玄関に設置されている「上がり框(あがりかまち)」は、玄関で靴を脱ぎ履きするための「たたき」と、床との間にある部分を指します。新築・注文住宅の建築において、上がり框を設置するか、設置する場合、高さをどのくらいにすればよいのか悩む方も多いでしょう。
そこで今回は、建築士の白崎治代さんからお話を伺い、上がり框の高さの目安や設置しない場合のメリット・デメリット、さらに式台や手すりを設置する際の注意点などを解説します。
そもそも上がり框は具体的にどのようなものなのでしょうか?ここでは、あらためて上がり框の特徴や高さの目安についてご紹介します。
上がり框とは、玄関のたたきとホールの境目にある部分のことです。玄関框ともいわれています。日本の住宅の場合、段差があるケースが多く、その段差に腰かけて靴を脱ぎ履きしたり、段差により屋外のホコリやゴミが室内に入るのを防いだりする役割があります。
「玄関の上がり框は、下足と上足がはっきり分かれる日本の家ならではの部分といえます。昔の住宅は上がり框の高さが現在より高めで30cm程度の例もありました。ご近所さんが気軽に腰かけて、会話を楽しむ場としても使っていたようです」(シーズ・アーキスタディオ 白崎治代さん。以下同)
現在の戸建て住宅は、上がり框の高さは18cm前後が主流のようです。これは、国土交通省の「高齢者の居住の安定の確保に関する基本的な方針」に18cm以下が望ましいと記されているためです。
ただ、上がり框の高さは、戸建住宅の方が高めで、マンションの方が低めのことが多いようです。これは、床下のつくりの違いからくるものです。
「一般的な木造住宅では、基礎、土台、床下地、仕上げ材の高さを合計すると、地面から1階床の立ち上がりが45~60cmぐらいになります。この高さを、玄関ポーチと上がり框とで上るため、上がり框の高さは15~20cmのケースが多くなるのです。
一方、マンションでは、共用廊下と室内の床を支えるコンクリートがフラットにつながるケースが多いです。その場合、室内の床下地と仕上げ材の厚さと、たたきの仕上げ材の厚さの差が、上がり框の高さになります。室内の床下地は必要最低限の高さでよいので、上がり框は5cm前後になることが多いようです。
新築やリフォーム時に、上がり框を高くしたい/低くしたいなどのリクエストをしても、住宅の床下のつくりなどにより希望に応えられないこともあります。その場合は、手すりやベンチを設けるなどの代案を提案してもらうとよいでしょう」
上がり框の形や材質などは決まっているものではなく、間取りや広さ、デザインなども考慮しつつ自由に決めていきます。ここでは、上がり框の形や材質を決める際のポイントについてご紹介しましょう。
上がり框の形は、直線や斜め、L字型などさまざまです。
「どの形にするかは、玄関の広さや収納との兼ね合いで決めます。例えば、玄関スペースがあまり広くない場合、上がり框を斜めにすると、たたきとホールの両方に広い部分ができて使いやすくなるケースがあります。また、直線と比べると幅が長くなるので、複数人が並んで靴を脱ぎ履きできるようになります。
他には、下足のまま入る収納の出入口の位置や、ホールから居室までの動線を考慮して形が決まるケースが多いですね。S字や半円などの曲線をご希望される方もいますが、框材の加工コストが高くなります」
上がり框は一般的に直線タイプが採用されています。直線タイプはそれほど玄関に割ける面積や予算がなかったとしても設置しやすいのが特徴です。他のタイプと比べてシンプルなデザインで、スッキリとした印象になります。ただし、他のタイプよりも個性がなく、デザインのインパクトに欠ける傾向にあります。
上がり框に用いられている素材には、主に木材・石材・タイルなどがあります。木材は薄い合板に化粧シートが貼られているものから、無垢材まで多種多様です。足に触れる面が広ければ広いほど、高級感や重厚感を演出できます。
上がり框に石材を使用すると、高級感だけでなくスタイリッシュでモダンな雰囲気を演出できます。耐久性に優れていて光沢のある御影石や、光沢感とマーブル模様が特徴の大理石などを使用することが多いです。
タイルも石材と同様に耐久性が高く、汚れにも強いため上がり框に利用されています。モザイクタイルを活用すれば、色やデザインを玄関に合わせて統一することもでき、個性を引き出せます。
上がり框の素材は、木や石が多く、ホールかたたきと揃えるのが一般的です。
「木の場合は、無垢材や木調建材、石の場合は大理石や御影石、人工大理石や石調建材を用います。たたきがタイルの場合は框もタイルにすると目地が汚れやすいため、木製にするか、タイルと同じか似たような色調の棒状建材を用いることが多いです。
素材は、ホールと揃える方が広く感じやすく、スッキリとした印象になりやすいと思います」
上がり框はすべての住宅で用いられているわけではなく、上がり框のない住宅もあります。上がり框がないことでどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか?
近頃は、上がり框がない玄関も見られます。
「上がり框がないと、たたきとホールに段差のないバリアフリーの玄関がつくれます。その際、素材を揃えれば玄関スペースがより広く感じられるでしょう。ただ、同じ素材にすると靴を脱ぐ場所がわかりにくいので、マットを敷くなどの“目印”があるとよいですね」
上がり框がない場合のデメリットは、屋外のホコリや砂などがホールや廊下に入りやすいことです。
「たたきのお掃除をするときに、上がり框の段差の下の部分にホコリや砂が溜まっているのを見たことはありますよね。上がり框がないと留まるところがないので、ホールや廊下に入ってくることになります。衛生面を考えると、少しでも段差があった方がよいと思います」
年齢を重ねたり、介護が始まったりすると、上がり框の段差が気になるかもしれません。
「ご家族の年齢や体の状況にもよりますが、上がり框の段差が20cm以上あるなら、安全性や昇り降りのしやすさを考慮して、手すりや式台(しきだい)、ベンチなど何かしらをリフォームで設けて補いたいですね」
新築やリフォームで手すりを設置する場合、場所や高さに迷う方もいるかもしれません。
「手すりの位置は上がり框の真横につけるのが基本です。昇降だけに使うなら縦に1本のI型、昇降後にも体を支えたり伝え歩きをしたりしたいならL型か、I型と水平の手すりを組み合わせて設置するとよいでしょう。
高さは、手すりが必要な人の身長を考慮して決めてください。肘を曲げて掴みやすい高さを目安にすると、昇るときに手の力で体を引き上げたり、降りるときは体が倒れないよう支えたりしやすくなります。
もし、今は必要ないけれど先々を考えてつけておくなら、I型の手すりを、上端が肩より少し高い位置になるように設けておくとよいでしょう」
手すりをホームセンターなどで購入し、DIYで取りつけようと考える方がいますが、安全性を考えると避けた方がよいかもしれません。
「手すりには結構な力が掛かるので、壁の表面だけでなく、壁の下地にしっかり取りつけないと取れてしまう可能性があります。手すりを取りつけたい場合は工事会社にお願いして、下地のあるところに強固につけてもらうことをオススメします。ちょうどよい位置に下地がなくても、補強したうえで取りつけてくれるので、お任せがした方が安心です」
上がり框の段差を小さくするために、式台を設ける方法もあります。
「式台とは、上がり框の前側に設けられた板敷の部分のことです。奥行きは30~45cm程度で、足が大きな人でもゆったりと昇れて、スリッパを置くこともできます。
式台は重い板を置くだけというケースもありますが、上に乗ったときに動いたり、動いて生じた隙間につまずいたりする可能性を考えると、工事会社に取りつけてもらった方が安全です。多くの建材メーカーでは、上がり框と同じ素材の式台を用意していますので、上手に活用するのもよいでしょう」
玄関スペースにゆとりがあれば、ベンチを設けるのもよい方法です。
「体のコンディションによっては、上がり框を立ってふらつきながら昇降するより、ベンチに一旦腰かけて、ゆっくりと体の向きを変える方が安全かもしれません。靴の脱ぎ履きや荷物の一時置きにも便利です。設ける場所は上がり框の横で、たたきとホールの両方から腰かけられる大きさにするとよいでしょう」
上がり框を取り入れる際には、デザインと安全性の両面から高さを決めることも大切です。将来的なバリアフリー環境なども考えておくことで、後悔のない家づくりにつながります。
上がり框は、高さによって昇降のしやすさが変わる部分であり、玄関の雰囲気を決める部分でもあります。
新築やリフォームでの高さを決める場合、今の家を参考に、もっと高く・低くなどの希望を伝えるとよいでしょう。ただ、建物の床下のつくりによって、希望通りの高さできない場合があります。高さの目安は18cm以下としたいところですが、20cm以上になる場合には、手すりや式台などで安全性や昇降のしやすさへ配慮しましょう。
また最近では、上がり框を設けない場合もあります。設けない場合のメリット・デメリットを考慮して、安全面とデザイン面の両方を考えて決めましょう。
上がり框とは、玄関のたたきとホールの境目にある部分のこと。高さは18cm程度以下を目標に
形状は、玄関の広さや収納、動線との兼ね合いで決める。素材は木や石が一般的
上がり框がない場合のメリットは、段差のない玄関がつくれること。デメリットは屋外のホコリや砂が室内まで入りやすいこと