新しさと懐かしさが併存する月島

著: 土井 直樹 

月島に住むなんて思ってもみなかった。

そんな僕が月島に暮らすことを選んだのは、転職がきっかけだった。

口が裂けても真面目なんて言えなくて、大学生活を4年と半年間かけて卒業した僕は、とある鉄道会社に入社した。「最近の若者は3年で3割辞める」なんて話をニュースでよく聞くけど、僕もその説のとおり、3年で辞めた。世間的に言えば、良い会社だったのだろうし、マスコミを騒がせるブラック企業なんてものからはむしろ縁遠い、限りなく白に近い会社だったと思う。

ただ元々“自分の人生を自らコントロールできる実力をつけたい”という思いを持っていて、3年勤めたタイミングで、今以上により早く力をつけたい、動くなら若いうちだ、と考えて転職を決意した。

鉄道会社で働いていた時、神奈川の住宅地にある寮に住んでいた僕がどうしても好きになれなかったものが一つだけあった。それは、東京のサラリーマンには切っても切れない、「満員電車での通勤」である。夜に鹿が道路を疾走するくらいド田舎に生まれ育った僕なのに、定例と言わんばかりに混雑で10分遅れる電車に詰め込まれる度、「ああ、僕も東京のサラリーマンになったんだなあ」と苦々しい気持ちでいっぱいだった。

だから、転職を機に引越しをすることにした際、家探しの最重要ポイントは「満員電車から解放されること」。それしかなかった。

新しい会社は銀座にあるから、と路線図とにらめっこしながら、右に左に視線を1駅ずつずらしていった。そんな時に目に入ってきたのが「有楽町線」であり、「月島」だった。とにかく、満員電車を何が何でも避けたかった僕は、平日朝、実際に有楽町線での通勤を体験してみることにした。朝8時に月島から上り電車に乗り込むと、立っている人がいないどころか、席は3割ほど空いている状態だった。東京でこんなに空いている路線は珍しい。「よし、この沿線ならいける」。この瞬間、僕は有楽町線沿いに住むことを決めた。

同じ有楽町線沿線で月島と共に検討していた「豊洲」は、街の真ん中に大きなららぽーとが鎮座していて、ちょっとファミリー向けの毛色が強すぎる気がした。かといって中央区の内陸部になると、銀座が徒歩圏になるがいかんせん家賃が高すぎた。その点、月島は会社に近い銀座一丁目駅まで2駅で、家賃も手ごろだった。前職と比べると帰りも遅くなるかもしれないが、夜タクシーに乗っても1000円ちょっとで帰れる。距離と家賃、そのバランスを考えて、次の住まいに月島を選ぶことにした。

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関西で18年間生まれ育った僕にとって、「月島=もんじゃ」であり、上京してからも2、3回もんじゃを食べに来たことがある程度の街でしかなかった。だから、「もんじゃ以外なんもない、ただの観光地やろ」という固定観念にとらわれていたのだけど、1年半住んでみた今、それは全くの間違いだったと確信を持って言える。

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僕は古い下町の良さを残しつつも、街がどんどん成長していく姿を至るところで見られる月島という街に強烈に惹かれた。街を歩けば、あちこちに再開発を知らせる建築計画の看板と張り紙を見かける。

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大学時代、シムシティという都市開発ゲームにハマりすぎて1限に遅刻したこと数知れず、街づくりをやりたくて鉄道会社に入ったくらいの僕にとって、月島の街を歩くのは本当に刺激的だった。1カ月、1週間という単位で、どんどん街が生まれ変わっていく。この前散歩に来たときにはなかったビルが建ち始めている。1カ月前に歩いた道のりが、また違った景色になっている。そんなことが日常茶飯事だ。

人口減少社会といわれるこの国だけど、月島の属する中央区だけはどこ吹く風という感じで、ひたすら開発が進んでいる。人口増加率は東京23区で1位、全国でも2位にもなったらしい(平成22年国勢調査(総務省統計局)より)。日本でこんな元気な街、なかなか他には見当たらないはずだ。

その一方で、この街には昔ながらの路地や下町らしさも残る。向かい側から人が歩いてきたらそのまま通り抜けられないくらいの細さの道も多い。

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200m近い「ザ・東京」って言わんばかりの超高層タワーマンションの隣には、まるで田舎のおばあちゃん家にあるような路地が併存する。古い路地と最新の超高層ビルが重なり合う。このギャップがある風景がたまらない。

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最初は「とりあえず満員電車に乗りたくない」という理由だけで選んだ月島だけど、1年半生活してみて、住みやすい街だと感じることが多い。

例えば、都心の近くといえばスーパーが少ないイメージを持ちがちだけど、月島を貫くもんじゃストリートには、24時間営業の大きなダイエーがある。ドラックストアの「どらっぐぱぱす」も清澄通り沿いに2店舗あり、夜10時までやっているので仕事の帰りが少し遅くなっても買い物に不便することはない。

スーパー・ドラッグストアが充実していながら、月島には魅力ある飲食店も多い。湾岸エリアというと「チェーン店ばかりで個人経営の面白いお店が少ないんでしょ」と言われがちだけど、そんなことはない。

いくつか紹介すると、まず僕が足繁く通うお店の一つがハンバーガーの名店「ふるさと」。

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1966年にオープンした老舗だ。お店の看板には「ババとジジのお店」という文字。扉を開ければ月島を愛するマスターと奥様が迎えてくれる。

去年までは、まさに月島らしい本当に細い路地に店があって、月島に住んでいる自分でさえ、2回目に行くときに迷ってしまった。今はその地区が再開発されることになり、月島駅から1分の場所に移転している。

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このお店は「喫茶パーラーふるさと」が正式名称で、「喫茶」との名のとおり、ハンバーガーといっても和風で優しい味わいが特徴的。もちろん注文する上での王道は「ハンバーガー」なのだけど、僕がオーダーするのはもっぱら「てりやきバーガー」。てりやきこそがこのお店の優しい味を一番うまく引き出していると、個人的に思うからだ。

店舗が駅近くの新しいビルに移転し、真新しい看板が光っている。その一方で、いざ扉を開けてみると40年前から変わらない懐かしい味が待っている。この新しさと古さの交わり合う感じが好きだ。

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この他にも、天井が高い倉庫をコンバージョンして作られた「月島スペインクラブ」も忘れちゃいけない。店員さんにもスペイン人やスペイン語圏の出身者が多くて、東京にいながらスペインにいるような気分を味わえる素敵なお店だ(フランクすぎるくらいに話しかけてくるラテンのノリににビビっちゃいけない!)。誕生日のサプライズパーティをお願いしたら、スペイン語でハッピーバースデーが流れてきたり、本格的なフラメンコショーが見れたりして、盛り上がった。

中華料理だと「健楽」も数えきれないくらい足を運ぶお店。昭和のドラマに出てきそうな中華料理屋で、まさに「うまい、安い、早い」の3拍子がそろっている。ラーメンを頼むとカップラーメンより早いんじゃないかというスピードで出てくる(これはマジでビビるレベルなので、ぜひ体験していただきたい)。このお店のラーメン+半チャーハンは至高の組み合わせだと思う。

これらの素敵な個人経営の飲食店に加えて、月島を語る上でもう一つ忘れてはいけないのが「隅田川」である。月島は埋め立て地なので四方はすべて川に囲まれているのだけど、この隅田川が月島に開放的な雰囲気をもたらしてくれている。

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以前、世田谷から月島へ先に引越した友人が「月島に引越してから、晴れた日の朝『ああ、朝だなあ』って五感で感じることが増えたんだよね」としきりに口にしていた。実際に月島に住んでみて、ああ、実際にそのとおりだなあと納得した。隅田川と広い街区が、その魅力を形づくっているんだと思う。

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湾岸エリアの成長に呼応して、急激に変わっていく風景。利便性は高まる一方で、ここにしかない、変わらない雰囲気もある。併存する新しさと懐かしさ。そして、街に開放感をもたらしてくれる隅田川。
そのすべてが、月島の魅力だ。

 

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著者:土井 直樹

土井直樹

不動産の領域で働きながら、成熟社会での地域のあり方を模索しています。大学時代に全47都道府県を訪れた経験からまちづくりに関心を持ち、前職は鉄道会社で海外事業を担当。歩いてわくわくする街が好き。兵庫県淡路島出身。

Twitter:https://twitter.com/doichan21
ブログ:http://www.tokyo-machizukan.com/