「自分の領域を守るためには勝ち取らないといけない」小説家・羽田圭介が貫く住まいの価値観【家愛遍歴】

公開日 2022年07月22日
「自分の領域を守るためには勝ち取らないといけない」小説家・羽田圭介が貫く住まいの価値観

人生の節々に発生する「引越し」。著名人の方々は、どのような観点で家を選び、今の暮らしに落ち着いたのでしょうか?

今回のお話を伺ったのは、小説家の羽田圭介さん。2015年に『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞を受賞。

実家暮らし、賃貸、中古マンション購入、賃貸マンション、……さまざまな部屋を渡り歩き、独特の哲学にたどり着いた羽田さんが、住まいに求めるものとは?

タワマンから低層マンションへ。「散歩が楽しい」環境が仕事に好影響

小説家・羽田圭介さん

ーー羽田さんは現在、どんなお部屋にお住まいなのでしょうか。

しばらく賃貸のタワーマンションで暮らしていて、1年ちょっと前に低層マンションに引越しました。間取りは3LDKですね。といっても一部屋はすごく狭いので「一応」3LDKみたいな。

気に入っているのは、近くにほど良い散歩エリアがあるところです。タワーマンションから見下ろせる風景って、空、コンクリートの建物ばかりなんですよ。それを眺めたところで自然の揺らぎがなく、あまり癒やされなかった。夜景はいいんですけどね。今の家は前の部屋より狭いし、低層だから湿気の問題もあるけれど、散歩が楽しいのは大きいです。

ーー部屋を選ぶときのこだわりは?

リビングから離れた場所に、独立した書斎があることが必須です。

ーー執筆環境を重要視していると、リビングに隣接した場所は、集中できないということでしょうか。

そこは大事にしています。でも、今の書斎には電子ピアノやスモールベッドも置いていて、少し手狭になってしまいました。実はあんまり気に入ってなかったりもします(笑)。だから、最近はコワーキングスペースで仕事することも多いですね。

ーー書斎は狭いとおっしゃいますが、気に入った本を手元に置いていたり趣味のものをコレクションするタイプではないのでしょうか。

コレクター気質ではないですね。例えば家にあるパソコンやカメラも、コレクションではなく単なる仕事道具ですし。書斎って小説家にとっては調理場のようなものじゃないですか。素材を用意して、必要なものは手元にあるけど、今すぐ使わないものを置いておく必要はないんです、自分の場合は。

もちろん本は好きですけど、初版本を大事にするタイプではないし、復刻版でもデータでもなんでもいい。今必要じゃない本は宅配型トランクルームサービスに預けることもあるし、中身しか重視していないところはありますね。自分の本も出版社から10冊届くんですが、「2冊くらいは自分で所有しておいたほうがいいけれど、親に5冊渡して、そしたら残りの3冊はどうしよう? 中身は知ってるわけだから、そんなにあっても……」とか考えてしまうんです(笑)。

ーー(笑)。今の部屋が執筆業に与えている、ポジティブな面はありますか?

散歩が楽しいエリアに引越したのは良かったですね。近くにジムもありますし。

ーー運動を欠かさないんですね。やはり、執筆には体力が大事なのでしょうか。

厳密にいうと、小説の執筆には「脳の体力」が必要なんです。散々取材して得た情報だったり、思考の末生まれたアイデアだったり、原稿上に残すものを取捨選択するのは大変疲弊する行為です。

ーーシビアな判断が必要なんですね。

脳も肉体の一部ではあるので、土台となる肉体の健康さは必要だと考えています。自分はもとから体力はあるほうなんですが、気分転換のために気軽に散歩ができる今の環境からは、いい影響を受けていると思います。

ーー「高層ビルのオフィスだと、昼休みも社員が外ランチに出ない」という話も聞いたことがあります。低層マンションに引越したことで、散歩の頻度が上がった実感はありますか?

少しはあるかもしれませんね。高層階に住んでいたときは、買い物に行こうとかジムに行こうとか、目的がないと外に出かける気になれなかったんです。今は、ちょっと家の周りを歩くか、くらいの気軽な気持ちで出られるようになりました。ただ、高層か低層かよりも、散歩して楽しいエリアかどうかのほうがはるかに大きいです。

ある種の人たちには「自分だけの場所」は必要

小説家・羽田圭介さん

ーーまた、近年はリモートワークの浸透もあって都心から離れたり、あるいは都心と地方の2拠点生活をする人も増えています。東京から離れようと思ったことはありますか?

最近、ちょっと考えましたね(笑)。僕は東京在住ですが、神奈川県に家を買った友人たちもいるんですよ。「そっちに行ったほうが彼らとも遊びやすいのかな、水や食べ物も美味しそうだし……」と思ったんですけど、茅ヶ崎に住んでいる友人いわく「別に東京とそんなに変わらない」と。じゃあ郊外に行くくらいなら、東京に住み続けるか、いっそ富山あたりに行くかどっちかだなと。

ーーたしかに、富山県も食べ物が美味しそうですね。

その友人の細君が富山県出身で、「富山は食材が美味しい。新幹線でもすぐ行けるからアクセスがいい」と話していて、それはいいなと。富山県に家を買って、2拠点もいいなと思っています。

ここしばらく海外旅行ができなかったので、国内を旅しているんです。やっぱり地方はフラッと立ち寄ったお店で千数百円くらい出したら美味しいものが食べられるところが魅力的ですよね。都会とは水が違うんでしょう。

同居は、独立して暮らせるくらいの人同士のほうがいいんじゃないか

ーー羽田さんは一昨年結婚されました。パートナーと一緒に暮らすことで、部屋や間取りについての意識や生活は変わりましたか?

それまでは書斎とリビングと寝室、という間取りがあると、「この“リビング”って必要?」なんて思っていたんです(笑)。今は一人暮らしのころと違って、多少はリビングを使うようになりました。とはいえ食事をするときくらいで、あまり生活自体は変わってないかもしれません。僕はすぐ書斎に行っちゃうんで。

ーー同居していても、それぞれ自分の時間を過ごしているんですね。

わりとそういうタイプですね。一緒に住むなら、独立して暮らせるくらいの人同士が集まったほうがいいんじゃないかな。

最近周囲で、夫婦2人+子ども2人みたいな家族構成で狭い部屋に暮らしていて、コロナ禍やそこから続いているリモートワーク等でみんな家にいるから大変、という話をよく聞くんですが、単純にそれぞれの個室がないからなんじゃないかなと思うんです。

ーー家族がリモートワークになって部屋にいるのが息苦しい、みたいな話を聞くこともあります。

僕はこれまでも「自分だけの領域」を絶対に守ってきたタイプで。そのためには、戦って勝ち取らないといけないときもあるんです。

ーー勝ち取る!

家庭内における人間関係のストレスって、単に空間を確保しただけで、改善されることもあるんです。だから間取りや広さは、立地や金銭面もふまえてちゃんと考えた方がいい。

ーー人間関係のストレスは、「家」というハードの問題であることも大きい、ということでしょうか。

そうですね。これまで外に働きに出て家にいなかったから、あまり問題になっていなかったけれど、リモートワークの浸透によって、家族でも距離が必要、個室は必要だということが顕在化してきたのでは。その問題が、例えば郊外の広い家に引越して改善されるのであれば、安いものなのではないでしょうか。

埼玉の実家から賃貸マンションまで……芥川賞作家の引越し遍歴

小説家・羽田圭介さん

ーー過去にとあるテレビ番組で、苦しい専業作家生活の中で芥川賞受賞、その後タワーマンションに住んで……といった生活の変化を紹介されていたことが印象に残っています。

それは雑なストーリーにのせているだけです。受賞前の生活がそんなに苦しいわけでもなかったですから。そりゃあ今より使えるお金は少なかったから、ドン・キホーテで10キロのお米を買って、カレーを50食作って半分冷蔵、半分冷凍したり。

ーー堅実ですね!タワーマンション以前の引越し遍歴は、どんなものなのでしょうか?

引越し遍歴をもっと詳しく話すと、小学校2年生の時に東京の分譲マンションから埼玉県の一軒家に引越して。大学4年になる直前に、半年間だけ小岩に住んでいたんです。それが初めての一人暮らしですね。学校は御茶ノ水だったので、埼玉の実家からでも不便なく通えたんですけど、「小岩に住んで通学時間が減れば、より執筆に専念できる」と考えて。駅徒歩10分以内、45平米くらいで家賃9万1000円の賃貸マンションを借りました。

ーー大学生にとっては、かなりいい部屋ですね。

どうして大学4年になって一人暮らしを始めたかと言うと、インテリアを自分の好き勝手やりたかったんですよね。実家だとそういう部分の自由がきかないので。木の板を買ってきて、自分でペンキとニスを塗って床に敷いたり、IKEAで家具を買いまくったり、自分の理想のインテリア部屋を作ったんです。でもある日、「なんだか無駄だな、不便も多いし」と感じて、半年で実家に帰りました。

ーー判断が早い!

そのあと、会社員になり茨城に配属になったので、社宅として借りられた鉄骨アパートに住んでいました。会社をやめる直前に、「会社員をやめたら信用がなくなるから」と母親からの強いすすめもあり、府中の2DKマンションを買って……。

ーー若くして持ち家派って、珍しいですよね。どんな物件だったんでしょうか。

2DKの中古マンションでした。住宅ローンの減税が使えない広さだったので、42平米くらいだったと記憶しています。安かったです。

「なんで俺、独身なのに郊外に住んでるんだろう?」と疑問に思うようになって、5年半住んでたそのマンションを売って引越しました。買ったときより50万くらい高く売れました。

ローン返済と修繕積立金・利子で月々の支払いは6万円ちょっとでした。その金額であのグレードの賃貸マンションには住めなかったはずなので、結果的にはプラスだったと思うものの、売買の手数料もかかるし、管理組合の役員もやったりしたので「賃貸マンションのほうがいいんじゃないか」という考えに至りました。

その後は刺激を求めて渋谷区に住んだんですけど、そこが家賃7万5千円で24平米かな? 人生で一番狭いところに住んでいました。そこに引越してすぐに芥川賞をとったので、次は家賃と広さが倍のところに引越したんです。

ーーそして24万円のタワーマンションへ……順調なステップアップですね。

その後、もう一回別の賃貸タワマンに引越してるんですけど、そこは家賃36万円くらいです。タワマンに住んで思ったことのひとつは「日当たりがよくても、カーテンやブラインドを閉めっぱなしにしていると、意外と閉塞感が出てしまう」ということ。府中のマンションは北向きで日当たりが悪かったけど、日中はカーテン開けっ放しでよかった。

ーー一長一短ですね。こればかりは住んでみないとわからないことも多そうです。

北向きのマンションのときは「寒いし暗いから嫌だな」と思ってたんですけどね(笑)。

部屋への不満が生まれるのは、やるべきことに集中できていないから

小説家・羽田圭介さん

今住んでいる部屋は、以前のタワマンより家賃は安いんですけど、自己居住用に分譲されているタイプではなく、投資用として作られたものが賃貸されているマンションなんです。利回りを重視する、そういった物件特有のコストカット部分には幻滅していますね。

ーー投資目的か資産価値の面を重視するかで物件のグレードも変わりますものね。

タワマンは二つとも分譲賃貸だったから、設備のレベルが高くて気に入っていたんです。でも、色々考えたところで、正直どこのどんな家に住んでいても変わらないのかなとも思っています。執筆して、仕事に集中していれば、自分の目の前の原稿や端末しか見てないわけで。それさえできていれば、どこに住んでいてもいいはずなんです。

正直、今の書斎もあまり気に入っていないんですけど、不満の原因は小説の執筆がうまくいってないことだってわかったんです。解消するには、さっさと集中しろって話で。自分自身を省みると、インテリアなんかにやたらとこだわってるときって、「やるべきことをやっていないとき」なんですよ。

ーー集中できていないからこそ、別のことに意識がいってしまうんですね。

インテリアや家具の買い替えを考えたときは、ちょっと浮ついてるっていうか、なにかに集中できてないのかなと。やはり、人間は暇だとロクなことを考えないんですよ。仕事や自分のやるべきことに没頭してる人って、家をそんなに整えないと思うんですよね。今は執筆に集中できているので、不満を覚えながらも「どうでもいいや」って感じです。

ーー例えば、昨年発売された小説『滅私』は、ミニマリストが主人公ですけど、彼がミニマリストである自分に執着するのも、また別の問題を抱えているから……という見方もできる話ですよね。

でもこんなことを話している自分だって、執筆がうまくいっていない日なんかには、時々物件探しをしているんですよ。それこそSUUMOで(笑)。

ーーありがとうございます(笑)。

お気に入りにしていた物件を見て「あ~なんか値上げしてるな~」とか「ここは掲載終了してる~。たしかに、安かったもんな~」というふうに。掲載終了した物件も「また似たような物件が出てきたときの参考に」と、お気に入りから削除しないままでいるんです(笑)。掲載終了した物件にこそ、ヒントがあると思うんですよね。

<取材・編集 小沢あや(ピース株式会社)
<撮影 飯本貴子>
<構成 藤谷千明>

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