鑑定は税理士に依頼したそうですね。

森永:本当はそこも自分でやりたかったのですが、どうしても手に負えなかったですね。マンションだけならまだしも、敷地外の飛び地に専用駐車場があって、そこの評価方法がどうしてもわからなかったんです。

仕方なく税理士に頼んだら、不動産の鑑定だけでなく私がやった金融資産などの評価についても、改めて調べ直すと言うんです。そこは税理士の責任があるからと。そのぶん報酬も跳ね上がってしまうのですが、交渉して当初の見積もりよりは200万円ほど値引きしてもらいました。

ちなみに、税理士への報酬は「相続資産の0.5〜1%」といわれる「報酬型」が一般的ですが、人によっては報酬型ではなく原価積み上げ方式の場合もあるので、事前によく調べてから相談するのがいいと思います。報酬型の場合、相続資産が多ければ多いほど報酬も膨れ上がってしまうので。私の場合は3%だと言われたんです。

――ちなみに、実家のマンションはどなたが相続されましたか?

森永:弟が引き継ぎました。当時、弟は仙台で仕事をしていたのですが、たまに東京へ来るときに実家を利用することを考え、相続後もしばらくは売らずに残しておいたんです。ただ、そうなると固定資産税や管理費などが、ずっとかかり続けてしまいます。結局、5年後くらいに手放したのですが、「すぐに売っておけばよかった」と言っていました。

――相続資産のなかでも、地方にある実家など不動産の取り扱いに困るというケースはよく耳にします。

森永:特に、不動産しか遺産がないケースはとても大変だと思います。税務署は原則として物納は受け付けておらず、10カ月以内にキャッシュで相続税を納めなければいけません。

でも、すぐに不動産が売れるとは限りませんよね。期限までに売却が間に合わないと、相続税を支払うために銀行でお金を借りなければいけないなんてケースも出てきます。

――適正価格で売却しようとなると室内の整理や掃除はもちろん、場合によってはリフォームなども必要になるかもしれません。そのことも考えると、10カ月の期限は短いように感じます。

森永:実際、父のマンションは荷物の山になっていて、それを片付けるだけでも簡単ではありませんでした。

弟は割り切った性格なので遺品整理業者に一括で依頼していましたが、私だったら一つひとつのものの価値が気になってしまい、全く整理が進まなかっただろうと思います。おそらく10年たった今でも売却できていないんじゃないでしょうか。

――お父さまがご存命のときに、「実家じまい」の話は出なかったのでしょうか?

森永:その話は全く出ませんでした。父は自宅が好きでしたから。寝たきりになった晩年は所沢にある私たちの家で暮らしていたのですが、しょっちゅう高田馬場へ行きたがりました。半身不随になってからも、最後まで帰る気でいましたね。自分が生きているうちは売るつもりなんて全くなかったようです。

私たちはそんな状況でしたが、すでに子どもの家に親が同居していて実家が空き家状態になっているのであれば、生前に売却しておくだけで、その後の相続はかなり楽になると思います。

――ただ、残された家族の側に思い入れがあって、なかなか実家を売却できないケースもありそうです。

森永:思い出が詰まっている家を売りたくない気持ちはわかります。ただ、私は「使わない不動産」は絶対に持ってはいけないと考えています。引っ張れば引っ張るほど維持費が持ち出しになってしまうので、できればすぐに売ったほうがいい。

田舎の場合はなかなか買い手がつかないことも多いですが、最近では不動産業者を介さず、売り手と買い手を直接マッチングするサービスも出てきています。

不動産業者からサジを投げられてしまったら、個人間売買でもいいから売ってしまったほうがいい。それで固定資産税分だけでも負担が減りますから。

12万点所蔵のB宝館は「負動産」か「世界遺産」か

▲インタビューは「B宝館」で行いました


――森永さんご自身の相続については、お子さんたちとどんなコミュニケーションを取られていますか?

森永:私たちの子どもたちにとって、最大の懸念点はこの「B宝館」(森永さんのコレクション約12万点を展示する博物館)」なんですよ。2人の子どもからは「負動産」と呼ばれています(笑)

特に長男は、こういったコレクションに全く関心がなくて。次男は私のオタク系の遺伝子を引き継いでいるようで、「これだけのコレクションを捨てるのはもったいない」と言っていますが、大赤字を生み出し続ける事業を引き継ぐのは嫌だと。

――森永さんとしては、やはり継いでもらいたいのでしょうか?

森永:そうですね。だから、次男を説得しています。それと同時に、収支の改善も進めています。2014年に開館したときと比べると入場者は10倍くらいに増えましたし、イベントや展示会などにコレクションの貸し出しをするようになって収入は安定してきました。開館して以来、8年間ずっと赤字だったのが、2022年度は収支トントンくらいまで持っていけそうです。

それから、B宝館を運営している有限会社で太陽光発電による売電事業も手がけていて、向こう10年間はその売り上げで赤字分を補填できます。

私が生前にやっておくべきなのは、単なる趣味ではなく事業としても成り立つ状態に持っていきつつ、土地や建物にかかる相続税分くらいのお金は会社に残しておくこと。引き継いだあとは、本人の才覚で運営してほしいというのが本音ですね。

▲さまざまなコレクション、トミカは全種類そろっているという


――ご家族のことなので軽々しくは言えませんが、確かにこのコレクションを全て捨ててしまうのは惜しいように感じます。価値のある品物もありそうですし。

森永:それが以前、テレビ局が鑑定士と弁護士を連れて全コレクションの鑑定をしたところ、なんと1円の評価もつかなかったんです。いくらなんでもそれはないだろうと私が言ったら、弁護士は「よかったじゃないですか森永さん。相続税1円もかかりませんよ」って(笑)。

▲ヤクルトの容器や「処理費用がかかる」と指摘された空き缶


鑑定士が言うには、「ミニカーなどいくつか値段がつくものはあるけど、空き缶などは廃棄処理費用がかかるから、差し引き0円になる」ということでした。

▲来館して一つの棚を長時間眺めているマニアもいるそう


まあ、経済的な価値はなかったとしても、世界でここにしかないものは無数にありますからね。日本で最初に発売されたコーラの空き缶とか、グリコのおまけのおもちゃなんて100年間で3万種類くらい出ているのですが、その半分くらいはここにそろっています。

今は無価値だったとしても、22世紀には「B宝館」が世界遺産になっていると思いますよ。

親の生前に「資産リスト」を作っておく

――森永さんが体験した「相続地獄」を踏まえ、これから相続問題に直面するかもしれない世代に向けてアドバイスをいただきたいです。親の生前に、最低限これだけは準備しておいたほうがいいことはありますか?

森永:最初にお話ししたように、私が最も苦労したのは父の資産の全容を把握することでした。ですから、資産リストはあらかじめ作っておいたほうがいいと思います。

昔は今と違って簡単に口座が作れましたし、銀行の担当者とのお付き合いでいくつも口座を開設しているケースが少なくありません。亡くなってからそれを一つひとつ探し当てるのは、本当に苦行ですから。

特に、借金のことだけはしつこく聞いておくべきです。後から出てくると本当に面倒なことになるので、親と多少は険悪になったとしても確認しておきましょう。

また、ある程度は相続税法についても勉強しておいたほうがいいですね。その上で、10カ月の期限を踏まえたキャッシュフローを考えておかないと、本当にひどい目にあいます。まず、お葬式で大きなお金が出ていくのに、そのうえキャッシュで相続税を納めなければならないわけですから。あらかじめ対策しておく必要があるでしょう。

――資産リストを作るにあたっては、親と相続の話をしなくてはいけません。とはいえ、なかなか切り出しづらい話題でもあります。

森永:そうかもしれませんが、丁寧にコミュニケーションをとって関係性を温めながら、しぶとく聞き続けるしかないですよね。

私の場合は父だけでなく、母も含めた両親が健在のうちに、もっとしつこく聞いておけばよかったと後悔しています。父はお金に無頓着な人で、母が存命のときは全ての資産の管理を任せていました。そのため、母が急死したときに、普段使いの口座以外の行方が本人ですらわからなくなってしまったんです。手を打つとしたら母が生きているうちでした。

――親が亡くなった後の手続きには、お金と時間がかかる。このことを頭に入れて、しっかり準備しておいたほうがよさそうですね。

森永:そう思います。特に、2015年に相続税法改正の大転換があり、基礎控除の金額が一気に4割も引き下げられました。昔は相続税対策なんて、一部の大金持ちだけが考えればいいことだったのが、今では多くの人にとって他人事ではなくなっています。

例えば、東京に持ち家がある方は、相続税の課税対象になる可能性が高いです。少なくとも、自分が課税対象になりそうかどうかくらいは調べておいたほうがいいと思いますよ。

親の生前に最低限しておくべきこと

✅ 資産リストを作る
✅ 借金がないか確認する
✅ 相続税法について勉強する


【お話を聞いた人】森永卓郎(もりなが・たくろう)さん


森永卓郎さん

東京大学経済学部卒業後、日本専売公社に入社。その後、日本経済研究センター、 経済企画庁総合計画局等を経て、1991年から(株)三和総合研究所(現:三菱UFJリサーチ&コンサルティング)主席研究員を経て、現在は獨協大学教授。 2003年出版の『年収300万円時代を生き抜く経済学』は大ベストセラーに。2021年に自らの相続体験をまとめた『相続地獄 残った家族が困らない終活入門』を出版。

オフィシャルサイト:https://morinaga-takuro.com/
B宝館:http://www.ab.cyberhome.ne.jp/~morinaga/

取材・文/榎並紀行(やじろべえ)
撮影/小野奈那子
編集/はてな編集部


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