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朝と川と月島

著: 速水健朗

月島。誰もが思い浮かべるこの町のイメージは、もんじゃの町、もしくは観光の場所というところのはず。今回は、そうではない月島。住む場所としての月島にスポットを当ててみる。

標識入り
もんじゃストリート

銀座から晴海通りを進み築地から勝鬨橋(かちどきばし)で隅田川を渡った辺りが勝どき。その東側が月島である。その先は佃島。かつては、勝どき辺りを含めたこの辺りの埋立地を総じて月島と呼んでいたこともあった。

今の勝どきは、オフィス街。ランチタイムにはサラリーマンでにぎわい、少し離れた月島では、空いている。有名もんじゃ屋には昼時も行列ができるが、地元の人たちが利用する喫茶店やカレー屋はむしろ心配になるくらいに平和だ。写真はカレー屋の軒先にいた犬。地元の人が毎日の犬の散歩がてらランチに訪れるというのどかな風景だ。

カレー屋の犬

古い路地の多さで言うと、月島は東京でも随一だと思う。古い喫茶店も多い。こうした下町の風情、商店街などの背景には、佃のタワーマンション群が見えている。この2つの背反が混在する町が月島である。

佃のタワーマンション

今回取り上げる月島は、もんじゃ屋や観光の町でも懐かしい下町でもない生活の場所としての月島だ。なぜかというと、漫画『3月のライオン』の主人公、桐山零くんが朝のこの町を歩いて駅まで行く場面が印象的だったから。

『3月のライオン』は、下町に住む零くんと近所に住む川本三姉妹の交流を描く物語だが、下町の人情という部分に流されるということもなく、むしろ正しく川のある町での生活という部分をていねいに描き、それが成功しているように思う。

家族を事故で亡くした零くんは、川沿いのマンションでひとり暮らしをしている。部屋には何も物がなく、窓の向こうの隅田川が印象的だ。そして、橋を渡って駅に向かう。舞台となる町は架空の町である三月町と六月町。だが、新川と佃、そして月島辺りがモデルであり、漫画でもアニメでもかなり忠実にこの辺りの光景が再現されている。

(C)羽海野チカ/白泉社

(C)羽海野チカ/白泉社

何よりも朝の月島に行ってみて感じるのは、川がある生活の朝の気持ちよさである。普段、昼まで寝ているような毎日を送っている筆者だから憧れるという部分はあれど、ここに住んだら早起きしたくなるだろう(実際には早起きできないだろう)。

朝の月島を歩くと、川沿いをジョギングする人や犬を散歩しに来ている人たちの姿を多く見ることができる。皆、川が近くに流れている生活を楽しんでいるのだ。

筆者は、東京の湾岸を舞台とした映画などを数多く観ているが(拙著『東京β』(筑摩書房)参照のこと)、かつての湾岸の埋立地(月島もそう)は、決してこのように美しい場所として描かれることはなかった。人工的でうすら淋しい場所として描かれるのが常だったのだ。

朝の新大橋、フレアー
ランニング

『3月のライオン』の中にも何度も登場するのが中央大橋。巨大な吊り橋状の橋。重厚なデザインの橋が多い中、モダンなデザインがこの辺りの雰囲気を一変させている。月島からほど近い佃島には小さな佃小橋が架かっている。赤い欄干のクラシックなデザインの小さな橋である。どちらの橋も、川本家に通う零くんが歩く場所を感じることができる。

佃小橋
鳥居と高層マンション

元々、佃島の住民は徳川家康が領地転換で江戸に来たときに同行した摂津国(大阪)佃村の漁民33人(34人の説もあり)だという。摂津一帯の水路や地理に明るい彼らは、本能寺の変の折りに堺に滞在していた家康を1万5千以上いた明智勢から脱出させた恩人と言われている。

また『東京湾諸島』(駒草出版)という本の中で著者の加藤庸二は、江戸の軍事用水路での船の操縦を担う技術者として彼らを江戸に帯同させたという説を取り上げていた。後者の方が興味深いと思ったのは、佃小橋がかかる運河のように、この辺りには水運都市だった時代の東京の風景が残されているから。

かつて江戸から東京へと呼び名が変わったころ、または大正期の関東大震災の影響もあるが、東京の運河の多くは埋め立てられて道路となり、川にも蓋がかぶせられていった。

失われたのは、川沿いでの暮らしだ。戦後になると東京の川の印象はあまりよくない。「窓の下には神田川」に下の句として続くのは「三畳一間の小さな下宿」である(「神田川」喜多條忠作詞)。これが1970年代的ウォーターフロントライフだ。暗いし貧乏くさい。

遊歩道

変化するのは、1980年代以降だ。1985年から隅田川の河畔整備が行われ、1986年には佃島の高層マンション群が着工し始める。1960年代に問題となった都市公害への対策・改善の効果が現れるのは1990年代だろうか。東京湾もかつてのヘドロの海ではない。透明度がいまでは2メートルほどまで見えるようになっているという。

東京の水沿い、川沿いの暮らしも随分と変わってきている。それが朝の月島を訪ねることで見えてくる。


最新の東京と古い東京が混在する町。地上から遙かに高いタワーマンションと川と目線の近い下町住宅。この両方が望める月島での川の近くでの生活。素直に憧れる。

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著者:速水健朗

速水健朗

ライター・編集者。
メディア論・都市論などの分野でコラムや評論を執筆。主な著書に『東京どこに住む?』(朝日新書)、『東京β』(筑摩書房)など。ラジオやテレビでパーソナリティ、コメンテイターも務める。主なレギュラーに「クロノス」(TOKYO FM)、「シューイチ」(日本テレビ)。
【A面】犬にかぶらせろ! / 速水健朗 (@gotanda6) | Twitter