家を建てるときには数多くの図面が必要になります。その中の1つが「矩計図」。「かなばかりず」と読むこの図面には何が記されていて、施主はどのような視点でチェックをすればよいのでしょうか。一級建築士の佐川旭さんに教えていただきました。
これまでに家づくりの経験がない人でも、「平面図」や「断面図」は見たり聞いたりしたことがあるでしょう。でも、今回紹介する「矩計図(かなばかりず)」をご存じの人は少ないかもしれません。
「矩計図とは、建物の一部分を垂直に切断して、建物の高さ、各階の床の高さ、基礎や天井裏など各部分の寸法と、材料・下地の種類などが記入されている図面です。1/20~1/50の縮尺で描かれることが多く、詳細断面図と呼ばれることもあります。
住宅の施工時に特に重要になるのが、基礎の深さ、地面からの立ち上がりの位置、土台の上端、1階の床の高さ、2階の床の高さ、屋根の軒桁の高さ、建物の最高の高さです。矩計図は、これらの7つの位置が表現されているため、工事職人や現場監督が一番よく使う図面なのです」(佐川旭建築研究所 佐川旭さん。以下同)
矩計図の床・壁・天井・屋根部分には、厚さや材料、仕上方法などが記入されています。建築士や工事職人などの“家づくりの専門家”は、この部分を見ると住宅性能がわかるそうです。
「注文住宅を建てるとき、施主がよく見るのは平面図、立面図、断面図の3つの図面です。この3つの図面で間取りや建物の形、空間のボリューム感はわかかりますが、建物の性能はわかりません。一方、矩計図には仕上げの方法や断熱材の種類などの細かな情報が描き込まれているため、家の断熱性能がよくわかるのです。
また、矩計図を見ると窓の位置や天井・床との兼ね合い、軒下の位置や庇の長さもわかるため、日差しの入り方や風の抜け方が把握できます。つまり、採光や通風のイメージがより明確になるため、空間の居心地が確認できる図面ともいえます」
住宅の施工現場では、「広さ」よりも「高さが上手く収まらない」というトラブルが多いそうです。
「よくあるトラブルとしては、1階はバリアフリーにしたかったのに廊下とリビングの床材の厚みがそろっていないため段差ができてしまう、掃き出し窓の上にエアコンを設置したいけど天井高2m30cmでは窓の上にエアコンがかかってしまう、などでしょうか。
設計士は、高さに関する細かい寸法を入れた矩計図を作成することで、現場で起こりやすい“高さの収まりに関するトラブル”を未然に防ぎたいと思っている面もあります」
佐川さんによると、最近は、むく材や珪藻土など自然素材を使いたいという施主が増えているそうです。自然素材は住み始めてから膨張や収縮、反りなどを繰り返すため、その分を見込んだうえで家づくりを進めることが重要になります。
「住宅設計は1ミリ単位で行いますが、施工の誤差は3ミリ以内を許容範囲としていて、これは自然素材の膨張や収縮を見越した寸法です。ただ、これ以上に膨張や収縮が生じる可能性もあり、その場合はわずかに段差ができたり、壁が斜めに見えたりすることもあります。
正確な図面の作成はもちろん、このよう可能性があることを事前にお施主様に理解していただくことが、トラブルを防ぐために必要なことなのです」
矩計図以外にも、住宅を建てるのに必要になる図面は数多くあります。ここでは、主な図面10種類をご紹介しましょう。
●平面図
建物を床上1m程度の高さで水平に切り、壁や建具などの位置と、玄関や廊下、水まわり、各居室の配置や広さを表した図面。間取図とも呼ばれる
●立面図
建物の外観を横から見た図面で、建物の形状や仕上げ、窓の位置や形状などがわかる。一般的な四角形の建物は4面の立面図で描かれる
●断面図
建物を垂直に切り、切り口を横から見た姿を示す図面。建物の高さや屋根形状、天井高、窓の位置などが示されている
●配置図
敷地に対する建物の位置関係がわかる図面。隣地境界線との空き寸法、敷地の高低関係、方位、排水管の計画などが記載されている
●仕上表(仕様書)
建物の内外装の仕上げがまとめられた表のこと。一般的には、屋根・外壁などの外装部分と、玄関・廊下・各居室などの内装部分別に、仕上げに使われる材料と仕上げ方法が記載されている
●展開図
各部屋の中央からみた壁面を示す図面で、東西南北4面を表す。ドアや窓の形や高さ、造作収納の位置やサイズが表されているほか、壁面に取り付ける部品や補強下地についても描かれている
●建具表
建具の形状とサイズ、材料、仕上げ方法、用いられる場所などが記された表。複雑な場合は、断面詳細が記載されることもある
●各伏図
建物を上部から見て水平に表した図面。基礎部分を表すのが基礎伏図で、他には床伏図、天井伏図、小屋伏図、屋根伏図がある
●詳細図(平面詳細図)
平面図を基に、通し柱の位置、壁の納まり、枠の納まり、仕上げの厚さや張り方の指示や方向など、施工時に注意すべき点が詳細に書かれている図面
●案内図
駅や国道などの著名な場所から、建築現場までの経路をあらわした図面。
これらの図面は「設計図書(せっけいとしょ)」とも呼ばれています。家を建てるとき以外には、種類によっては建築確認申請や住宅ローンの借入時に必要になります
建物や室内空間の“高さ”がわかる図面は、矩計図と断面図があります。この2つの図面の違いはどのような点なのでしょうか。
「断面図を見ると、1階の床の高さや、階高、家全体の高さなどはわかります。しかし、床下や小屋裏、壁の中などは黒塗りされてしまうので寸法はわかりません。矩計図はこれらの寸法も記載されているので、例えば梁のサイズや基礎の深さ、部材寸法や壁の厚みまで正確にわかります」
紹介した11種類の図面は、家づくりの段階に応じて作成されます。
「建築士と家を建てる場合、間取りを決めているときは平面図か模型を使って施主と話し合うことが多いです。間取りの概要が決まり、主な内装・外装材や設備を決めて、概算見積もりや設計料を提示し、すべての内容に了承していただいた後に設計契約を交わします。
設計契約を交わすとき、必ずこの図面が必要という決まりはありませんが、平面図、立面図、断面図を作成するケースが一般的です」
設計契約の後に、家を建てるために必要な基本設計が行われます。(社)日本建築家協会が作成している『建築設計・監理 業務委託契約書』によると、基本設計のときには平面図、立面図、断面図の他に、配置図と仕上表を作成するとしています。
これらの図面を施主に説明し、間取りと仕様を確定した後に実施設計に進みます。このタイミングで矩計図、展開図、建具表、各伏図、詳細図、案内図が作成されます。
したがって、施主が矩計図を見るのは、契約後、間取りや仕様などプランが確定した後になることが一般的です。
施主が矩計図を見るときには、どのような点をチェックすればよいのでしょうか。
「居心地の良い空間をつくるには“高さ”は大切なポイントになります。住空間の高さは矩計図と断面図で把握できますが、プラン確定後に見る矩計図でチェックするのは遅いので、設計契約の前に見る断面図でチェックしておきましょう。
強いて言えば、基礎のつくりや断熱仕様が要望通りになっているかを、矩計図を見ながら依頼先に教えてもらい確認しておくとよいかもしれません」
住空間の天井高は、自宅の寸法が身体の中に刷り込まれていると佐川さんはお話されます。他人の家やホテルなどはなんだか落ち着かなくて、家に帰ってきてホッとするのはそれが理由の一つなのだそうです。
「多くの人は、断面図の新居の天井高を見てもピンとこないものです。例えば、天井高は2m40cmと記載があっても、どの程度の高さなのか認識できる人はほとんどいません。居心地よい空間をつくりたいなら、今の家の天井高を測ってみて、これよりも高い・低いというイメージをしっかり持ったうえで、プランニングを進めていくと良いと思います」
戸建住宅を建てる際に必要になる矩計図は、どのような工法でも、それを反映した図面が作成されています。
「注文住宅の場合、竣工後に全ての図面が建築確認済書と一緒に渡されます。この書類一式はリフォームや家を売買するときにとても重要になるので、大事に保管しておきましょう」
ちなみに、建売住宅の場合でも、矩計図は作成されているのが一般的です。ただ、住宅購入時に家を買った人に渡してもらえるかはケースバイケースです。できれば購入契約を結ぶ前に、図面一式と建築確認検査済証をもらいたいと交渉しておくとよいでしょう。
矩計図が手元にない場合、困ることはあるのでしょうか。
「戸建住宅をリフォームするときに、矩計図はとても重要な図面です。例えば、小屋裏や床下の組み方や素材はどのようになっているか、どこにどの程度の断熱材が入っているのかは、矩計図でないとわかりません。また、家の高さや天井高がわからないと工事費見積もりはすぐには出せません」
矩計図が手元にない場合は、現場調査ですべての高さを測ったり、点検口から床下や天井裏の状態を確認したりすることになります。その分手間も時間もかかり、場合によっては床や天井、壁の一部を壊さないとわからないため、費用がかかることもあるようです。
家や室内空間の高さ、住宅性能などが把握できる矩計図は、設計士や工事職人にとって重要な図面です。施主はあまり活用するシーンがありませんが、設計担当者に概要を説明してもらい、理解しておくことは大事と言えます。
また、矩計図はリフォームや売買のときに必要になる図面です。注文住宅の竣工後や建売住宅の購入時には、平面図や断面図など他の図面と一緒にもらっておき、大切に保管しておきましょう。