賃貸アパートやマンションでも、ポスターや絵画などを壁に飾って素敵な部屋にしたい!と思うもの。でも、心配なのが壁に画鋲(押しピン)を刺してもいいの?ということ。賃貸借契約にある原状回復義務は関係するのか、画鋲でとめる以外の方法でアートを楽しむにはどうすればいいのかなどを紹介します。
賃貸住宅で暮らしている人の中には、「持ち家ではないから壁にはクギを打ったりしないし、画鋲も刺さない」という人が多いでしょう。その理由は賃貸アパートや賃貸マンションを借りる際に交わす賃貸借契約の条件として、「原状回復」が義務づけられているケースがほとんどだからです。
では「原状回復」とはどういうものなのでしょうか?
「これは、『借りたときの状態に戻して退去すること』と思われがちなのですが、実は違うんです」(ハウスメイトマネジメント 伊部尚子さん、以下同)
住まいというのは時間が経つにつれて、壁紙が少しずつ汚れたり、窓からの紫外線で床や畳などが傷んだりしていくもの。どんなに気をつけて暮らしていても、新築時や入居時の状態をキープすることは難しいでしょう。
「そういう事情もきちんと考慮されていて、原状回復には『年月の経過によって劣化した』『普通に使用していて傷んだ』と考えられるものは含まれません。つまり、『借主の住まい方や使い方によって発生した損耗のうち、借主の故意や過失などによって発生したもの』について、元の状態に戻す必要がある、ということです」
では、部屋の壁にカレンダーやポスター、子どもが描いた絵などを画鋲でとめた場合はどうなのでしょう? 画鋲の跡は、畳や壁の日焼けのように防ぎようがない劣化とはちょっと違います。部屋を使っている人が自分の意志で壁に刺したわけですから、原状回復義務が発生して壁紙の張り替えが必要になるのでは?と心配になります。
「普通に使用して傷んだものなのか、借り主の故意や過失などによって傷んだものなのかは、国土交通省が出している『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』を指針として判断されるのが一般的です。それによると、壁に刺した画鋲やピンの穴程度であれば、通常の住まい方、使い方によって発生したものと考えられるので、原状回復義務は発生しません」
つまり、壁にカレンダーを画鋲で張ったりするのは普通の暮らし方だから問題ない、ということなのです。
以前は、原状回復義務の範囲は、賃貸借契約に関する民法では明確にされていませんでした。しかし、2020年4月1日から「民法の一部を改正する法律」が施行され、通常損耗や経年変化については原状回復義務を負わないことが明記されました。
壁にカレンダーやポスターを貼ると、その部分だけが跡になることがあります。これは日焼けなどの自然現象によるもので、通常の生活をしていてもできるものと考えられるため原状回復義務の範囲外となります。
しかし、壁に打ったクギの跡となると話は別。クギやネジの穴は画鋲やピンに比べて深く、穴も大きくなります。壁紙の内側にある下地ボードの張り替えが必要になる場合もあり、通常使用による損耗の範囲を超えていると判断され原状回復義務が発生することが多くなるでしょう。
ほかにも、故意にした壁の落書きや、引越し作業でできた引っかき傷、ペットによる壁や柱の傷なども通常損耗・経年変化に当たらないとされ、原状回復義務を負うことになります。
和室の襖や部屋のドアに画鋲を刺して穴を開けた場合、壁にできた穴とは対応が違ってきます。
「賃貸借契約書で原状回復に触れる特約は物件によって違います。退去時に襖の紙の張り替え費用を負担することになっている場合、画鋲を刺したり、子どもがわざと破ってしまったりしても、どちらにしても張り替え費用が発生するので気にしなくていいでしょう。ただし、襖の枠は躯体と同じ扱いなので、まるごと交換になり費用がアップすることがあります。また、室内ドアに画鋲の穴を開けたり、傷をつけたりすると、場合によってはドアごと交換することになって費用がかかります。交換費用は襖や建具のグレードによって違いますが、数万円はかかると思っていいでしょう」
クロスの壁と違い、木製のドアや襖は穴が目立ち、穴埋めできれいにするのも難しいとか。扉や襖はそのままの状態で使用するほうが良いでしょう。
原状回復にかかる費用は入居当初に預けた敷金から精算されるのが一般的です。その敷金精算の際のガイドラインとして使われている国交省の『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』から、画鋲やピン、クギの跡が、どのような理由でそれぞれ原状回復義務の範囲内、範囲外に分けられているかを見てみましょう。
項目 | 考え方 |
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【壁、天井の画鋲、ピン等の穴】 クロス張りの場合。下地ボードの張り替えが不要な程度のもの |
ポスターやカレンダーなどを貼ることは、通常の生活の範疇。そのために使用した画鋲、ピンなどの穴は、通常の損耗と考えられる |
【壁に貼ったポスターや絵画の跡】 | クロスなどの変色は、主に日照などの自然現象によるもので、通常の生活による損耗の範囲と考えられる |
【エアコン設置による壁のビス穴、跡】 賃借人所有のエアコンの場合 |
エアコンはテレビと同様に一般的な生活をしていくうえでの必需品になっている。その設置のために生じたビス穴などは通常の損耗と考えられる |
項目 | 考え方 |
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【壁、天井のクギ穴、ネジ穴】 クロス張りの場合。重さのあるものを架けるために開けたもので、下地ボードの張り替えが必要な程度のもの |
重さのあるものを架けるためのクギ、ネジ穴は画鋲等に比べて深く、範囲も広い。そのため通常の使用による損耗を超えると判断されることが多い。なお、地震などに対する家具転倒防止措置については、あらかじめ賃貸人(家主)の承諾、またはクギやネジを使用しない方法などの検討が考えられる |
【天井に直接付けた照明器具の跡】 | あらかじめ設置された照明器具用コンセントを使用しなかった場合は、通常の使用による損耗を超えると判断されることが多い |
壁にカレンダーやポスターを貼るための画鋲やピンの穴程度であれば、原状回復義務は発生しません。しかし、前にも挙げた「わざと書いた落書き」や、「ペットの爪の跡」などは原状回復のための費用が発生します。
築年数が古い物件の場合、「大家さんの許容範囲が広くなって多少の傷や汚れなら許されたり、費用が少しで済む」、といった話を耳にしたことがあるかもしれません。たしかに大家さんによっては、そういう例もあるかもしれません。しかし、古い物件のほうが原状回復の費用負担が軽いケースがあるのは、国交省のガイドラインに記載された減価償却に関係するルールがあるためです。
「例えば、壁紙は6年で減価償却されます。下のグラフのように、新築で入居した場合の壁紙は、3年たつと負担割合が50%になります。新築で10万円かかった壁紙でも、3年住んで原状回復義務がある場合にすべて張り替えたとしても負担は50%の5万円ということになります」
「入居者には、借りている住まいの設備などの本来もっている機能を保つ義務があります。例えば、減価償却が8年のタイプのキッチンの場合、使用期間がすでに8年を超えているからといって、退去時に破壊しても回復の費用負担はない、ということではありません。また、室内ドアや襖・障子の枠など建具の場合は経過年数が考慮されないため、傷をつけると100%の負担での回復義務が発生する場合があります」
原状回復の費用負担は、住宅の部位や物件によって違ってきますから、賃貸借契約を結ぶ際にきちんと確認しておくことが必要です。
画鋲やピンの穴を開けるのは、やっぱり抵抗がある。でも、壁にカレンダーやポスター、アート(絵画など)を貼って楽しみたいという人は、ピクチャーレールの付いた物件を探すのがオススメ。ハンガータイプのカレンダーならそのまま、1枚もののカレンダーやポスターなら市販のポスターフレームに入れれば、ワイヤーでつり下げることができます。
「最近は賃貸でもピクチャーレールがついている物件が増えている印象があります。ピクチャーレールのメリットは、好みや家具の配置などに合わせて、飾る高さや位置の微調整がしやすいことです」(インテリアデザイナー・アートライフスタイリスト 住吉さやかさん、以下同)
ピクチャーレールからつり下げたポスターフレームや額縁は、レールの幅の分、上部が少し前傾します。また、ブラブラと揺れるのが気になるという人も。
「『ひっつき虫』など、はがせる粘着剤が売られていますから、それでフレームと壁を固定するといいでしょう。また、レールとフレームをつなぐワイヤーを自分で調達する場合、重たいフレームでも安心なのは金属製のワイヤーです。ただ、金属製は目立つので部屋の中で浮いてしまうかもしれません。気になる場合は透明なタイプを選ぶといいですね」
ピクチャーレールがない物件で、壁に穴を開けずにカレンダーなどを飾るなら、はってはがせる粘着剤を使うのが手軽。
「ポスターや小さなフォトフレームなど軽いものなら、ソフト接着剤『ひっつき虫』が便利です。ちぎって、練り消しのように揉んで貼るだけ。剥がすのも簡単なので退去時にも安心です。壁紙に使ってもきれいに剥がしやすい壁紙用の両面テープ『コマンドフック』もあります」
壁に開くのは画鋲やピンの穴程度で、重たい絵画や鏡をかけることができるグッズもあります。
「画鋲は、軽いものをとめることはできますが、重たい絵画やフォトフレーム、鏡などは落下の危険性があります。落ちるときに壁にできた穴が大きくなってしまうことも。小さな穴しか開かないけれど、耐荷重のあるフックなど、便利なものがいろいろありますから試してみるといいですね。ホッチキスで壁に固定できる『壁美人』のほか、2本のピンが石膏ボード内で交差して開き、ひとつのフックにつき7kgまで耐えられる『かけまくり』も便利です」
賃貸マンションやアパートの壁でも、壁にカレンダーを貼るなど、普通の生活の範囲で画鋲やピンを使用することは問題ありません。でも、注意したいのは通常使用というにはあまりにたくさんの画鋲跡をつくったり、扉や襖の枠などに穴を開けたりすること。入居者は、経年劣化などを除いて入居当時の住まいの機能を保つ義務があるからです。
壁にカレンダーやポスターを飾りたい場合などは、穴を開けない工夫、できるだけ小さな穴にとどめる配慮をするのがいいでしょう。
賃貸の場合、年月の経過による劣化や普通に使用していて傷んだ箇所については原状回復義務の範囲外
いたずらでつけた傷など、通常の使用による結果ではないものは原状回復義務が生じる
原状回復に関する詳細や、費用の負担については賃貸借契約の際に確認することが大切
・住吉さやかさん
インテリアデザイナー・アートライフスタイリスト。Class S interior design 代表。分譲マンションや賃貸マンションなどのインテリアコーディネーション、コーディネートをご依頼いただいた方へのアート提案、額装提案などを行っている。自分らしく快適なインテリアがあれば、毎日が心地よく、生活が充実し、人生が豊かになる!をモットーに活動中