ヴィンテージとは「歳月を経て、より価値が高められた物」という意味。ワイン、車、美術品だけでなく、マンションにも歳月を魅力に変える物件が存在します。通常マンションは年数がたつほどに評価額が下がっていきますが、ヴィンテージ・マンションは別格。その魅力と人気の理由を住宅評論家の坂根康裕さんに解説していただきました。併せて、ヴィンテージマンションとして名高い4物件もご紹介します。
マンションにヴィンテージという言葉が使われ始めたのは2000年代初頭。坂根さんによれば、バブル崩壊後のデフレ景気から不動産の価格が暴落するなか、価格の落ちないマンションが一定数あることに目を向けられたのが始まりだそうです。
「そうした物件の多くが都心の希少な立地に立ち、利便性抜群なのに緑豊かだったり、都心とは思えない規模を誇っていたり。建物のデザインや住戸プランなどにも特色があり、レアな海外の建築部材を使った物件や美術館にありそうなアートをエントランスに飾った物件など個性も際立っている。デフレの影響で画一的な物件が増えるなか、『昔はこんな面白い物件があったのか』と気づく人たちが増え、ヴィンテージマンションと呼ばれるようになりました」
確かに、ヴィンテージマンションは東京では千代田区、港区、渋谷区を中心とした都心エリアに多く、古いところでは1960年代の物件もあります。
もちろん、竣工から半世紀経つような古い物件であっても価値が保てるのは、管理がきちんとされているからこそ。植栽の手入れが行き届いている、給排水管や設備のメンテナンス・更新がされている、大規模修繕が適切に行われているといったことも、欠かせない要素といえるでしょう。
つまり、立地、デザイン、管理といった条件がそろい、その価値を多くの人たちが認め、「ここに住みたい」という人が絶えないのがヴィンテージ・マンション。評価の高さが流通価格にも結びつくため、価格が落ちにくく、逆に分譲時よりも値上がりしている物件まであるほどです。
もっとも、ヴィンテージと呼ばれるマンションに明確な条件はなく、機関やメディアなどで定義付けはまちまちだそうです。
たとえば、不動産専門の調査会社「東京カンテイ」では、「築10年以上」「平均専有面積90m2以上」「坪単価300万円以上」をヴィンテージ・マンションの条件として設定していますが、専有面積や坪単価がこの条件を下回る物件がヴィンテージ・マンションとして紹介されていることはよくあります。
「多くの人たちが価値を認めるということは大前提ですが、それぞれの考えで定義して構わないということです。実際、あるマンション業界の商品企画に詳しい方が定義したヴィンテージの条件には『玄関扉は内開き』というものもありました。日本のマンションは靴を脱ぐ習慣などから外開きが一般的。欧米のような内開きは玄関スペースにゆとりがあるからこそ可能な企画です。もちろん、森のような緑の豊かさを評価する人もいれば、エントランスの豪華なしつらいに『これぞヴィンテージ』という人もいていいというわけです」
そう考えると選択の幅は広がりそうですが、では、そもそもヴィンテージ・マンションに暮らす価値はどこにあるのでしょうか。
「経済的な市場価値が下がりにくいことはありますが、何よりの価値は暮らしの豊かさを得られることでしょう。今となっては得難い立地に立ち、その立地の特性を最大限に活かしながら、そこに暮らすであろう人たちのライフスタイルを色濃く反映させたのがヴィンテージ・マンション。つまり、その建物で暮らすことでしか得られない時間・シーンを手に入れることができるわけです」
走らないヴィンテージ・カーをコレクションするのとは違い、マンションはその味わいを生活に取り込んでこそ意味があると坂根さん。あくまでも暮らしを基軸にしているのがヴィンテージ・マンションというわけです。
長い歳月を経てもなお、高い価値を維持し続けるヴィンテージ・マンション。その価値はどのようにして保たれてきたのでしょうか。また、実際の住み心地も気になるところです。そこでヴィンテージ・マンションの名作と言われる4物件を年代順にご紹介。ヴィンテージ・マンションの真価を探ってみました。
まず、訪ねたのは都心タワーマンションの先駆けと言われる「三田綱町パークマンション」です。竣工したのは1972年。地上純白のツインタワーは19階建て・地上52mの高さを誇り、超高層マンションの先駆けとしても知られています。分譲時には「東京タワー、霞が関ビルに次ぐ、日本における第3の高層建築物」として大きな話題を呼んだマンションです。
純白の2棟が立ちはだかる姿は今見ても斬新ですが、画期的なのは高さだけではありません。
一つは立地。マンションの北側には三井グループ迎賓館「綱町三井倶楽部」があり、その庭園を眼下に望むことができます。さらに北西側にはオーストラリア大使館、東側にはイタリア大使館が控えていることから、東京都心とは思えないほど緑が多く閑静な環境が広がっています。
さらに、敷地内にも表情豊かな和風庭園があり、生活のなかで四季の移ろいを楽しむことができます。管理員の方によると、野鳥が多く飛来し、白鷺やカルガモ、カメなどの姿をみかけることもあるとか。
ランドスケープも印象的です。公道からエントランスまでは50mほどのアプローチで結ばれて、傍らには全住戸分の平置き駐車場がつくられています。これはまさしく1970年代ならではの“時代のゆとり”でしょう。
共用部についても同様で、1階には24時間有人のフロントがあり、庭園の緑が広がるガラス張りのロビーラウンジもゆったり広々。まさにホテルさながらの雰囲気が醸し出されているのです。
一方、住戸設計については各フロアとも住戸数は4戸以内に抑えられ、全室が角住戸というリッチさ。専有面積は全戸120m2前後と贅沢な都心ライフが創造されています。
しかも、10戸についてはシャワーやトイレ、エアコンを完備したメイドルームが付属。現在は書斎や子どもの勉強部屋として使われているそうですが、竣工時は実際にメイドさんが住んでいたという話から、居住者のライフスタイルは推して知るべしといえます。
こうしたクオリティを高いレベルで維持するべく、管理組合ではさまざまな取り組みをしています。
たとえば、ハード面では躯体や設備などの修繕とともに、共用部の段差を解消してバリアフリーにするなど、より快適に暮らせるよう常に見直しをしているとのこと。竣工時の姿を保つのが第一ではあるものの、難しい場合には雰囲気を損ねずにそれに代わる方法も導入していると言います。ロビーの廊下を木の壁から大理石にしたのはその一例。変えるべきところは変えつつ、このマンションに暮らすステイタス感は堅持されているのです。
一方、ソフト面では、新規入居者に対して管理組合で作成した写真入りの冊子の配布。生活ルールなどが共有されています。わざわざ冊子をつくるには手間も時間もお金もかかりますが、それを惜しまないのは住人たちのマンションに対する愛着が深いからこそ。その深い想いは居住者の顔ぶれが変わっても脈々と受け継がれているのです。
続いてご紹介するのは、1983~1987年に竣工したヴィンテージ・マンションの代名詞ともなる「広尾ガーデンヒルズ」です。
広尾駅からすぐの利便性の高い場所にありながら、約5万7000m2もの敷地面積はまさに破格。都心にあってこれほどのスケールを誇る大規模マンションは、今後、建てられないだろうとも言われています。
このマンションを語るうえで欠かせないことは大きく3つあります。
1つは圧巻というべき緑のボリューム。「広尾の森」とも称される通り、メインストリートには見上げるほどの高さのケヤキ並木が連なるほか、クスノキ、ツツジ、ツバキなど敷地を彩る樹種は数えればキリがないほど。歩いていると思わず深呼吸をしたくなる心地よさです。
居住者によれば、竣工時は樹木の背丈も低く、緑はまばらだったとか。まさに30年以上の歳月がこのマンションの魅力に磨きをかけてきたのです。
2つめの特色はゾーニングと建物のデザイン。敷地内は「ヒル」と呼ばれる5つの区画に分かれ、統一コンセプトのもとにそれぞれのヒルが異なる特色をもってデザインされています。
基本設計を手がけた建築家の圓堂政嘉氏は、ロンドンのタウンハウスや街づくりをモデルに設計。最初に竣工したイーストヒルの住居棟は雁行型の建物に特注の打ち込みタイルの外壁が用いられ、その瀟洒な美しさには目をとめずにいられません。
一方、セキュリティー含め高いグレードを目指したサウスヒルも特徴的です。石畳が敷かれたこのヒルの3棟には100m2を優に超える住戸を設計。それぞれにコンシェルジュが常駐するホテルのようなエントランスロビーは、80年代当時、まだ珍しかったそうです。
さらに、敷地の中央に位置するセンターヒルには集中管理センターのほか、カフェ、スーパーマーケット、クリニック、歯科医、フィットネスセンター、銀行キャッシュコーナーなどがあり、暮らしの利便性を高めています。
では、3つめの特色はなにかというと、それは手厚い管理体制です。管理組合のもとには5つのヒルごとに分割管理する運営委員会、そして専門性の高い7つの委員会が置かれて、それぞれが精力的に活動をしています。
たとえば、環境専門委員会では、建物の躯体や内外の美観を竣工時のまま保てるよう維持・修繕に力を注ぐほか、給排水管やエレベーターなどのライフラインの保守、防犯・防災に対する設備などを最新のものにアップデートしています。また、外灯を増設したり、敷地内の足元灯をLEDに替えたりときめ細かい目配りがされています。
植栽委員会では樹木の剪定(せんてい)や土壌の改良など植栽の管理・保全を計画的に遂行。圧巻というべき緑の豊かさは、管理の賜物でもあるのです。
会計委員会と総務委員会では、経理・法務・規約といった制度や組織に関わる活動を行い、広報委員会、コミュニティ活動委員会、ペット委員会では、住民への情報発信、イベント・セミナーなど人事交流、近隣との関係、ボランティア活動などをそれぞれ担当します。
管理組合の精力的な活動を見れば、竣工から30年以上たった現在も高い人気を誇るのは当然のこと。住戸によって新築時の2倍以上の価格で流通しているそうです。
では、次に1990年代前半に竣工した2件のヴィンテージマンションを紹介しましょう。この時代はバブル期に計画が始まっているため、豪華を極めたラグジュアリーな仕様が特徴。1991年に竣工した「有栖川ヒルズ」はその象徴的なマンションです。
この物件が立つのは緑豊かな有栖川宮記念公園の真向かい。四季折々に色を変える公園の樹々が住戸内から楽しめるのが大きな特徴です。
住戸数は14戸に限られ、すべてが角住戸。専有面積は185m2以上あり、なかには300m2近い住戸もあるというからまさに邸宅と呼ぶに相応しいでしょう。
その広さとともに贅沢な印象をもたらすのは、プライベート使いができる3基のエレベーターです。各フロアは2~3戸の構成のため、降りた階にあるのは自分の住戸のみ。エレベーターの扉が開くと大理石張りの玄関ロビーが現れ、その広さと豪華さは息を飲むほど。ステンドグラスが美しい色彩、エレガントなトーチライトなど一つ一つに贅が尽くされています。
ここからリビングダイニングへとつながる扉も重厚感があり、坂根さんによれば、ある住戸のリフォームの際には、あまりに価値があるものなので建築家が取り替えないことを奨めたという逸話も残るそうです。
ちなみに、エレベーターで目的の階に行くには暗証番号の入力が必須。プライバシーがしっかり守られ、セキュリティも万全です。
立地も設計もまさしく唯一無二。管理組合では的確で手堅い管理を施しながら、このマンションで紡ぎ出される暮らしの豊かさを守り継いでいます。
最後にご紹介するのは1993年竣工の「ドムス南麻布」です。南麻布三丁目の高台に佇むこの物件は、集合住宅のハイクラスブランドであるドムスシリーズの最高峰と言われています。
モチーフにされたのは、100年、200年と住み継がれることが当たり前のヨーロッパの集合住宅。とりわけこの物件では住棟・住戸プランはもとより、内装の部材や調度品に至るすべてに贅が尽くされています。
たとえば、ロビーラウンジを彩るのは、バカラのシャンデリアとラグジュアリーなリビングセット。エントランスを抜けると、別世界に紛れ込んだような気分になります。
同じ1階には優美な屋内プールや屋外ジャグジーが控え、傍らには世界的なブランド「MATRIX」社の最新マシーンがずらりと並ぶフィットネスジムも設けられています。
豪華さでいえば内装もしかりです。ロビーラウンジや共用廊下などには石目のそろった大理石が貼られているほか、玄関ドアは一枚板を掘り込んだクラシカルな框組、そしてドアノブはヴェルサイユ宮殿にも採用されているフォンテーヌ社製。これだけ細部にまでこだわったマンションをつくり出すことは、現在では難しいといわれる意味がよくわかります。
もっとも、驚くのは豪華さだけでなく、竣工から四半世紀経った今でもそのきらびやかさがまるで色褪せてない点でしょう。
聞けば、このマンションでは管理会社の最高責任者である「管理課長」がマンション内に居住。きめ細やかなサービスとともに、建物の細部にまで目を光らせて徹底したメンテナンスを行っていると言います。管理課長は管理員とは異なり、部下の人事権を含めて自己判断で管理を遂行できる立場にあり、「きれいなところをさらにきれいに磨き上げる」「設備や建築部材がトラブルを起こす前に発見し、対応する」といった基本が徹底されているのです。
どれほど贅を尽くしたマンションでも、経年による劣化は避けられません。そのなかで最善を尽くし、竣工時の美しさを止めたところに、このマンションが“伝説のヴィンテージマンション”と称される所以があるのでしょう。
ご紹介した4物件だけでもヴィンテージ・マンションの醍醐味は感じ取れたはず。では、住んでみたいと思ったとき、どのようなことに注意をすればいいのでしょうか。坂根さんに伺いました。
「まず気をつけたいのは、断熱性や遮音性といった住宅の基本性能です。マンションの基本性能が高まったのはここ十数年の間。それ以前は、物件によって差があるということは覚えておいてください。古いマンションでは断熱性の低い資材が使われていたり、断熱材が入っていなかったりすることもあります。また、新耐震基準が採用された1981年以前のマンションであれば、耐震診断を実施し、必要に応じて耐震補強がされているかどうかの確認は必須です」
断熱性についてはリフォームで補強することも可能です。窓ガラスも内窓を入れたり、物件によっては複層ガラスに変更できたりする場合もあるとのこと。変更の可否は管理規約で定められているので、事前に確認しておくといいでしょう。
また、管理についても「ヴィンテージ・マンションだから安心」と思わずに、自分の目と耳で確認しておきたいところ。清掃状況、植栽の様子、建具・設備のメンテナンス具合、大規模修繕の履歴や予定などもチェックしておくと安心です。
さらに、時代背景の変化まで考えて選ぶことも大切だと坂根さんは言います。
「ヴィンテージ・マンションという言葉が生まれた当時に比べ、東京都心にはタワーマンションが増え、再開発による新しい街が各所に生まれています。さらに経済情勢などさまざまな面が当時から変化し、従来のヴィンテージとは異なる評価軸も生まれつつあります。ニューヨークではセントラルパークに面するタワーマンションの高層階こそヴィンテージ・マンションに値すると言われるそうですが、日本でも同じような風潮が起こることは十分、考えられます。そうなると、ヴィンテージ・マンションで織りなされるライフスタイルの象徴的なシーンは、今後変わってくるかもしれないのです」
そうした注意点も頭に入れた上で住みたい物件を探す手がかりになるのは、やはりインターネットの物件検索サイト。どんなマンションがあるのかを見ていくことができます。
ただし、意中の物件に出会っても人気の高いヴィンテージマンションは、なかなか売却物件が出ず、たとえ出たとしてもすぐに売約済みになってしまうケースが多いようです。そのため、買い方としては仲介会社に連絡して売り物件が出たら教えてもらうのが確実。最近はリノベーション会社がリノベ済みの住戸を売りに出すケースも多いので、そこから探すのも一つの方法です。
またヴィンテージマンションには賃貸で流通する住戸もあり、借りて住むこともできます。まずは賃貸で住み心地を試してみるという手もあります。
SUUMOでは、売却物件だけでなく賃貸物件も数多く紹介しているので、広い視野で探すことができるはずです。
いずれにしろ、どのタイミングで住み始められるのかは未知の部分。時を重ねてきたマンションのように、ゆったりと気長に待つ感覚は必要になるでしょう。
長い歳月を経てもなお、そのマンションにしかない個性を輝かせているのがヴィンテージ・マンション。“オンリーワンの魅力”は、住民の誇りと愛情によって住み継がれてきたことから生まれています。ヴィンテージ・マンションに住むということは、その継承者の一人になるということ。積み重ねてきた時間とその時間が育んだ味わいも含めて、そのマンションに愛着が持てるかどうか。まずは自分に問いかけてみてください。
立地・デザイン・管理などの条件がそろい、その価値を多くの人たちが認めているのがヴィンテージマンション
ヴィンテージマンションに住みたい場合は、仲介会社に連絡して売り物件が出たら教えてもらうのが確実。いつ売り物件が出るのかは未知数なので気長に待とう